その手に握られた時、そこに雪が舞い降りた気がした。


 目を覚ますと、電気が点いたままだった。制服の上を脱いだまま寝転がったから、ワイシャツが皺だらけになっている。今日洗うつもりだったからいいけれども。それよりも肩が痛い。
「いっててて……」
 首を曲げると激痛が走った。転寝して寝違えるのはなんだかかっこ悪い。明日までに痛みが引かなければ皆に真実を話さなくてもいいだけなんだが。時計は午前一時を指していた。おそらく両親は共に寝てるだろう。さっさと風呂に入らないと……。
 それにしても思考が定まらない。最初に何か思ったとはずなんだけれど、ワイシャツとか首の痛みに振り回されて、掴みかけた大切なものを見失いそうになる。起き上がろうとしてまた首が痛んだ。痛む箇所にまた手を伸ばそうとして、目の前で止める。
「…………」
 手にかすかに残っている、彼女の手の感触。柔らかくて、暖かい掌。でも、なぜか冷たいように感じた掌。
(なんで、かな?)
 掌から続く残像。腕、肩と続いていって、最後には同じ目線に顔が現れる。  咲坂優子。
 俺と同じく青空へと思いをはせていた人。俺とは違って、空に消えようとしていた人。
 そんな彼女が、紡いだ言葉が甦る。
『水島君の気持ち、半分分けてくれる?』
 言葉と共に彼女の気持ちが流れてきたような気がした。あれから今、起きるまでどこかぼんやりとしていて、夢の中にいるみたいだった。いや、もしかしたらまだ夢の中にいるかもしれない。
(冷たさ、か)
 ふと掌に浮かんだ冷たさを思い出す。ぬるま湯につかっているこの気配の中で、掌だけがひんやりと存在感を示している。それは昨日まではなかった感覚だった。それが僕の中に残る咲坂さんの確かなものだと思うと、気恥ずかしさと、その理由への疑問が頭を過ぎる。
 自然とポケットの中に手が入り、そこにあるハンカチに触れる。彼女に貸して現れたハンカチ。取り出すとポケットの中にあったからか少し皺が走っていた。すでに消えてしまった洗い立ての匂いがまだ残っているように錯覚して、鼻先へと近づける。するとより鮮明に、熱に反するように冷たさが広がった。 (そう、か)
 それは彼女の心の冷たさなのだと、思えた。
 彼女が見てきた世界。それがあまりにも冷たくて、俺の中へと流れ込んできたんだ。
 それは幻想に近いものだったけれど、信じられた。
 あの手の繋がりは、確かなものだと信じられたから。
「一緒に見ていけば良いさ。ゆっくりと」
 俺は立ち上がって痛む首をさすりながら、服を着替えた。まずは風呂に入ろう。そこで彼女の名残を暖める。そして、次の日に僕が得た暖かさを彼女へと送るんだ。
 それが、彼女の半分になるということだろうから。
 トランクスとシャツの姿になって、俺は風呂場へと向かった。
 また明日から、新しい一日を過ごすために。




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