輝きは剣の中に 17


 動悸が激しい。
 心臓の音がやけに大きく聞こえてくる事に俺は不快感が体を包むのを抑えることが出来なかった。
 しかしここに留まってはいられない。
 奴等の追撃はまだ終わっていない。

「くそ……」

 悪態をつくことに意味はない。
 意味はないが、してしまう。
 それほど自分の神経が参っている事を認めてしまい、更にため息をついた。
 その瞬間だった。

「キシャアア!!」
「このっ!」

《火龍》から出た炎が俺に襲い掛かってきた化け物を焼き尽くす。
 体中を火に包まれて地面に倒れこんだ化け物を見下ろして俺は息を吐いた。

「これで、十体目」

 その数字が多いのか少ないのか分からない事が、もっとも憂鬱な事実だった。




 今日は日曜で学校もない。
 家にいれば安心だと俺は思っていた。
 しかしそんなことは全くない。
 結局、化け物達は俺に襲い掛かってきた。

(また組織めいた行動をしやがって……)

 俺は自分を狙ってくる化け物の気配を探り、逆に返り討ちにするために外に出ていた。もちろん位相がずれた空間だが。
 一桁には減ったはずだが、正確な数はすり減った精神では完璧に知る事は出来ない。

(単純に考えれば花月の仕業なんだろうな)

 憎き男の顔を思い浮かべる。
 この闘いを仕組んだ男。
 あの男ならば化け物達を自由に操って俺達を襲わせることが出来るだろう。
 でも最後には同じ疑問で止まる。

「どうしてそんな必要があるんだ?」

 俺は同時に襲いかかってきた化け物を一刀両断にした。
 どす黒い血が降りかかってくるのを何とか躱す。

「でも……今は考えてる余裕なんてないか」

 目の前に現れた人物を見て体に緊張が走る。
 その人物は俺に完璧な殺気を向けてきた。

「……本山」
「久坂。時間が無いみたいだから、決着をつけようじゃないか」

 その目は、もう人間の意志など無いように見えた。

「本山……お前の闘う理由って、何なんだ?」

 俺は思わず問い掛けていた。本山は無表情で言ってくる。

「俺が楽しいからだよ。人とは違う力。しかも圧倒的に強い力を手に入れて……どうして使おうとしない?」
「それは誰も望まない力だ。俺達が持ってしまった力は、あっちゃいけないんだよ」
「考えの違いなんて今に始まった事じゃないだろう」

 本山は剣を構えた。
 すると突然地面が揺れ始める。

(なんだ……?)

「《地撃》の力は土の力。大地は俺が制しているんだ!」

 叫び、本山は地面に剣を突き刺す。
 その瞬間、俺の頭に危険信号が走った。
 思い切り飛び上がる。

「金剛!!」

 俺は空中からその光景に唖然となった。
 本山を中心にして同心円状に広がる土の棘。
 ジャンプしなければ間違いなく俺は下から上に貫かれていただろう。

「こいつも……力が上がってる」

 落下して、突き出たままの棘を利用して間合いを取る。
 油断無く本山の姿を観察しながら俺は疑念を持たずにはいられなかった。

(神代も本山も……力が上がりすぎてる。剣の力を引き出せるようになったといえばそこまでだが、それにしても急過ぎやしないか?)

「考え事している暇は無いぜ!」
「な!?」

 かなり近い場所で、というか真後ろから本山の声が聞こえた。
 突き出された剣を躱せたのは奇跡と言っても良いだろう。

「なん、で!?」

 俺は急いで本山が立っていた場所を見る。
 そこには変わらずに立つ本山の姿が……。
 いや、その直後に俺が気を向けていた本山の姿が崩れ落ちた。

「土で自分の像を作ったんだよ。こんな事も出来るわけさ」

 予想以上に剣を使いこなしている。
 前なら負けない自信はあったが、今となっては全くない。

「そうだよ……。狭山が、倒れたから身についたんだ」

 言葉の調子が変わったことに俺は呆気に取られた。
 本山は、泣いていた。

「あの野郎は、俺が、倒すはずだったのに……」

 俺は何も言えなかった。

「あいつは、俺が倒すはずだった」

 そう言った本山の口調は心底、その目的が達成できない事を悔やんでいるようだった。
 以前先輩に本山の事を聞くと確かにそんなことを言っていた気がする。
 自分への敵意を持って、本山は襲ってくるのだと。

「本山……」
「あいつは!!」

 本山は叫び、地面に剣を突き刺した。
 そして眼光は俺に。
 あまりに強烈な意思に、自然と体がふらつく。

「あいつは……常に俺の前にいた」

 どうやら本山は独白を始めるらしい。
 このまま逃げようと思えば、今は本山は逃がしてくれるだろうと思う。
 でも話は聞いておきたかった。
 本山の想いを理解しておきたかったから。

「あいつのおかげで俺はいつも二番手だったよ。運動でも勉強でも、人徳でもな。あいつは完璧だった。俺の理想像だった。俺が望んでやまない姿だった」

 本山は言う。
 でも、どうしてそんなに辛そうに言うのだ?
 自分の理想像を、どうして……。

「だからこそ……俺は奴を憎んだんだ」
「自分のなりたかった姿、だったからか?」

 本山は素直に頷いた。
 ようやく俺は、この男の想いが分かった気がした。
 先輩は本山が求めた姿だった。
 そして、けしてなる事が出来ない姿だったんだ。
 だからこそ先輩を憎んだ。
 求めるがゆえに。
 望んでやまないゆえに。
 最も欲したにも関わらず、手に入ることの無い物。
 それが分かった瞬間に本山は絶望したんだ。

「だから、俺はこの剣を受け入れたんだ」
「なんだって?」

 その言葉は今までとは異質な物だった。
 本山は確か、誰か分からない存在に剣をもらったと言っていたが……それはやはり。

「兵藤花月、か」
「そんな名前だったかな。奴が俺達の前に姿を現した時に全て思い出したよ。俺は奴に会っていたんだ。そして願った。力が欲しいと。狭山に勝てる力を得るために。自分の理想を超えるために! どうして忘れていたのか分からないけどな」

 本山は刺していた剣を再び手に取った。
 殺気が復活する。
 本山が言った事の理由は分かっていた。花月が都合よく記憶を操作したのだろう。
『剣』の保持者にはあまり効かないと言っているが、『剣』を渡す前は本山もただの人。
 記憶操作は簡単だろう。

「そして狭山は死んだ。そして俺は生き残っている。ならば……これは俺の勝ちなんじゃないのか?」
「……あんたは永遠に先輩には勝てないよ」

 俺も剣を構えた。
 内に生まれた怒りを押さえきれない。

「俺が、証明してやる」
「――やってみろぉお!!」

 本山の咆哮が俺へと向かってきた。

「焔!」

 突進してくる本山に交差法で連撃を繰り出す。
 本山は体を反転させて俺の横を通り抜けていった。流石に躱しきれずに裂傷を負ったようで血が舞う。

「ちっ! こんなかすり傷が!」
「分かってるさ!」

 本山の驚愕に歪んだ顔が俺の目前にある。
 俺はすでに横を通り抜けた本山へと接近していた。
 そのスピードは捕らえられなかったはずだ。
 俺は奴の死角に入るように移動したんだから。

「なんだ――」
「紅蓮!」

 炎の一撃が本山の体に線を引く。
 左の肩口から右脇腹にかけて斬り裂かれた本山は反動で飛ばされていく。
 追撃をかけようとすると地面が揺れて体勢が崩れた。
 どうやら本山が咄嗟に剣を使ったらしい。

「……何故、だ? さっきまでとは……」
「心の弱いあんたに、負けるはずが無い」

 俺ははっきりと怒りを本山にぶつけた。
 顔を同じく怒りに引き攣らせながら本山は言い返してくる。

「俺の、心が、弱い……だと?」
「ああ! お前は弱いよ。自分の弱さを先輩のせいにして逃げているだけじゃないか! 先輩が理想の姿だと? 彼を倒す事が理想を超える事だと? そのために力を手に入れただと!」

 一歩足を踏み出す。
 それに気圧されたのか本山は一歩後ろに下がった。
 俺はさらに言いつのる。

「お前が俺に自分の思いを言ったのは弱いからだよ。自分が先輩に勝つ機会を逃してしまった。もしかしたら二度と来ないかもしれない。そうなれば、お前が先輩を超える機会は永遠になくなる」

 一歩、また一歩と俺は歩いて行く。俺の足が前に出るたびに、本山の足は後ろに下がる。

「だから、誰かに聞いて欲しかったんだ。自分が先輩に負けるのは、負けたのはしょうがない事なんだと言って欲しくて! そんなしみったれた強さで、誰に勝てるっていうんだ?」
「貴様……」

 本山は剣を掲げた。すると地面が盛り上がり、巨大な龍へと変化する。

「お前は許さん!」
「それは俺の台詞だ!」

 俺の周りを炎が包む。
 本山は龍に乗って空高く昇り、こちらに向けて急降下してきた。
 俺もタイミングを合わせて飛ぶ。

「しみったれた強さかどうか、てめえの体で思い知れ!」
「あんたが求めた強さが、現実逃避の末の物だと、思い知れ!!」

 そして、俺達の技が炸裂した。

「土龍烈波!」
「轟炎舞!」

 巻き起こる大爆発。
 しかし俺は充分な手応えを感じていた。
 爆発の中で弾き飛ばされていく本山の姿を、俺の目は映していた。




 俺は静かに着地した。
 振り返ると本山が何とか立とうとしている。
 俺は黙ってそれを見ていた。

「――めろ」

 風が吹いて、本山の言葉が遮られる。
 だが彼は続けて言ってきた。

「止めろ! その目を止めろ!!」

 強引に体を立ち上がらせて本山が激怒した。
 しかし剣を持つのもやっとなのか剣先が震えている。

「お前の心は完全に折れた。もう、闘えないよ」
「うるせえ! 俺の心は俺の物だ! 闘えるか闘えないかは、俺が決める!!」

 同時に爆発が起こる。
 顔を腕で庇って隠した後に見ると、本山の姿は消えていた。

「……本山」

 俺は確信していた。
 もう、本山は無理だろう、と。
 神代も一時期本山に近い状態になったが、本山の状態はもう手遅れのはずだ。
 俺は周りに化け物の気配が無いことを確認して、家へと歩き始めた。
 瞬間、俺の背筋に悪寒が走る。

「何だ……?」

 振り返ったが、何も無い。
 俺は再び家へと歩き始めた。



 思えば、これが間違いだったんだろう。
 ここで引き返しておけば、未来はどう変わったんだろうか……?


* * * * *


 馬鹿な。
 俺が終わりだと?
 俺の心が弱いだと!!
 そんな事あるはずが無い。そんなはずが……。
 ならば、どうしてあの場を逃げた?
 そうだ。
 体が受けたダメージが酷すぎるからだ。
 戦略的撤退だよ。他に理由など……。

 本山は自問自答しながらよろよろと進み続けていた。自分の敗北が信じられず、そして隼人が言ったことを肯定したくないがために。
 そんな中で、裁定者が現れた。

「お前は負けたんだよ」

 突然声が聞こえてきたことで、本山は急に立ち止まる。振り向くと無表情でこちらを見てくる神代がいた。

「……俺は、負けていない」
「いや。お前は負けたんだ。狭山にも、久坂にも」
「……」

 何か言い返さなければいけない、と本山は口を開こうとした。
 だが、何も言葉が浮かばない。

(どういう事だ? どういう事なんだ?)

「お前は狭山を自分の理想像と捕らえた時点で負けていたんだ。人間が理想像だなんてありえない。あんたは、狭山に負けたくないという、他人に負けたくないと言うつまらない矜持を守るために、負ける理由を作り出していたんだ。自分の理想像には勝てない、とな」

 本山は体が動かなかった。ただ、言葉だけが頭に入ってきた。
 神代が自分へと歩いてきて、剣が掲げられてもなお、彼は動かないまま呆然としていた。

「俺の決意の、礎となれ」

 迫ってくる『剣』  それが本山の見た最後の光景だった。




 神代の剣は本山肩口から深く切り裂いていた。流石に完全には斬れなかったのか、本山は叫びながらうつぶせになる。
 本山の背中を見ながら神代は、剣を逆さに持った。
 もちろん本山を貫くために。

「……か、かみ……しろ……」
「何だ?」
「おま……えこ……そ、こころが、よわい……」

 本山の言葉に神代は頷いた。もちろん本山から見えるわけは無いだろうが。
 しかし頷いた気配は伝わったらしく、本山は驚いたように顔を上げた。顔には脂汗が浮き、全く立てないらしい。そして、目には光が無く、おそらく何も見えてはいないだろう。

「だから言ったんだ。俺の礎になれってな。お前を殺して、俺は強さを手に入れる」
「て……めぇ!!」

 その時、本山の体が跳ね上がった。正に最後の力と言うべきか。
 反射的に神代は剣を突き出していた。
 本山の胸に吸い込まれる、《雷覇》
 それからしばらく動きが止まる。

「……もう、戻れないぞ」

 その声だけは、はっきりと紡がれた。
 剣を抜くと本山が倒れてくる。
 神代は横に体をずらしてやりすごした。
 ドサッ、と人間の体が倒れる音がして、神代はすぐに歩き出した。

「見事だな」
「……兵藤花月」

 しばらく歩くと突然、神代の目の前に花月が現われた。
 わざとらしく拍手をしながら。

「これでお前は戦士になった」
「余計なお世話だ」

 神代は構わず奴の横を通り抜けようとするが、花月は彼に向けて何かを差し出してくる。
 それは青色の玉だった。
 ビー玉くらいの小ささ。

「お前は忘れ物をしているぞ」

 花月がそう言うと本山の倒れた位置から光が立った。
 そして花月の手の中にその光が向かい、入る。
 光がなくなると、そこには同じような玉があった。今度は黄色。

「これは『剣』の力の源だ。これが五つ揃った時に最後の扉が開かれる」
「最後の扉?」
「神と邂逅する間への扉だ」

 花月はそう言って、神代の手に玉を渡してきた。

「どういう事だ?」
「別に。ただ俺はお前を応援している。お前の想いが達成される事を祈っているのさ」

 全く信用できない仕草。
 そう思われている事を花月も分かっているのか、それ以上何かを言ってくることは無かった。

「健闘を祈っているよ」

 次の瞬間、花月の姿は消えていた。

「……化け物め」

 その言葉は風に飲み込まれていく。
 俺の心の中の何かがさわついていた……。


 土の剣《地撃》保持者・本山大樹リタイヤ
 残り四人、残り四日
 



BACK/HOME/NEXT