輝きは剣の中に 09


「轟雷!」

《雷覇》の刃から電撃が迸り、コンクリートを抉りながら雷は一直線に進んでいく。
 しかし本山はその場所から一歩も動かない。

「土龍!」

 本山の剣が道路に突き刺さるとそこから衝撃波が生まれて神代の雷撃と衝突した。
 双方の衝突で相殺し切れなかった波動がお互いに吹き付けていく。

(威力は俺の方が上。だが、防御力はあいつが上か)

 神代は冷静に判断すると最も有効な手で攻撃を再開する。すなわち、支えきれないくらいのエネルギーをぶつけること。
 単純ではあるがそれだけに防ぎ様が無く、最も有効な方法だった。

(攻撃は最大の防御!)

 雷撃を放ち、そのまま神代は前に突き進んだ。
 常に雷撃を放っていることからも本山に対して防御幕を張っている形になり、一気に剣の射程距離内に入る。

「おおおお!!」

 渾身の斬撃は本山の剣に受け止められたが、神代には相手の動きが手に取るように分かった。
 彼はその瞬間、確信する。

「お前、剣の腕はほとんど雑魚のようだな!」
「くっ!?」

 神代の剣の猛攻に本山は徐々に後ろに体を下げる。
 斬撃の方向を変えながら神代は一気にたたみかけた。だが、剣閃は一度も本山を切り裂きはしない

(おかしい!)

 警告音が神代の頭の中に鳴り響いたのはその時だった。
 耳をつんざく音。
 たまらず離れ、ぬるりとした感触のために耳に手を当てるとかすかに血が出ていた。
 本山の『剣』が神代の頭をかすっていったのだと理解し、神代は少し青ざめる。

(もう少し躱すのが遅れたらならもっていかれたのは耳だけじゃないな……)

 神代は動揺を隠しながらも本山に問い掛けた。

「手加減していたのか?」
「そこまで余裕は無い。ワンチャンスを狙ったんだが、駄目だったな」

 そう言いつつ本山の顔には先程とは変わって余裕が出来た。
 当たりはしなかったが、確実に牽制にはなったと判断したという顔。
 その顔に神代は怒りが沸騰してくる。

「いい気になるなよ」

 神代は『剣』を正眼に構え、エネルギーを集め始めた。
《雷覇》に集まるエネルギー。
 その増大する量に本山は流石に顔を引き攣らせた。

(奴が味わった事の無いほどのエネルギーをぶつけてやる!)

 神代は腹腔から気合を吐いた。

「おおおお!」
「させるかよ!」

 本山は飛んだ。
 その前に『土龍』を振り下ろた。すると地面が抉れながら神代へと一直線に向かっていく。
 一度『土龍』で地面を抉ってくる攻撃と、自分が飛んで神代に斬撃を加える攻撃と二つ同時にしかけるということだろう。
 タイミングは申し分なく、間違いなく避けられないタイミング。
 だからこそ、神代は避けなかった。
 溜めていた全ての力を、解放する。
 迫り来る衝撃波と本山を同時に見据えて、彼は叫んだ。

「雷爆!!」

 神代の周りを取り囲むようにして流れていた雷が一気に放出される。
 本山の絶叫が辺りに響き渡った。




 本山の絶叫。
 それは神代の雷撃に対する物ではなかった。
 神代の雷撃が本山にぶつかる瞬間、横から化け物が襲ってきたのだ。
 繰り出される拳を躱せずに本山は弾き飛ばされて壁に激突した。

「グオオオ!!」

 更に化け物は神代を目標として拳を放ってくる。その軌道を見切ると神代は《雷覇》を一閃した。
 血飛沫を上げて飛ばされる腕。痛みによる絶叫を上げる化け物。

「邪魔を――するなぁ! 雷錐!」

 稲妻の一点集中。
 雷の刃に貫かれた化け物は塵になって消滅した。
 あまりにもあっけない最後。
 だが、こんな取るに足らない相手に本山は不覚を取ったのだ。
 神代は本山が倒れている場所へと向かう。
 本山はまだ倒れていた。
 うめきながら何とか体を起こそうとしている。
 しかしダメージはかなり大きいらしくこれ以上の闘いは不可能に見えた。
 そして神代は――本山に剣を突きつけた。

「油断したのは俺じゃなくてお前だ。これで終わりだ」
「……く……は……」

 苦しそうに顔を神代に向けてくる本山。
 脂汗が額に浮かび上がり、このままにしておいては間違いなく体に異状をきたすであろう。
 そんな考えが頭を過ぎり、神代はふと思った。

(何を、考えていた?)

 自問自答をする神代。
 自分が何を考えていたのかを悟り、神代は動揺した。

(俺はこれから先のことを考えていた……これから俺はこいつを殺す。なのにどうして、後のことを考える必要がある!?)

 神代は動揺を抑えることが出来なかった。
 彼にはいつも冷静にいられる自信はあった。にも関わらず、神代の剣先は震えてしまう。
 必死になって体に命令を送るが、体は硬直したまま動かなかった。

(突け。あと少し先に剣を突き出せばいいんだ。ほんの少しだけ体を動かせばいい。それなのに――どうして動かない!?)

「お前は甘いんだよ!」
(!!?)

 一歩も動けないような状態だったはずの本山が、即座に立ち上がって剣を振るった。
 神代は何とか体を後ろに引くが、前に残っていた剣に本山の剣が当たり、その衝撃に弾き飛ばされて倒れてしまう。
 たいしたダメージは無かったが、神代は動く事が出来なかった。

「助かったぜ。甘ちゃんでよ……」

 本山は元の空間に戻っていった。
 一方、神代はその場でしばらく動かなかった。
 やりきれない思いに支配され、体が震える。

(何故、俺はあそこで躊躇してしまったのだ……)

 視界が、いつの間にか滲んでいた。

「俺は……陽子……」


* * * * *


「おかしいな」
「おかしいね」

 俺と夏海は机を付け合って昼飯を食べていた。
 目の前には弁当箱が二つ。
 夏海はわざわざ俺の分までつくってくれていた。
 あの……キスをした夜から俺達は恋人のように付き合っている。
 しかし今の俺達に周りからの視線による気恥ずかしさを感じる余裕はない。

「神代の様子、おかしいな」
「そうだね……」

 俺達の視線はただ一人、黙々と弁当を食べている神代だった。
 結局、エントリーされた市内大会も出ず、俺が優勝する事になった。
 あいつが出ていればもっと苦戦していて、どちらが勝つか分からなかったはずだ。
 俺はあいつがその時を狙って仕掛けてくるかと警戒していたから、肩透かしをくらったようだった。
 誰も、神代が休んだ理由を知らない。
 本人も語らなかった。

「いつもの……なにか殺気みたいなものがないよね」

 夏海は心配そうに神代を見ていた。

「お前……命を狙われているのになんでそんな目で神代を見るんだ?」

 夏海は弁当を口に運ぶふりをして顔を俯かせると、すぐに言ってきた。

「だって、神代君はきっと何かのために闘ってるんだよ? その『なにか』に、何かがあったんじゃないかなぁ?」
「でも俺達が気にすることじゃないだろ……」

 俺は夏海の反論を聞かずに弁当の中身を腹の中に納めた。
 夏海の気持ちも分かる。
 神代の事はやはり心配だ。
 あのままだと、あの本山とか言う男なら格好の標的として狙うだろう。
 俺達を殺そうとしている奴とはいえ同じ人間なんだ。
 そんな事は分かっている。

「神代君を助けられるのは……隼人だけだと思う」
「俺が? どうして?」

 夏海もいつのまにか弁当を平らげていた。
 見た目に寄らずよく食べる。

「何かね、隼人と神代君は似ていると思う。心の底が」
「……そうか」

 昼休みが終わるチャイムが鳴る。
 夏海は軽く手を振って自分の席に戻っていった。
 俺は何の気なしに神代を見る。
 少し青ざめた顔をして机から次の時間の勉強道具を取り出す神代。

(元気になられてもな……)

 あいつが不調になる事を、望んだ俺がなんとなく最悪な男に思えた。




 放課後、俺は神代の後ろを追っていた。
 こんなストーカーまがいの事はしたくなかったが、夏海にあそこまで頼まれては断れない。

(俺も甘いよなぁ)

 心の中で溜息をつきつつ俺は尾行に集中した。
 相手は感覚も鋭敏な奴だ。
 余程注意しないと気配を読まれて尾行がばれるだろう。
 幸い、今の神代は全てにおいて覇気がなかった。

 しばらく歩いて、神代は目的地についたようだった。
 門の前で立ち止まり、中に入っていく。
 俺は完全に建物の中に入っただろうタイミングで前に出て行った。

「ここは……」

 そこは、病院だった。
 どこからどう見ても。

「こんな所に……なんの用なんだ?」

 俺は意を決して中に入る事にした。

 病院は昔から苦手だった。
 どこか死を連想させる匂い。

(嫌だなぁ……)

 神代を見失ったのでとりあえず歩いてみる。
 どうやら当人が診察を受けているというわけではないらしい。
 ならば、病室だろうか?
 何となく病室の種類を見て、俺は当てをつけた。

(ここかな)

 当てをつけた階にエレベーターで移動する。
 乗って動き出した時点で、開いた時に遭遇したら弁解できない事に気付いた。
 どうかいないで欲しい。
 そして……エレベーターのドアは開いた。
 そっと顔を出していない事を確認すると素早く出た。
 間髪入れずにスリッパに履き替えて病室が並ぶ廊下へと足を踏み出す。
 足音は自然と立てずに歩いていた。
 直感が働いたからかもしれない。
 俺はかすかに聞こえた声に足を止めた。
 声が聞こえてきた病室にいる患者の名前を見てみて、俺は動きを止めてしまった。

「神代……陽子?」

 確かにそう読めた。

 神代陽子

 苗字からして、神代の親族だろうけど……。

「もう、いいでしょ! 神代君!」

 俺の思考は病室の中から聞こえてきた叫び声にシャットアウトされた。
 相手の声は聞こえなかったが、間違いなく神代だ。

「陽子の事は……もう時間しか解決してくれないんだよ! いつか、陽子は目覚めてくれるよ。わたし達が信じてあげないでどうするの!!」

 その時だった。
 病室越しに伝わってくる、神代の殺気。
 俺は――思わず、ドアを開けていた。




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