輝きは剣の中に 12


 目が覚めると、白い天井が見えた。
 一瞬、自分がどこにいるのか分からなくなり混乱しかけた。
 それを抑えることが出来たのはなんのことはない。
 夏海が心配そうにこちらを覗きこんで来たからだ。
 髪が微かに顔に触れて、甘い香りを運んでくる。

「気付いた? 大丈夫?」
「……大丈夫、みたいだ」

 俺はベッドに寝ていたようで、起き上がってから体の各所を動かしてみた。
 痛みは走るもののどうやら深刻なダメージは無いらしい。
 筋肉痛の、かなり酷い状態よりも凄い痛みだが。

「ここは俺の部屋だ。心配せずに寝てろ」

 少し離れた所で狭山先輩がコーヒーを入れていた。
 寝てろと言いつつもどうやら、俺にベッドをこれ以上占領されたくないらしい。
 俺は起き上がって少し歩いた。
 部屋はベッドのある寝所のスペースと机など実用的なものがあるスペースに分かれていて、俺と夏海はテーブルの近くに腰掛ける。
 先輩がコーヒーを二つテーブルに置いた。
 立ち昇る湯気が俺の鼻腔をくすぐる。

「あれから……どうしました?」
「お前が気を失ってから兵藤……花月はすぐに消えた。俺達はお前と一緒に空間から脱出した。他の二人の争う気配もなかったから、おそらく二人とも闘わずに出ただろう」

 俺はその男、兵藤花月の事を思い出していた。
 いかなる感情も覆い隠してしまうような黒を纏った男。
 一目見ただけでこいつは危険だと、本能が言っていた。
 今更思い出すだけで鳥肌が立ってくる。
 あれほどの恐怖――そう、恐怖だ――を味わった事は、今まで無い。
 化け物達に襲われてもあそこまでは恐怖しなかった。

「あの人が、先輩が言っていた《X》なんでしょうか?」

 夏海も顔を青ざめさせながら言うと先輩が答える。

「そうだろうな。俺が《X》と言った時、奴は言った。『今は兵藤花月』と名乗っている、と」
「一体どういうつもりなんだ……」

 俺は思わず拳を握り締めていた。
 俺達を馬鹿にしているとしか思えない奴が、自分から姿を表した。
 見つけて文句を言ってやろうとは思ったが堂々と現われるとかなり怒りがつのる。
 明らかに俺達の行動を先読みして、翻弄する態度を取ってくる。

「そうなんだよな……」

 先輩が何かを言おうとしたが、結局それから口を開く事は無かった。

 俺と夏海はすぐに帰る事にした。
 その間、ずっと先輩が考え込んでたようだ。何がそんなに気になるのか?

「なあ、久坂。兵藤って名前、聞いた事無いか?」
「いや……、ないです、けど」
「そうか」

 先輩の問いかけの真意がわからないまま俺達は家路についた。




 その日は朝から体全体が軋んでいた。
 しかも昨夜はこの痛みから全然睡眠が取れなかった。
 でもあれだけの戦闘でこれだけの怪我で済んだという事は幸運だったと言わざるをえない。
 だがあの瞬間、思ってしまったんだ。
 どんな事になろうとも神代を止めるって。
 自業自得だ。

「いてぇ」
「大丈夫?」

 後ろから声をかけてくる夏海に俺は頷いた。
 走って追いかけてくるのは分かっていたが、歩いている今の状態を一度止めると再び動き出すのに時間がかかる。

「でも、良かった。隼人が無事だったの、わたしの『剣』の力よ」
「……そうだけどな。やっぱり俺は――」
「もう言わないで」

 夏海は俺の口に人差し指を当てて黙らせた。
 少しして俺から離れて言う。

「隼人に守ってもらってばかりはもう嫌なの。わたしも……出来る力があるなら、隼人の力になりたいの」

 夏海は言ってから顔を赤くして走っていった。
 俺はその場に立ち止まって何となく居心地の悪さを感じる。

(恥ずかしい事を言う奴だな……)

 しかし、悪い気分じゃなかった。
 そしてそう言ってくれるあいつを余計に守りたくなった。

「頑張らなきゃな」

 そして俺は激痛を我慢しながら再び進み始めた。




 痛みに耐えながら俺は屋上に上っていた。
 この頃昼休みに屋上に上ってろくな目にあっていない気がする。

(神代にも襲われたしな)

 神代は休みだった。
 どうやら俺よりも傷は深いらしい。しばらくは動けないだろう。

(本山も先輩の話だといないらしいし、しばらくは穏やかに過ごせる、かな……)

 そう素直に思っていない自分がいた。
 こうして屋上に上っている間にも不安が膨らんでいくのが分かる。

 どうしてこんなに不安なのか?
 どうしてこんなに汗が出るのか?

 結局それは、屋上の扉を開いた時点で解明された。

「――どうして、お前が……」
「どうして、か。簡単な事さ」

 一人だけの先客。
 最も見たくなかった人物は優雅に黒いコートを翻し、俺に言ってきた。

「俺の名前、聞いた事は無いのか?」

 昨日の狭山先輩と同じ事を聞く。
 素直に知らないと答えると呆れたように肩を竦ませて兵藤花月は言った。

「俺はここの校長の息子さ」

 それは今までで一番驚く台詞だったと、冷静に思った。
 俺の中に激しい憎悪が猛ってくるのをとめる事が出来ない。
 頬が、頭が熱くなり、その熱が体全体に広がっていく。

「ふざけるな。校長に息子がいるなんて聞いた事が無い」
「ああ。当たり前だ。ここの校長に息子などいない」
「なら――」
「だがいるんだよ。俺が」

 花月は俺が困惑するのが心底面白いらしい。そして俺はそれが心底気に入らない。

「どういう事なんだ?」

 俺はなんとか言葉を搾り出した。もう一歩進めば、理性など消し飛ぶ。

「紳士的な態度に敬意を表して教えてやろう。俺はこのゲームの支配者だ」
「ゲーム……」
「そう。お前達の言葉で言えば――『剣の闘い』の支配者。そしてその闘いを身近で見るには生徒に扮するのが一番だ」
「……だから校長の息子になったとでも言うのか! お前の思い通りにこの学校を操っているとでも言うのか!」

 俺の問に花月は一呼吸おいた。
 俺はその間で、激しく動悸した心臓を抑えようとする。
 そして動揺が収まったのを見計らって花月は言った。

「そうだ」

 短く、しかし確実な一言。
 俺はなんと言って返したらいいか分からない。

「俺の力なのさ。この闘いを面白くするために自分の思い通りに人を操れる。そう、校長の息子などいない。しかし俺がそう言えば人は皆、俺をそう扱う。
 だが例外もいる。『剣』の所持者にはそう言った精神操作ができない。多少は干渉できるがな」
「俺達にも、何かしたのか?」
「咄嗟に兵藤という名を思い出さなかった。あと《X》と言う名、面白かっただろう? ゲームの悪役には定番だ」

 流石に、耐え切れなかった。
 気がつくと俺は、花月の胸座を掴んで金網のフェンスに押し付けていた。

「道楽のために平然と人と人を殺し合わせるなんて、許さん」
「甘いな」

 何が起こったのか分からない。
 だが、一瞬の間に俺の視界に花月の姿は無かった。
 振り返ると平然と出口に歩いて行く花月。

「既に期限は切られた。残り一週間で決着をつけろ」
「誰が貴様の思い通りになるか」
「お前がどう思おうと勝手だ。だが事態は動く」

 出口のドアに手をかけた花月は振り返った。その顔に不敵な笑みを浮かべて。

「俺を心底楽しませてくれ」

 花月は扉の奥に消えた。
 俺はフェンスに背中を預けて空を見上げるしかできなかった。
 何も出来ない、無力感を抱えて。

「何を……する気なんだ? 花月……」

 分かったのは一つだけだった。
 花月はあくまで俺達を殺し合わせるという事。
 そしてそれを楽しむ。
 どうしてそこまで人の死を見て楽しむのか……理解に苦しむ。

 だが、そうなればやるべき事も一つだった。

「絶対に、止めてやる」

 俺は、拳をフェンスに叩きつける。
 これから一週間の、決意を体に刻み付けるように……。




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