輝きは剣の中に 20


「……」

 俺はその光景を黙ってみているしかなかった。
 あれほど圧倒的だった花月が、あっけなく剣を背後から突き刺され、倒れていく。
 花月が倒れた事でその向こうにいた神代の姿も見えた。全くの無表情で花月を見下ろしている。

「その様子なら……気付いたらしいな」

 息も切れ切れに神代に言う花月。神代は軽く頷き言葉を返した。

「お前が、男達を操って俺と陽子を襲わせたんだろう?」

 花月は生徒から解答を得た教師のように笑みを浮かべた。神代も表情は変わらない。
 俺は思わず叫んでいた。

「じゃあ……神代がこの闘いに入ったのは、やはりお前の……」
「経緯はどうあれ、この闘いに参加したのは俺の意志だ」

 神代は花月の傍に立つと剣を振り上げた。俺と夏海は神代のやろうとしている事に気付いて静止の声を上げようとした。だが、間に合わなかった。

 俺達が叫ぶ前に、神代は花月の頭と胴体を切り離していた。

「……そん、な……」

 夏海が震えた声で呟く。何とか嗚咽を我慢しているようだ。俺も脱力感に苛まれていた。結局、神代を止める事が出来なかった。
 花月の生気を失った顔がこちらに向けられていて、吐き気がする。

「後は、お前達だけだ」

 神代の視線は俺達に向いていた。夏海はもう震えるだけで神代を見る事しか出来ない。俺は、何とか立ち上がった。
 まだ痛みが体の底に残っている。

「神代……花月は死んだんだろ? 全ての元凶がいなくなったんだ。なら――」
「剣の闘いには関係ない」

 神代は俺の言葉の途中で言い放つ。俺はその圧力に言葉を失った。

「奴は『剣の闘い』自体を操っていたわけじゃない。そこに参加していた者達の精神を巧みに操り、自分の思い通りにしていただけだ。『剣の闘い』自体は全く小細工はされていない」

 言う間に神代の体が鎧に覆われていく。
 黒い鎧。
 そして、雷を纏った刀。
 俺は夢の光景を完全に思い出していた。
 俺の目の前にいる神代こそ、夢で俺が対峙していた剣士。

「久坂。お前にも同じ光景が見えているはずだ。対峙する二人の剣士。片方は烈火の鎧を身にまとって、炎の剣を持った剣士。そしてもう一方は黒い鎧に雷をまとった剣を持つ剣士――俺とお前だ」
「……関係ない。今は今だ!」
「そうだ。過去の闘いなど関係ない。俺は、お前に勝利して未来を掴む」

 神代が一歩を踏み出していた。

「神代……」

 俺の傷が急速に治っていく。
 目の前にある危機が『剣』の力を促進させているのか?
 兎に角、俺の体はもう戦闘できるまでに回復していた。

「闘う理由なんて……」
「陽子は、あと四日の命だ」

 神代の言葉が俺に重く圧し掛かる。
 俺は息を飲んだが、ある事に気付いて言い返した。

「だが、お前の妹を襲って、意識を失わせたのが花月なら、元凶がいなくなればその原因も取り除かれたんじゃ……」
「変わらない」

 神代は苦虫を噛み締めるかのように顔をゆがめ、言い放つ。

「奴はきっかけを与えただけ。陽子の病状は原因不明のまま緩慢な死を迎える。それを止められるのは『剣』の力だけ。だから……俺はお前を殺す」

 駄目だ。
 もう神代を止めるには闘うしかない。

「久坂。闘う理由がいるんだったな」

 神代は剣を俺ではなく夏海へと向けた。
 夏海が怯えるのが、視線を向けなくても分かる。

「俺はこれからお前の最も大事な者を殺す。止めるには、俺を殺すしかない」
「……なんだと」

 一歩、また一歩と神代が歩みを進めるのに対し、俺達は後ろに下がる。

「逃げる事は出来ない。ここで俺を止めなければ、俺は躊躇無くお前の家族さえも殺す」

 その言葉は、俺の逆鱗に触れた。

「……それだけはさせない」

 俺は剣を神代に向ける。
 奴は恍惚とした表情で俺を見ていた。

「夏海も、家族にも手を出させない……」
「そうだ。俺は妹のために。お前はその女のために闘う。それでいいだろ?」

 神代も剣を俺に向け、二つの剣が重なる。
 そう、まるで剣道の試合のように。

「夏海。下がっていてくれ」
「隼人……ごめん。死なないで……」

 夏海は自分が役立たずだと自覚し、俺と神代から離れる。
 その瞬間、ここは俺と神代だけの世界になった。

「最後の――勝負だ」
「ああ……」

 そして――剣がぶつかりあう音が響いた。




 俺の剣は神代の剣に受け止められ、そのまま鍔迫り合いを展開した。
 膂力は同じらしく、全く動かない。そして動けない。
 先に体勢を崩そうものならそのまま押し切ってくるだろう。

「……くっ」
「久坂……」

 そんな中で、神代は不気味にも笑みを浮かべながら語りかけてくる。俺は流石に相手には出来ないで無言で聞いていた。

「どうして神はこんな剣を与えたんだろうな? これさえなければ『兵藤花月』は生まれなかった。無駄な闘いが繰り返される事は無かった」
「……それを言ったら、花月が居なければもっと違っていたはずだ」

 俺は何とかそれだけは言った。
 ここで答えなければいけないと予感があったから。
 神代は剣を合わせた状態から更に押し込み、反動を使って飛びのく。
 着地して構えてから、奴は笑った。

「変わらない。花月は自分の欲求の為に。命を長引かせるためだけに闘いをあおり、傷ついた最後の一人を殺すという手段で生きてきた。しかしそれは花月だけに限った事じゃない。全ての人間がそうなんだ」
「俺は……違う」
「なら、お前はどうして俺に刃を向けている?」

 神代の一言に痛いところを突かれた。
 咄嗟に言い返そうとするが、その前に言葉を挟まれる。

「俺は港夏海を殺す。お前はそれを阻止するために闘っている。お前の欲求の、その女を助けたいという欲求のために」
「……」

 何も、言い返せない。
 結局俺は、夏海のせいにして、自分のために闘っているのか?
 分からない。
 今の時点では答えは出ない。
 だが、答えを出さなければ――俺は闘えない。

「隼人! 闘って!」

 夏海の声に、俺は意識だけを後ろに向けた。いつ神代が襲ってきてもいいように牽制しながら。

「なつ、み……」
「何が正しいかなんて分からないよ! ただ、今は隼人が信じる事をして!
 神代君を――止めてあげて!」

 夏海の言葉が俺の心に浸透する。
 確かにそうだ。
 俺は何のために闘っていた?
 最初は夏海を守るために闘っていた。次に、闘いを止めるために。
 最後は――何のために闘っていた?

「そうだった。忘れていたよ」

 俺の剣に気迫が戻った事を悟ったんだろう。神代は警戒を強める。

「俺は、お前を止めるために闘う!」

 気合と共に放った一閃は鋭い音を空気中に刻んだ。
 その剣筋を神代は躱したとほくそ笑んでいた。
 紙一重。最小の動きで俺の剣を躱し、出来た隙に自分の一撃を叩き込む。
 その思惑は充分見て取れたが、攻撃に移る瞬間に奴の顔が歪んだ。

「何……だと」

 神代がそんな声を呟くのが聞こえた。
 そして強引に攻撃を止めて俺から遠ざかる。急いで首筋に手を当てた。

「どうした? 思惑が外れたか?」
「……馬鹿な」

 神代は心底驚いていた。
 首に当てていた手を外すと、血に塗れている。
『剣』の治癒力ならばすぐに消えるだろう傷だったが、傷の重さよりも、つけられた事へとショックが大きいようだ。
 俺の攻撃を完全に見切ったと思っていたにも関わらず、傷を受けたのだ。

「今まで、俺の本気の攻撃を受けた事は無かったんだよな」

 俺は倶叉火流の構えを取った。
 少し屈むように立ち、剣は自分の左側へと流すように構える。
 自分の全ての力を剣に注ぎ込むための構え。
 自然と闘気が膨れ上がり、辺りへと噴出していた。

「お前と最初に会ったのは、ここだったな」
「……そうだ」

 神代も動揺を打ち消して構える。こちらは普通に正眼の構え。
 しかし今までの誰よりも闘気が強い。

「ここでお前と闘ってから、『剣の闘い』は加速したんだ」
「ここで決着をつけることになったのは、皮肉かな?」

 距離は四メートルほど離れている。
 俺達が踏み込めば一瞬で消え去るほどの距離。
 その隙を探して俺達は話し続ける。

「もう、俺達だけの闘いだ。止められるのは俺達自身。どちらかが……戦闘不能になる時」

 神代の足が一歩進む。

「自分の力だけ」

 俺の足が一歩進む。

「「ただ、自分の想いを叶える為だけに!」」

 同時に神代の体が雷に、俺の体が炎に包まれる。
 俺達の剣が今までで最も強い光を放ち、それに伴い雷と炎が膨れ上がる。

「爆・迅雷!」
「轟炎舞!!」

 雷を放ちながら突進する神代。
 炎を放出しながら進む俺。

「おおおおお!!!!」
「いやあああ!!!!」

 俺の放つ九連撃が炎の龍の姿に変化する。
 一方神代も一塊になる。その形はあたかも虎。

 そして、屋上から一つの光の柱が昇った。




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