「たまねぎとひき肉と卵と小麦粉を混ぜ合わせるのって疲れるわよね……」

 思わず独り言を言っちゃうのよね、一人でいると。時計を見ると六時二十分。しばらく

こね続けたことになるけど……。

 あたしは手に引っ付いたタネを気にしないままで、ハンバーグの形を作り出す。おにぎ

りを作る時と感じは似てて、あたしはこの作業が好きだ。あたしと明人の二人分だから全

部で六個。明日の朝食にも使えるしね。

 明日が土曜っていうのは嬉しい。

 明人は大体、金曜の夜は泊まっていってくれるから。

 と、ハンバーグの形を持った肉の塊を六個作り終えた時にチャイムが鳴った。



 ぴぽぴぽぴぽーん



 三回連続で鳴らすのは明人だ。時刻を見ると六時半。部活が終わるのが六時だから、き

っと息せき切って来たんだろうな。

「ただいま〜なのです!」

「おかえり〜。今、手が離せないから上がってきて〜」

「おーう」

 あたしの声に答える明人。少ししてから居間に顔を出してきた明人はキッチンにいるあ

たしを見て目を輝かせていた。

「もっふぇ! 今日はハンバーグかぁ〜。美緒、大好き!」

「はいはい、あたしもよ〜。まずはシャワー浴びなさい。部活で汗掻いたでしょ」

「わかり〜」

 そう言って明人はお風呂場に向かって行った。

 それにしても明人は可愛い。

 思えば明人を好きになったのは沙織に連れられて空手部の見学に行った時に、先輩を一

撃で倒してた格好よさだったのに、いざ付き合ってみたら格好よさよりも可愛さを好きに

なってるんだもん。人間、どう変わるか分からんねぇ……。

 身長百七十六センチ、体重六十キロ。服を脱いだら脂肪がほとんど無く筋肉の鎧。しか

も無駄毛なし。

 顔はそんなにかっこいい、というわけじゃないけどあたし好みだし、汗を掻いたときに

拭く動作はセクシー。

 声は柔らかくてあの声でシリアスに告白されたら女の子はいちころだよね。

 クラスの級長もしてるし、それでいてどこか抜けてて笑わせてくれるし、クラスの人気

者だし……実はあたしは凄い人と付き合ってるのかもしれないな。

 一つ一つ上げてくと、なんだかドキドキしてきたなぁ……少し前に初めてキスした時み

たいな感じ。

 ううう、何か下半身が疼く〜。

 変な誘惑に負けまいと、フライパンにハンバーグの元を乗せてとりあえず焼く。早く焼

くためにコンロを二つ使って、二つのフライパンで同時に。

「おおお! 良いにほいが来ましたのう〜」

 バスタオル(父親専用だったもの)で腰を覆って手ぬぐいで頭を拭きながら明人が居間

にやってくる。

「あー! ちゃんと体拭いてから来てよね! ていうか、あたしも女の子なんだから! 

分かってる!?」

「うにゅ、ごめんなさい……」

 いきなり塞ぎこむ明人。俯き加減の顔から微かに覗く目がこっちを向いてくる。あたし

はなんとも言えない罪悪感が生まれて、手を洗いきってから明人に駆け寄った。

「ごめんね。でもちゃんと服着てね」

「うん! わかり〜」

 明人はタオルが腰から落ちないように風呂場に戻っていった。ああ、お尻に尻尾が見え

る。ふらふら左右に揺れている。

 そんな明人の後姿を見て、あたしはいつも思いだす。

 付き合う前に明人が言った言葉を。



『俺、みんなとどこか違うからさ、多分嫌になるよ』



 告白したあたしに、二週間くらいしか見てないけど、それまで見せたことが無い表情を

浮かべて言ってきた明人。それまでも何人かに告白されて同じように断っていたみたい。

 他の娘達はそのまま消滅してて、その時も明人はそれで乗り切れると思ってたみたいだ

ったけど、あたしは違った。



『そうだね。あたしもみんなとどこか違うから、合うかもね』

『え?』



 その時あたしは、どうしてか明人がどういう人間か垣間見た気がした。ただの勘だった

けど、その勘が正しかったことが今なら分かる。

 外見の格好よさだけで付き合おうとした娘達なら、今の明人を見たら絶対引くし、付き

合うのも止めるだろうし。

 付き合うことが決まった時に不安げにこっちを見てた明人の姿があたしの目に映る。そ

して、その残像に今の明人が重なった。

 不安に沈んでいた表情が明るい、大好きな笑顔に変わる。

「? どしたの? ハンバーグ大丈夫?」

「……あ!」

 明人の言葉にあたしはキッチンに飛んでいってフライパンに被せていた蓋を開けた。幸

い焦げてはいないようで、急いで裏返す。

「ありがとね、明人。えら子だよ」

「もへぇ〜。ありがちゅ」

 明人が近づいてきてほっぺたにしてくれたキスは心地よい。

 唇まで柔らかい。

「好きよ」

 あたしは明人の頬にキスを返してあげた。



* * * * *
 結局、明人とあたしは『おそろい』なのだ。明人が級長になって、みんなと笑いあうの が好きなのも、それは寂しさの裏返し。あたしは一人が怖いけれど、みんなと一緒にいる のも疲れてしまうから、今までは沙織と、数人の友達しかいなくて……充分足りているん だけれど、どこか寂しかった。  両親がこの家からしばらくいなくなることを聞いて、あたしは震えが止まらなかった。  でも親に心配かけたくなくて、結局一人が怖いと言い出せなくて、あたしは四月の初め から一人になった。  その怖さも明人に告白した原因の一つなんだろう。 「ぷはぁ〜。美味しかった!」 「おそまつさまでした」  ちゃんと箸をそろえて置いてから手を合わせる明人。こんな所は礼儀正しい。お腹を軽 く抑えながら息を吐いているのが可愛くて、自然と顔が緩まる。  告白して、付き合うことになって、家に一人でいると言ったらこうやって来てくれるよ うになった明人。  二人の時間を過ごすうちに知った彼の素顔。  寂しさを隠すために笑って、自分を奮い立たせて、いつも疲れていた明人。  きっと、今の明人の甘えぶりもその反動なんだろう。そしてあたしは、彼の心の拠り所 になってることに、凄く嬉しさを感じてる。 (こんなとき、好きだなぁって感じるよね) 「? どうした、美緒?」  あたしがじっと明人を見てたからだろう。眼をきょとんとさせてあたしを見て言ってく る。本当、なんでこんなにいとおしいんだろう。こんなに好きになるなんて、思っても見 なかった。今は明人が何しても可愛く見える。 「可愛いなって思って……」 「……美緒、俺も、男なんだけど」 「え?」  明人が立ち上がってあたしの後ろに回りこんでくる。  でも、あたしは何故か動けなくて……心臓の音が直接耳に入ってくるみたいにうるさく て、体が硬直する。明人の顔が左肩に乗せられて、頬があたしの頬に当たる。 「可愛いだけじゃないところ、見せようか?」  次の瞬間だった。耳に柔らかい何かが当たって、体全体に痺れたような感覚が走る。 「ひゃん!?」 「美緒って、耳、感じやすいんだ」  明人の声が耳元で聞こえる。柔らかくて、優しい声。  こんな声で囁かれたら誰だってメロメロだろうな。現にあたしもメロメロだ。  しかも体が熱に浮かされたみたいになってるし……。  明人の舌があたしの耳に入って、ゆっくりと舐めていく。舌が動いている間中、体に電 流が走ってるみたいで、あたしは体が痙攣してた。 「あ、あ、あんっ!? や、あき……」  明人の口から耳を、体を離そうとしても、明人の両手が肩を抑えていて動けない。  恥ずかしい声を出したくないのに……抑えきれない……。どうして? どうして耳を舐 められてるだけなのにこんなに―― 「――え!?」  明人の両手はあたしの肩を掴んでいたけど、いつの間にかその手は下がってきて、服の 上から胸を包んでた。  それを自覚すると凄く恥ずかしくて、顔が熱い。  きっと今、あたしの顔は真っ赤になってるだろう。  ゆっくりと、本当にゆっくりと明人の掌があたしの胸の形を変えていく。服の、下着の 上からでも明人の体温が分かるみたい。  そんなことは無いんだろうけど、今のあたしにはそう感じた。 「気持ちいい?」 「ふ……う……うん……」  恥ずかしいけど正直に言った。洩れそうになる声を何とか堪えながら。  はっきり言って、もう限界かも。これであともう一歩踏み出されたら、あたしは壊れて しまうかもしれない。下着の下から直に触られたら……。  そう思うと急に怖くなった。一瞬だけ背筋から悪寒が走る。 「……美緒」  来た!? 明人、臨界点突破なの!? 「みゅーじっくすてーしょんがはじまる!!」  明人はわざと可愛い言葉遣いで言うと、そのままあたしから離れて居間へと向かった。 リモコンをさっと取ってテレビを付けると番組を合わせる。 「今日は御堂聡子が新曲歌うんだよ〜。凄い彼女の歌好きでさ! 早く始まれ〜」  あたしはその場を動かないまま明人を見ていた。急激にテンションが下がっていって、 体の熱が放出される感じ。ぼーっとしてる間に、多少体は疼くものの、正常に近い状態に はなった。そこで思考が回復して、あたしの頭に一つの考えが浮かんだ。  多分、多分だけど、明人はあたしの中にある恐怖感に気付いたんじゃないだろうか。  確かにあたしは怖くなった。  それはとても意味のない不安だけど……最後まで行ってしまうことへの恐怖だ。  恋人同士が辿り着く場所の知識が無いわけじゃない。でも、やっぱり怖い。  だから明人は止めてくれたの? そうなの、明人……。  あたしは明人の傍に行って隣に座った。自然と体を明人に預ける。 「明人。ありがと」 「……焦らず行こうよ」  その言葉を聞いて分かった。  明人も怖いんだ。何しろキスに三ヶ月かかった男だし。そう思うと笑いが込み上げてき て、あたしは耐え切れずに笑ってしまった。 「もへ? どうしたん?」 「あははは……な、何でもない。ツボに入っただけ……ふふ」  結局そういうことなんだ。  あたしと明人は『おそろい』なんだ。  寂しがりなところも、怖がりなところも。  また一つ、明人に近づいた気がするな……こうやって、きっと互いの距離が縮まってい くんだろう。  一つ一つの重なりが、楽しみになる。 「美緒」 「ん?」 「好き!」 「あたしも大好きよ」 『おそろい』なあたし達。ゆっくり行こうね、明人! 『02・了』


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