輝きは剣の中に 11


 辿り着いた先は巨大なクレーターが口を開けていた。
 位相がずれている世界でも物質の強度は現実世界と同じ。
 それだけに、今俺達の前にあるクレーターが神代の一撃の威力を物語っていた。

「二人は……?」

 先輩が剣を構えて油断無く周りを見回す。
 俺は視線を巡らせて、電柱の上に立つ神代を発見した。

「神代……」

 俺の呟きが聞こえるはずはなかったが、神代は俺達の方を向いた。
 そして、叫ぶ。

「どうだ! 俺は負け犬じゃない!! 俺は俺の目的のためなら人だって殺せる!」

 神代は高く飛び上がると俺達に向けて落下してきた。
 剣を突き出し、そして叫ぶ。

「爆・迅雷!」

 言葉と共に神代を覆う雷。
 俺と先輩は左右に別れて飛んだ。ちょうど間に神代が着弾する。
 生じた衝撃波は正に先ほど感じた衝撃波だ。
 あの一撃を、本山は喰らったのだろうか? それなら――

(もう手遅れだって言うのか!)

 そう考えている間にも神代が俺に突進してきた。
 鋭い刃を何とか躱して間合いを取る。

「逃げているだけじゃ、俺は倒せない!」

 移動速度、そして斬撃の速さ共に最初に闘った神代から比べて格段に上がっていた。
 以前は簡単に剣筋は見切れたが、今は一瞬でも気を抜くと捕らえきれない。

「お前も見ただろう! 俺は妹を救う! その為に俺は『剣の闘い』を受け入れたんだ!」
「人を殺してまでして救われて、妹が喜ぶとでも思っているのか!」
「妹が喜ぶなんて問題じゃない!」

 その言葉と同時に俺と神代の剣がぶつかりあう。
 膂力が同じせいか、お互いその場から少し後ろに下がる。

「妹は確かに悲しむだろうさ。俺を憎むかもしれない。二度と、あいつの前に立てなくなるかもしれない。いや、間違いなく俺は罪人になりさがるだろう!! だが、俺はそれでも妹に生きていて欲しいんだ!!」

 その瞬間、伝わってきた。
 神代の心の底が。
 それは剣同士の共鳴、とでも言う物だろうか?
 少なくともこの時に俺と神代の心は繋がっていた。

 流れてくる感情は妹に与えられた安らぎに満ちていた。
 小さな幸せに包まれていた頃の記憶。
 それはずっと包まれていたいほどの甘美な感覚だった。

「神代……」
「俺は妹を取り戻す! そして、未来に進む! 妹を救えなければ、俺は先には進めない!!」
「久坂!」

 俺達の間に、先輩の声が飛び込んできた。
 次の瞬間、俺達の間の地面が突如爆発した。

「神代!」

 俺と神代の間から飛び出してきたのは本山だった。
 本山は俺に目もくれずに神代のほうを向いて剣を突きつける。
 服は所々焦げ、燦々たる有様だったが傷自体は浅いようでまだまだ覇気がある。
『土の剣』の力で地面にもぐって神代の一撃を躱したのだろう。

「この死にぞこないが……!」

 神代は体中に雷を纏った。
 凄まじい闘気が本山を通り過ぎて俺にも伝わってくる。

「こいつは……危険だな」

 いつの間にか近くに来ていた先輩に、俺は気づかなかった。
 剣を握っている手は汗ばんでいて気付かぬうちにシャツになすりつけていた。

「駄目、だ……」
「久坂?」

 駄目だ。
 駄目だ駄目だ駄目だ!

「久坂!」
「離してください! あいつを止めないと、本山が殺される!!」
「近づいたらお前まで死ぬだろ!」

 俺はなんとか抜けようとしたが、先輩の押さえつけは完璧だった。
 全く動けないまま、俺は破滅へと向かおうとしている神代を見つめていた。

「決着、つけるか?」

 本山が剣を道路につきたてて神経を集中しているのが見えた。
 こちらも闘気を溜め込んでいる。
 次の一撃は間違いなく必殺の一撃になる。

「狭山の前にお前と闘っておいて良かったぜ。剣の力を引き出せたからな!」
「そんな台詞は、生き残ってから言え!」

 空気が焼ける。
 空間がひしゃげている。
 二人の引き起こすエネルギーがこの位相がずれた空間さえも引き裂こうとしている。

「俺は全力で防ぐ。久坂、協力してくれ」
「俺は……」

 俺は、決めた。

「久坂!」

 気付いた時には、その場を駆け出していた。
 先輩が防御に意識を移した瞬間、掴みが緩んだ瞬間を見極めた。
 二人は最後の一撃を放つ寸前だった。
 今二人の間に飛び込むことは自殺行為に違いない。

(それでも――)

「爆・迅雷!」

(それでも、俺は――)

「土龍烈波!」

 雷に包まれた神代が跳躍し、本山へと急降下する。
 対する本山は剣が突き立っている地面から土の龍を呼び出し、その頭に乗って猛スピードで神代に向かった。

「お前等を止めるんだぁ!!」

 俺の体を炎が包み込む。
 外から見れば、俺は一つの火の玉となっていただろう。

 気付けば、神代と本山がすぐ傍に見えた――――――




 猛烈なスピードで接近する俺、神代、本山。
 二人とも俺の接近には気付いただろう。そして、もう躱しようのない距離だという事も。
 このまま衝突すれば、おそらくダメージは三人に分散されて運がよければ死なないはずだ。

(これは、賭けだ)

 意識が極限まで引き伸ばされて緩くなった時間の中を過ぎる。
 そこに異質な物が混ざったのはそのすぐ後だった。

 それは水だった。
 その場所に、空中に存在するはずの無い量の水。
 それが突如俺達の間に出現した。

『なに!!?』

 三人が三人。
 同時に声を上げていた。そしてお互いにその声を聞いただろう。
 凄まじい音を立てて俺達はその水に飛び込み、弾き飛ばされた。

「がは!?」

 背中から叩きつけられたショックで俺は一瞬意識を失った。
 だがすぐに肺を圧迫される痛みが全身を駆け巡り、咳き込む。

「大丈夫か、久坂!」
「せん、ぱ……い。どうやら、まだ生きてるらしいや」

 先輩に背中を支えられながら俺は立ち上がる。
 視線をめぐらすと神代も本山も俺と同じように飛ばされて咳き込んでいた。
 二人とも自力で立ち上がる事は難しいようだ。

「でも、なにがあったんだ?」
「あれだよ」

 先輩が指し示す方向を見て、俺は絶句した。
 見たくはなかった。
 その光景は見たくなかった。
 でも、拒んでも、事実は変わらない。
 俺はせめてもの抵抗で、視線を逸らしていた。

「隼人!」

 走ってきたのは夏海だった。
 手に、『剣』を持って。

「隼人……無事だった……」
「な、つみ……」

 夏海は視線を逸らしていた俺を心配そうに見ていた。
 俺は夏海が剣を持つ光景なんて見たくなかった。

「おまえ……」

 夏海は自分の手の中にある『剣』を見、また俺に視線を向ける。

「わたし、自分から望んだんだよ。神代君を、隼人を止められる力が、守れる力が欲しいって」

 俺の心中を察したのか夏海は俺に必死になって言った。
 でも、それでも俺は……。

「夏海には、剣に関わって欲しくなかった」

 夏海は悲しそうに俺を見た。
 何も言えない。
 俺達の間に横たわる微妙な間……。
 破ったのは一つの声。

「話、は……終わりか!」

 俺は咄嗟に夏海を守る体勢を取った。
 視線の先には先に立ち上がった本山。
 足元はかなりふらついているが目は死んじゃいない。

「全ての『剣』の保持者が集まったんだ。派手にやろうぜ!」
「――そうだな」

 しかし、答えたのは俺達じゃなかった。

「誰だ!」

 先輩が焦りを含んだ声で周りを見回す。
 俺はふと視線を移した時、何か影が視界に入った。

(いや、影じゃない……)

 影ではなかった。
 それは明らかに人間の体躯。
 影に見えたのはその体が全て黒で統一されていたからだ。
 漆黒のコート。
 その下には黒地の上着にパンツ。
 黒、黒、黒。

「誰だ、お前は!」

 先輩は俺を支えるのを夏海に任せて剣を構えた。
 顔には汗が滲んでいる。
 俺にも先輩の焦燥は手に取るように分かった、

『この相手は、危険すぎる』

「『剣』の保持者がそろった。これからが真の闘いの始まり。持てる全ての力を尽くして闘え。最後の一人になるまで」
「……うるせえよ!」

 男の言葉に返したのは本山だった。
 ふらふらとしながらも男へと歩を進めていく。

「てめぇ、も『剣』の関係者か? なら、俺の敵だ」
「お前は彼らだけを倒せばいい。私にはかまうな」
「うるさいんだよ!」

 本山が剣を振るった。
 とてもひどい怪我をしているとは思えないくらいの剣撃。
 だが、中空で剣は止まった。

「な、に?」

 いや、剣は止められたのだ。

「黒い『剣』」

 夏海が呟く声が聞こえる。
 俺もその光景に目を奪われていた。

 男の手にあったのは一振りの剣。
 いかなる光も反射しないほど、暗い色をした刀身。

「お前は彼らだけを相手にしていればいい」

 男が軽く剣を弾いただけで本山は俺達の方に吹き飛ばされてきた。

「きゃ!」
「うわ!?」

 夏海が俺に覆い被さり、先輩は少し離れた。
 その合間を本山が吹き飛ばされ、道路に激突した。

「う……」

 衝撃に本山は失神したらしく、苦しげな呼吸が聞こえてきた。

「さあ、闘え。狭山鷲。ここに倒れている所持者達を殺せ」
「……できるか。そんな事」

 先輩は剣を男に向けた。

「俺はこの闘いを止めるために闘ってる。お前の思い通りにはさせないぞ、《X》」

 男は少し考えるように空を見た。
 その《X》という単語が自分の事を指しているのだという事を確認しているように見える。
 そしてすぐに視線を先輩に戻すと念を押すように言った。

「今は兵藤花月、と名乗っている。まあいい。時間は迫っているのだからな……」

 次の瞬間、男の姿は消えていた。
 誰も、俺や夏海、先輩がその男の姿をずっと見ていたはずなのに、男の姿は一瞬で消え失せていた。
 俺達は呆然とするしかない。

「兵藤……花月……」

 それが俺の視界が暗くなる前に覚えている最後の言葉だった。



 遠くで、誰かが俺を呼ぶ声がしていた。




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