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● SkyDrive! --- 第五十九話 ●

 シャトルがコートの上を飛び交い、やがてスマッシュで叩き落とされる。シャトルが向かう先にいたのは隼人。バックハンドで取ろうとラケットを振ったが、タイミングが合わなかったのかシャトルはコート外へと飛んで行った。

「ポイント。トゥエンティエイティーン(21対18)。俺らの勝ち!」

 ネットの反対側で言ったのは真比呂だった。嬉しそうにラケットを掲げたが次には陰りを見せて隼人へと問いかける。

「おいどうした。なんか最近ずっと調子悪くないか?」
「んー。そうかもしれないな」

 真比呂の言葉を肯定し、隼人はそそくさとコートを出た。真比呂は更に言葉を続けようとしたが、次にコートに入る賢斗と純を見るとすぐにサーブ位置へと戻る。今は21点の一ゲームで試合練習をしていた。組み合わせはランダムで、ある程度勝ち続けるとペアを交代してまた試合を続けるという流れにしている。今のペアは真比呂と礼緒。どちらも身長が高く、高く飛ばなくても鋭く強力なスマッシュを放つことから、残る四人は苦戦していた。真比呂はスマッシュばかり打ってくるので読みやすいが、礼緒はそこにドロップなどフェイントを存分に織り交ぜてくる。誰の目から見ても現時点では頭一つ実力が飛びぬけていた。

「小峰のやつ。なんか練習試合の後から一気に強くなった気がするな」

 隼人と一緒にコートから出た理貴は、率直な意見を隼人へと告げる。
 実際に、理貴の目から見ても礼緒の上昇度合いは群を抜いていた。他の学校との練習試合を通して中学時代に躓いて無くしていた自信を少しずつ取り戻していくと、そのまま実力の向上に繋がる。この分ならば、すぐに『栄水第一の小峰礼緒』として有名になるかもしれない。

(うちのエースに、なるかもな)

 理貴はエースという単語を呟こうとして、口を止める。
 練習試合直後に栄水第一のエースは隼人だということで話はまとまっていた。そのことに隼人が納得しきれていないことは分かっている。他の誰もが認めているのに、当人が納得していない場合は変にエースという単語を使うと誤解されかねない。
 隼人の考えていることは理貴も理解できている、と思っている。実力がある礼緒のような選手こそ、エースとして団体戦を引っ張っていくべきであると理貴も考えている。
 しかし、谷口が隼人がエースと言った時、理貴は自分でも驚くほど納得していた。
 この栄水第一高校男子バドミントン部にエースというものを置くならば、それは高羽隼人以外ありえないと。

(井波と一緒にバドミントン部を作ったからって理由だけじゃないんだよな。多分)

 真比呂ならばそう言って皆を納得させようとするが、理貴は創始者がそのままふさわしいと思うような性質ではない。真比呂と隼人がいなければバドミントン部は復活していなかったかもしれないが、そこから単純にエースとして立てる存在にするわけではない。
 隼人には皆に認められるにふさわしいものがあると、理貴は思う。ただ、当の本人がエースの条件が強さだと思っているから食い違う。

「おらー、早く試合始めろー!」

 自分の隣でコートにいる真比呂たちに声をかける隼人を見ながら、理貴は湧き上がる不安を押し殺す。隼人がぶつかっている壁はそう簡単には砕けない。だが、諦めなければその先に行けるはずだ。ならば今の苦しさは隼人にとって必要なもの。支えるのは簡単だが、すぐに手を貸してしまっては意味がない。

「なあ、高羽」
「ん?」

 だからこそ、理貴は自分なりに隼人に伝える。自分の意思を迂回して語ることで、励まそうとする思いを薄めさせる。それは単純に照れくさかったことも関係していたが。

「小峰もあれだけ上手くなったし。俺らも負けてられないな。経験者組として」
「……そうだな」
「純も、もう少し他のやつとのペアで頑張ってくれればな。バリエーションが広がるんだけど」

 目の前のコートでは翻弄される賢斗の後ろをカバーして、純がラケットを伸ばす。しかし真比呂の力任せのスマッシュが的確にコートのライン上へと落ちて行き、カバーしきれなかった。
 理貴と組んでいるときはもう少し高いカバーリング能力を見せる気がしていたが、どこか純にはパートナーを選ぶ癖がある。理貴と組むと負けそうにない安定感を発揮するのだが、他の四人と組むとかみ合わない。気まぐれということはない。いつでも試合には真剣に望むのだが、どうしても違和感が出る。結局は、理貴とのダブルスしか選択肢がなくなっていた。

「外山のやつ。なんか前よりずっとダブルス、下手になったな。中島と組むの以外」
「否定はしないよ。俺とダブルス組むのに改造されてるって井波に言われたよ……癪に障るけど」
「それだけ中島が特殊ってことかもな」

 隼人の言葉に自分を振り返る理貴。変な癖が付いているということはないはず。周りから見ている仲間たちからも特に変なプレイスタイルとは言われないため、見た目では分からないものかもしれない。

「でも、とにかく。お前らはうちのチームの柱だしな。不動のダブルスで頑張ってほしいよ」
「俺もそうなりたいもんだ」

 自分たちが負けないダブルスになれば目標の全国制覇に一気に近づく。いわば、ダブルスのエース。隼人の調子は戻らないが、徐々に何かを掴んでいるようにも思える。もう少し時間が経てば隼人もトンネルから脱出するかもしれない。そう考えて、理貴はようやく思い出す。

「もうすぐ、夏休みも終わりだな」
「……そうだな」

 あと三日すれば、始業式が始まる。夏が過ぎれば秋がきて、次の試合へのステップが始まる。時間が経てば解決するかもしれないが、あまりかけてもいられない。
 どうしたらいいか考えがまとまらないまま、部活の時間は過ぎて行った。

 * * *

 練習が終わり、体育館にモップをかけ終えてから理貴は一息つく。今日の当番は理貴と真比呂であり、体育館の右半分を全力で駆けて行く真比呂を見ながら近場を拭き終わる。残り四人と女子のほとんどは帰っていて、理貴たちもあとは帰るだけだった。

「なー、理貴ー。こう、つまらなくないか!」

 モップがけを終えて近づいてきた真比呂は開口一番にそう言った。その顔には何か楽しいことをしたいという感情が浮かんでいた。ただ、何かをしたいという思いはあっても具体的なことは考え付いていないらしい。

「普通。こういう時は何かしたいことがあって誘って来るんじゃないか?」
「そりゃーそうなんだけど。俺、人生で一番部活に打ち込んでるから周りが全然分からんのだ」
「いいことじゃないか」

 中学時代はどうしたと突っ込めばきっと何か返ってくるだろうが、面倒に思って止める。真比呂はそのまま何度も理貴に語りかけてくる。

「やはり青春は一回しかないんだから、バドミントンだけではなくてだな」
「俺はバドミントンにかける青春とかでいいよ。強くなりたいしな」
「強くなるために他を犠牲にするのかー! 強さだけが強さじゃないぞ!」
「何言ってるんだ」

 真比呂の言葉に呆れるが、ひっかかるものがあった。強さだけが強さじゃない。どこかで聞いたことがあるような言葉だ。真比呂が口にすると妙に説得力があるように思える。

「ま、どうでもいいけどさ。ようは遊びたいんだろ?」

 思い浮かびかけたことは消えていく。そこまで詮索する気は理貴にはない。だから、今の話に乗ることとする。

「そうだなー。部活に青春賭けて上手くなるのは嬉しいんだけど、やっぱり一日くらいはな」
「何々、何の話?」

 二人で話している処に割り込んできたのは亜里菜だった。更衣室の逆側から扉を開けて、ちょうど傍にいた二人に話しかけただけかもしれないが話は中断する。真比呂は改めて口を開こうとしたが、理貴は亜里菜がやってきた方向が気になって問いかけた。

「谷口先生に何か話してたのか?」

 亜里菜が来た方向には職員室。今の時間ならば、谷口がいるはずだった。部活が終わった後に片付ける仕事があると言って掃除を任せて戻ったのだ。亜里菜は少し表情を暗くして頷く。

「うん。隼人君のことでちょっと相談してたの。元気がないからさ、あの練習試合の時から」
「……やっぱり皆、気づくよな」

 誰が見ても隼人は調子が悪い。ただの不調ではなく、何かにもがいているようにも見える。理貴たちに原因は分からなくても、当人には分かっていて、解消するための試行錯誤だろうと思える点が救いはあった。

「隼人君はいろいろ分析したがるから原因やどうしたら解決するかって言うのが見えるだけいいけど……今回はなかなか正解に辿りつかないみたいだね」
「悪い傾向かもしれないな」
「俺の兄貴と試合した時よりはよくなってると思うんだけどな」
「お前の……兄貴か」

 真比呂の言葉に理貴は眉を上げる。真比呂の兄が高校バドミントン界でも名前が知れている存在だというのは聞いていたが、試合をしたというのは初耳だった。迷っている時に更に自分のエースとしての存在意義を否定されるというのは辛い。それでも真比呂の弁からすれば「良くなっている」のなら、スランプを脱出するにはあと一押しというところかもしれない。
 神妙になりかける空気。それを断ち切ったのは真比呂だった。

「なあ、隼人を元気づけるために相談しね?」
『相談?』

 亜里菜と理貴が同時に口に出し、真比呂は満面の笑みで頷いた。
 それから真比呂は二人に素早く着替えて外に出ようと率先して更衣室へと向かっていく。特に口に出していないがどこか寄り道をしていくということだろうと思い、理貴は亜里菜へ問いかける。

「少し遅くなっても大丈夫か?」
「うん。親には連絡しておくし」

 着替えの時間も多く見積もって三十分後に玄関で会おうと言って亜里菜と別れる。理貴は更衣室に戻って先に着替えている真比呂を見ながら不意に思った。

(珍しい組み合わせだよな)

 真比呂と二人でという展開は初めてではない。部活に入る前の試合でやりあってから、たまに神がかったタイミングで二人一緒になることがあった。
 縁は異なものというが、ダブルスでの純とは違った縁が真比呂とあるかもしれないと思える。しかし、亜里菜とは夏休みも終わりに近いというのにそこまで絡んだ記憶はなかった。部活の練習計画を立てる時などに隼人と亜里菜。そして理貴が中心となっている分、ミーティングは実施する。しかし、亜里菜は隼人と一緒にいるイメージがあり、理貴はほとんど会話をしていない。必要最低限に部活に必要なことを話しているだけだった。

(井上は明らかに高羽が好きだからな……仕方がないけど)

 恋愛感情は特に持っていないからか、傍で見ていると痛いくらいに亜里菜の感情が伝わってくる。アプローチで隼人も気づきそうなものだが、普通のマネージャーと部活仲間という距離を保っている。

「井上も、もう少し報われていいと思うんだけどな」
「そうだなー。やっぱり、それには青春を一つでも味わえば」

 自分の独り言に合わされて理貴は驚く。いつの間にか傍に近づいてきていた真比呂は真面目な表情で呟く。

「部活ばかりしてるとさ。やっぱりぐだぐだになってくると思うんだよな。たぶん、夏休みで練習しすぎて、俺たちは今、ぐだってると思うんだ」
「まあ、否定はしないな。疲れ気味だし。暑いし」
「そうだろ。何事も適度な休みが必要だと思う」

 珍しく真面目なことを言うと思ったが話の腰を折らないために口を挟まない。真比呂もスポーツ畑出身であり、運動についての考えは軽視はできない。むしろクリティカルなことを言う時もあった。

「つまり。どっか皆で遊びに行こうってことか」
「そうそう。せっかくこうして出会えた仲間だ。バドミントン以外でも楽しみたいジャン。バドミントンするために集まったなんてプロでいいだろ」
「……バドミントンにプロはないさ」

 間違いを正したところで理貴は服を着替える。しかし、自分でも驚くほど真比呂の意見に同意だった。バドミントンをするためだけに。それはかつての視野が狭い自分が陥っていた罠。経験したからこそ胸に突き刺さるのかもしれない。

「とりあえず、お前に賛成。井上も入れて遊ぶの考えようぜ」

 それから先は早かった。先に出て行った真比呂を追って更衣室を出た理貴は玄関の傍で話し込んでいる亜里菜と真比呂を見つける。そこから歩き、自転車置き場から自分の自転車を出して跨る。行先はいつもの喫茶店だ。
 理貴の前に亜里菜と真比呂が並んで自転車をこいでいる陣形。喫茶店に向かう間にも、二人の間に皆で楽しめるイベントは何がいいだろうかと話し合いが進んでいた。眺めながら理貴は自分の心が温まっていく気がする。

(変われば変わるもんだな)

 中学時代の相棒との再会を胸に、バドミントン部がない高校に用はないと社会人サークルに入っていた頃。もちろんサークルは今でも続けていて、たまに顔を出しに行っている。男子バドミントン部に入る前に言われた言葉の意味が自分の中へどんどん浸透していくのが分かると、嫌に思うどころかやる気まで変わっていく。
 高校でしかできないこと。社会人サークルでは体験できないことを部活で体験してほしい。そう言って送り出してくれたサークルの代表である高津にはずっと頭が上がらないかもしれない。

(それに、きっかけをくれた井波にもな)

 楽しそうに話している目の前の二人。その空気に浸かって心地よい自分。この雰囲気は、同じ高校で同じ部員として頑張っているからこそ得られるものなのだろう。

「――と、理貴! お前はどういうのがいいんだ!」

 唐突に聞こえた声に慌ててブレーキをかけると、真比呂と亜里菜の間に滑り込んでしまった。赤信号で車が横に流れて行くところへかすかに前輪を出してしまう。反応が遅かったら危なかったと胸をなでおろす。
 自分でも思った以上に考え込んでいたと思い、頭を振った。

「大丈夫、理貴君。部活で疲れた?」
「いや、大丈夫。ぼーっとしてただけだから」

 理貴はゆっくり自転車を後ろに戻して三人が並んだ形になる。落ち着いたところで真比呂の質問を思い出し、考えてみる。

(張り詰めた糸はすぐ切れるとかいうしな。やっぱり、遊びは必要だ。特に今の高羽には)

 もしかしたら隼人も考えすぎなだけで、リフレッシュすれば道が開けるかもしれない。理貴はそう考えて視線を周りに彷徨わせた。
 そして、信号が変わったところで電柱に張り付けてあったチラシに目がとまった。

「これ、いいんじゃないか?」

 真比呂と亜里菜の視線が同じ場所へと向く。貼られているポスターには綺麗な彩で広がる花火が描かれていた。
 夏の終わりの打ち上げ花火。定番ではあるが、バドミントンに費やしていた夏休みには毎年行ったことがない。周りが同じようにスポーツに青春をかけたメンツだけだったからだろうが。

「花火大会かー。ベタだな。でもそれがいいかも」
「うん。私も花火見たい。開催も夏休み最終日だし」

 自分の提案に火がついて、徐々に盛り上がっていく二人。それだけで理貴はまた嬉しくなった。バドミントンだけではない仲間たちとの時間を楽しめることが嬉しかった。

「じゃあ、行くか。皆、誘ってさ」
『おー!』

 理貴に同調して声を上げる二人。再び赤信号になったことでその場で待ちながら理貴は思う。

(良い息抜きになればいいけどな)

 暗くなりかけた心が徐々に晴れ渡ると共に、空の星が綺麗に見えた。
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