輝きは剣の中に 06


 神代は剣から雷を発散させながら狭山へと向かっていった。
 その動きは道路の上を滑るようにスムーズな動きをしていた。まるで氷の上を進むように。

「うらぁ!」

 神代の気合と共に振り下ろされた剣は狭山の剣とぶつかり合い、耳障りな音を立てる。
 そして、そこから生じた衝撃が空気を伝わって辺りを振るわせた。
 衝撃波は夏海にも向かってきた。

「きゃあ!?」
「! しまった!!」
「よそ見している暇はないぞ!」

 三者三様の声。
 夏海は衝撃を受けてそのまま道路を転がっていった。ある程度転がって何とか止まる。
 あまりの激痛のために夏海は顔を上げられなかった。声も出す事さえも出来ない。
 それでも視界の外では二人が剣を合わせる音が聞こえてきていた。
 夏見にとって耳障りで、とても嫌な音が。

「夏海!」
(誰?)
「夏海!!」
(……さっきの衝撃で耳がおかしくなっているみたいだ。聞こえるはずのない声が聞こえるんだもん……)
「夏海! 無事か! 怪我してるだけか!!」

 夏海の体が強引に起こされる。驚く夏海の目の前には知っている顔があった。いつも自分が困った時には助けてくれた、大事な、大切な人の顔が。

「隼人ぉ」

 夏海は、男の名前を呼んだ。
 それが夏海が覚えている最後の光景だった。


* * * * *


「夏海!」

 夏海は笑顔のまま失神していた。とりあえず怪我はしているが死ぬほどではないらしい。
 今は、この状況をどうにかして脱出する必要があった。
 視線を転じると神代と、どこかで見た事のある男が戦っていた。
 二人の剣の余波がこちらまで来ている。

「雷と、風……か」

 これでどうやら三つの『剣』が集まったようだ。そして神代はこれらの力を手に入れるために闘っている。
 そうなれば、もう一人の男もそうなのだろうか?

「自分の望みのために、相手を殺すなんて……認めねぇよ!」

 俺はペンダントを首から取った。そして空に掲げる。
 どうすればいいか、なんて考えなかったが体が自然と動く。
『剣』がこうしろ、と話し掛けてくるように。

「『剣』よ、力を解放しろ!」

 屋上の時と同じように、俺の腕を炎が取り巻く。
 炎はそのまま掌に集まり、剣の形を形成していく。
 一瞬で炎は俺の『剣』を創りだした。
 俺の姿を発見して争っていた二人の動きが止まる。
 その二人へと、俺は歩き出した。

「久坂。お前も来たのか?」
「俺にはお前がここにいるのがいまいち分からないよ」

 俺は神代の言葉を一蹴した。夏海を傷つけられた怒りは、逆に俺を冷静にさせているようで、神代の言葉など歯牙にもかけない。その事に腹を立てたのか神代の表情が険悪になる。
 だが俺は、神代を無視してもう一人の男に問い掛けた。

「あんたも……『剣』の所持者なんだな」
「そうだ」

 男は澱みなくそう言うと『剣』を納めた。『剣』はつむじ風を巻き起こすと、瞬時に手首に集束して腕時計へと変化する。
 それを見た神代も唾を吐いて『剣』を納めた。

「やる気をなくしたぜ。じゃあな」

 そのまま神代は歩いて帰る。
 俺も『剣』を収めて時計を見た。
 すでに針は動き出している。どうやら現実の空間に戻ったようだ。

「待ってくれよ」

 俺は去ろうとしていた男を呼び止めた。
 男は振り返って俺を見てくる。次の言葉を待っているようなので、言ってみた。

「あんたは、神代とは違うみたいだな」
「……俺は、『剣』の闘いを止めたいと思っている」
「なら、協力しあわないか?」
「協力?」

 男は驚いたようだった。
 自分以外にも闘いを止めたいという奴がいることなのか、それとも別の驚きか。

「爺ちゃんに『剣』の事は聞いたけど、いまいち納得できない事がある。
 なら、同じ『剣』に選ばれた奴に聞けば手っ取り早いかなと思ってね」
「……面白い男だな」

 男はそう言って笑うと俺の方に歩いてきた。
 俺は倒れていた夏海を背中に背負い、ゆっくり家のほうへと歩き出した。

「俺は……」
 男がしゃべりはじめるのを俺は遮った。
 大体話す事の予想はついている。

「三年の、狭山先輩だろ。生徒会長だから有名ですよ」
「分かっているならいいさ」

 俺は気づかれないように溜息をついた。
 思えば不自然な事ばかりだ。
 いきなり現れた『剣』の事も。
 神代が学校に来た事も。
 そして、生徒会長さえも『剣』の保持者だった事も。
 何かおかしかった。

「おかしいと思いませんか? 先輩」
「何がだ?」

 先輩は俺の問が何なのか気づいているようだったが、あえて俺に言わせようとしている。俺は特に気にせずに、自分の考えを言った。

「どうしてこうも久瀬高校に『剣』の関係者が集まっているんでしょうか?」

 狭山先輩は一呼吸置いてから、ゆっくりと言った。

「その答えは……まだ分からないさ。だが、俺はある仮説を持っている」

 そのまま狭山先輩は黙り込んでしまった。
 俺は仕方がなく無言で歩いていった。




 家に帰ると爺ちゃんが怪訝そうな顔をして向かえた。
 俺の後ろには見知らぬ男がいて、俺は夏海を背負っているんだから。
 しかしすぐに現状を把握したのか何も言わずに奥へと下がっていった。
 同じ物を背負っている人間に説明を受けた方がいいと爺ちゃんも感じたんだろう。
 俺は狭山先輩を誘って二階へと上がった。
 部屋に通して、俺は夏海を俺のベットに寝かせる。

「随分大事にしているんだな」
「当たり前だろ」

 俺は正直に言った。夏海は寝ているんだし、ここでこの会話を早く終わらせるにはそのほうが言いと思ったからだ。
 こんな会話を続けている暇は無い。気付けば敬語を止めていたが、先輩はさほど気にしていないようだった。

「先輩。あんたが知っている事を話してくれ」
「いいだろう」

 こうして、狭山先輩の話は始まった。

「まず、化け物は俺達の『剣』に引き寄せられてくる。何故なら『剣』は昔から化け物を消滅させるための物だから、持ち主を殺そうとするわけだ」
「でも俺達もあいつらも、互いの次元には入り込めないんだろ?」
「『剣』の持ち主は違う。『剣』の持ち主は自由に位相を行き来できる。ただ、最初のうちは制御できないから化け物が近づくといつのまにかもう一方の位相に入り込んでしまうんだ。『剣』の力でな」

 俺は今までの化け物達との闘いを思い出す。
 確かに、化け物達に襲われる寸前に時計が止まる――つまり、別の位相に入り込んでしまっていた。
 ようは『剣』が自分の役割のために自動的に持ち主を別の位相へと移動させたという事になる。

「はた迷惑な機能だな」
「まあな。だが、『剣』を使いこなせるようになれば自由に行き来できるさ。逆を言えば、位相の中に入る事が出来るのは、『剣』の持ち主のみ」

 俺は先輩の言いたい事はわかった。それは自分も感じていたからだ。

「夏海も、『剣』の持ち主だって、事か」
「そういう事になる。残りの土の剣、または水の剣どちらかは分からないがな」

 俺は眠っている夏海のほうを見た。
 まだどういう状況なのかいまいち要領を得ない。
 だが、夏海だけは巻き込みたくなかった。
 その願いも消えた事になる。

「でも……なら……」

 俺は内に生まれる疑問を疑問のままにしておく事ができなくなった。

「やっぱり、おかしくないですか?」
「何がだ?」

 俺の問いかけに先輩は逆に尋ねてきた。それはまるで俺の事を試しているような感じで、あまりいい気分じゃない。
 そんな事を言っている場合じゃないから何も反論しないで俺は考えを言った。

「どうして『剣』の保持者が三人――おそらく最後の一人も久瀬高校にいるんだろうけど。この高校にいるんだ? そして都合よく神代が転校してきたのもおかしい。なにか――」
「仕組まれている気がする? と言うのか」

 俺は頷いた。
 狭山先輩は感嘆した表情で俺を見てくる。どうやらかなり俺は馬鹿にされていたらしい。

「さすがに気づきますよ。これだけ異常な事態が起こっているんだから」
「その割には、落ち着いているよな」
「それは……」

 何故か言い澱んだ。その隙を突いて先輩は畳み掛けるように言ってくる。

「おかしいのはお前も同じはずだ。どうしてお前は化け物の存在を素直に受け入れいている? 普通ならばまず信じないだろう。だが、お前は最初から恐れはあったが冷静に闘えたんじゃないのか? 『剣』も自然に使えるようになったんじゃないのか?」

 俺は言葉を返せなかった。
 今までどこかに引っ掛かっていた違和感はこれだったのだ。
 俺や夏海は化け物が襲ってくるという異様な事態に簡単に慣れてしまっていた。
 これは明らかにおかしい。
 でもそれをおかしいと感じずに襲ってくる化け物をただ倒そうとしていた。

「確かにおかしい……。どうして、俺は……」
「それは、『剣』の記憶がそうさせているんだ」
「『剣』の記憶?」
「ああ。この『剣』は過去幾度となく同じ事を繰り返してきたんだ。その記憶が保持者の無意識下でインプットされる。だからまるで最初から知っていたかのように行動できるわけだ」

 俺はペンダントを外して見る。
 それが本当ならばこのペンダント――『剣』は神々の時代とやらからずっと存在し、いろいろな時代を渡って記憶を蓄えてきた事になる。
 途方も無い事だ。考えると頭が痛い。

「――じゃあ、俺は今日は帰る」
「え!? まだ謎が残ってますよ。久瀬高校に『剣』の保持者が集まっている理由を……」

 狭山先輩は俺を一瞥して呟いた。

「それは俺も分からん。仮説はあるが……人に教える段階じゃない」

 狭山先輩はそのまま部屋を出て行った。
 俺は何も言えずに先輩が出て行くのを見るだけだった。

「……ごめんな、夏海」

 ベッドに寝ている夏海に小さい声で話し掛ける。
 結局、危険な目に夏海も巻き込む事になった。それが俺のせいではないにしろ、悔しい気持ちがある。

(必ず……)

 そのあとは、まどろみから目を覚ましそうになった夏海に遮られた。




「ごちそうさまでした!」
「またおいでね〜」

 夏海が元気に俺の母さんに挨拶するのを俺は聞いていた。
 声の調子には変化が見られない。
 先程まで寝込んでいた後遺症は無いようだ。
 夏海は夜まで俺のベッドを占領すると晩御飯を一緒に食べ、食後に俺が送っていく事になったんだ。

「隼人。ちゃんと送っていきなよ」
「分かってるって。んじゃ、行ってくるよ」

 俺は母親の好色な視線に見送られて夏海を送っていく。
 明らかに何かを期待している眼だ。

(俺が夏海に何をするって言うんだよ……)

 俺はさりげなく隣を歩く夏海に視線を移した。
 こうしてちゃんと夏海を見るのは久しぶりだったが、確かにクラスの他の女子よりも魅力的に見える。

(て、だから何を考えているんだよ、俺!!)

「隼人」
「な、なんだ?」

 動揺を隠すように俺は夏海の声に答えた。
 その声色がいつもよりも真面目な事にはすぐに気づく。

「わたし……やっぱり『剣』の保持者っていうのなの?」
「……狭山先輩の言う通りだろうな」

 俺は狭山先輩が帰って夏海が眼を覚ましてから全て話した。
 もちろん夏海が『剣』の保持者だという事も。

「わたしは神代君や……隼人と殺し合いをしなくちゃいけないの……?」
「馬鹿。そんな事あるわけ無いだろ」
「でも、神代君は……きっと本気だよ」

 そうだ。
 神代は本気で俺に襲い掛かってきた。俺があの場に現れなければ確実に狭山先輩も襲っていただろう。
 他人の命を奪えと言われても俺や夏海や先輩のように拒絶するはずだ。
 でもあいつは違う。
 あいつは、本当に何でも叶える事が出来るという力を欲しがっている。
 そのためには自分が人殺しになってもいいと思っている。

「……隼人」

 夏海の呼びかけに、初めて俺は夏海の家を行き過ぎている事を知った。
 それほど深く考えていたんだろう。

「夏海」
「何?」
「お前は俺が守ってやるよ。『剣』の闘いなんて馬鹿げたものに参加なんてさせない」

 それは素直な気持ちだった。
 夏海だけは、危険な目には合わせたくない。
 俺の全てをかけて、夏海を守ってみせる。

「……ありがと」

 次の瞬間、夏海の唇が俺の唇と重なった。
 俺は急いで体を離す。
 何がなんだか分からずに、俺は動揺から声を出そうとしても出せない。

「な、な……」
「お礼だよ。じゃあ、また明日ね」

 夏海は顔を赤くして家に入った。俺はただ呆然とするしかできなかった。




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