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● SkyDrive! --- 第八十五話 ●

(高梨さん……やっぱり、隙が、ない、か?)

 隼人は高梨からのスマッシュをヘアピンで返し、すぐに前に出ると可能な限り相手の選択肢を狭めようとする。高梨も視線を隼人の方へと送ってから、前に足を踏み出してシャトルを隼人の反対側へと散らすためクロスヘアピンを打った。隼人は軽やかなフットワークでシャトルに追いつくと、ストレートのヘアピンでシャトルをネットに沿うように落とそうとする。返ったヘアピンは隼人が今、打てる最良のヘアピンだったが、高梨はしっかりとロブを上げて隼人を後方へと押し戻し、ラリーは何度目かのリセットを迎えた。

(ただスマッシュを打ってくるような単調な攻めでもない。細かい技量もちゃんとある……やっぱり第一シードの片割れ、か)

 モヒカンカットや外見の荒々しさにごまかされそうになるが、当人はどちらかといえば技巧派だ。技巧の上にパワーが加わっている、隼人にとっては理想的なタイプ。ここに戦略性が加われば、間違いなく全国でも戦える逸材。そう分析している隼人はプレイに集中している隼人とは別人だった。
 脳内がちょうど半分ずつ別れて、片方がシャトルを追って次にどう打つか考えるため。もう半分は自分のショットに相手がどう反応するか。どのようにシャトルを打ってくるかを分析することに集中している。
 奇妙な感覚ではあるが、そうした「思考が分割」をするイメージだと試合の中でも分析が速やかに進んでくる。
 そして、自分が思ってもみない結果を導き出す。

(つまり、高梨さんの中で俺が突ける隙は、戦略、か)

 相手のプレイスタイルの分析に一つの結論が出た時、隼人が打ち返したハイクリアのシャトルに対して高梨がジャンピングスマッシュを放ってきた。ストレートではなくコートをクロスにえぐりこんでくる軌道。着弾するまで時間がかかるはずなのに、隼人のラケットが届く前にシャトルはコートにぶつかって跳ねていた。

「ポイント。ファイブスリー(5対3)」

 高梨のスマッシュに南星高校からの歓声が沸き起こる。対して、栄水第一側からも「ドンマイ」「強気で行け」等、隼人に対する声援が生まれた。その声に新しいものが増えていると気付いて視線を向けると、ついさっきまで試合をしていた礼緒の姿を見つけた。実際には一点目を取られたあたりからいるのだが、試合序盤のプレイと分析に集中していて隼人は気付くことができなかった。

(小峰は繋げてくれたか……当たり前か。俺が試合できてるんだから)

 礼緒と小川の試合が終わりに近づいた頃、隼人と高梨は第三シングルスに入るように促されてコートに入っていた。礼緒が勝てば二勝二敗で最後の試合によって団体戦の勝者が決まる。もしも小川が逆転勝ちしたならば隼人たちの試合は途中で終わる。ただ、セカンドゲームの段階で声がかかるということは、主催のバドミントン協会サイドとしては礼緒の勝利の方に考えが傾いているに違いないと隼人は考えていた。

(あいつは、あいつなりにプレッシャーに打ち勝ったんだろうな。だから、戦えてる)

 真比呂の一声から動きが変わり始めたところは知っている。考えすぎず、感じること。それは、礼緒よりも自分にこそ必要なのかもしれないと改めて思う。
 エースとしての実力が無いと考えて覚悟ができず、精神的な調子の悪さが実際の試合にも影響している。第一ダブルスで試合に出た時はまだ普段通りの動きができたと思うが、第三シングルスとして。最後の砦としてコートに立った時に怯んだのは事実。それでも、これまでは冷静に戦えているのは礼緒の奮闘があったからだ。種類は違えど、シングルスとして自分の力に疑問を持っている中でも、乗り越えようと頑張っている礼緒の姿に隼人も負けられないと感じていた。

(俺がいろいろと足りないのは分かってる。礼緒のほうが、俺の考えだとエースとして相応しいのも、分かってる。ただ、俺が分かっていないのは……)

 高梨からのショートサーブをしっかりロブでコート奥に打ち返す。狙ったところに寸分違わず打ち上げ、落とせることから自分には今のところ疲労の影響は出ていない。高梨は素早く落下点に入って、ラケットを振りかぶったところでスマッシュと見せかけてドロップを打ってきた。一瞬体勢が崩れた隼人は駆け出しが遅れたものの、ラケットを届かせてヘアピンを放つ。隼人の打つ場所を読んでいたように、高梨が前に詰めてくるが隼人のヘアピンは綺麗に白帯からほとんど浮かずに相手コートに落ちていったため、高梨はしっかりとロブを上げていた。

(ここまでで高梨さんから分かったことは……)

 隼人はシャトルを追いながら情報を列挙する。
 スマッシュを主体としてドロップやハイクリアをフェイントに織り込んでくる。大げさなスイング自体がフェイントになっており、隼人からすれば反応はできるものの一瞬の硬直はどうしても起こってしまう。
 ネット前の攻防はどうかと言えば、これも何度か繰り返せば自分が競り負けると隼人は分析した。だが、隼人自身がヘアピン合戦を避けて二回目にはロブを上げるために危機は回避している。逆に高梨のほうも隼人から良いヘアピンが放たれたと考えたらすぐにロブでシャトルを遠くに打ち上げることで、隼人の手に入れたアドバンテージを一瞬で帳消しにしていた。
 大まかに言えばそれくらいしか高梨が取ってくる戦略はない。
 攻める時も守る時も、隼人のいない方向へとシャトルを打っていくスタイル。
 フェイントを利かせてわざと隙を作るとそこへシャトルを打ち込んできた。まだスマッシュやドロップの切れ味を体に教え込めていないため、一発で決まってしまったが、試合中に慣れる確信は持てた。

(あとは、これがどこまで本気かってことだけど……な!)

 隼人は七分くらいの力でスマッシュをシングルスライン際に落とす。威力を重視するとコントロールが甘くなり、厳しいところを突いたショットはアウトになるかもしれない。高梨の攻めはライン際よりもコートの内側寄りであり、それが隼人が競っている要因にもなっている。
 それが、全力を出している上のものなのか、隼人のようにまだ余力があるのかによって終盤に響いてくるに違いなかった。

(まずは……これが七分くらいと、思っておくか)

 スマッシュをヘアピンで返され、隼人が高く上げたシャトルを高梨がジャンピングスマッシュで叩き落してくる。ギリギリ反応してラケットを差し出し、再度ロブを上げることに成功したが、半分は運によるもの。自分が何とか反応できる速度が七分とは信じたくなかったが、あえてマイナス方向に考える。

「おらっ!」

 隼人が上げたロブからのシャトルに反応してジャンピングスマッシュを放つ高梨。シャトルは一直線に隼人の顔面へと進んできたが、ラケットヘッドを瞬時に掲げて跳ね返す。速度は最初に打ち返した時よりも速いように感じたが、簡単には結論を出さない。

(本人が意識的に出せる速度で考えないと……今のは、カウンター気味だから出せた可能性もある)

 ネット前に落ちたシャトルはコート奥へとしっかりと上げられ、隼人は落下点に入って飛び上がるとスマッシュを打つような気迫でハイクリアを打っていた。タイミング的にも気迫としてもスマッシュが行くと伝わったのか、高梨は反応を鈍らせてコート奥へとシャトルを追っていく。強引に体を落下点に入れて仰け反るような体勢でハイクリアをストレートに打った結果、シャトルはシングルスのサイドラインを割っていた。

「ポイント。フォーファイブ(4対5)」

 審判の告げるカウントを聞いて隼人は深くため息をつく。試合の本当に序盤だというのに体力の消耗が多い気がするが、それも普段より頭と体を使って情報収集している結果だ。更に言えば、相手が自分より格上ということもある。

(コントロールといい、情報収集といい、結局、俺に必要なのはまず体力、か。俺だけじゃないだろうけど)

 隼人は返ってきたシャトルの羽を整えてからサーブ体勢を取る。そして小さく「一本」と呟いてからつまんでいたシャトルコックを支点に親指と人差し指で軽く回した。それからサーブを思い切り高く打ち上げて、コート中央に戻る。

(何となく、願掛けがてらやってるけど……ルーティンとしては微妙か)

 理貴が用いているルーティンを真似て、自分なりのルーティンを作ろうとしてみるが、すぐに止める。体に馴染んでいない動作は逆にテンポを狂わせると考えて、隼人は高梨からのスマッシュを警戒した。高梨は鋭いジャンピングスマッシュでシャトルを隼人へと突きつけたが、鋭すぎてネットに当たって自分の側へと跳ね返っていた。

「ポイント。ファイブオール(5対5)」
「ラッキー」

 心の底から安堵する。相手のミスに助けられて得点というのは本来なら危うい事態だった。ミスは誰でもするが、起こらない時は全く起こらない。その割には、隼人が必要な情報収集を阻害する要素になる。必ずミスをさせるパターンがあるならばいいが、単純なミスの場合は戦略に組み込めない。

(でも……これもさっきのルーティンもどきをやった分、タイミングがずれた……とか?)

 隼人は自らネット前に落ちたシャトルをネットの下からラケットを通して取り、サーブ位置に移動する。
 隼人の頭の中にさまざまな情報が乱舞していく。シャトルを追っていった高梨の動き。そこからジャンピングスマッシュを放った時の跳躍や実際の軌道。過去に放たれた同じショットと軌道を重ねて、違いを見極める。それとは別に、自分を維持できるようにルーティンを確立すべく、シャトルコックをつまんだ状態からちょっとだけ回転させてサーブ体勢を取り、大きくシャトルを打ち上げた。

「おらあっ!」

 高梨は追いつく前から吼えてシャトル目掛けて跳躍する。届いたラケットがシャトルをコートに叩き込んでくると、隼人は床とシャトルの間にラケット面を置いてネット前に打ち返す。着地した高梨がすぐに前に出てラケットを伸ばすと、クロスヘアピンで隼人のいない場所へとシャトルを落とした。勢いを殺せなかったのかネットから離れていったために少しだけ時間がある。その間に、隼人はラケットを落下点にすべり込ませてロブを上げた。体勢が崩れて右足を出しただけでは止まらず体がコートの外へと流れてしまう。

「隼人!」
「隼人君!」

 真比呂と亜里菜が名前を叫ぶとほぼ同時に、隼人は体勢を立て直してコート中央へと戻ろうと移動した。だが、高梨は移動してきた隼人の動きの逆を突き、逆方向に再度スマッシュを打つ。

「だっ!」

 シャトルが放たれた瞬間には、隼人は逆方向にラケットを伸ばしてシャトルに触れさせていた。タイミングが早いタッチによって高梨もスマッシュから前に出るのが遅れてしまい、シャトルは高梨のコートにふわりと落ちていた。

「ポイント。シックスファイブ(6対5)」

 審判のカウントに真比呂たちは一瞬の静寂の後で歓喜の声を上げる。隼人が視線を向けると、真比呂と亜里菜は両手でハイタッチを交わし、理貴と純、礼緒は拳を掲げて「ナイスショット」と伝えてきた。

(裏をかけたか……なんとか)

 高梨が隼人のいない方向に向けてシャトルを打つ癖を利用した結果、打つ瞬間に隙を作った方向に体を移動させること。タイミングが早ければ狙いを悟られてしまうという微妙なところを何とかクリアしたことに隼人は一つ手応えを感じる。

(高梨さんも馬鹿じゃない。すぐに気付くだろう……なら、次は)

 隼人は高梨が拾って渡してきたシャトルを手に取ってまたシャトルコックを撮んで軽く回す。シャトルを左手に。ラケットを右手に大仰に振りかぶると、勢いよくシャトルを弾き出そうとして、ラケットの動きをしっかりと止めた。
 礼緒も使ったショートサーブのフェイント。高梨もまた小川と同様に体を後方へと移動させる途中で止めて、前に出る。落ち行くシャトルをできるだけ前でとらえるためにラケットを伸ばし、届いた瞬間に手首の力だけでロブを上げる。

(届かない、か!)

 理想としてはロブで上がってくる途中のシャトルをインターセプトすることだったが、高梨がラケットにシャトルを触れさせるタイミングが早く、隼人のラケット面とは合わない。ならばと、隼人はバックステップで少し後ろに下がってから跳躍した。

「はっ!」

 手首だけだとコート奥まではシャトルが飛ばず、少しバックステップで移動しただけで落下しかけているシャトルをとらえることが可能になる。隼人は高い打点から落とすためにジャンプし、ラケットを振り切った。ジャンピングスマッシュと呼べるほどの威力は出せないものの、シャトルにいは角度がついてシングルスラインの際に向かって落ちていく。だが、高梨もまたバックハンドにラケットを持ち変えながら移動して、シャトルを打ち返していた。

「っこの!」

 着地後すぐにラケットを差し出したがシャトルには届かず、隼人は歯を食いしばる。だが、シャトルはシングルスのサイドラインからほんの少し外側に落ちていた。

「ポイント。セブンファイブ(7対5)」

 シャトルが転がる様子を見て、隼人は一度ゆっくりと息を吸ってから吐きつつ歩いていく。シャトルを拾って羽を整えながらサーブ位置に行くまでに今のラリーも頭の中で分析していた。

(あれくらいのタイミングなら、高梨さんはラケットが届いてもコントロールしきれない……でも、その前に。高梨さんはあそこに移動するのが早すぎた気もする。俺も、読まれてるのか)

 高梨が見せた動きは、隼人自身が見せている動きと似ている。高梨もまた隼人の動きを読んでシャトルが落ちそうな場所へと先んじて移動したに違いなかった。そうでなければ、あの体勢だとシャトルに追いついたとしてもネットは越えられないと考える。
 隼人はシャトルコックを一度回してから構えて、再度ショートサーブを打つ。できるだけ同じ状況を再現したいためだったが、高梨も戦法を変えてきてヘアピンで打ち返してくる。一つ前よりもサーブのフェイントに引っかからなかったのも大きい。

「くっ!」

 先にピンチになってしまったのは隼人のほう。仕方がなくロブを上げて一度リセットしてからコート中央で高梨のサーブを待ち受ける。再び襲ってきたスマッシュはシングルスライン際に落ちていき、隼人のラケットがヘアピンで返すものの、白帯に当たって返ってきてしまった。

「ポイント。シックスセブン(6対7)」

 駆け足でシャトルに向かっていき、拾い上げると羽を整えてから相手に返す。レシーブ位置に戻る間にガットのずれを直しながら隼人は考える。

(高梨さんのスマッシュ。やっぱりもう少し速くなりそうだな……より速く……なら俺は遅く、か)

 今のスマッシュをヘアピンとして打ち返すのに失敗したのも、想定していたタイミングを外されたからだ。それは速いスマッシュでも可能だが、遅くても問題ない。最高速があまり速くない隼人だからこそ、遅くすることで同じ効果を得られるかもしれない。そう考えてラケットを構えた時、隼人は不思議な感覚に陥っていた。

(どんどん……頭の中がはっきりしてくる……相手の動きだけよく見える……他は、何もない)

 四角いコートと高梨。ネット。審判。そして自分。
 コートの外から声援を送ってくる仲間たちや相手チームの面々のことが視界の中から消え去っていた。
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