輝きは剣の中に 04


 目の前にいる神代の体から凄まじい殺気が押し寄せる。
 俺はゆっくりと体を下げながらも視線を外すことが出来ない。だが、弱さを見せるわけには行かなかった。今は硬直状態だが、いつ襲いかかってきてもおかしくない殺気を神代が持っていたから。

「お前は……何も知らないのか?」
「何の事だよ」

 俺は思った通りの事を口にした。すると神代は小馬鹿にしたように笑ってポケットに手を入れた。取り出してきたのは――

「懐中時計?」

 少なくとも俺にはそう見えた。神代は笑うとそれを掲げてみせる。
 確かに、懐中時計だ。
 あんな物を出して一体どういうつもりなのか?

「分からないなら都合がいい。俺に、お前の持っている『力』をよこせ!」

 神代が叫ぶ。すると奴の周りにバチバチ、という音が響いた。
 そして同時に俺の体を包み込む違和感。
 まるで――
 と何かを掴めそうになった時、神代から走ってきた電撃が俺の頬を掠める。

「うわ!?」

 俺の体に痛みが走る。体が軽くだが痺れて少しの間、動かすことが出来ない。
 少し掠っただけでもこの威力なら、一体直撃すればどれ程の物なのか?
 そして俺は思い出す。

(こいつは……!?)

 それは俺が夢にみた光景と似ていた。
 体の周りに電撃をまとう、殺気をみなぎらせた男。
 体中の毛が総毛立つほどの圧倒的な気配。
 自分を奮い立たせるためにも、俺は精一杯叫んでいた。

「……お前、何なんだよ!!」
「言っただろう。分からなければ、都合がいいと!」

 神代の体の周りの空気は帯電しているからか耳ざわりな音を立てている。
 手にはいつのまにか『剣』が握られていた。体と同じく電撃を纏っている『剣』が

(いや。あの剣の電撃が体を取り巻いているんだ)

 頭のどこかで冷静に分析している俺がいる。
 俺は見ていたんだ。
 あの懐中時計が光を放つと、そのまま変形して『剣』に姿を変えた事を。
『剣』は黒い刀身に雷の光がまとわりついていて、空気を伝わって俺の頬を焦がす。

「久坂隼人! 大人しく倒されろ!」

 神代は凄いスピードで俺に迫ってきた。振りかぶった剣が瞬時に振り下ろされる。
 俺は横っ飛びで一撃を躱すと思わずペンダントを握っていた。

(何やってんだ俺は!?)

 どうしてペンダントを握ったのか分からない。だが、体は動かずに神代を真正面で睨みつける形になる。

「どうした? どうして逃げないんだ?」

 神代は余裕のつもりかゆっくりと近づいてくる。
 俺はゆっくりとペンダントを掲げた。
 神代の顔色が変わる。

「それは……!」
「封印よ! 解けろ!!」

 不思議と、こうすればいいと理解していた。俺の言葉に応えるように突如吹き上げる炎。
 俺の手の内から溢れ出る炎は、確かな熱気を持って神代を押し流す。
 しかし俺には熱気は伝わってきたがさほど熱さを感じない。
 心なしか安心感があった。
 この炎は俺を焼かない。焼くわけが無い。これは俺を守護する、俺の心の内から湧き上がる闘志その物なのだから。

「何がなんだか分からないが、襲ってくるなら対抗する」

 そして炎は赤い刀身を持つ剣となった。

(分かる……。感じる……)

 俺の手の中に生まれた炎の刃は、自身が持っている記憶を俺にじかに伝えてくる。
 炎の刀を掲げると、炎は刀身へと集まって刃は小爆発を起こす。
 神経が研ぎ澄まされてきて、俺の周りを取り巻く熱波とは裏腹に俺の心は冷えていた。

「目覚めていたのか。やっかいな……」
「来るなら容赦しない」
「――ほざけ!」

 神代は吐き捨てるように言って突進してきた。
 俺はその動きを冷静に見極めて、振り下ろされた刃を受け止める。
 その軌跡は常人には捕らえられなかっただろう。

「何!?」

 一瞬、驚愕したようだったが、神代は続けて刃を振り下ろす。その刃は一度空中で止まり、こちらのタイミングを外してから振り下ろされた。
 しかし俺はそのテンポについていって、逆にカウンターを仕掛ける。

「倶叉火流、『焔』!」

 あの化け物を倒した連撃。
 人間相手に使うのはとまどいがあったが、この相手にはそれは通用しないように思えた。
 実際に、神代は化け物でさえ見切れなかった剣閃を見切って最小の動きで躱してのけたのだ。
 身を捩り、持っている剣で剣閃をずらす。
 しかし流石に躱しきれずに体勢を崩した。

「倶叉火流――『炎華』」

 俺は更に技を繰り出す。
 しかしそれは通常の剣技では到底不可能な技だった。
 俺の本能が、技を覚えている。
 そんな感じだった。
 刀身から放たれた炎が幾つもの火の玉になり、神代へと向かう。
 それは神代には苦にならずに迎撃されたがそれは予想のうちだ。
 ようはその場に足止めすればいい。

「しま――」
「倶叉火流!」

 俺は神代が炎の球に気をとられている間に接近していた。
 空いている脇腹へと斬撃を繰り出す。もちろん峰打ちだ。
 それでも戦闘不能にはなるほどの力を込めている。

「『紅蓮』!」

 刀身を包む炎が一際大きくなり剣全体を包み込む。
 明らかに必殺な一撃が神代へと叩き込まれようとした瞬間に、神代は動く事に成功した。
 体を無理に飛びのかせようとせずに俺の刀の軌道を見極め、体を回転させた。
 俺の刀は神代の制服を浅く切り裂いただけに留まる。
 神代は俺から間合いを取った。
 息が切れているところから見て、よほど危なかったのだろう。

「大したもんだ。剣術の腕や動きなら勝てないか」
「分かったなら剣を収めろよ。元々俺はお前と争う気なんかない」
「何を……!」
「俺は、この『剣』の謎を知りたいだけだ。お前が何かを知っているなら、俺に教えてくれないか?」

 神代の動きが止まった。その瞳はまだ敵意を表していたが先程よりは押さえられている。
 そして神代は戦意をなくしたのか剣を下げかける。
 爆音が響いたのは、その時だった。

「――来たか」
「何がだよ!?」

 神代は俺の問に答えずに剣を向けた。俺にではなく、俺の後ろへと。
 俺は思わず後ろを振り向く。
 神代が俺を油断させる作戦かと思ったが、そうとは思えなかった。
 実際、俺の視界に飛び込んできた物を見て、何も言えなくなる。

「あいつは!」

 それは昨日、俺を襲った化け物だった。
 全く変わらない異形の姿は飛び上がり、俺達向けて振ってくる。

「避けろ!」

 神代は右に、俺は左に飛ぶ。
 ちょうど真ん中へと化け物は飛び降りて左右に首を振る。
 どちらを得物にしようかと物色するかのように。

「こいつは昨日、倒したはずじゃ……」

 俺ははっとして腕時計を見る。
 時計は止まっていた。
 昨日と全く同じ状態。
 そして思い出した。

(あの違和感だ……)

 神代が『剣』を出そうとした時に感じた違和感。
 正にそれが――この状態になる合図だったんだ。

「ここは既に、俺達の世界とは位相がずれている」

 視線を戻すと、どうやら化け物は神代を得物に選んだらしく歩いて向かっていく。
 しかし神代は余裕の表情で俺へと話し掛けてきた。

「この位相に入れるのは『剣』に選ばれた者だけだ。化け物達は一体じゃない。何体もいる。そして『剣』はこいつらを狩るために存在しているんだ」

 神代の『剣』が一際激しい輝きを放った。
 凄まじいまでの雷が刀身に集中し、耳障りな音が周りを支配する。
 俺は神代の『剣』の発する力に押されてその場から進めない。

「これが、俺の剣『雷覇』の力だ!!」

 神代が吼える。
 化け物は本能的に危険を感じたのか、神代へと突進する。
 腕を広げて一気に神代を押しつぶすつもりのようだ。

「『雷錐』!」

 次の瞬間、化け物の体から一本の長大な剣が生えていた。
 それは神代の刀身を纏った雷が刀身から伸びて、一本の剣となったのだ。
 化け物は苦しげな咆哮を放つ。

「無に還るがいい」

 いっそう雷が大気を震わせ、化け物は光り輝く粒子に分解された。
 全く化け物を寄せ付けない圧倒的な強さ。
 圧倒的な破壊力。
 神代は『剣』の力を完全に使いこなしているようだ。

「……次は、お前だな」
「まだ、やる気かよ」

 俺は内心、舌を巻いていた。
 剣技では確実に勝てる。だが、この『剣』の戦いは剣術以上のものが必要だということはもう理解できていた。技術では勝てても力で押し切られてしまうだろう。さっきまでの神代は油断していたのだろうが、ここに来て本気を出さない理由など無い。
 自分はまだ、完全に『剣』の力を手に入れてはいない。
 些細だが、重要な差になりえる。

「――人!」

 夏海の声が聞こえた。神代の顔があからさまに困惑し、『剣』を消失させる。
 俺は時計を見ると動いていた。どうやら『位相』とやらが元に戻ったらしい。

「邪魔者に感謝しな」

 そして神代は逃げるように去っていった。

「何なんだよ、本当に」

 俺はそうとしか呟けなかった。




「ねえ、神代君と何を話してたの?」
「夏海には好きな人はいるのか? って質問だよ」
「え!!?」
「冗談だ」

 俺の言葉を聞いて不服そうな顔をする夏海。
 俺としてはこれ以上あいつに関する会話をしてほしくはなかった。
 いきなり殺気を丸出しに襲い掛かってきた転校生。
 そして昨日の化け物が再び現れた。
 どうやら、偶然じゃなく、あの『剣』が関係しているらしい。

(本当に、普通の日常に戻れないのか……)

 なんとなく感じていたのだ。
 あれだけ異常な状況に普通に対応している自分を不思議がった。
 でも対応できるのも当たり前だという気持ちも生まれる。

「そう言えば、剣道部はどうしたの?」
「……忘れてた。お前、気づいているなら早く言ってくれ」
「だって、隼人と帰りたいんだもん」
「そんな子供みたいな……」

 俺は夏海に文句を言いながら、内心満更でもなかった。
 こんな気持ちで部活をしても気合は入らない。
 ちゃんとした欠席の理由だ。

「まあいいよ。んじゃあな」
「うん。また明日ね〜」

 家の前に来て俺達は別れた。
 家の中に入るといきなり人影にぶつかる。

「隼人」
「何だよ、爺ちゃん。俺、疲れているんだけど」

 疲れているのは本当なので、充分に滲ませた言葉を放つ。
 でも次に爺ちゃんの口から出た言葉は意外な物だった。

「お前の『剣』について話がある」
「……」

 俺は何も言えなかった。
 黙って玄関を上がり、爺ちゃんの後についていった。




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