神代は吹き飛ばされたが何とか受身を取ったようで、転がっていくのはすぐに止まった。 だがやはりダメージは大きいのか体を震わせていて立ち上がる気配はない。 その間に集合体は俺達のほうを向いていた。 ターゲットは……夏海!? 「こうなったらやるぞ、夏海」 「うん!」 俺は夏海の言葉を聞いて前に飛び出した。 集合体は向かってくる俺に対して拳を振り上げる。そこに夏海の呼び出した水龍が突き刺さった。 『ぐがあああ!?』 全く予想してはいなかったのだろう。 対して効き目はなかったが集合体は足が乱れる。 その足元に俺は入り込んだ。 「紅蓮!」 炎を纏った斬撃は集合体の両足を一気に切断した。 痛みによる絶叫を上げて集合体は前のめりに倒れこんでくる。 俺はちょうど集合体の胸の辺りにいて、このまま行くと押しつぶされる。 「轟炎舞!」 俺は最大の力を体の周りに放出した。 熱量によって集合体の表面が融けていく。 俺は上から迫ってくる集合体の胸へと跳んだ。 炎に包まれた俺は一つの弾丸になり、胸へと突き刺さる。 『ぎゃおおおお!!!?』 「うおおおお!!」 何か得たいの知れない生物の体内を進む感触。 それが途切れた時、俺は空中を飛んでいた。 勝利。 言葉が頭を過ぎる。だが、それは早かった。 『グ――オオオオ!』 「何だと!!?」 胸を貫かれてまだ生きてるなんて!? 化け物の集合体を人間と同じ感覚で闘っていたからなのか? ここに来て俺は最大のミスをしたのか!? 迫る集合体の掌。 俺は捕まれ、そのまま握りつぶされる自分の姿を想像する。 だが集合体は次の瞬間に粉々に吹き飛んだ。 「――」 俺が驚きの顔のまま地面に着地すると夏海が剣を杖に立っているのが見える。 どうやら集合体を粉々にしたのは夏海の技のようだった。 「やるな……夏海」 夏海は弱々しい笑顔でVサインをしてきた。 俺には少し悲しい勝利。 しかしその余韻に浸っている場合じゃない。 「逃げるぞ!」 「え、どうして……神代君を助けなくちゃ!」 「その神代からだ!」 そして俺は夏海を強引に連れてもとの位相に戻った。 今の神代と闘うのはやばすぎる。 なんと言われようと、今は絶対に逃げてやる。 そう、決めた。 俺と夏海は全力で駆けていた。 最初は神代から逃げるためだったが、いつの間にか得体の知れない気配が俺達を追ってきている。 「ねえ!」 「ああ! 気付いているよ!」 夏海の言いたい事は分かった。 あの、化け物の集合体が俺達の後を追っているのだ。 夏海の攻撃によって完全に消滅したはずなのにも関わらず。 (しかも、夏海を狙ってる) そうなんだ。 集合体の悪意、攻撃意志の目標は俺ではなく夏海なんだ。 今までの化け物はとにかく、『剣』の保持者である俺達を襲うものだった。 だが、今回は間違いなく明確な意思を持って夏海を襲ってきている。 常人には感じ得ない強烈な悪意を感じている夏海の顔色は徐々に悪くなっていく。 このままでは埒があかない! 「夏海!」 俺は急停止して集合体の気配へと向いた。 夏海は少し遅れて停止して俺を不安げに見る。 「俺は大丈夫だ! これ以上逃げ切れないなら、ここでけりをつける!」 俺は『剣』を抜いて位相を飛び越えた。 集合体は既に俺達の間近に迫っていたようだ。 俺は飛び上がり、奴の腕を切断する。 そして空中に浮いた状態から一気に攻撃を開始した。 「焔!」 連撃が集合体の体を切り裂いていく。 しかしどこか手応えがない。 さっきから感じる違和感の正体を今になって気付いた。 (そうか……もしかしたら) 俺は集合体から距離を置いて意識を集中した。 奴の体に流れる『気の流れ』を見極めようとする……が、集合体はその事を見切ったかのように攻撃を仕掛けてきた。 「ちっ!」 何とか躱していくが、このままでは『気の流れ』を見極める事は出来ない。 「水龍!」 焦っていた俺の耳に夏海の声が聞こえてきた。 そして集合体は水の龍に弾き飛ばされて距離が出来る。 「夏海!」 「隼人! 何か作戦があるんでしょ! なら、わたしが囮になる!!」 「おい、夏海!!」 しかし夏海は俺の静止を聞かずに集合体へと向かっていく。 (静止は間に合わない……。なら!) 俺は覚悟を決めて集合体の『気の流れ』を探るために再び意識を集中した。 今は、夏海を信じるしかない。 (頼んだぞ、夏海!) 夏海は俺の思いに答えるように集合体を惹きつけていった。 以前は分からなかった感覚。 夏海自身、ただ、少しだけ他人よりも運動神経が良かっただけだが、今は化け物と闘えている。 その事に軽い驚愕を感じていた。 化け物の手を躱しながら、夏海は剣を振る。 「霊水!」 言葉は自然と口から出てくる。 夏海がこうしたい、と何となく思うことを剣は具現化し、感覚として夏海へと伝えてくれる。 その伝えられた感覚を頭がそのまま言葉にしてくれる。 空中を飛んでいく間に剣から飛び散った水の固まりは氷となって化け物にぶつかった。 苦しそうに吼える化け物に、体中鳥肌を立てながらも夏海は自分を奮い立たせた。 「わたしは……もう守られてるだけのお姫様じゃない!」 昔から、対等でいたかった夏海。 隼人に甘え、甘えられる関係でいたかった夏海。、 でも初めて化け物に襲われたあの日から、彼女は隼人に守られるだけになっていた。 それは心地よかったけれど、やはり嫌だったのだ。 「隼人!!」 夏海は叫んでいた。 隼人がこちらに走ってくるのを感じたから。 横に飛んで避けると、夏海の横をすり抜けて隼人が走っていった。 さほど時間がかからなかった事も幸いだったのだろう。 集合体は目標を夏海からとりあえず俺に移したようで、拳を俺へと向けてきた。 「うおおお!!」 俺は更に移動速度を上げて集合体に迫った。 急加速に俺の体は軋みを上げるが、そんな事は構っていられない。 『剣』によって身体能力の増強が引き起こされる。 それを最大限に発揮した。 「轟炎舞!!」 狙うは一点。 気が集中している場所だ。 いくら斬っても再生してしまうこいつに効くだろう唯一の攻撃だ。 これが外れれば、手は無い。 (決まってくれ――!) 集合体の拳を突き破り、俺は気の集中点を貫いた―― 最初に耳に聞こえたのは甲高い音だった。 ぴーん、と張り詰めた音というのか。 鼓膜の奥が痛くなるほどの静寂の中、俺が降り立った音が響く。 しばらく、俺は動く事は出来なかった。 次の行動を決めかねた。 そして、それを決めたのは背後から来る絶叫だった。 「ぐぎゃおおおおおおお!!!!」 今までとは明らかに違う集合体の絶叫。 振り向くと今までの消滅の仕方とは違う様相を見せた。 融けていく。 粉々になるでも細切れになるのでもなく、融けていった。 おそらく決定的な物を俺は破壊したのだろう。 気の流れが集まった場所。 そこを破壊した事で、再生する拠り所をなくした集合体には死しか残されていなかったのだ。 「隼人!」 夏海が心配そうな顔で走り寄って来る。 もちろん集合体の融けていく場所から離れて走ってくる。 「終わったようだよ」 「うん……良かった、二人とも無事で」 ほっとすると、自然と笑みが零れた。 夏海も笑ってくれる。 いつもの笑顔だ。 この笑顔を見れるだけで、俺は命のやり取りをする戦士から元に戻れる。 「帰ろう」 「うん」 二人同時に剣を解除する。 それと同時に現実世界に戻った。 しばらく歩いても神代が追ってくる気配はなかった。 「まさか、あの場所で倒れてるのかなぁ」 「俺達が逃げる時にもう動き出してただろ。今日は諦めて帰ったんだよ」 そのうち、俺達が別れる道に差し掛かる。 神代の事を考えて家まで送ろうと思ったが、夏海は断った。 「もうわたしは自分の事くらいは守れるよ。隼人も無理はしないでね。狭山先輩の事があっても」 「……ああ、分かった」 夏海は不意に背伸びして俺に口づけをしてきた。 すぐに離れて走り去っていく。 一瞬見えた顔は真っ赤だった。 「……うーん」 本当に、今まで命のやりとりをしていたとは考えられない状況だ。 しかし明日は休みだし、不健康だが外に出なければ神代とも本山とも、花月とも会わずに住むのだから憂鬱ではない。 俺は少し軽い足取りで動き出した。 気付いてはいなかった。 この一週間で安息の日なんてないという事を。 やはり事態はそう甘い物ではなかったんだ……。 期限まで、後五日 |