BACK | NEXT | TOP

俺達の終戦記念日

第八話【ある終わりの話】

『今日はお疲れさま。ゆっくり休みなよ』

 自分の送ったメール文面を見直してから、恭平は携帯を折りたたみ、横に置いた。ベッドに寝転がって天井を眺めながら一昨日の試合の様子を振り返る。
 菊池達は二回戦に進んでから函館代表のダブルスと戦って、接戦の末に破れた。その後、そのダブルスは勝ち上がっていき、ノーシードから優勝してしまったのだから負けるのも仕方がなかったと恭平は思う。試合の中で強くなることはあると考えているが、寺坂と菊地にはその時間が足りなかったのだ。一回戦を勝っただけではどうしても目指すべき場所へと飛ぶには足りないのだ。
 声をかけるのもはばかられるくらいに気落ちしていた二人を見て、恭平は先ほど見た文面をメールで送って先に帰っていた。後で電話でも励まそうと考えていたが、その機会は訪れなかった。

(同じことされると……やっぱり、辛いよな)

 日曜は朝比奈がベスト8で破れて、浅葉中のインターミドルへの挑戦は幕を閉じた。昨日は別件の用事があったため会場には行けず、夜に菊池と連絡を取ろうと思っていた。しかし、メールをしても電話をしても、菊池は何も返信してはこなかった。
 それを攻める気は起きない。恭平もまた、練習時に同じようなことをしたのだから。今の菊池の気持ちがどのように荒れているのか分かる気がした。

(明日の練習で……話せるかな)

 大会が終わった次の練習で、試合結果を報告するのが浅葉中バドミントン部のいつもの流れだった。今回は特に、その報告を持って三年は部活を去り、別の日に引退式として一年、二年対三年という図式で団体戦を行って正式な引退となる。その意味では、明日の部活は一つの大きな区切りとなるのだが、菊池の様子だと報告のみならず引退式にも顔を出さない可能性はあった。

(……なんか癪だけど)

 恭平は携帯を取って電話帳を開く。目当ての名前を見つけて電話のボタンを押したところで初めて時間を見て、夜の九時を過ぎていることに気づいた。かけなおすかと切ろうとした時、通話音が途切れる。

『もしもし? どうしたの』
「遅くにごめん、寺坂」

 電話に出た寺坂の声は特に眠たそうでもない。試合の次の日ということや時間帯を考えると寝ていてもおかしくはなかったが、ひとまず安心して恭平は話し始める。

「いや……里香のやつ……あれからどうしてるかなって」
『は? なんで私に聞くの? もしかして連絡取ってないの?』
「メールも電話も返ってこないんだ」
『……あんた達ってほんと似てるよね。なんなの? それとも付き合ってるから似てるの?』

 電話の先で寺坂が呆れているのが恭平にも分かった。おそらくは以前の桃華堂でのことが頭をよぎっているのだろう。自分の負の感情を相手にぶつけたくなくて距離を取ったことでもう一方を傷つける。その間を取り持ってもらおうと寺坂に連絡をしてしまったことが、情けなく思っていた。

『あ、でも里香は一人で我慢してたからね。田野のほうが弱いかな』
「……悪かったよ。で、どうなの?」
『んー。落ち込んでたけど、昨日別れる時はあまり気にならなかったけどな。てっきり田野と話して慰めてもらったんだと思ってた』

 一人で敗戦の辛さをため込んで、一日でその辛さを感じさせないところまで見た目は回復させた。寺坂が、菊池が強いと言った理由が恭平には何となくではあるが理解できる。だからこそ、話さなければいけない。

「やっぱり強いんだろうな」
『そだね。いいパートナーと組めたよ。二年弱の間――』
「……今、どんな気持ちだ?」
『え?』

 言ってしまってから恭平は青ざめる。
 試合が終わった後。中学三年間のバドミントンが終わった直後だというのにどんな気持ちだと尋ねることが、どれだけきつい質問か。自分が言われたら間違いなく怒るだろう。どうして口に出してしまったのか自分でも理解できない。

「あ。あのな。ごめん! 今の忘れて!」
『あー、いいよ。私は……寂しいけどさっぱりしてるからさ』

 寺坂の声には淀みもなく、明るいままだった。

『私達が負けた相手。結局、優勝しちゃったんだ。どの試合も同じくらい接戦で。私達も含めて。あれくらい頑張って、届かなかったのはやっぱり悔しかったよ。これでも昨日の夜は泣いたね』

 明るい声が無理をしているのかどうなのか。恭平は確証はなかったが、納得できているからこそ出せる声音なのかもしれないと思う。恭平の内心を余所に、寺坂は続ける。

『でも、中学の最後にあれだけの試合ができたのはよかったよ。悔いは……あるけど、次に進める。そう思う』
「次、か」
『そう。田野も、そうじゃない?』

 自分と菊池のやりとりを知っているのかどうか。寺坂に尋ねてみようと思ったが止めておく。今の寺坂の問いかけ。次に進めるかどうか。自分の中学バドミントン最後の試合が終わって、一ヶ月。
 その間に、どう心持ちが変わったか。

「わかんないな、まだ。多分、次には進めると思うけど……次って、なんだろうなって思ってさ」
『次って。高校でもバドミントンじゃないの?』
「多分。多分としか、まだ言えないさ」

 口ではそう言っているが、高校に進んでもバドミントンをするだろうと恭平は考えていた。それこそ、全道大会の会場で会った杉田のように。ただ、受験を考えると学力的には竹内と離れているため、高校は別になるだろう。ずっと竹内と続けてきたダブルスが解消されて、高校では別の誰かと組んだり、シングルスとダブルス両方に出たりするなど、中学では考えなかった世界が広がっていく。そうなると想像が追いつかず、おぼろげになっていく。結果として「多分」という単語が出てくる。

「寺坂もバドミントンだろ、もちろん」
『うん。きっと、里香とも高校別になるけど……続けていくよ。やっぱり好きだし』
「そうだな」

 それからしばらく会話をして、最後に菊池を次の練習には連れていくことを頼んでから恭平は電話を切った。またベッドに携帯を置いて天井を向く。時刻は夜九時半を過ぎていて、自分が三十分も菊池以外の女子と話していたことに素直に驚いた。

(あいつも……小学校の時からずっと一緒だからな)

 同じ町内会サークルの出身。そして中学も一緒。その意味では菊池よりも共にいる時間は長い。そんな寺坂もまた、高校は別になるだろう。
 まだ短いながらも歩いてきた人生の中で、初めて本格的な別れがくるのだと恭平は思う。それに不安になるのは、菊池と会話ができていないからかもしれない。

(明日、素直に言おう)

 自分が感じていることを、素直に菊池へと言う。そう決めて胸にある不安に一つ区切りをつけてから、恭平は風呂に入ろうと部屋を出ていった。


 * * *


「集合!」

 庄司の声が届いてフットワーク練習をしていた全員がステージ前へと動き出した。壇上には庄司と寺坂、菊池。そして朝比奈が立っている。一年と二年が集まっていく中で恭平は並び終えた男子の一番後ろへとついた。
 全員が集まりきったことを確認して、庄司が話し始める。

「先週の金、土、日を使ってインターミドルの全道大会が行われた。見に来ていた部員も何人かいたが、改めて結果を報告する。まず、女子シングルスは朝比奈がベスト8だった」

 朝比奈が一歩前に出て頭を下げる。それに併せて同期の二年や後輩達は笑顔で拍手をした。恭平も一緒にその戦績を称えた。
 頭を上げた朝比奈は笑顔で全員に向けて言った。

「皆の応援のおかげでベスト8まで行けました。ありがとうございました。次はより良い成績を出せるよう頑張ります」
(ああいう顔して言ってるけど。きっとあいつは満足しちゃいないだろうけどな)

 恭平自身は朝比奈をさほど知らないが、中一の時から全国大会出場を目指していることは知れ渡っている。
 壇上から恭平達に向けて言う笑顔の朝比奈を見て、恭平はどこまでが本心なのかと考えてみる。一年の頃には強さを求めて周りとも軋轢があったと菊池から聞いていたが、今の朝比奈にそんな様子はない。一年以上経って、彼女の中でいろいろ変わったものがあるのかもしれない。

(次のため、か)

 次はより良い成績を出す。
 そのために朝比奈は変わったのではないかと恭平は思う。寺坂も次に繋がるものをインターミドルで見いだした。なら、自分はどうか。分からないと答えた自分は何を見つけることができるのか。

「次に、女子ダブルスだが。寺坂と菊池は二回戦負けに終わった。その相手はそのままノーシードから優勝したペアだった」

 庄司の言葉の後にまた拍手が起こる。朝比奈の時と同じくらいの音量。前に出た二人はすでに涙ぐんでいた。拍手から今までのことがこみ上げてきたのかもしれない。
 菊池は何かを言おうとして、涙からなにも言えなくなったようだった。代わりにと寺坂が部員達にエールを送る。

「皆、応援ありがとう。精一杯、頑張った結果なので、悔しさはありますが、後悔はありません。私達はここで終わりますが、これからの浅葉中バドミントン部は朝比奈さんや皆がきっともっと強くしてくれると信じてます」

 寺坂のエールを聴きながら、恭平も少し涙ぐんでいた。自分達の終わりをしっかりと認識した上で、次に渡す。部長として寺坂が頑張ってきた姿を恭平も男子の副部長として見てきただけに、最後までブレなかったことは尊敬に値した。
 一通り、考えていた言葉を口にしたのか。寺坂は菊池と一緒に礼をして後ろに下がる。庄司がすぐに場を繋ぎ、今後の一年、二年の研鑽と引退式の日程を伝えて解散となった。
 朝比奈はそのまま練習に参加し、寺坂と菊池は体育館から出る。
 恭平は少し時間を取ってから二人の後を追った。
 体育館から出て教室がある棟へ向かう。菊池の様子から見て話せる状況ではないかもしれないが、それだけに傍にいたいと恭平は思っていた。

(俺が弱音吐いても支えてくれたんだから……次は俺の番だ。自分勝手かもしれないけど)

 自分の考えに不安になりつつも、二人を探す。教室に行ったのならまずはどこに行くだろうと二人の行動パターンを考えて、菊池の教室へとたどり着いてから扉のガラス窓から中を覗く。

(やっぱり)

 教室の窓際に菊池と寺坂が座っているのが見えた。菊池は机に突っ伏していて、寺坂は頭を撫でている。少しは状況が落ち着いていると見て取れて、恭平は意を決して扉を開けた。

「あっ」

 寺坂が音を聞いて振り返り、安堵のため息を漏らす。そして自分達の傍にくるように手招きをした。恭平はゆっくりと机の間を縫って傍まで歩み寄る。

「大丈夫か?」
「落ち着いたよ。私、トイレ行ってくるから里香お願い」

 寺坂はそう言って立ち上がり、離れていく。俯いたままの菊池には見えないが、恭平に向かって口パクで「あとはよろしく」と告げていた。頭をかきつつも「了解」と声を出さずに返し、寺坂が座っていたところへと腰掛ける。

「里香」

 恭平の言葉に、菊池がゆっくりと顔を上げる。
 目は涙を流しすぎて赤く腫れている。慌てて掌で目元を隠しながら、菊池は口を開いた。

「ごめんね、恭平君」
「何に謝ってるんだよ。別に謝られることなんてないよ」
「気持ち、分かったと思う」

 菊池のいう『気持ち』が何なのか恭平には分からない。考えるための沈黙を話を聞く状態と判断したのか、菊池は言葉を続けた。

「恭平君が、練習の時に私を避けてたの……今なら、分かる気がするの。こんな辛い気持ちなのに、普通に私達の練習に付き合ってくれてたんでしょ? 私には、無理だよ」
(里香くらい落ち込むのはさすがになかったけどな……)

 自分の感じていたものとはまた違う感情だとは分かっていても、恭平は口にはしなかった。だから、ただ謝ることはないと優しく言葉をかける。頭に手を乗せて撫でながら。

「いいよ。里香はよく頑張ったって。今は思い切り悔しかったり、辛かったりしたらいいよ。俺だって、時間経ったら落ち着いたから」
「……うん。ごめんね」
「いいって」

 菊池の頭を撫でながら恭平は考えを巡らす。場の空気を読んで席を外した寺坂が戻ってくる可能性もそうだが、このままここにいれば全く関係ない生徒に見られる可能性もある。菊池は再び顔を伏せて泣いている。先ほどまでの嗚咽はなく、たまにしゃくりあげるくらいで落ち着いてきていた。もう少ししたら場所を変えるべきだろう。

(それまでは、こうしてるか)

 次の行動が決まれば、それまではまた別のことが頭をよぎる。
 寺坂と菊池の挑戦が終わり、とうとう自分達三年生の中学でのバドミントンは終わった。庄司が引退式の日程を言っていたように、そこで本当に終わりを迎えて受験に入る。バドミントンで特待生になるような部員はいないため、全員が一般入試で地元の高校を目指すことになるだろう。

(引退式か)

 自分が一年、二年の時に経験した引退式。その時は特にやる必要性を感じなかった。先輩が残したものを受け継ぐという形式的なもの、くらいの感覚で、それをしたからといって恭平の中で特別な何かが受け継がれるということはなかった。
 しかし、今だから分かる。引退式で後輩と試合をすることで何を伝えるのか。恭平が感じ取れなかったように、おそらく今の後輩達も感じることはないだろう。
 それでも、伝えることで心の中に残したいものがある。そのために、引退式で試合をするのだ。

「俺の最後の仕事、か」

 静かな、強い意志を込めた呟きが自然と漏れていた。
Copyright (c) 2013 sekiya akatsuki All rights reserved.