輝きは剣の中に 05


 爺ちゃんについていって俺は道場へと歩いてきた。
 さっきから話し掛けようと思っているのだが、爺ちゃんにはとても話し掛けられるような隙が見当たらない。
 現倶叉火(くさか)流継承者である爺ちゃんは今年で75になるというのに全く体力が衰えない。
 俺も最近ようやく稽古でも一本を取れるようになってきたが、それも何十本の中の一本だ。

「隼人」

 爺ちゃんは歩みを止めると俺のほうを向いた。
 俺はその眼光に押されないように床を踏みしめる。

「ここにあった剣を持ち出したのは、お前じゃな?」
「……そうだよ」

 爺ちゃんは刀が飾ってある場所を指差した。そこには一つ、空きがある。
 俺が前日に取って、化け物を斬り裂いたのだ。
 隠しても仕方がないので正直に言う。

「この剣が無いということは、お前は事態を理解していると考えていいのか?」
「いや、はっきり言って何も分からないよ。変な化け物は襲ってくるは同じような剣を持った奴に因縁をつけられるわ……」
「同じような『剣』じゃと!」

 爺ちゃんの出した大きな声に俺は少し後ろに下がった。
 あまりの驚きように俺は声が震えてしまう。

「い、一体、何なんだよ? 爺ちゃんは何かを知っているのか?」
「……他の『剣』の持ち主が現れたのなら、ぐずぐずはしておられんか」

 爺ちゃんはそう言って肩の力を抜いた。
 これから少し長くなる話をする時によくやる動作だ。俺は床に胡座をかいた。

「……お前の持っている『剣』は、どんな『剣』だ?」
「火が使えるんだ。でも俺は全然熱くない……」

 爺ちゃんはふむ、と首を縦に振って再び口を開いた。

「お前の剣は『火龍』と呼ばれる剣じゃ。神々の時代に作られたこの世界を構成する元素を扱える剣」

 いきなり『神』なんて物を持ち出してきた爺ちゃんに俺は困惑したが、爺ちゃんが冗談など言う人だとはこの十七年間思ったことは無い。また口調の重さからも、その話が本当だと思うに足る理由になった。

「元素……って火とか水とか風って事か?」
「そうじゃ。火の『火龍』に水の『水聖』。土の『地撃』に風の『風華』」
「そして雷の『雷覇』か」

 俺は神代の言っていた言葉を思い出す。確かにあいつはそう言った。

「なるほどな。お前を襲ってきた奴は『雷覇』を持っていたか」
「一体この『剣』はなんなんだよ? あの化け物もさ」
「急くな。これから説明してやろう」

 そして爺ちゃんは語り出した。『剣』が持っている秘密を。

「その『剣』が生まれたのは、まだ日本に文明が誕生した頃。神々がまだこの大地に住んでいた頃じゃ。古来からお前の見た化け物は存在していた。あれは人の心の奥底に眠る黒い物が現出した物。人がいる限りあれは、無くなりはしない」
「じゃあ、俺達は一生あんな化け物を相手にしなくちゃいけないわけ?」
「いや。化け物達は普段は我々の世界に干渉などできない。奴等の住んでいる場所と儂等が生きている場所は位相がずれていて入り込めんのじゃ」

 神代がそんな事を言っていたような記憶がある。その『位相』がずれているというのが時計が止まっていたりする現象を起こすんだろう。
 だが、それならそれで疑問が残る。でも今はその疑問を挟める余裕はないようだ。
 俺はあくまで爺ちゃんの話を聞くことに専念する。

「あの化け物を倒す事が出来るのは神々が作り出した『剣』だけじゃ。世界を構成する元素を力の源にして扱う者に力を与える『剣』。それがお前の持つ剣じゃよ」
「……なら、化け物を倒す事が『剣』を持っているやつらの目的なのか」

 俺の言葉に爺ちゃんは初めて表情を曇らせた。言いたくないことがあるんだ、と俺は直感で思う。
 しかし言ってもらわなければならない。
 俺はある可能性に気づき始めていたからだ。
 不吉な、しかし極めて高い可能性を持つものを。

「古来から伝わる古文書によれば、『剣』の力を全て手に入れた者は無限の力を手に入れるとされている。自分の望む物を手に入れられるという事じゃ。その言にしたがって過去の『剣』の持ち主達は争い、そして命を落とした。
 我が家に昔から伝わっていた古文書にはその闘いの歴史が刻まれている」

 信じられない。
 無限の力。なんでも手に入る力を手にするために人が殺し合い、そして破滅していくなんて。
 何故、そんな物が存在するのだ?
 神々が創ったのだとしたら、何故そんな物を創る必要があるのか?

「納得、できない……。じゃあ、俺は他の『剣』持っている奴らと殺しあわなきゃいけないのかい!?」
「……そう言うことになるな」

 爺ちゃんはあまりにも冷静で、俺は怒りに身を任せきれなかった。
 常日頃から言われている言葉。
 どんなにとりみだしても、目の前にある事実は変わらないのだと。
 爺ちゃんと同じく冷静になった俺は、やはりある可能性に思い至った。

「夏海……」
「何?」
「夏海が、危ない!!」

 俺は走り出していた。
 最悪の可能性の前に、俺は極めて不自然な事実が目の前に差し出されたことに気づかなかった。


* * * * *


 港夏海は必死に自分に言い聞かせた。実際には悪い夢であってほしかったのだろう。だが、それでも現実は変わらないと、目を瞑らないように目の前を凝視する。
 どうして自分の前に昨日遭遇した化け物がいるのか? 自分に何か襲われる理由があるのかと思考をめぐらせるが全く答えが出ない。
 恐怖に負けないために思考していた夏海だったが、化け物を見ていられずに視線を落とす。自然と腕時計に眼が行った。
 腕時計の針が止まっている。まさしく、昨日と同じ状況だった。

「……隼人ぉ」

 震える口から隼人の名前が洩れる。頼りになる男。そして、自分の一番大事な人の名が。
 隼人がいたからこそ、夏海は昨日は怯えて狂乱せずにすんだんだと自覚していた。

「ぐるおおおお……」

 化け物は一歩、夏海に向かって足を踏み出した。つられて夏海は一歩下がる。
 しかし、歩幅が違うために差が縮まっていく。

(どうしよう……。どうやって逃げれば……)

 一瞬、後ろを向いてしまったその時だった。

「ぐるおおおおお!!」
「きゃ!?」

 とっさにしゃがんでなければ夏海は死んでいただろう。そう確信させるような衝撃が夏海の肩を掠っていった。
 その衝撃に道路に尻餅をついてしまう。
 耳をつんざく大きな音がした方向を見るとコンクリートの道路が抉れていた。

「そんな……」
「ぐるうううう……」

 コンクリートを軽々と粉砕する化け物が、既に夏海の傍まで来ていた。
 何とか離れよう夏海は立とうとするが、足が震えて動くことができない。

「い、いやぁ……」

 夏海の精神も限界だった。
 すぐそこに迫っている死というものに夏海の理性は途切れそうになる。しかしその中で夏海はふと疑問が浮かんだ。
(でも、どうしてだろう? どうしてこんなに冷静なわたしがいるんだろう?)
 思考している間に、化け物の手が夏海へと伸びてくる。
 そして、夏海は次の瞬間にはその場所から飛びずさっていた。

「え!?」

 勝手に動いた自分の体に驚くのもつかの間、次にはより驚くべき事が起こった。

「……風?」

 化け物の周りを風が回っていた。その軌跡はどうしてか夏海の目にも見える。
 そして夏海の周りも風があった。あたかも彼女を守ろうとするかのように。

「化け物……か」

 いつのまにか後ろに人影が立っていた。その人を夏海は知っていた。何故ならその人物は久瀬高校の人間ならば誰でも知っている人だったからだ。

「狭山……先輩?」

 久瀬高校生徒会長、狭山鷲先輩。
 その手には『剣』が握られていた。
 風を刀身に纏わりつかせた、不可思議な剣を。

「化け物はこの世界から消え去れ!」

 狭山は化け物に向かって言う。
 化け物を牽制するように剣を突きつけながら、顔は夏海へと向けてきた。

「君は……」

 夏海に向けて何かを言おうとした狭山だったが、化け物が叫んだ事に反応して注意を戻す。

「どうして……」

 夏海にはそれしか言えない。狭山は自分達の学校の生徒会長であるだけだったはずだ。皆から慕われた、普通の高校生だったはずだ。狭山は夏海の言葉が聞こえなかったのか、そのまま走り出した。
 目指すは鋭い視線を向けてくる化け物。

「はぁ!」

 狭山の剣が振り下ろされる。すると凄い突風が化け物に向かった。
 化け物の巨体が後ろに押されて更に刻れていく。
 風そのものが刃になっていた。

「『旋風』!」

 狭山は叫んで剣を突き出した。すると風が一点に集中して、直線となっているのが認識できた。その風の束は化け物の体をやすやすと貫いていた。

「ぐぎゃあああおおおおお」

 化け物が体を駆け巡る激痛に体をよじる。しかし、その風の束は化け物を貫いたまま。

「『疾風』!」

 狭山の叫びと共に風の束が、爆発したように夏海には見えた。
 実際に爆発したように化け物自体が爆散していく。
 夏海はあまりのおぞましさに視線をそらせないまま、震えが止まらなかった。

「……君は、どうしてここにいる?」

 狭山がそう夏海に問い掛けていると気づいたのは、しばらく時間が経ってからだった。

「何の――」

 事、と聞こうとして夏海は最後まで言葉が言えなかった。その場にいきなり雷が落ちたからだ。

「きゃあ!」
「!!」

 狭山はその場から飛びのいて周りを見回す。夏海はうずくまった状態から顔を上げると、視線の向こうには人影を見る。
 それは彼女が見知った顔だった。

「神代、君?」

 夏海は頭の中が混乱していた。
 何故、神代までがここにいて、あのような『剣』を持っているのかと。
 どうしてそこまで険しい表情をしているのか?
 次々と非現実的な事に夏海の意識は限界を感じていた。

「狭山鷲だな。『風華』の持ち主……。その力、渡してもらう」

 神代がそう言って構える。
 その構えは、夏海から見れば、隼人の練習光景を見ている点から言っても隙が無かった。
 でも狭山は構えようとしない。

「どうした?」
「俺はこんな闘いは無意味だと思っている」

 狭山の言葉に神代は軽く笑ったようだった。そして――

「無意味じゃないさ!」

 そして、神代は狭山に向かって走り出した。




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