輝きは剣の中に 19


 俺は病院の外に飛び出した。
 すでに化け物達の気配はない。そして花月の気配も。

「夏海!」

 俺は必死に夏海の名を呼んだ。しかしそれに答えてくれるものがあるはずもない。
 だが、答えは来た。

【来るがいい。相応しい死に場所へ】
「花月ぅう!!」

 俺は奴の気配がしたほうへと走り出した。
 完全に消えたはずの気配が復活し、また消える。
 奴は俺を明らかに誘っていた。あからさまな罠。しかし俺に拒否権はなかった。

(花月! 夏海が死んでいたら、貴様は刺し違えてでも殺す!!)

 完全な失態だった。
 化け物達がいる時点で花月の存在には気付いていたはずだ。
 夏海に足止めを任せたとはいえ、俺が上に行った時点で逃げる事を伝えればよかった。
 たとえ、それに従わない事を分かっていても。

「夏海――夏海――夏海!」
【女々しいな、久坂隼人。自分の大事な女を取られたことがそんなに悲しいか。悔しいか】
「当たり前だろうがっ!!」

 俺は叫んでいた。
 たとえ花月には何にも意味がない言葉だとしても。

「夏海は俺が守る! 必ず一緒に生き残る! もう何も犠牲になんてしない!」

 そうだ。命を賭けて、など意味がない。
 命を賭けて守ったとしても、自分が死んでしまっては意味がない。
 俺は生きる。そして夏海を守る!

【身勝手だな、久坂隼人。何もかも捨てないまま、何かを守れると思っているのか?】
「うるさい! 身勝手だろうさ。だが、俺は信念を変えるつもりはない!!」

 その時、何かを感じた。
 自分の中に生まれる違和感。
 今、何かおかしくなかったか?

「……見えた」

 しかし考える余裕もなく、目的地が見えた。
 途中からうすうす感じていたが、やはり正しかったようだ。

 久瀬高校。

 あそこに、花月と夏海がいる。

「待ってろ、夏海! 必ず助け出す!」

 俺は新たに決意を固め、一気に跳躍した。『剣』の力によって増幅された跳躍力で瞬時に屋上へと飛ぶ。そこに花月と夏海がいると、当然のように思っていた。
 着地と同時に左へと飛ぶ。
 一瞬前までいた地点が黒い球体に飲み込まれ、消滅した時には抉れて消えていた。見ると、倒れた夏海。そしてすぐ傍に花月が立っている。
 俺は――叫んでいた。

「勝負だ!」

 俺は渾身の力を込めて走り出した。
 全身を炎が包む。
 この時になって解放された《火龍》の力。
 燃え上がる火はあたかも炎の龍のように唸り、猛って俺を覆っていく。
 体の内から湧き上がる力。
 凄まじいまでの力の本流に俺自身が押しつぶされそうになる。

(耐えろ! そうじゃなければ奴には勝てない!)

 両足を屋上の床に踏みしめる。足が床にめり込む。

「ぅおおおおおおおっおおおお!!」

 腹腔からの咆哮。
 それと共に俺の体を覆う炎も爆発したように飛び散った。
 花月を見ると、奴は笑っている。
 この時が来る事を予想していたかのように。実際、予想は出来ていたのだろう。
 奴はゲームマスターなのだから。
 だからこそ、俺は――

「俺は、この馬鹿げたゲームを覆す!」
「やってみるがいい」

 炎は俺の鎧となった。
 俺の学生服の上に重なるように烈火の色をした装甲が現われる。
 古い時代の鎧のように。

(これは……)

 思い当たる節があった。
 初めて『剣』に関する夢を見た時、自分が着ていた鎧。
 それに酷似していた。

「構わないさ。奴を殺せるなら――」

 花月へ向けて突進する。そのスピードは以前とは変わってかなり上がっている。
 鎧を着た事で自分の力が上がっていく事を自覚していた。
 体力が急激に吸い取られていく事も。

(短期決戦しかない)

 剣を構え、突き出す。
 花月は自分の剣で俺の一撃を受け流し、そのまま刃を俺の首筋へと滑らせてくる。
 俺はしゃがんで一撃を避けると体を一回転させて斬撃を繰り出した。
 花月は今度は剣で受けずに飛びのく。

「炎華!」

 飛びのいて空中にいる一瞬を狙って火球を放つ。
 花月は絶妙なボディバランスで飛来してくる無数の炎を避けてみせた。
 もちろん、そのまま追撃をかける。

「完全に目覚めたな!」
「お前を――殺すためになぁ!」

 再び間合いを詰める。
 しかし、一瞬視界がぶれた。

(もう限界か!?)

 一気に体力が吸い取られる。
 体力と言うよりも生気を吸い取られているみたいだ。
 俺は辛さを顔に出す事をなんとか止めて、渾身の力を込めて剣を握った。

「《火龍》! 力を貸してくれぇ!!」

 俺を包み込む炎。
 さらに俺は移動スピードを増す。
 花月の顔が歪んだように見えた。

「轟炎舞!!」

 それは、花月に吸い込まれた。
 手応えは確かにあった。
 今まで捉えることができなかった花月の体を、確かに抉った感触があった。
 剣を通して俺に伝わってくる、人の肉を切る感触。

「……今度こそ、お前に追いついたぞ」
「そうだな」

 その声はすぐ後ろでした。
 背筋に悪寒が走り、俺は体をねじる。
 奴の黒い剣が俺の胴を薙いでいた。

「がはっあ!?」

 腹から広がる激痛。
 熱い物が喉の奥から込み上げて、俺はその場に吐血し、倒れた。
 微かに花月の足が見えていた。そしてそれが俺の頭に乗せられる。

「確かに、届いた。流石に力が落ちているが、致命傷までは届かない」
「か……げ……」

 何とか言葉を搾り出そうとするが、血と共に吐き出されるために言葉にならない。
 こうして意識を保っていられるのはこの鎧のおかげだろう。黙っていれば傷は塞がるだろうが、それを花月が見逃しているとは思えない。
 奴が一太刀すれば、俺は死ぬ。

(死ぬ……死ぬ……死ぬ……!?)

 純粋な、真の恐怖。
 恐怖に押しつぶされ、半狂乱になりそうな意識を繋いだのは聞き覚えのある声だった。

「それで勝ったつもりか?」

 花月はどうやら視線を声のほうへと向けたらしい。
 そして俺は顔に蹴りを入れられて弾き飛ばされた。

「がふっ!」
「は、隼人……」

 仰向けに倒れた俺に、夏海が寄って来た。
 どうやら意識が戻ったらしい。怪我も無いようだ。

「隼人、大丈夫なの?」
「ああ……このままじっとしてれば……できれば、な」

 夏海が膝の上に俺の頭を乗せてくれたので、視線を花月達に向けていられる。
 とりあえず、今の状況では何も出来ないので静観する事にした。
 花月の前に現れた、神代へと視線を向けて。

(神代……お前は……)

 神代は俺達とは花月を挟んで反対側に立っている。だから花月の顔は見えない。
 だが、俺には花月が驚いているように思えた。

「兵藤花月。いや、名も無い過去の幻影。全ての謎は解けたぞ」
「……貴様」

 神代は言って、ポケットから封筒を取り出してみせた。

「狭山からの手紙だ」
「あの男……!?」

 花月は一歩前に踏み出したが、神代は剣を前に突き出して道を塞ぐ。

「死ぬ前日に送ったようだ。死ぬ時を予測していたとは思えないが、これで俺を説得しようとしたんだろう。その気は全くなかったが……全て分かった」

 神代は手紙を捨てると一気に真っ二つにした。
 花月は身動き一つせずに神代の動きを追っている。隙を探すように。
 しかし俺もそうだが、神代には隙の一つも見えなかった。いくら不可思議な力を使う花月でも、簡単には攻め込めない。

「兵藤花月。お前の正体とは、最初の『剣の闘い』の勝者だったのだろう?」
「な……」

 俺はそれを聞いて驚くしかなかった。
 花月が特に動きを見せない事からも、それは正しい事なんだろう。
 神代は剣を水平に保ったまま続ける。

「そして、お前はこう願った。『永遠の命が欲しい』と。
 確かに願いは叶えられた。しかし神は人間にそんなものなど与えなかったのだ。
 お前の永遠の命は次の『剣の闘い』が起こるまでの間しか持たないと言う不完全な物だった。
 だからお前は願いによって得たもう一つの『最強の力』と『相手の精神に作用する力』を使って闘いを自分有利に操り、最後に自分の勝利に繋げた」

 俺はそれを聞いて古文書の事を思い出していた。
 そして載っている闘いが全て一定の期間で終わっている事を思い出す。

「そうか……この闘いは花月が生きるために仕組んできた闘いだったんだな」
「そんな、身勝手だよ……」
「そうだな。身勝手だ」

 花月は俺達の言葉に同調した。
 そして続ける。

「だが、自分のために。生きるために闘って何が悪い? 俺は生きたかった。
 そしてそのおかげで俺はこんな時代まで来る事が出来た。
 お前達はこんなコンクリートの建物など無い、日々の生活を狩りでまかなっていた生活を想像できるか?」

 花月は俺達を振り返ると神代に構わずに歩いてくる。夏海が俺を抱きしめた。
 震えている夏海の腕を取る。

「死を恐れて何が悪いんだ……」

 しかし俺は花月の様子がおかしい事に気付いた。
 目が虚ろで、もう何も見えていないように見える。

「どうやら、時間が来たようだ。繰り返すたびに自分に残された時間がなくなっていく恐怖に犯された。もう……いい」

 同時、神代の剣が、花月の胸から生えた。




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