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● SkyDrive! --- 第六十二話 ●

 宙を舞うシャトルに目掛けて、真比呂は両足を踏み切ると高く飛んでラケットを振り切る。下半身はしっかりと力を入れ、上半身はインパクトの瞬間までできる限り力を抜くようにして、左腕がうなりを上げる。

「おら!」

 その場で飛び上がった真比呂が勢いを殺さずにジャンピングスマッシュを放つとシャトルは相手コートに鋭く突き刺さった。相手をしていた理貴は全く動けなかったことに目を見開き、その後で嘆息する。

「今のがほんとの試合でできたら誰も取れないな」
「おー! マジか! 感触忘れないうちにやろうやろう!」

 そう言って真比呂はすぐに試合を再開するように、ネットを挟んだ先にいる理貴と純に言う。自分の成長を楽しそうに語る真比呂に二人とも自然と頬が緩み、次のシャトルを拾うと真比呂へと放ってからレシーブ位置へと移動した。

「よし。賢斗! 丁寧なサーブ頼むな!」
「うん」

 現在のパートナーである賢斗に向けて背中から声をかけるとびくりと賢斗は体を震わせる。真比呂の元々大きい声に気合いが乗って更に大きくなっているため、視覚外からの声に驚いているのが隼人から見てもよく分かった。
 それでも賢斗は文句は全く言わずに息を整えるとショートサーブを打つ。真比呂の言うとおり丁寧で、白帯からできるだけ浮かないようにという意志が良く込められたシャトル。迎え撃つ純はネット前で軽く触れてヘアピンで落としたが、賢斗は追いついて急角度でも打ち上げる。失敗すればネットにラケットをぶつけてしまっただろうが、ぶつけないままシャトルを遠くへと運び、自分は後方に移動してサイドバイサイドの陣形をスムーズに取った。真比呂も賢斗の動きに反応して既に右サイドに寄っている。シャトルを追う理貴が真下に入ってドリブンクリアを打ってきたのを見て破顔しながら追うと、後方へ飛びながらラケットを振りかぶった。

「しゃおら!」

 強引にラケットを振りきると、シャトルは真っ直ぐにライン上へと飛び込んでいく。軌道に割り込んだのは純のラケット。威力を完全に殺して打ち返す、とはいかずに白帯から浮かんで返ってきたところを賢斗がラケットを伸ばして届かせた。

「はっ!」

 力をほとんど入れずに手首だけだが、プッシュでシャトルを打ち込む。純はスマッシュを打ち返した後の硬直から回復した直後に自分の足元へと飛んでくるシャトルを再び取ることが出来なかった。

「ナイスショット!」

 後ろから駆けてきた真比呂が掲げる右腕に合わせるように右腕を上げると掌に衝撃が走り、賢斗は右手をぶらぶらと振りながら冷やしている。音が響き渡った通り、凄まじい痛さなのかもしれない。

(しょうがないな)

 真比呂と賢斗の様子をコートの外から見つつ、隼人は嘆息する。隣では亜里菜がノートにスコアと、真比呂と賢斗ペアのショットについてメモ書きをいくつか書き込んでいた。更に隣には高津がいて、亜里菜のメモとコートを見比べている。
 真比呂と賢斗にダブルスを組ませて、純と理貴に相手をさせることで初心者二人の実力を改めて見てもらっているところだった。礼緒は一人、違うコートに移動して『鱈』の年上の男とシングルスの試合をしていた。隼人の目から見てラリーは長く続いているが最後に決めているのは礼緒の方が回数が多い。あまり注目されていない場面ならば本来の力を発揮できる礼緒としてはやりやすいのだろう。高津に軽く礼緒のことは説明しておいたからか、配慮してくれたのかもしれない。一緒に練習をする上で全員の実力を見たいという高津の思惑は大体達成されているように見えた。

「いいじゃん。特に初心者二人がよく打てるようになってる。お前の采配だろうな」
「ありがとうございます。俺は、まあ……」

 隣にやってきた高津が隼人に言いつつ、隣の亜里菜の手元に視線を向ける。隼人もそこに書かれた細かい文字の羅列が何かは気になっているが、終わった後のお楽しみと言われて見るのは禁止されている。それでも、何が書かれているかは分かっていた。

「それってもしかして、あいつらの打ったショットについていろいろ書いてたりするのか?」
「うん。後で振り返りやすいかなって思って」

 夏休みの途中から亜里菜が二人のために続けている試合の記録。亜里菜がスポーツの本でイメージトレーニングとして試合を振り返るのは有効だということを知って、まずは初心者二人に試してみることにしたのだ。むろん、経験者四人も何もしないわけではなく、自分で出来る範囲で実行することにしていた。例えば隼人は家に帰ってからベッドの上で練習での試合の様子を振り返るようにしている。特に良いショットを打った時の感覚を鮮明に思い出すようにして、再現できるように。

「イメージトレーニングか。確かに、自分が調子いい時のことを思い出して試合に望むってのは実業団の選手でもやってるやついるぞ」
「そうなんですか、やっぱり」
「ああ。人間ってな、単純だから良いイメージを浮かべれば肉体もついてくるんだよ」

 自分のやっていることの先に成果があるということが分かり、嬉しそうに笑う亜里菜と言葉を選ばずに言う高津。間に挟まれた隼人は込み上げてくるおかしさに噴き出すのを我慢するのが精いっぱいだった。

「うーっし。集合ー」

 高津が両手を何度か打って試合をしていた仲間たちを注目させた。離れた場所にいた礼緒たちも気づいて駆け足で近づいてくる。ラリー途中だった真比呂たちは理貴がシャトルを高く上げて、真比呂がジャンピングスマッシュで叩き付けて着地した。

「しゃあ!」
「うるせぇ! さっさとこい!」

 咆哮する真比呂の声より更に大きな声を出して高津が吼える。怒鳴られたことで肩を竦めてそそくさと走る真比呂の後ろに三人が苦笑しながらついていく。
 隼人と礼緒も最終的に合流して『鱈』の面々の後ろに並んで立った。亜里菜は邪魔にならないようにと視界から外れるように移動して壁に背中を預ける。
 並ぶメンバーの前に立って高津は咳払いをすると言った。

「お前ら! 今日から、栄水第一高校バドミントン部の男子が一緒に練習することになった! まあ、毎日じゃないだろうが、来た時は同じ仲間として混ぜてやってくれ! 実力はさっきまで見てた通りだ。活きがいいだろ!」
「鱈だけにですか!」
「こいつらに必要なのはとにかく経験だ。だから、俺らと混ざって試合形式で練習させる。じゃあさっそくだな」

 真比呂の言葉を完全に無視して高津はてきぱきと指示する。サークルの中でも若い部類に入るだろう男子二人について理貴と純を付けさせ、真比呂と賢斗は女性の選手と共に試合をすることに決める。
 残るは礼緒と隼人。

「お前らは俺と、こいつだ」

 高津が呼んだのは礼緒と先ほど打っていた男性だった。体格がよく真比呂や礼緒とそん色ない。隼人から見れば頭一つではないが高く、軽く見上げた。

「こいつは高柳だ。うちのサークル『鱈』のナンバーツーだな」
「……高津さんはナンバーワンってことですか」
「そう。お前らは栄水第一の生命線だからな。徹底的に鍛えてやるよ」

 高津の言葉に少しだけ動揺する。礼緒なら分かるが自分までが生命線――エースとでもいうのか。隼人の困惑が分かったのか、高津は苦笑しながら言う。

「お前らはエースと裏エースってところだ。おい、高羽。エースってのはなんだと思う?」
「絶対負けられない最後の砦ですか?」
「そうだな。90点だ」

 残りの10点はなんなのかを高津はすぐに言うつもりなのだと踏んで隼人は言葉を押しとどめる。だが、次に礼緒に向けて高津が視線で回答を求めるように促した。隼人が思いつかないことで礼緒も苦戦するかと思ったが、すんなりと口にする。

「信頼を集めてるってことですか」
「そうだな。最後の10点だ」

 絶対試合で負けられない、信頼されたエース。それは実力に見合ったものが自然とついてくるのではないか。隼人の考えを見透かすように高津は先回りして言う。

「高羽。ただ、強いだけじゃ完全なエースじゃないんだ。エースってのはな、もちろん負けられない。皆が負けても、こいつに繋ぎさえすれば勝てるっていう重みを一身に背負える覚悟があるやつがなれる。だが、もう一つある」
「もう一つ?」
「ああ。負けてしまった時には自分が絶対勝つと覚悟を決めさせられるやつ、だ。そいつは、仲間からの信頼が強いほど、力になる」

 高津の言いたいことは分かる。ならば、それを二人に分散する意図とはなんなのか。

「お前ら見ててだいたい分かった。このチームの精神的な柱は、お前さ」

 隼人は反論を一度飲み込む。話の腰を折ったらそれだけで時間の浪費だ。まずは全て高津の考えを聞いたあとで考えればいい。そんな隼人の考えを見透かしたように高津は隣にいる礼緒に向けて隼人を指差しながら告げる。

「今、こいつは俺の言葉を最後まで言わせてから考えようって発言を止めたわけさ。かなり冷静だよな。相手のことも良く見てる」
「はい。高羽には助けられてます、みんな」
「そういうことだよ、高羽」
「いまいちよくわかりませんが」

 ごまかしているのではなく本気で分からない。自分としては礼緒に実力も信頼も集めればエースとして完璧になるのではないかと思うのだが、高津の考えは異なるらしい。

「別にこきおろすわけじゃないが、黙って聞いてくれ。小峰は六人の中で一番センスがある。多分、三年……二年練習するだけで全国トップ狙えるさ」
「なら、小峰をエースに」
「でもこのチームにはお前がいるから、エースになりきれないのさ。説明もめんどいからはしょるが、ようはお前と小峰でようやく一人分なんだよ。このチームに限れば、だ」

 最後は強引に持って行かれた気がするが、つまりは隼人自身も小峰くらいに強くなれということなのだろう。詳しいことはもう少し後で教えてやる、と告げられてコートに入る。高津と隼人。そして高柳と小峰という組み合わせでシャトルは高津が持っていた。

「いいか。お前らがやることは一つだけだ。俺らのラリーについてこい」
『はい!』

 隼人たちの返事に満足したように高津はサーブ姿勢を整えて高柳に向けてショートサーブを打った。高柳は越えてきたシャトルをプッシュで隼人が構える場所へと打ち込む。威力は少なかったがコースは良く、隼人はクリアをあげて応戦する。相手のコートに入ったところで待ち受けているのは礼緒。落下点より少し後方からクロススマッシュを放って高津の右側ライン際を狙ってきた。

「おせえ!」

 しかし、高津はスマッシュが放たれたと同時に前に出てネットの傍でインターセプトしていた。シャトルはドライブ気味に返されあっという間にコートへと着弾する。高柳は前にいるため動けない。ならば、今のシャトルは礼緒の守備範囲。

「遅いぜ! スマッシュのコースはいい。でもバレバレだ。だから、こういうのは、バレバレにならないようにフェイクを混ぜて打つか、カウンターをもらっても追いつくように体勢を整えるのを速くするかだ!」

 次に隼人のほうへと顔を向けて大声で告げる。

「高羽! もっと前で拾え。お前のコントロールは武器になる。たいしたもんだ。でも勝てないのはコントロールだけしか駄目だからだよ。お前のコントロールが生きるのは、速いタッチと軌道を先に読むことだ。もっともっと、お前の頭の中でシミュレーションしろ! 最低、今の三倍だ」

 矢継ぎ早に言ってくる高津に対して礼緒も隼人も呆気にとられた後で慌てて返事をした。返事に満足するように頷いてから次のサーブを打つ準備をするのが早く、慌てて腰を落としてプッシュに備える。

「おら!」

 高津はショートサーブの体勢から鋭いドリブンサーブを放つ。礼緒は長身を生かして触れたところでスマッシュを強引に打った。しかし、高津はまたしてもシャトルの軌跡上にラケットを置いていた。スマッシュのカウンターになるように強烈なプッシュを叩き込む。まだ着地したばかりの礼緒には拾うことが出来ず、代わりに高柳がドライブを飛ばす。高津の左側を抜けて飛んできたシャトルを今度は隼人がバックハンドでストレートに打ち返した。そこには既に高柳が前に詰めていた。

(早!?)

 高柳があっという間にプッシュを隼人の足元へと叩きつけて得点は同点になる。転がってきたシャトルをラケットで拾い上げて羽を整えながら高柳と高津との差を推し量る。

(俺も礼緒もとにかく遅いんだ。高津さんたちのシャトルタッチは俺らの数段早い。だから反応が追い付かない。あと、打つ場所を読まれてる)

 反応速度なのか他の何かか。高津も高柳も自分たちのシャトルの軌道を読んでいる。二人とも荒々しくパワーショットで押していくタイプだが、その中に隼人は理路歴然としたルールみたいなものを垣間見た。

「高羽。早く渡してやれ」
「あ、はい」

 隼人はシャトルを相手に高柳へと渡す。高津と共に腰を落として息を吸うと、試合に意識を集中させる。

(とにかく経験だ。速さに慣れろ!)

 次のシャトルが打ち出され、高津のドライブで羽が宙に舞った。

 ◇ ◆ ◇

 二時間後、隼人たちは全員壁に寄り掛かって休んでいた。全身の毛穴から汗が流れて出ているように感じられて立ちあがることもできない。亜里菜が一人ずつスポーツ飲料を渡していってもなかなか口をつけるところまで持っていくのが大変なほどだった。

「つか、れる、なぁ……」
「お前はもう少し頑張れそうだな」

 流れる汗を拭きつつスポーツ飲料を飲んでいる真比呂を見上げながら隼人は呟く。三時間ある練習のうち二時間で完全に隼人たちは力尽き、高津たちはまるで開始時と変わらぬ動きでコートを駆け回っている。

「まるで、稲妻ってか」

 真比呂の次に置きあがった理貴がラケットバッグのほうへと歩いていくのを見ながら隼人は内心考える。二時間やってみて高津たちの速さは体力的なものと、経験からくる予測の速さが両輪だ。どちらも一朝一夕で手に入れられるものではないが、少しでも身に着けさせようと自分たちに合わせて動いている。必死に食らいついていけば、実力も飛躍的にアップするかもしれない。

(それにはこっちも体力メインでつけないとな)

 疲労から回復してきた頭の中で現在の体力トレーニングのメニューをどれくらい増やしても大丈夫だろうと考え始めた隼人の前に、理貴が立っていた。肩にはラケットバッグを背負っている。

「すまん。急用が出来たから、先に、帰る」
「……わ、分かった。顔、真っ青だぞ? 大丈夫か?」
「ああ。疲れすぎたかな」

 足取りはしっかりとしたまま理貴が離れていく。純と礼緒、賢斗は目を閉じて休んでおり、今の顔を見ているのは真比呂と亜里菜だけだ。

「どうしたんだ?」
「さあ」
「さっき、ラケットバッグのところでメール見てから、顔色変わったけど」

 亜里菜の言葉にも、答えるものを隼人は持っていなかった。
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