輝きは剣の中に 15


「ふああぁああああ……」

 我ながら馬鹿な欠伸だ。
 あれから最後まで読み通してリアルな感覚を体験しつづけた。
 おかげで体力もなくなったし、学校も休もうかと思ったくらいだ。
 人を斬る感覚もそうだが、自分が死ぬ感覚も伝わってくる。
 まだ精神集中で死の感触は耐えられる。夏海が読んだらおそらくそのまま精神が殺されてしまうだろう。

(着眼点が違うのか? 先輩は何を伝えようとしてたんだろう?)

 最初は過去の闘いを振り返れば何か分かるかと思った。
 だが分かったのは先輩が指摘していた事くらい。
 新しい事は見つからない。
 だが急がなければ先輩も死ぬ事になる。

(急がないと……)

 学校にも遅刻する。
 そう思って走りかけた時、俺は夏海がいない事に気付いた。

(今日は遅刻か?)

 さして気にしないで俺は学校に向かった。
 教室にもいない事に気付いたのはもちろん着いた時だった。


* * * * *


 昨日見た夢は現実となって夏海の目の前にあった。
 狭山の横たわる姿を見て、夏海は体の力が抜けるような感覚に襲われる。

(隼人が襲われた時と同じ……)

 隼人が本山に襲われた時も、夏海は今、自分の脳裏に過ぎったような映像が映ったのだ。
 そして、夏海はこの頃、特に一つの夢にうなされて起きる事を繰り返している。
 久しぶりに違う夢を見たと思った時、狭山が殺される夢だったのだ。

「先輩……」

 実際狭山は死んだように動かなかった。
 死んではいないが、死んだことと変わらない。

(やっぱりわたしの夢は……)

「予知夢、のような物だな」
「――!!?」

 夏海は何とか悲鳴を押さえて後ろを振り向いた。
 そこにはあの兵藤花月が立っている。
 なんとか動こうとしてはいたが、夏海は体全体が痺れたように動かない。

「そこまで気負う必要はない。まだお前に手を出す気はない」
「まだって事は……やっぱりあなたも闘いに参加するのね」

 自分に頑張れと言い聞かせて、なんとか夏海は立ち上がった。
 体全体が震えていても、目だけは精一杯花月を睨みつける。
 その様子に花月は何かを感じたのか、微かに笑みを浮かべた。それが夏海には意外だった。

「……お前は未来に何を見たんだ?」
「!!」

(やっぱり、この人は気づいている)

 夏海は自分の持つ能力――未来を見ることができる事を花月が気付いていて、何を見たかという事も知っているのだと理解した。だからこそ精一杯否定してみせる。

「……どんな未来を見たかなんて関係ないわ。そうならないもの」

 花月は笑みを浮かべると病室のドアに手をかけた。
 ドアをゆっくりと開きながら、夏海のほうを向いて笑いかける。

「自分の言っている事が意味などない事を、お前は知っているだろう」

 夏海は涙が流れる事を我慢できなかった。
 花月はすでに部屋から出て行っていたことから、その泣き顔を見られることは無かったが、それでも自分が泣いていることはドアの外からでも明白だっただろう。
 出来たのは、嗚咽を堪えるだけだった。

(あんなのは夢! 悪夢よ……)

 夏海には初めての経験だった。
 自分の言う言葉がここまで空虚に聞こえたのは。


* * * * *


 今日、夏海は三限目から登校してきた。
 いつもの笑顔。だけど、どこか違う。

(何かを隠しているのか……)

 心の中が痛い。
 どうしてこれほどまで痛むのか分からない。
 だが、俺の直感が伝えていた。
 夏海は、何か重大な事を知っているのだ。
 そしてそれを俺に言う気はない。

(夏海……)

 クラスメイトと普通に話す夏海が、痛々しく見えた。




 時間は過ぎる。
 最近、まともに授業を聞いたためしがない。
 何しろ命のやり取りをしているんだ。
 他の事に気は回らない。
 剣道部もしばらく休む事にした。
 肩を痛めたとでも言えば通じるだろう。
 だが、それが一週間になるか永遠になるかは今後次第。
 負けるわけにはいかなかった。

「夏海」

 俺はさっさと帰ろうとする夏海を呼び止めた。
 どこかぎこちなく振り向く夏海。
 俺は……あえて知らないふりをした。

「実は、狭山先輩が――」
「知ってるよ」

 予想はしていた。
 狭山先輩はこの学校では有名人だ。病院に入るような状態になったのなら噂にならないはずは無い。

「……そう、か。それでな、先輩が俺にヒントをくれたんだ。今回の闘いの謎を解くための」

 そう言った時、夏海の顔が少し引きつったように見えた。
 すぐに表情は元に戻ったためによく分からなかったが。

「そうなんだ……。わたしも手伝うよ! 教えて教えて!」

 夏海は俺を急かして歩き出す。
 明らかに無理していたが、それを追求する気にはなれない。

(これだけ無理してるんだ。理由を聞けるはずは無い、か)

 半ば諦めて夏海の後をついていく。
 そして学校から出た時、全ては止まった。

「これは!?」
「『剣』よ!!」

 俺は瞬時に剣を取り出していた。
 夏海も同じように取り出す。夏海の手の中から水が発生し、それが剣に形を変える。
 周りはすでに化け物達に囲まれていた。
 その数――三十ほど。

「なんて数!?」
「やるしかないな!」

 俺と夏海は背中合わせになって構えた。
 その時、上空から雷撃が迸る!

「神代か!」

 上を見上げると屋上から飛んだ神代が見えた。
 神代はそのまま剣を掲げる。すると剣から夥しい量の雷撃が発生し、取り囲んでいた化け物達全てに直撃する。
 神代が地面に降り立った時には、全ての化け物は黒焦げになり、地面に崩れ落ちていた。
 俺は夏海を庇うようにして神代の前に立った。

「……まだ、そんな甘い事をしているのか」

 油断したわけではなかった。
 俺の目は確かに神代を捕らえていたはずだった。
 だが、気付いた時には奴の刃は俺へと向かってきていたのだ。

(――!?)

 何とか反応して剣を受け止める。
 神代のスピードは以前とは比較にならなかった。
 怪我をする以前よりも更に、強くなっている。
 何がこいつをここまで強くした?

「既に匙は投げられた。狭山が脱落した時点で、この闘いはもう止められなくなったんだ。それでもお前は所持者を守るようなまねをするのか!」

 剣を弾いて距離を置いてから神代は再び迫ってきた。
 俺の目の前まで来て、その姿が掻き消える。

「何!?」
「右!!」

 夏海の声に半ば反射的に剣を右側に振り下ろした。
 迫り来る神代の剣にちょうどぶつかる。
 耳障りな音が空間に響いた。

(尋常じゃない……。こいつは……)

 俺は悟った。
 神代は迷いをほとんど捨て去っている。
 最初は人の命を奪う事に抵抗を感じていた神代。
 だが今、目の前にいる男はそんな甘さなど見えない。

「お前……」
「もう時間がないんだ」

 神代はその言葉を噛み締めるように言った。
 顔は無表情だったが、その内心は血だらけになっているはずだ。

「あと六日で、陽子は死ぬ」
「なんだと?」

 夏海は俺と神代の会話に入れずにおろおろとしていた。
 だが俺には説明する気も暇もない。
 一瞬でも気を逸らせば、今の神代には殺される。

「もう時間がないんだよ。期限が一週間なら好都合だ。俺がそれまでに勝ち上がる」

(花月……まさか……あいつ)

 そうだ。
 花月は何と言っていた?

『事態は動く』

 そう言っていたんじゃないか?
 その事態、とは神代の妹の容態だったんだ。

(全部奴の掌の上かよ!)

「さあ、行くぞ。まずはお前から殺してやる」
「くっ」

 圧倒的な圧力。
 凄まじいまでの執念を神代から感じる。
 だが今正に神代が俺に襲いかかろうとした時、予期せぬ事が起こった。

「なに、あれ……」

 夏海の声が震える。
 その声の様子に神代は動きを止めて夏海の視線を追っていた。俺も少し遅れて視線を向けると、そこに黒焦げになった化け物が一つになっていた。
『それ』は化け物の残骸が集まってできた物のようだった。
 俺達の周りに黒焦げになっていた化け物達の死骸がなくなっていることからも明らかだ。
 しかしその事が何を意味するのかが分からない。
 ただ焦燥感だけがあった。

(やばい!)

 次の瞬間には夏海を抱いて飛んでいた。
 神代も同じ物を感じたのだろう。俺達とは逆方向へと飛んでいる。
 その合間を化け物の集合体が飛ばした光線が薙いでいく。
 光線はグラウンドを深く抉りさった。

「……なんて破壊力だよ」
「怖い……」

 今までの化け物とは明らかに違う。
 凄まじいまでの攻撃力。
 流石は集合体と言ったところだ。
 などと冷静に分析していたが、実際俺はかなり焦っていた。

(これで神代が気にせずに襲ってきたらまずい)

 勝ち残るだけが目的になった神代がなりふり構わず俺達を襲ってきたとしたら、この集合体を倒す事はできないだろう。

「久坂!」

 そう考えていると神代の方から俺に声をかけてきた。

「一時休戦だ! まずはこいつを殺す!!」
「――オッケイ!」

 その申し出はかなりありがたかった。
 出来れば永遠に休戦していたいが仕方がない。
 まずは目の前の危機を何とかしないと……。
 しかし同時にある事実に気付いて愕然とする。

(あの神代があいつを“恐れてる”っていうのか!)

 俺に迷わず共闘を申し込まざるを得ないほど、あの化け物の強さは際立っているというのか。
 それに考えを向かわせる暇も無く、闘いは開始された。

「炎華!」
「轟雷!」

 俺が炎を、神代が雷を飛ばす。
 今までの奴ならばこの攻撃でかなりのダメージを与えられるはずだった。
 しかし集合体はいとも簡単に炎と雷を弾いた。

「全く効かないか……」

 俺が呟いている間に神代が素早く集合体の懐に接近した。

「雷錐!!」

 刀身に纏った雷が剣状に伸びる。
 そのまま集合体の体を貫いて、衝撃で集合体は空中に浮かんだ。

「うおおおおお!!!」

 神代の絶叫。
 集合体を串刺しにした状態で神代は振り回す。
 そして――体の周りに雷を纏った。

「雷爆!」

 神代の体を覆っていた雷が一斉に放射されて集合体へと集中する。
 集合体は一気に爆散した。

「す、凄い……」

 夏海は呆気に取られていた。
 自分が何もしない間にあの強敵を簡単に殺してしまったのだから。
 俺も同じ思いだ。

「これで、邪魔者は……」

 その時だった。

「神代ぉお!」
「――!!」

 神代が振り向いたのと、再生した集合体の手が神代を吹き飛ばすのは同時だった。




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