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● SkyDrive! --- 第六十七話 ●

 目の前の紙に書かれた名前を見ながら隼人は唸っていた。考えはだいたい頭の中から外へと出して書きあげたのだから、残るはそれらを整理するだけ。しかし、隼人自身の中に大きな引っかかりがあり決断できず、終わることができなかった。
 顔を上げるとテーブルの向かいに真比呂と亜里菜が座っている。二人はそれぞれ別々のハンバーガーを頼んで食べつつ、真比呂が頼んだセットのポテトを次々と摘まんで行っている。隼人はポテトが苦手のため、いらないと二人に譲ったことと、二人の意見も加味したものを書きだしてまとめるために必然的に向き合う形になった。

(……これって、周りにどう映るんだろう)

 特に気にする要素ではないが、気になる。真比呂と亜里菜は彼氏彼女に見えてもおかしくないだろう。なら、シャープペンとルーズリーフのバラ紙を持った自分は勉強でも教えてもらっている友達だろうか。

(駄目だな。余計なこと考えてる。本題から逃げようとしてる)

 隼人は一度紙から目を離してため息をついてから、Lサイズの紙コップへと手を伸ばした。半分くらいまで減っていた中身をストローで一気に吸い上げる。炭酸が抜け、氷によって味が薄くなっているところから案外長い間、考えたままだったのかもしれないと壁にかかっている時計を見ると考え始めてから二十分が過ぎていた。

「ねえ、隼人君。難しく考えすぎじゃない?」
「そうだぜ。練習試合のオーダーでも悪くないんだしよ。いろいろ試したい気持ちは分からなくもないが」
「分かるのか、井波」
「ああ。使えるようになってきた仲間を見ると、どう投入するかとか考えたくなるよな。バスケでもそうだよ」

 真比呂に考えを見透かされたのが少しだけ悔しく、隼人は無言のまま。その態度が真比呂の言葉を肯定しているのは明らかで向かいの二人は顔を見合わせて笑いあった。

(なんだろ、この理解された感は)

 自分の性格を分析されているような気分になり、隼人は苦い思いを笑みに出す。試合前や試合中に相手を分析して戦術を決めていく自分が、逆に分析される側となると何となく居心地が悪い。

(分析。俺はバドミントンだけにしよう……)

 改めて考えてから口を開く。書く仕事をしても仕方がない。秋の市民大会のオーダーなのだから。

「俺はやっぱり、小峰がシングルス3にいたほうがいいと思うんだよな」
「私は隼人君しかいないって思ってる」
「俺もだ」

 硬直状態。いくつか案を出している中で一番バランスがいいオーダーを決めようということになると必ず二つに別れた。
 隼人をシングルス3に据えようという真比呂と亜里菜。そして、隼人自身はシングルス2にしてシングルス3は礼緒にしようという案だ。
 第一ダブルスに隼人と賢斗。第二ダブルスに純と理貴。
 第一シングルスに真比呂。までは確定。
 残りをどう配置するか。

「やっぱり隼人君の体力回復を待つためにも3がいいんじゃない?」
「俺はエースポジションだからいいと思うな。うちのバド部のエースは隼人だよ」

 隼人はストレートにエースだからと告げてくる。亜里菜は合理的な理由のように思えるが、気配が真比呂と同じく「エースは隼人」というイメージで言ってきている。

(皆……エースポジションのプレッシャーが怖いから押しつけてるんじゃないだろうな……)

 本心からそう思っているわけではないが、自分が分からないことを他人からずっと薦められ続けるというのも気分が悪い。
 高津たち『鱈』との練習に週一から週二で参加するようになってから、隼人の実力もある程度上昇していた。シャトルが飛び交う速さに慣れてきた分だけ素早く落下地点に入ったり、より手前でシャトルを取れるようになった分、カウンター気味にコースへと打ってチャンス球を上げさせることが出来るようになっていた。素早い攻防に思考がついていかずに単調な攻めになってしまわないかと心配したが、タイミングの早いタッチを覚えると時間が保てること。更に思考を素早く行うための練習も同時に実施したため、かつてはシングルスでは礼緒に一ケタしか取れなかった点数も二ケタを超えるところまで来ている。
 まだまだ先は長いが、力がついている実感が持てる。

(最後の砦に俺を据える……まあ、その前にダブルス二つと小峰で決められるのが一番いいか)

 自分と賢斗のダブルスを思い描いてみる。賢斗も練習を続けていく間にぜい肉が落ちたのか、六キロ痩せて喜んでいた。ぽっちゃり系だったからだが引き締まり、動きも機敏になってきた分、前衛の動きが活発になる。速度に慣れるのは六人の中で最も遅かったが、それでも社会人の動きについていけるようになったのは動き方の効率を常に考えていたからだろう。ダブルスのエースとして順調に力を伸ばしている純と理貴に対して、隼人と賢斗のダブルスは一ゲーム取れるようになっていた。

(井波の爆発力も十分戦力になるし。その意味だと、俺が一番後ろで指示出してるほうがいいのかもな)

 試合の合間に監督か自分が指示を出すことになるだろう。ただ、監督は女子の試合がある。バラけて試合をするのならまだしも、被った場合にはほぼ間違いなく女子の側へとつくはずだ。なら、自分は実質上、男子の監督として控えているほうがいいかもしれない。

(俺が出番になる前に終わらせる、か)

 腕を組んで真比呂たちの押しに対して肯定しようとしたところで、声が亜里菜の後方からかかっていた。

「あ、高羽君たち」
「ああ! 月島さん! それに野島先輩も!」
「ど、どうも」

 真比呂の声に引っ張られるように亜里菜は立ちあがって頭を下げる。月島と野島。女子の中心人物は二人でトレイを持ってやってくると、そのまま隼人たちの隣にあるテーブルへと置き、自分たちも腰を落ち着けた。亜里菜の隣に野島が座り、隼人の隣に月島がいる。

「あ、オーダー決めてたんだ。うちらもそろそろ決めようかなーって思って」
「月島さん! 高津さん達がまた来てくれって言ってましたよ!」
「うん。また都合あったらいくね」

 真比呂の問いかけに月島もさらりと答える。だが、すぐに隼人の書いている紙を覗き込んだ。

(近いってわけでもないけど……緊張するな)

 自分たちと同じように部活の後にも関わらず月島から漂ってくる柑橘系の香りに、隼人は心臓の鼓動を早めてしまう。思いだすのは月島が『鱈』の練習に顔を出した時だった。隼人たちが鍛えてもらっているのを聞いて興味を持った月島が隼人たちと一緒に練習させてほしいと先週申し出たのだ。真比呂を含めて特に問題ないだろうと判断して連れて行ったところで高津から「一番センスあるな」と誉められていたのが印象的だったが、同時にプレイの美しさに久しぶりに目を奪われた。

(四月の時や、夏の時よりももっと綺麗になってるな)

 時折一緒に練習をしようと約束した割には空いている日に『鱈』の練習に参加しているため、あまり果たせてはいない。だが、月島の流れるような動きから無駄のない力でハイクリアやドロップ、スマッシュを打ち分ける様子を見ていると自分のラケットスイングやフットワークはまだまだ甘いと言わざるを得ない。
 月島も積極的に参加すればよりレベルアップを図れるかもしれないというところまで考えて、月島が自分をじっと見ていることにようやく気付いた。

「な、なんですか?」
「高羽君。私のこと見てるからどうしたのかなって」
「見てないですが」
「そう?」

 実際にはちらちらと視線を向けていたのかもしれないが、やはり気付かれていたのか。隼人はため息をついてから反省して、改めて目の前の紙を見ようとする。

「高羽君は女子部のオーダー。どう思う?」

 集中しようとした矢先に、隼人の目の前に女子部の団体オーダーが書かれた紙が置かれた。男子の分を上書きするように置かれた紙にはおよそ文句をつけるところはないように思えた。
 第一ダブルスにエースダブルスである月島と野島。第二ダブルスには部内二位の高司(たかつかさ)と湯浅(ゆあさ)の二年女子二人。
 第一シングルスには一年の森真紀に第二シングルスは月島に告ぐ実力を持つ富永歩美。
 第三シングルスは月島奏。
 何度か読み返してみても鉄板のオーダーだ。隼人からすれば完璧で面白みがないくらい。しかし、勝つために面白みを取る必要はないため好みではあった。

(井波が俺と同じくらいの知識あれば、つまらないって言うかもしれないけどな)

 オーダーの意図が隼人には透けて見える。ダブルスは完全に実力主義。更に第一シングルスには経験を積ませるために一年を起用し、もし負けても後に控えたシングルスで挽回するということ。市内大会だけではなく、今後も見据えた十分なオーダーだ。女子部のことは伝え聞くレベルでしか知らないが、それでも自分はこう選ぶだろうという自信がある。

「西川部長の穴を森と富永先輩で埋められるかですね」
「森は男子との練習試合の時のダブルスから意識を変えたのか、ずいぶん強くなったからね。男子のおかげだね」
「森っていうと……確かダブルスで純と理貴が倒した」
「そうね。いつか二人にリベンジするって燃えてたんだから」

 隼人は月島が再現した場面を脳内再生しようと思ったができなかった。情報がそろっていない相手の脳内再生は不可能だ。

「まあ、それはさておき。これ以外ないと思うんですけど。何か困ってることでも?」
「んー、そうなんだけど、ね」

 月島の歯切れ悪くなり隼人は月島の顔を見る。先ほどと異なって隼人から目線を反らす月島の行動が分からず首をかしげつつ前方に視線を向けると、亜里菜がジト目で隼人を睨んでいた。

「ど、どうしたんだ井上」
「別に。なんでもないです」
「え、なんで敬語なの?」
「私、ちょっと席を立ちます」

 静かに立ちあがってトイレのほうに向かう亜里菜を茫然として隼人は眺めていた。無機質な語感と言葉づかいは明らかに不機嫌になっている。意味が分からずにいるとため息の音が聞こえて、視線を戻す。
 真比呂が肩をすくめて頭を振っていた。

「何だよ、その腹立つリアクション」
「いんやぁ、べつにぃ」

 真比呂の思わせぶりな態度に今度は隼人がジト目になるが、野島が手を軽く叩いて場の空気をリセットする。真比呂、隼人。そして月島の視線が集まったところで野島は一呼吸置くと月島が置いた紙を手に取った。

「これだと盤石だと思うんだけど、逆にこれ以外ないと辛いところだなって思うのよ。高羽君。練習見ててなんかいい案ないかな?」
「練習見ててと言っても、男子部のほうばかり見てますしね」

 たまに女子のほうを参考にしようと視線を向けているため何となく実力のほどは把握しているが、大したことが言えるわけでもない。そこからこれ以上に言えることはないと最終的に決着すると、月島も野島も納得したようだった。
 その次に話題になるのが男子部のオーダーというのも自然の流れ。

「男子部は……なるほどね。ベストオーダーだと思うよ」
「うん。やっぱり高羽君はエースポジションがいいと思う」

 女子の先輩二人にも言われて隼人はどう反応していいか分からない。どうして皆が自分をエースとしたがるのか理由が掴めなかった。単純な実力だけなら礼緒が一番だというのは女子も分かっているだろう。

「あの……二人はどうして俺がいいって思います?」
「だってそうじゃないの?」
「男子のエースは高羽君でしょ」

 何の疑いも持っていないように二人は隼人へと告げる。その理由を聞いているのだが、そもそも月島と野島は隼人がエースということに疑問を持っていない。空気が何故そこにあるのかと考えること自体無意味、と同程度で考えているのではないかと思うほどだ。

「だろ。隼人は俺らの言うとおりエースなんだって。きっと他の高校の奴らもそう思うさ」
「なんでそんなこと言えるんだよ。あと、名前呼ぶな」
「うっは。久しぶりに言われたなぁ、そのセリフ」

 真比呂が隼人の言葉をかわしている間に亜里菜が戻ってきた。そこで月島がエースは隼人だということを告げると、先ほど不機嫌だったことも忘れて目を輝かせて言った。

「ですよね。隼人君。もう少し自分に自信持てばいいのに」

 自信、と亜里菜が言ったことについて隼人は違和感を覚える。
 自分は本当に自信がないだけなのか。あるいは、他の何かが引っ掛かっているのか。頭の中で考えがまとまらない間に亜里菜が腕時計を見てそろそろ帰ると言い、隼人を除く全員が同調する。結局、女子部のオーダーは悩むことなく決まり、男子部もオーソドックスなオーダーを崩さないまま臨むことになりそうだと結論づける。

(俺が一番最後にいて、他のメンバーに指示を送る。そういう想定だな)

 エースと言うよりはブレインの方向。亜里菜と共に相手チームの情報を集めた上で弱点になりそうなところを教えて攻めさせる。おそらく同じタイミングで始まる第二ダブルス以外はおそらく大丈夫だろう。隼人もそうして納得した上でトレイを下げようと席を立った。一緒に月島が持ってきたトレイも重ねる。

「あ、いいよ」
「片づけておきますよ。皆も先に出ててください」

 そう言って隼人は亜里菜が下げようとしていたトレイも一緒にして置き場へと持っていく。代わりにラケットバッグを持つと言って真比呂が勝手に持ち上げたためにそこは任せて、トレイを置いてからすぐ後に続くように速足で出口へと向かった。
 自動ドアから出て少し離れると真比呂が仕切る。

「うっしゃ! オーダーも決まったし。市内大会頑張りましょう!」
『おー!』

 月島と野島。亜里菜が手を挙げて真比呂に賛同し、隼人は呟いただけで止める。そこで解散となり、自転車を駐輪スペースから取り出して押して進めると、行く先が月島と一緒になった。

「あれ、こっちだっけ」
「はい。そうですけど」
「ふーん。なら、一緒に帰ろうか」

 笑顔で言われて隼人はどきりとする。ふと思い立って周囲を見回しても真比呂と亜里菜、野島は逆方向だったようで背中が遠くなっていた。先ほど亜里菜が機嫌悪くなったことを考えると、これからのことは逆鱗にでも触れるのではないかと考えてしまう。
 だが、二人きりになれたことで隼人はある考えが頭をよぎった。

「どうしたの?」

 怪訝そうな顔をする月島の顔を見て、隼人は思い浮かべたことを実行しようと口を開く。

「あの……ちょっと寄り道して、いいですか?」
「ん? いいよ」

 あっさりと了承する月島に感謝しつつ隼人は自転車に乗ってこぎだす。後ろから着いてくる月島に合わせて、少し余裕を持たせながらこいでいく。秋に入って肌寒くなってきた風が頬にあたり、ジャージの内側を撫でる。 しばらく自転車で進んだところにある小さな公園に入り、隼人はベンチの傍に止めた。月島も習って傍に止める。

(……さて、どうしよう)

 ベンチに座って隣に座るのを促しつつも、隼人は自分の抱えていることを言おうかいまさら悩む。誘ったからには言う方向なのは当たり前だが、抱えているものをそのまま伝えていいものか。
 隼人の葛藤を知ってか知らずか。月島は頬笑みながら告げる。

「高羽君。悩みがあるなら聞くよ。先輩だからね」

 言葉に含まれる柔らかさは隼人の気持ちを少しだけ軽くした。
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