「やはりお前は最初に殺すべき、だな」 花月は狭山の解答に笑い、その行為を終えた時、殺意を剥き出しにした。 今までのどんな状況よりも危険だと、狭山の頭が告げる。 その瞬間に狭山は横に飛んでいた。 彼のいた空間を黒い光が過ぎていく。 屋上の床を完全に抉った一撃はすぐに花月の手元に戻った。 黒い剣。 花月の手にいつの間にか一本の剣が握られていた。 「黒剣《魔黒》。光を通さず、闇を育む。お前の心にある希望の光も吸い取ってやろう」 「俺の光は――誰にも消せない!」 狭山は内に宿る恐怖を押さえ込んで突進した。 自分の手にある剣の力を信じて。 「旋風!」 風が一つに集束されて花月へと向かう。しかし花月は剣を構えたと思うとその風に向けて突き出した。 突き出された黒剣は風とぶつかる。 そして――風は剣の中に吸い込まれた。 「なに!?」 「この剣にあるのは深遠なる黒。奈落の底だけだ……」 花月の眼が冷たい光を宿す。 その眼光の前に狭山は体の震えが止まらなかった。 その体の震えに気付いたのか、花月は笑った。 それはけして侮蔑の笑みではなく、どこか……狭山自身を誉めているように見えた。 「体は正直だな。だが絶望に沈まない精神力はなかなかの物だ」 「……ありがとう」 もはや狭山にできるのは精一杯皮肉を口にする事だけ。 (どうやら……俺はここまでみたいだな) 諦めたくはない。 だが、状況を打開する手段が見つからない。 どうすればいいのか、と考えて、狭山は気付いた。 「なんて……考えてられるか!」 狭山は震える両足を拳で殴りつけ、そのまま花月に突進を再開する。 (考えて立ち止まるより、出て活路を見出せ! どんな敵にも弱点はあるんだ!!) 飛び道具が効かないなら直接斬り裂くだけと、狭山は剣を振るった。 人間を殺すという気はなかった。 直感的に悟っていたのだ。この兵藤花月は人間ではないと。 数度斬りつけ、花月の体から血が舞う。 顔は全く表情を崩してはいなかったが、効いていないはずがないと狭山は更に攻撃の手を強めていく。 「喰らえ!!」 狭山の渾身の一撃を受け、花月は体勢を崩した。 (いける!) 決定的な隙。 狭山は、内心で、勝利を確信した。 正にその時だった。 「甘いな」 その声は、やけに大きく、静かに聞こえた。 狭山の剣先には花月の姿は無かった。 軽く体に走る衝撃。 鈍い痛み。 そして、下を見ると……胸から黒い剣先が生えていた。 「え……」 自分の声が聞こえる。 それは間抜けな、あっけに取られた声だった。 自分の声とは思えないほど遠くで聞こえる。 急速に狭山は体の中から力が抜けていった。 剣が引き抜かれる衝撃。 そして彼は屋上に倒れた。 「狭山鷲。お前は大した男だよ。誰もが疑問に思いつつも辿り着けなかった場所へ、お前は辿り着いた」 朦朧としてくる意識。 しかし花月の言葉は頭に直接響いてくるようだった。 「私の正体に気付いた事に敬意を表そう……」 狭山の視覚は既に外の世界を感じない。 だが《魔黒》が俺に向けて振り下ろされる事はその殺気から感じた。 (……久坂ぁあ!!) そして、狭山の意識はなくなった。 「……なんだ?」 俺はノートから目を離して外を見た。 何故だか誰かに呼ばれた気がしたから。 知っている人だった気がする。 (……なんだろう?) ひどく嫌な予感がした。 自分の知らない所で、何かとんでもない事が起こっている気がする。 そう思うといても立ってもいられなかった。 壁にかかっている上着を着て、俺は外に出ていた。 どこに向かっていくという確たる場所を決めていたわけじゃない。 だが、足は自然と学校へと向かっていた。 自分の足で歩いているのに、自分の意志で歩いているとは思えない。 (どんどん強くなってくる……) 心臓の動悸は早くなっていった。 間違いない。 何かが起こっている。いや、起こってしまったのだ。 自分が恐れる何か重大な事が。 「くそっ!」 焦燥を声に乗せて吐き出す。 俺は走り出していた。 どうか、手遅れにならないように。 それが叶わぬ願いだと心の何処かで知っていながら。 俺が学校で倒れている先輩を見つけたのはそれからすぐの事だった。 「原因は全く分かりません……」 医者が肩を落として落胆するのを、俺はどこかぼんやりと見ていた。 視線を移すと病院のベットに体を横たえている狭山先輩。 ぴくりとも動かず、まるで死んだように眠っている。 「外傷は全くありません。しかし、体の機能はほとんど停止しています。生きるのに最低限動いている程度で」 そんな事はどうでもいい。 ようは、先輩はどうなるんだという事だろ? どうしてそれを言おうとしない? 俺は自分の声が声になっていない事を、この時初めて知った。 俺の視線は先輩から動かず、口も開いていないのだ。 「この状態が続いたとしたら、もって後……一月かと」 一月。 先輩の、命の期限。 あまりにも短い。 「また『期限』か」 それだけは言葉になる。しかし医者には聞こえてはいなかったようで病室から出ていった。 親に何とか連絡を取ろうということだろう。 そして部屋には俺と先輩だけが残された。 俺が学校についた時、先輩はグラウンドに倒れていた。 抱き起こして呼びかけても何も反応せず、死体のように重かった。 実際に死体を持った事は無かったが、全ての力が抜けきっている人間の重さが半端じゃない事は知っていたが、あそこまで重かったのは……初めてだった。 「なあ、先輩」 無駄だと分かっていて話しかける。 「一体何があったんだ? やっぱり『剣の闘い』の結果なのか?」 内心では認めたくない事をまたしても遠まわしにしようとする。 だからあえて俺はこう呟いていたんだ。 自分から向き合うために。 もう、逃げられない。 あと一週間のうちに決着はつけなければいけないんだ。 その時だった。 「……先輩?」 先輩の腕がかすかに動いていた。 俺は咄嗟に強くその手を掴む。 「先輩! 久坂ですよ! 先輩!」 先輩は微かに目を開いて、口を薄く開けた。 何かを言おうとしている。 俺は先輩の口に目一杯耳を近づけた。 「―――――っ!」 その声は確かに聞こえた。 本当に小さな声だったが、確かに俺の耳に聞こえた! 「どういう……意味なんです! 先輩! 先輩!!」 先輩の目は既に閉じられていた。 先ほどの状態に戻っていて、もう一度開かれる兆候は全く見られない。 俺は病室を出た。 さっき先輩が言った言葉の真意を確かめるために。 家に帰って食事を終えてから、俺は爺ちゃんに頼んで古文書を手に入れ自分の部屋に入った。 その存在を知らされてから一度も読んだ事が無い古文書。 明らかに異質な『それ』を、俺は開く。 そこには遥か昔から続く『剣の闘い』の様子が描かれていた。 克明に。 読んでいるとまるで今、自分がそこにいるような錯覚に陥る。 それほどリアルに映像を浮かべる事が出来た。 「なんだ……これ?」 俺は文章から目を離した。 激しく胸を叩く心臓。 流れる汗。 その中で敵が振り下ろしてくる剣を受け止める自分。 返す刀で紙切れのように人間を斬り裂く。 確かな感触として手に伝わってきた。 「これは……ただの文章じゃない……これは……」 なんと言えばいいか分からない。 だが、これは何らかの手がかりになる事は確かだった。 この中に謎を解く鍵はあるはず。そう、根拠は無いが思えた。 狭山先輩が示したかった答えがこの中にあるはずなんだ。 「探すぞ。先輩の意志を無駄にしないために……」 再び読み、気付くと時刻は深夜零時を回っていた。 あと六日。 全ての決着まであと六日。 「必ず探し出す……」 結局、俺は徹夜したが手がかりを見つけることは出来なかった。 風の剣《風華》保持者・狭山鷲リタイヤ 残り五人、残り六日 |