「これで、全員が揃った事になる」 狭山先輩の声は少し沈んでいた。 俺達が駆けつけた時の会話からして、どうやらあの男は知り合いのようだ。 何かいろいろとあるのかもしれない。流石に踏み込めずに何も聞かなかった。 俺と夏海と先輩は三人で喫茶店に入っていた。 夜に寄り道をする事は校則では禁止になっていたが、誰も守っている奴はいない。 というか、生徒会長がやってる時点で見つかっても大丈夫だろう。 「あとは、夏海の『水』の剣……か」 「そうなるんだね」 夏海はイチゴサンデーを食べながら呟いた。 心配事を持っていてはいても甘い物は入るらしい。 「……闘いを止めようとしているのが俺達。そして進めようとしているのが二人、か」 俺は呟いてコーヒーを啜った。 「全ての『剣』の所持者が揃ったんだ。明日からは本格的に『剣』の闘いが始まるだろう。気を抜けないな」 「あの二人を警戒していれば大丈夫でしょう?」 俺の言葉に先輩と夏海は同時に顔をしかめた。先輩はまだしも夏海までどうしてそんな顔をするんだ? 「隼人、化け物の事忘れてない?」 「だって化け物達は俺達が奴等の世界に行かなければ襲ってはこれないんだろう?」 「いや、正確には違う」 先輩が会話に割って入る。 「奴等は確かに物理的には手出しはしない。だが、奴等が近くにいると常人は精神に影響を受ける。症状は凶暴化と言ったところか」 「じゃあやっぱり相手にしないといけないわけなんですね………」 本当にやっかいだ。 同じ人間に命を狙われて、化け物にまでこちらから出向いて闘わなければならない。 全く―― 「不自然だな」 俺の言葉に夏海は興味を持って顔を近づけてくる。気恥ずかしさを押し殺して俺は夏海に今持った疑問を説明した。 「久瀬高校に『剣』の保持者が集まっている事といい、化け物達といい。まるで俺達が闘わなければいけないように存在しているみたいだ」 「いい所に目をつけたな」 先輩は笑うとさらに続ける。 「前に少し言ったが、俺達は誰かの思惑に踊らされている気がする」 「誰かって……誰です?」 「それは――」 俺は少なからず不機嫌になった。 最初聞いたときには何も話さなかったくせに。 そこを突っ込んでも意味がないので俺は説明を大人しく聴くことにした。 「誰か……それは分からない」 先輩が次に言った言葉は肩透かしを食らった。 なんだかんだ言ってこの『剣』の闘いの謎を知っているかと思っていたのだ。 俺のそんな考えを含んだ視線を感じたのか、先輩は自嘲気味に笑う。 「俺はそんなに万能じゃないさ。だが、明らかに不自然な点は提示できる」 そして先輩は一呼吸を置いてから続ける。 「最も不自然なのは久瀬高校に『剣』の保持者が集まっている事。これはおそらくこの闘いを演出した――定番で《X》とでもしておくか。その《X》が俺達を闘わせやすくするために配置したんだろう」 「つまり――これはゲームだって事ですか? その《X》が考え出した」 夏海は嫌悪感を露わにしてイチゴサンデーが入っていたガラスのコップをスプーンで叩く。 ピーン、と小気味良い音がした。 「じゃあ何でも叶う力が手に入るっていうのは……」 「それは本当だろうさ。ゲームっていうのはな、出場者にメリットとデメリット両方が無ければ成立しないのさ。命の危険に晒される代わりに勝者には特典がある」 「……どうして、そんな事を……」 俺は信じられなかった。 人が殺しあう様を見てその《X》は楽しんでいるとでも言うのか? ぞんざいな手がかりを残して俺達に存在を示唆しておきながら、その姿を見せる事は無いゲームマスター。 《X》にとって俺達は駒でしかないというのが無性に悔しい。 「俺の家にあった古文書によると、今まで『剣』の闘いがあったのはどの時期も日本が安定していた頃だ。戦と戦の間にある時期。その時期を見計らって《X》は闘いをたきつけた。自分が満足を得るために……。これが、俺の考えさ」 「……これでまた一つ疑問が解けたな」 「何だ?」 「古文書さ。世襲制でもない『剣』の闘いをつづった古文書が都合よく俺や先輩の家にある事事体がおかしかったんだ」 そう。 古文書などという種類の物は先祖代々受け継がれる物なのだ。 しかし『剣』は別にそう言った類の物ではない。少し考えれば分かるようなことを《X》は俺達の前に提示してきた。それは一つの確信を俺の中に生み出す。 「《X》はますます俺達を舐めていやがる」 そうとしか考えられずに俺は怒りを抑えることが出来なかった。 「絶対に、表舞台に引きずり出してやる」 「その前に後の二人を止めないとな」 先輩が嘆息と共に言葉を出す。そうは言っても説得は出来ないだろうという意志表示だ。 「神代君は、どうして闘うんだろうね」 一度神代の戦闘を見た夏海はその瞳が印象に残っていたのだった。 誰もその問に答える者はいなかった。 「いつ来ても、ここの匂いは気に入らないな」 神代雅也はいつものように面会者名簿に名前を書き込むと目的の病室に向かった。 街に白くそびえ立つ死の寝床。病院は死の匂いが充満している。 こんな所にいては治る病気も治らないのではないかと思うくらいに。 神代は目的の病室に入った。 そこには一人、先客がいた。彼が入ってくることを確認でもするかのように振り向いた。 「神代君」 「……奈々枝」 神代は自分の名前を呼んでくる女性――奈々枝吉野(ななえよしの)を見て驚愕した。自分を見るたびに泣きそうな顔をしてくることはいつもの事だったが、今回は本当に泣いていたからだ。 最悪の予想が神代の中を駆け巡る。思わず、座っていた吉野の肩に勢いよく手をかけた。 「まさか!?」 「……ち、違うよ。今まで眠っちゃってたんだ」 吉野は申し訳なさそうに神代へと謝った。神代は文句を言おうと口を開きかけたが、それは出来なかった。 目の下にできた隈が吉野の睡眠時間を物語っている。 それは吉野も自分と同じく、『あの事故』に囚われているということだったからだ……。 自分達から幸せを奪った『あの事故』の呪いに囚われているのだ。 「睡眠をとらないと、体壊すぞ」 「それは神代君も同じだよ」 「……俺はちゃんと取れてるさ」 「そんな事じゃない」 その口調はあまりに厳しく、神代は真正面から吉野を見た。神代の視線に吉野は一瞬怯んだようだったが、勇気を奮い立たせてかのように拳を作って彼女は言った。 「わたしよりも……神代君のほうが気にしているんだよ。陽子がこんな状態になったのは誰のせいでもないのに。わたしは罪の意識で眠れないんじゃなくて、この状態の陽子が気になって眠れないのよ。いつ……死んでもおかしくない陽子が!」 「黙れよ」 神代の一言は鋭く吉野の胸を抉ったようだ。 最後に残っていた矜持も崩れ去り、涙を頬に伝わせながら吉野は足元に置いていた鞄を掴むと無言で病室から出て行った。 それを黙って見送り、神代はベッドに横たわる人影に視線を移した。 心電図は一定の波形を保っている。 部屋には生活感など欠片もなく、シーツは皺一つ無い。このベッドの住人がまったく動いていない証拠だった。 「陽子……」 神代はすぐ傍に座って呼びかけた。 鼻と口から管が伸びている顔は、彼が覚えている最も輝いていた頃と比べて格段に蒼白くなっていた。 その活発だった頃を思い出すたびに辛く、そして神代の願いを強くする。 「陽子。俺は必ずお前を助ける」 神代は陽子の口につけられていた酸素マスクを外し、動かない唇に自分の唇を重ねた。 口づけは、冷たく、何の味もしなかった。 そのまま神代は部屋を出、病室を見る。部屋にる入院患者の欄には一人の名前だけが付けられていた。 『神代陽子』 神代はもう一度自分の願いを確認した。 忘れないように。何度も、何度も反芻した。 その意志が少しでも弱くならないように。 神代が病院から出た時、彼はふと、空気は急に冷えた気がしていた。確かにもう秋に入り、風は冷たい物を運んでくるようにはなっていたが、彼にはそれ以上の何かによる寒気を感じていた。 (どこだ?) 彼はすでに理解していた。 これは通常の寒さによる寒気ではないと。 その考えを裏付けるように、どこからか殺気を感じる。 それは自分に対しての物ではないようではあったが。 「こっちか」 神代は気配のするほうへと足を進めた。 彼自身、余計な事をする主義ではなかったが、何故か行かずにはいられなかった。 今は無駄な事でも何かをして気を紛らわしていたかったのだ。陽子に迫る死の影に怯えないように。 しばらく歩いていくと神代の前方から一人の男が歩いてきた。 男は俯き加減になっていて何かをぶつぶつと呟いている。神代と男はやがてすれ違う。 その瞬間だった。 「お前も、だろ?」 何が? とは彼は聞かなかった。 神代はすかさず男から間合いを取って自分の服を見る。服がかすかに切り裂かれていた。 「躱しやがったか……。お前、『剣』の保持者だな?」 「ということはお前もか」 神代は懐中時計を取り出した。 だが相手の男は片手で制し、『剣』を納める。 「今日は挨拶に伺ったんだよ。俺は本山大樹。『土の剣』の保持者だ」 「どうして俺が『剣』の保持者だと分かった?」 神代が質問すると、本山は笑いながら言った。 「俺だけじゃないだろ? お前も、共鳴する何かを感じたから、俺の所に歩いてきたんじゃないか?」 神代は答えなかった。 しかし、それが相手には肯定の返事になったのだろう。その会話を終わらせて本山は言う。 「じゃ、挨拶はここいらにして俺は帰る。明日から、覚悟しときな」 「待てよ」 神代が引きとめたことが意外だったのか、本山は不思議そうに振り返ってくる。 「明日と言わずに、今やろうぜ」 神代は再び懐中時計を取り出した。本山を挑発するように腕を伸ばして構える。 「おいおい。随分好戦的だな」 「俺には時間が無いんだよ」 神代が放つ殺気に気づかないほど、本山は鈍感ではなかった。吹き付けられる殺気に本山は先ほどまで持っていたどこか気楽な雰囲気を消して、真剣な顔になる。 「本当にやるなら……始めるか」 本山はチョーカーに手をやった。 「『剣』よ!」 短い言葉。 そしてチョーカーは瞬時に人の身長と同じくらいの剣に変わった。 「後悔するなよ!」 「お前がな! 『剣』よ出でよ!」 空間が歪み、神代達は位相のずれた世界へと入る。 神代は手に『剣』の感触が現れるとすぐに攻撃を開始した。 |