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● SkyDrive! --- 第五十三話 ●

 隼人の打ったシャトルが三鷹の足元へと突き刺さろうとする。咄嗟に当たりそうだった左足を上げてラケットを振ると低く打つのが難しい軌道をしっかりと返したが、シャトルが向かった先にはすでに隼人が移動していた。ラケットを振り切って、シャトルをコートへ叩きつけた。一回前のラリーで突き刺さるはずだった軌道をなぞるように。

「ポイント。トゥエンティワンサーティーン(21対13)。チェンジエンド!」

 二ゲーム目を取ることができて隼人は喜ぶよりもほっとした表情を見せた。第三シングルスとして最後の勝利を任された重圧と、先に一ゲーム目を取られたことで後がなかった重圧。二つの重さを背負っても隼人は三鷹からゲームを奪い取った。これでイーブンとなり、重圧の主な要因は減る。

(でも、ここからだ。このままじゃ、あいつは終わらない)

 隼人はコートから出てからタオルで顔を拭きつつ、自分の状態を確認する。両足は特に痛みはない。しかし、体力がなくなってきているのは理解できた。一ゲーム目は競った上で取られ、二ゲーム目は点差は開いていたが走る距離は同じくらい多かったのだ。高校に入ってからランニングは続けて体力強化は測っていても、中学の時とは体力消費の度合いが違っていた。

(体力は多分、三鷹のほうがある。持久戦になれば俺が不利。でも、持久戦を嫌って早く終わらせようとしたら、それこそ隙を突かれる。やるしかないか)

 温存や粘りを嫌っていれば三鷹には勝てない。フィジカルで上の相手に勝つには、より頭を使い、より早く動くしかない。
 足が止まった時が自分の負ける時。そう覚悟を決め、ペットボトルの水を飲んで疲れた脳に癒しを与えてから隼人は向かいのエンドに向かった。既に三鷹は監督の城島に怒鳴られながらもアドバイスをもらっている。その表情は先ほど試合をしていた時とは全く異なっていた。眼までたるんだ集中力のなさが点差が開いた全ての原因だったが、ファイナルゲームはまたファーストゲームと同様に高めてくるに違いない。

(どれだけ強くても集中力が切れれば大したことはない。逆に、第二ゲームは、あいつは休めたんだろうな)

 コートに入って置かれていたシャトルを手に取り上げ、左手で弄ぶ。
 スコアは1対1。
 勝つか負けるかの確率は五割。五割まで、何とか巻き返した。

(これで勝っても負けても、最後だ)

 三鷹がコートに入り、隼人へと鋭い視線を向ける。大きな鉄棒に刺し貫かれたような痛みを感じて思わず腹を抑える。なんともない自分の腹部を見ながら隼人は苦笑する。

(今日最後の試合で、初めてこれだけ気迫を出すってか)

 隼人は審判の声に合わせてサーブ姿勢を取る。体力がなくなってきているとか、負けたらどうするかなど雑念はかき消されていく。

「ファイナルゲーム、ラブオールプレイ!」
『お願いします!』

 シャトルを打ち上げると共に、隼人の頭の中は一つのことに埋め尽くされる。
 どうやって三鷹のコートへとシャトルを打ち込むかという一点に。
 三鷹は素早く落下点に移動して振りかぶる。何度か失敗しているジャンピングスマッシュの気配に隼人は腰を落とした。何度も失敗しているからこそ、三鷹の飛んだタイミングが今までと違って、成功の型にはまっているように見えたのだ。

「はあっ!」

 気合いの声と共に打ち込まれたのはスマッシュ。十分な速度で今までよりも前に鋭く落ちて行くシャトルに、隼人はラケットを差し出して触れさせるのが精一杯だった。それでも着地してよろけた三鷹には前に出るまでしかできず、シャトルをロブで打ち上げて体勢を整える。
 隼人はシャトルを追いながら内心の動揺を抑えこんだ。シャトルに向かってラケットを思いきり振り、自らの動揺をかき消す。ストレートのハイクリアでコート奥に三鷹を追いやってからまたコート中央に陣取る。

(今、ジャンピングスマッシュを成功させた……)

 二ゲーム目からあった懸念が顕在化する。三鷹が語った「試合中に成長しなければ隼人には勝てない」という言葉通りに、試合前や試合が始まった直後には出来なかったことを、三鷹は物にしてきている。無論、軌道を読めれば今のように返すことはできる。だが、今シャトルを返したことが自力ならばまだしも、隼人の中では運が良かったほうだ。

(ラケットを咄嗟に出したところに当たっただけだ。まだ眼で追い切れていない)

 コート奥で振りかぶった三鷹はストレートにハイクリアを飛ばす。隼人が打った軌道をそのままなぞるかのように。再び追いついてから次はクロスでハイクリア。横移動で追いついた三鷹は通常のスマッシュをストレートに打ち込む。最短距離を攻めたててくる三鷹。隼人は力押しを躱すようにネット前へとシャトルを軽く打った。力強い三鷹の一撃を闘牛士のように躱し、いなしていく中、相手の思考が読み取れる、気がする。

(三鷹はまたジャンピングスマッシュを狙ってるのか……?)

 例えばボクシングで、ストレートを交えつつも基本的にジャブで様子を見てくるような、速くても本気ではないような気配。第一ゲームと第二ゲームで三鷹から放たれるシャトルを取ってきたからこそ、シャトルに含まれている三鷹の思惑を感じ取れると思うのかもしれない。
 すべて自分の中に浮かぶ錯覚だとしても、隼人はその感覚を忘れないようにする。

「はっ!」

 何度目かになるクロスとストレートの攻防の中で、三鷹は気合の咆哮を吐いてスマッシュを打った。ストレートではなくクロスへ。今までのラリーよりも明らかに速くなっていた。

「くそ!」

 同じ軌道でも緩急をつけられるとタイミングがずれる。何とか返した隼人だったが、足を踏ん張り、切り返そうとした瞬間に三鷹の姿が飛んでいた。

「おらっ!」

 高い打点からシャトルを叩きつける。羽をばらまきながら、シャトルは壊れて転がった。

「ポイント。ワンラブ(1対0)」

 審判の声をかき消すように吼える三鷹に沸き立つ白泉学園側。真比呂も負けじと隼人に向けて声を上げるが、隼人自ら手を上げて止める動作をした。

「井波。うるさい」
「お、おう」

 不服そうに頬を膨らませている顔を見ると心は落ち着き、心拍数も元に戻る。体力が少なくなってきていることは分かっていても止まれない。今は試合に集中しているために疲労も感じていなかった。この集中力が切れる前に試合に決着がつけばいいと頭の片隅で願いつつ、隼人はシャトルを拾い上げると審判に換えを要求した。
 審判へとシャトルケースごと渡したのは有宮だった。今後、何個消費されるか分からないだけにまとめて渡そうと、ラリーの途中で動いていたのだろう。隼人は気のつくところに感心しながらレシーブ位置に立った。
 三鷹はシャトルを受け取ってからすぐにサーブ姿勢を取り、隼人を視界に入れる。周囲から締め付けられるようなおかしなプレッシャーを受けて隼人は顔をしかめた。

(二ゲームは三鷹の集中力が切れただけ。まだ、集中したあいつを攻略していない)

 データはほぼ出そろっている。しかし、ジャンピンぐスマッシュを成功させた時点で新たに加えられた要素は、簡単には戦略を決められなかった。

(まだ失敗の確率が高いなら、成功した時だけの対処法を思い浮かべればいいんだよな。失敗は結局、アウトか、変なショットになるんだから)

 思考しているうちに三鷹からサーブが放たれる。ロングサーブでコート奥ぎりぎりまで狙って来るようなシャトル。真下についてから三鷹の姿を確認して、隼人は素早く振ったラケットをシャトルがぶつかったところで力を弱めた。
 ふわりと緩やかに飛んで行くシャトル。ゆっくりという速度で華う、ボーっと立っていればすぐにコートにつくようなドロップ。フェイントのスマッシュやヘアピンを警戒していたからか、ドロップへの反応は明らかに異なる。

「はっ!」

 三鷹が前にラケットを伸ばして打ち上げたシャトルを、その斜線上に隼人がラケットを差し出されて跳ね返す。下から上に打ち上げた直後であるために、三鷹は反応できずにシャトルはプッシュを打った時のように素早くコートへと着弾した。

「ぽ、ポイント。ワンオール(1対1)」
「しっ!」

 すぐにサーブ権を奪い返す。探り合いを終えてお互いに一ゲームを取っているこの状況では、攻め焦るのは駄目だが得点差が開くのも良いとは思えない。同点を保ちつつ、どこかで勝負をかけて引き離す。そのタイミングを計りながら相手を削っていくゲームになる。

(考えろ。フィジカルは相手が上だとしても、頭で勝て。考えろ……)

 隼人は徐々に雑念をなくしていく。
 コートの外から聞こえてくる真比呂や他の男子の声や亜里菜の声援。それらが遠く、小さく聞こえるようになり、バドミントンコートの周りが暗くなる。更に相手とネットが挟まれているのに、すぐ傍にいるように錯覚した。息を吸えば相手まで吸い込むように。

「一本!」
「ストップだ!」

 隼人と三鷹が吼える。シャトルを高く上げると見せかけてショートサーブに軌道を変えた隼人はその場に思いきり深く腰をおろした。足を大きく開き、これ以上下げれば尻もちをつくというくらいまで。三鷹は隼人の姿を見て隙ができたと思ったのか、ヘアピンで隼人から遠い右前へとヘアピンを打つ。だが、そこに隼人は飛び込んで更にヘアピンを打つ。前に留まったままの三鷹はラケットを突き出しながらシャトルに追いつき、勢いをつけて後ろに飛ばした。
 低い弾道で隼人の頭を抜けていくシャトル。隼人は後ろを向いてシャトルに追いつくと、体を反転させると同時にシャトルを思いきり高く飛ばした。高く遠く。三鷹が次のショットのために体勢を取り戻せる時間がかかったとしても。

(打ってこい!)

 隼人は再び腰を降ろして三鷹の次の一手を待つ。三鷹は隼人の想像通りにストレートのスマッシュを打ってきた。シャトルが着弾してコートを舞う。
 隼人はスマッシュを待っていたにも拘らず、取ることが出来なかった。ラケットはシャトルに伸ばしかけて止まっている。

「ポイント。ツーワン(2対1)」
「ほらっ」

 コートに落ちたシャトルを拾って三鷹に渡すと簡単に礼をして自分はレシーブ位置で空いた時間を少しでも分析に当てるようにする。

(今までのどれよりも速かったスマッシュ。さすがに、あれ以上の速度はでないだろ……気合いを押し出す形で成長する三鷹、か)

 試合の中でも成長するのならば、隼人も成長するのか。自分にとっての突破点がどこかを考える余裕はこの試合にはない。

(不確定な成長より、今までの積み上げてきたものに、賭ける)

 隼人が構えると三鷹が「一本!」と大きく声を張り上げてシャトルを飛ばしてくる。シングルスの後ろのライン上に落ちて行くシャトルの真下に入ってストレートのハイクリアを放ち、後を追うように前に進む。コート中央よりも少し前に立ち、先ほどと同じように腰を落とした。三鷹は落下点よりも少し後ろにつくと、飛びあがってラケットを振りかぶる。

「うおおお!」

 ジャンピングスマッシュは見事にネットに当たって跳ね返った。着地してからシャトルの行く末を見た三鷹は「あちゃー」と頭をかいた。

「ポイント。ツーオール(2対2)」

 ほっとして腰を上げる。自分がほっとした理由に、ジャンピングスマッシュへの脅威を感じ取って頭を振る。相手のミスでの得点は確かにラッキーではあるが、ペースを自分で作りたい時にはマイナスだ。試合の状況に左右されず、淡々と機械のようにやるべきことをやるべきタイミングで実施するような選手であれば自分でペースを作るなどしなくても済むだろうが、隼人は自分で考えた思考を追って、そのままの結果か修正案をなぞった結果に得点がとれるということが好きだった。自分で思い描いたラリーをした結果、シャトルをコートに叩きつけることが最もテンションが上がる。
 それはコート上に描く図のようだ。

(ラッキーだけど、集中きれないようにしないとな)

 シャトルを受け取ってから羽のぼろぼろの部分を整えて、隼人はサーブ姿勢を取る。同時に三鷹がタイムをかけて靴紐を結び始めた。つかの間の休みの中で、城島が矢継ぎ早に三鷹へとアドバイスを送っている様子に、今まで何となく感じていた違和感の正体に気づいた。

「谷口先生は、アドバイスくれないんですか?」

 真比呂たち男子の横にいる谷口は、首を横に振る。意味が分からない隼人に谷口は告げた。

「今回は私のアドバイスなしで勝ってみなさい」
「……はい」

 アドバイスの依頼を一刀両断されるも、隼人はそこまでショックは受けていなかった。むしろ自分の思考を他者のアドバイスが侵す可能性があり、逆に思考がまとまらなくなるケースもある。

(部内の団体戦が男子部復活の試験なら、今回の団体戦は俺ら個人の試験ってこと、ですか?)

 靴紐を結び終えた三鷹を見ながらは隼人は考える。
 自分の道を悩んでいた賢斗は隼人や他の仲間の説得と試合によって部に留まった。
 純や理貴も、真比呂でさえも今まで以上のポテンシャルを発揮した。小峰は野次を気にせずにあっという間に勝利した。
 あとは自分だけ。自分が三鷹に、自分の特技を存分に生かして勝てば合格だ。

「一本!」

 隼人は声に乗せてシャトルを飛ばした。狙ったのはシングルスコートの端、ではなくコート中央の線。コートの後ろのいちばん外側に伸びている線とコート中央を走る線。二つの交点に向けてシャトルは落ちて行く。ほとんど動かずにシャトルに追いついた三鷹だったが、隼人の位置を見た後で動きが一瞬止まった。

(打ちづらいだろ!)

 コート中央から打つコースはかなりのパターンがある。だが、今までの分析からスマッシュが多いことは分かっている。この状況でスマッシュを打つ場合、どのコースも隼人には隙がなかった。コート中央を気を付けていれば、左右は一歩踏み出せばほぼ届く。打ちやすいようで実は手が窮屈になるスポットに隼人はサーブを打ち上げたのだ。

(こい!)

 シャトルが落ちるまでの短い時間の間に三鷹は覚悟を決めたようで、ラケットを思いきり振りきってきた。
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