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● SkyDrive! --- 第七十話 ●

 一段高い踏み台の上で市長が開会の宣言を行っている。長く退屈な宣言には隼人も欠伸を堪えるのに精一杯で、真比呂が大口を開けて声だけは出さないでいる様子を見ていることしかできない。市長から見て分からないはずもないため、確信犯だろう。そのことを示すように並んでいる他校の生徒たちも欠伸が見えてきたところで市長は話を打ち切った。その後は開会式も終わり、解散となる。
 隼人たちはすぐに自分たちが確保している席へと戻り、改めて今日の予定を確認した。

「えっと。結局、どんなのだっけ」
「井波……もう一度言うから良く聞けよ」

 隣に座ってきて既に貰っていた試合のプログラムを見て予定を再確認する。
 市内大会は土曜と日曜に実施される。土曜日はまず団体戦を行い、終わった後に個人戦のシングルスとダブルスが行われる。隼人たちは真比呂と賢斗以外は個人戦にエントリーしていないため、団体戦を終えれば次の日はこなくてもいいくらいだ。ただ、真比呂と賢斗は経験値を積むためにあえて参加しており、どちらも全く実績がないためシードの下へと配置されている。

「つまり、俺らは団体戦の後にも試合がある。でも、団体戦でまず全力を尽くせってことだ。な、賢斗!」

 ちょうど傍を通りかかった賢斗に向けて、真比呂は自分が言われたことをそのままパスする。だが通りかかったばかりの賢斗には当然のごとく通じず、頭からはてなマークを出して首をかしげた。

「ひとまず。目の前の試合を全力で頑張れってことだな」
「う、うん。分かってる。楽しみだ」

 真比呂の後を引き継ぐように言った隼人に賢斗は右拳を突きつける。気合いが十分入っていることをアピールする賢斗は大丈夫だろうと隼人は思った。
 純と理貴は皆と少し離れて軽くシャトルを打ち合って体をほぐしていた。礼緒は一人プログラムを眺めながらリズムをとっている。皆といるときは聞いていなかったのだろう、ポータブルの音楽プレイヤーから伸びたイヤホンを耳に詰めて音楽を聴いているようだった。自分の世界の中で集中力を高めている。谷口は通路一つ挟んだ場所にいる女子たちに向けて激励を飛ばしていた。市内なら一位を取って当然という強い言葉が聞こえてくる。男子部ではまだそこまでは言えない。しかし、早く存在をアピールするのにこしたことはない。

(俺らの初戦は、南星……じゃなかったな)

 岬高校。真比呂の話ならバスケットボールなら全国に出場経験もあるらしい。南星ほどじゃなくてもスポーツに力を注いでいるなら試合でも何かが起こるかもしれない。

「よし。皆、集まってくれ!」

 離れた所でシャトルを打ち合っている純と理貴も呼び寄せて、隼人は円陣を組ませた。最初は輪の外にいた亜里菜も中に加えて、七人で作る輪。自分達の結束を実際に体感させる。

「これが本当に俺たちのデビュー戦だ。覚悟はいいな」

 隼人の言葉に六人が同時に頷いた。力強い相槌に隼人は満足して、オーダーを口にする。

「まず、第一ダブルス。俺と鈴風。第二ダブルスは外山と中島だ」

 第一、という単語に緊張したのか賢斗は傍目から分かるほど緊張して硬直する。隼人はしかし、賢斗へと微笑んで続きを口にした。

「第一ってところがエースみたいに聞こえるけど、実際には俺たちのチームのダブルスエースは外山と中島だ。今回は一応、外していく」
「相手のエースダブルスが先に来る可能性のほうが高いもんな」

 外山が隼人の言葉を後押しすることで賢斗も落ち着いたのかため息をつく。しかし、すぐに隼人の言葉の裏を読んで口にした。

「でも……つまり、俺たちの相手って」
「そう。多分、向こうのエースダブルスだな」
「それじゃ負けるんじゃ……」
「負けるかもな。それでも、このオーダーで行く。フォローするから、鈴風は自分ができることだけ全力でやるんだ」

 隼人は自信を持って賢斗へと告げたことで賢斗も不安な気持ちを抑えて頷いた。それは純と理貴も同様で、隼人たちがエースダブルスの対戦相手を負かされるということに対して、自分たちは必ず勝つと気合いを入れる。
 次に隼人は残るシングルスのオーダーを発表した。

「第一シングルス、井波。第二シングルスが小峰。そして、第三シングルスが俺だ」
「練習試合と同じオーダーってことだな」
「そう。結局、これが俺たちの基本系ってことだ」

 近日まで悩んだオーダー。自分を最後の砦に置くことには最後まで躊躇があった。しかし、夜の公園での月島との会話で迷いは吹っ切れた。力が足りていないなら、ふさわしい力を身につけるしかない。エースから逃げない勇気を持つことができた今、隼人はぶれなかった。

「決勝はもしかしたらまた変えるかもしれないけど。基本変えないからな」
『おう!』
「皆、ファイトー!」

 男子六人の気合いの声の後で亜里菜が全員の背中を押すように声を上げる。一気に華やかになり隼人たちも気合いを入れて円陣を解いた。中心から爆発したかのように体を弾いてから再度拳を振り上げて高らかに吼える。周囲からの視線を感じたが、気にならなかった。

(行くぞ!)

 ラケットバッグを持って六人が次々と客席から出る扉のほうへと駆けていく。共有フロアを移動して、階下に降りてからコートが張られたフロアへと入ると既に団体戦の準備のために下りていた他校と一緒になり、隼人たちは壁際に沿って立った。降りてきているのは団体戦のメンバーだけ。それ以外の部員は観客席から各高校独自の応援幕を下ろしていく。栄水第一の女子部も団体戦メンバー以外の残った二年と一年が協力して垂れ幕を下げていた。当然隼人たちには余ったメンバーはいなかったが、青を基調とした幕が下がった。
『目指せ! 勝利! 栄水第一!』
 描かれた文字は明らかにオーダーメイドで作られている。驚いて見ていると、固定し終えた亜里菜が隼人たちへと手を振っていた。

「めっちゃ驚かされたな」
「ああ」

 真比呂の声に自然と隼人は頷いていた。

『試合のコールをします。団体戦第一試合。栄水第一高校対岬高校。一番コート、二番コートにお入りください。第一ダブルス、第二ダブルスを同時に行います』

 アナウンスが流れ、隼人たちはあらかじめ予想していたコートへと一直線に駆け寄った。ラケットバックからシャトルケースを取り出し、シャトルを礼緒と理貴へ放り、自分は一つだけ手に取る。コート一つを使って六人が向かい合い、ドライブを打ち始めた。試合のコールを受けてから開始まではあまり時間はなく、短いうちに準備運動をしなければいけない。岬高校の面々もそれは理解していて、隼人たちが使っているコートではないもう一つのコートで同じくドライブから入った。細かいショットの確認をしている余裕はない。とにかく体を温めて怪我をせずに素早く調子を上げるために動き続ける。
 審判を務めるバドミントン協会の女性と男性がやってきて、練習を止めるように促したのはきっちり五分後だった。

(少しは考慮してくれたってことかな)

 コールから五分もかかっている段階で、朝早いということもあってある程度動いて体を温める時間をくれたのかと予想する。それが正しいかは確認する必要も時間もない。二つの内一つのコートに集まって審判が促すと互いに頭を下げる。

『お願いします!』

 十人の気合いを入れた声が響く。実力はどうか分からないが、少なくとも気合いは互角。互いのオーダー票を交換してからダブルスの四人はそれぞれの場所に向かう。隼人と賢斗。純と理貴。二つのコートに分かれての試合というのは、女子部との試合でも白泉学園との練習試合でもなかった。どこでどちらの試合を見ればいいのか分からない真比呂はどうしようと右往左往するも、礼緒がコートの後ろに設置されているパイプ椅子を指差して手を引くのを見てひとまず安心する。

(さて、俺たちは俺たちで、やるか)

 隼人はラケットを軽く回しながら賢斗と共に並ぶ。ネットを挟んで向かいにいるのは隼人たちの一つ上の学年二人。オーダー票で名前だけ確認して一年の頃から多少活躍していたダブルスの二人だとは分かっていた。

「鈴風。俺らの相手はやっぱりエースダブルスみたいだ」
「そうなんだ……頑張らなきゃね」

 十分フォローはする。負けても仕方がない。そう言おうとして隼人は言葉を飲み込んでいた。賢斗からは試合へのプレッシャーを感じている様子は受けても、負けるに決まっていると投げやりになっている様子はない。目の前にそびえ立つ高い山を前に怯えていても、逃げずに立ち向かっていこうという思いが踏みとどまらせている。

(部活辞めたいって言ってた時より……強くなってるかもな)

 日ごろの部活だけではなく、高津たち『鱈』での練習に隼人から見ても熱心に取り組んでいた。思うようにプレイできなくて指摘されても一つ一つを真摯に受け止めて改善しようと何度でもラケットを振る。バドミントンだけではなく、全てのことに言える、失敗と挑戦の繰り返し。賢斗の中に確実に強い思いが構築されてきているのが隼人には見えた。
 ネット前に集まって握手を交わし、じゃんけんをする。ファーストサーバーの隼人はシャトルを勝ち取り、相手はコートをそのままに離れる。エースダブルスの二人。情報の収集にそこまで時間をかけられなかった分、試合中に分析するしかない。

(よし、楽しんでいくか)

 審判が試合の開始を告げたと同時に互いに礼をする。相手の名前は中村と星見。身長は二人とも隼人と賢斗より高い。ハイクリアが強くスマッシュを主戦力として扱いそうだ。いくつかの考えが頭をよぎる中で身体は自然とサーブ姿勢を整えていた。

『いいか。お前の武器はその頭だ。プレイを止めないままで出来る限り相手を分析しろ。そのためにいろいろ試合見ろ』

 高津の言葉が脳内で再生される。力強い言葉と共にバドミントンの試合がいくつも録画されたDVDを手渡されたことを思い出す。衛星放送のスポーツチャンネルでは地上波ではやらない海外のバドミントンの試合が多い。高津はそれらをほぼ録画して何度でも見ているらしい。

『力でねじ伏せる俺でさえ結構他人の試合見て勉強してるんだ。お前はこれがないと絶対に負けるっていうくらい生命線だからな。ちゃんとやれよ』

 日本のトップの試合から世界レベルの大会まで。レベルが違いすぎて隼人には全て自分の中に取り込めたのかは分からない。高校生の地区予選レベルだと全く相手にならないだろうレベル。それでも、自分の中に蓄積することで血肉となるはず。

「一本!」

 相手の分析と共に駆け抜けた高津の言葉と回想。全てをシャトルに添えたラケット面に結集するようなイメージの下で、吼える。一瞬遅れて響いた声は隼人の背中を強く押した。

「一本!!!!」

 賢斗のどこか緩い風貌からは信じられないほどの声量。空気が爆発し、不可視の風が相手コートへと押し寄せて向かい合ったレシーバーが怯んだのが感じ取れる。隼人はそこを狙ってショートサーブでシャトルを送り込んだ。白帯を越えていくシャトルは綺麗な弧を描いて相手のサービスライン上へと落ちていく。見送ることを止めて中村はシャトルを打ち上げるとすぐに横へ広がった。エースダブルスであるだけに機敏な動きで隼人の目から見ても隙がない。背後にいる賢斗には聞こえないのを承知で心の中で吼えた。

(行け、鈴風!)

 隙がないならこじ開ける。相手が賢斗の様子に怯んでいるなら更に畳みかける手もありだ。前衛のみ多少出来るレベルだった賢斗がフットワークを覚え、そして今は後衛でラケットを振り上げている。バドミントンを始めてから六か月程度。

「はっ!」

 渾身の力が込められたシャトルは期間の短さを感じさせず、相手のコート中央へと落ちていく。隼人は念のために更に上半身を落とすと頭すれすれにシャトルが飛んでいった。急にシャトルが現れたように見えたのかフォアハンドでラケットを振れる星見が慌ててシャトルを取ったが、弾道が低くなりコースも狙えない。結果、隼人のラケットの真正面にシャトルが跳ね返ってきた。

「ふっ!」

 集中していて自然と止めていた息を鋭く吐くと隼人はラケットを小さく振ってシャトルを叩き落としていた。強さはいらない。一手前で十分なアドバンテージを賢斗が掴んだ分、隼人に必要なのは確実にシャトルを床に叩き落とすこと。そこには強さよりもコントロールと相手の状態を的確に見極める目が必要だ。
 隼人の思惑どおりに、中村も星見もシャトルを打とうとする隼人に反応することもできなかった。

「ポイント。ワンラブ(1対0)」
「ナイスプッシュ! 隼人ぉおお! 賢斗もナイスショットだったぞ!」

 耳に届くとうるさいといつも思っている声は試合の時でもやはりうるさい。しかし、試合の間は普段よりは腹が立たなかった。背中を賢斗の声以上に押してくる真比呂の気合いの咆哮は後ろに倒れそうになってもしっかりと支えてくれるような気がする。

「よし、一本」
「一本!」

 次のサーブ位置に移ってシャトルを前に突き出し、ラケットを添える。星見は隼人のショートサーブの精度を見てか、少し前傾になってラケットを前に突き出す。際どいシャトルを撃たれればヘアピンに。少しでも浮けばプッシュを叩きこもうという意図がラケットヘッドに見てとれる。隼人は、あえてショートサーブを打った。

(あからさまな誘い……でも、受ける!)

 白帯を越えていくシャトルを予想通りに星見は捉えてプッシュを打ってきた。ただし、ネットに触れる危険を犯さないため角度はつかずに緩やかに隼人の身体を越えて後方へと飛んでいく。そこには既に賢斗が向かっていた。隼人は次の行動に備えて真横に動くと中村も隼人の動きからロブがあがると予測して後方へ移動する。
 しかし、賢斗が次に打ったのは隼人のほうに向けてのショートロブだった。髪の毛に当たるか当たらないかという位置を越えていくシャトルに隼人も血の気が一瞬引くが、気を取り直してその場で腰を落として移動を止める。中村が後方に移動した分、星見がネット前にラケットを突きだして再びプッシュを狙ってきていた。

「ふんっ!」

 気合いの一声と共に再びシャトルが返ってくる。今度はシャトルは浮いていたものの、賢斗の打つ軌道を読み切れずに動きだしが遅れた星見は強打に失敗した。その隙を賢斗は更に突く。

「はっ!」

 次に賢斗が打ったのは、またネット前。セオリー通りに星見がいない逆サイド、ではなく星見が打ち終わって硬直していた目の前だった。

(鈴風――!)

 流石に隼人も肝を冷やし、自分の傍を通り抜けたシャトルが今度こそ床へと落ちると覚悟する。だが、予想に反して星見はシャトルを打つことが出来ず、後方に反らしてそのまま床へと落としていた。

「ポイント。ツーラブ(2対0)」
「しゃあああああ!!」
「しっ!」

 既に勝ったかのように吼える真比呂に隠れて、隼人は自然と拳を腰に引いて力を込めていた。
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