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● SkyDrive! --- 第五十二話 ●

 セカンドゲームが始まる前に、隼人はコートに何度かバドミントンシューズを叩きつけるように踏む。真上からではなく斜めにぶつけることで、滑らずにその場で止まることを何度も確認するとレシーブ位置についた。ネットを挟んだ向かいでは三鷹がシャトルを軽く打ち上げながら隼人の準備が整うのを待っている。隼人がレシーブ位置についたのを見て取ると、シャトルを打つを止めて自分もサーブ位置についた。

「セカンドゲーム、ラブオールプレイ」
『お願いします!』

 隼人が構えたところを見計らって三鷹がシャトルを打ち上げる。飛んでくるシャトルの真下に移動して、隼人は三鷹を見ないでドロップを打った。ストレートではなく、クロスに切れ込んでいくシャトルに、三鷹はラケットを伸ばして打ち返す。だが、ネット前ではなくロブを打ちあげて体勢を整えようとした。

「はっ!」

 ロブで返されたシャトルへと飛んで、今度は高い位置でクリアを放つ。深く遠くというよりも鋭く短いドリブンクリア。そうしなければ後ろのラインを割ってアウトになることも理由だがジャンピングスマッシュで角度のあるショットを隼人自身はまだ打てない。その、打てないことを逆手に取った。

「うわっ!?」

 三鷹が慌てて追ってシャトルを打ち上げる。しっかりとした高さも、飛距離も稼げずに隼人の立っている場所のほぼ前に来たところで、隼人はシャトルを思いきり叩きこんでいた。

「ポイント。ワンラブ(1対0)!」

 隼人の得点に沸き立つ栄水第一サイド。三鷹はどうして今のラリーがうまくいかないのかを分析しようとラケットを軽く振りながら調子を確かめて行く。その様子をじっくりと隼人は眺める。
 審判に怒られない時間内にそれぞれの位置についた二人は、真っ向から対立する言葉を放った。

「ストップ!」
「一本!」

 隼人は高らかに叫んでショートサーブを打つ。フェイントをかけられて三鷹は前に飛び込んだ。体勢は崩れてシャトルを打った時は片膝をついた状態となり、ラケットはシャトルをギリギリ打ち上げる。
 だが、飛距離は出ずにネット前に上がってしまい、飛び込んできた隼人がプッシュでコートにシャトルを沈めた。

「ポイント。ツーラブ(2対0)」

 たて続けのポイントに三鷹は首をひねっていた。隼人にもその様子は分かったが、特に声をかけはしない。わざわざ相手が自分術中にはまっていることにアドバイスを送ることんないからだ。

(あれだけ一ゲーム目に競り合ってくれたから、だいたいの傾向が掴めてきた)

 隼人はシャトルの羽を直しながら内心ほっとする。自分が第一ゲームで得たデータを分析して、最も隙が出やすい時に出やすい場所へ打つと、三鷹の動きが二度とも一瞬止まってから反応を再開する。
 完璧にではないにしろ、三鷹の動く傾向を読んでその逆を突けば予想もつかない方向に動こうとした体とシャトルを見て追おうとする頭の動きがぶつかり合い、体の中で反発しあう。結果、動きが止まってしまい間に合わなくなる。
 隼人の頭の中では、三鷹がストレートのハイクリアを打っただけで、次はどこに打つかという選択肢が十以上見えている。その十パターンのうち一つを選べばまた十パターンと枝分かれしていく道を、その時その時の最適な道を探し、選択する。思い浮かべるのも自分だが、そこで何を選ぶかも自分次第。自分が選ぶからこそ失敗した後で、そのことについて呟けば、全て言い訳になる。だから、隼人は迷わない。

「はっ!」

 三鷹がハイクリアをストレートに打って隼人をコート奥へと追い詰める。しっかりと追いついた隼人は三鷹の立ち位置を一瞬視界に入れた後で、いつもより力を込めて右手を振る。シャトルはコートを斜めに切り裂いて、三鷹の体を後ろへと追いやった。クロスのハイクリア。飛距離が長いために相手もコート中央にいるようないちばん始めのポジショニングならば苦もなく取れる距離移動しかしない。それでも隼人は気にせず、前に出る。三鷹がスマッシュしか打ってこないと考えていたかのように。

「はあっ!」

 隼人の予想通り、三鷹はストレートにスマッシュを放つ。シングルスライン上に沿うように進み、落ちようとしたところに隼人がラケットですくい上げる。またクロスで左サイドへとシャトルを飛ばし、コート中央に戻りながら三鷹の動きを追った。三鷹は一度コート中央に戻ってからシャトルを追いかける。タイムロスと思われがちだが、その動きも想定の範囲内。
 ニュートラルポジションに戻ってから動きを再開する。傍から見れば無駄な動きと思われそうなことでも、試合の流れ。自分の体の調子など考えると、三鷹のいい動きを引き出す動作なのかもしれない。

(それでお前は取る。でも、ここで沈める)

 ロブから落ちていくるシャトルのところに追いついた三鷹は強引にラケットを振って中途半端に力が入ったシャトルがネットを越えて行く。そこ目掛けて隼人はラケットを力強く振り、ストレートにドライブを放つ。バックハンドでしっかりとラケットを握り、真横に振り切るとシャトルは一直線に三鷹の胸部へと吸い込まれていった。シャトルが自分の体に落ちるのを見送って、床に落ちてからシャトルを拾う。乱れた羽を直してから「ナイスショット」と隼人への賛辞を告げつつシャトルを打った。

「サンキュ」

 シャトルをラケットでからめ取り、羽が折れていないことを確認してからサーブ位置に動く。これまで3対0と順調に得点を重ねている。しかし、隼人は考えていた。

(今のところ、俺の出方を見てるみたいだな……ここから、力でくるか?)

 隼人は自分のスタイルが、身体能力や力強いショット一発で崩壊することを知っている。ファーストゲームから打ちこまれていた三鷹のスマッシュは、自分を打ち崩すのに十分な可能性を感じさせた。

(警戒すぎて委縮しちゃ仕方がない、か。その時までは、攻める!)

 隼人は三鷹が構えるのを確認した瞬間に吼える。

「一本!」

 声に打ち上げられたかの如く、高く遠くに飛んだシャトル。三鷹は真下まで来ると、隼人が風切り音が届いたと錯覚するほどに思いきりラケットを振りかぶった。瞬間、隼人の背筋に悪寒が走る。

(来るか!)

 三鷹のラケットの軌道を予想して、その必要もないほどあからさまにストレートのスマッシュを打ってきた。渾身の力で最速を放てるように、駆け引きも何もなくした、一撃。隼人が警戒していた一撃を、三鷹はもう放ってきた。

「はっ!」

 それでも、半ば軌道を読んでいた隼人にはシャトルに追いついてクロスにレシーブを打ち返す。その手ごたえに微妙な違和感を覚えた時には、シャトルはコートから外れて落ちると分かる軌道に乗ってしまっていた。シングルスラインの外にシャトルが落ちて、審判が三鷹へのポイントを告げる。
 1対3となったスコア。初めて点を取られただけだが、今のアウトの原因が分かるだけに動いたことでの汗以外のものが額に浮かぶ。

(これなんだよな……読んだと思っても振り切るのが遅れた)

 自分のラケットを振るタイミングがずれたことで、上手くシャトルを打ち返せなかった。相手のスマッシュがどこに来るのか予測し、その予測した地点にスマッシュを打たせるように、サーブを上げた。半ば仕掛けた罠に隼人は三鷹を誘いこむことに成功した。
 だが、結果的に三鷹は罠を力で食い破って得点したのだ。

(あいつの最速のスマッシュを、思い出せ。脳裏に浮かべて、次に備えろ)

 これまでよりもさらに速かった三鷹のスマッシュ。まだ速度が上がるということを想定しつつ、今の時点での最速を認識合わせし、次の機会にどう生かすかと思考を巡らせる。サーブ権が渡った三鷹は隼人と同じように「一本!」と叫んで高くシャトルを上げた。場所は左サイド。シングルスライン上に落ちそうな軌道。今ならばインかアウトかは分からない。

(怪しいやつは……打て!)

 隼人は右手をしならせながらシャトルを打つ。三鷹ほどではないが力を込めてのストレートスマッシュ。三鷹はシャトルに追いついてクロスのヘアピンを打つと共に一緒に前に出る。隼人がヘアピンを打つのを防ぐためか、他に理由があるのか。
 何かあるにせよ、今の隼人の思考は三鷹の考えを読むことはしていない。
 今あるのは、より一歩前で、シャトルをプッシュすること。

「はっ!」

 前に迫る三鷹の姿を視界に収めつつも、隼人は右足をいつもより半歩前に出し、上半身も前のめりになって飛び込んでいた。
 結果的にいつもの一歩速い動きでのプッシュもタイミングが早くなり、シャトルは鋭く三鷹のコートへと叩きつけられた。

「ポイント。フォーワン(4対1)」
「しゃ!」

 短く吼えたところで、隼人は自分にしては珍しく自然と気合を押し出したと考えた。すぐにシャトルが返ってきたためゆっくりと考える時間はないが、考えなくとも答えは出ている。

(三鷹と試合ができて、俺も気合いが入ってるから、だろうな)

 中学時代に共に切磋琢磨した仲間との試合。過去を思い返して見ても、ここまで競りはしていなかった。実力の伸びに限界があると諦めていた隼人でも勝てたくらいの実力しかなかった三鷹が、当時よりも貪欲に上を目指している隼人を脅かすほどになっている。
 そこで考えるのは厄介な相手だというものではなく、立ち塞がってくれて嬉しいということ。いくら辛くても、バドミントンで前に進むためにはライバルが必要だ。隣に。そして斜め前に。横に並べば追い抜かれまいとする。前にいるなら追いかける。自分が挑む道は自分が諦めない限り途切れることはない。ただ、そこを一人で走るのは辛い。

「一本!」
「止める!」

 隼人の声に呼応するように三鷹も吼えて、二人の気迫がネットを中心にしてぶつかり合う。お互いのチームの面々も負けないように声援を送っていた。隼人はシャトルを打ち上げて中央に陣取ったところで、いつしか試合を終えて見に来ている月島と亜里菜、そして谷口の姿を見た。逆に相手チーム側には有宮小夜子の他、女子部員達が三鷹へを応援する。
 男女通しての最後の試合。三鷹はジャンプしてより高い打点から打ちおろそうとラケットを振った。だが、ラケットに上手く当てられなかったのか、シャトルは変な音を立ててふわりと前に飛ぶ。フレームに当たってしまったのだ。
 隼人は前に飛び込んでプッシュで叩き落とす。シャトルは高く跳ね上がり、着地した三鷹の前に転がった。

「上手くいかないな」

 三鷹の言葉をはっきりと聞く。それでも、三鷹がジャンピングスマッシュをこの試合中に正確に打とうとしていることは気迫で十分に分かった。だから隼人は気になって、ネットを通して三鷹へ尋ねる。

「なんで、そこまでジャンピングスマッシュ打ちたいんだよ」

 中学時代に先輩や高校生のジャンピングスマッシュを見てもそこまで打ちたいと思っているように見えなかった。中学三年間も、結局は打つこともしなかった。隼人にとっては必要性があまり感じられないために練習することもなかったが、三鷹がいま、ここまでこだわるならば過去に理由があっても不思議ではない。だからこそ、何か理由があるのかと尋ねたのだ。
 三鷹はシャトルを拾って軽く打ち返し、隼人が手にシャトルを取ってから言った。

「お前に勝つには、試合前にできなかったことを、試合中にできるようになってないと辛いんだ」

 顔をしかめながら言うが、声音には不満はない。むしろ、成長するきっかけをくれる隼人に対して感謝の気持ちもこもっているようにも思えた。

(……ほんと、厄介なことしてくれるな)

 三鷹もまた隼人のことを良く分かっている。相手の情報を吸収してどのように打てば相手を攻略できるのかを常に考えながら試合をしていた。その様子を傍で見ていた相手だ。隼人の考えならばほとんどお見通しというところだろう。

(でも、お前にも分からないことはある)

 シャトルが返され、羽を整えながら隼人は振り返る。
 過去の自分はある一定以上のレベルに触れると考えることをほとんど止めていた。少なくとも勝つという気持ちではなく、負けても学ぼうという姿勢で中途半端にコースを考え、打っていた。逆に全く身にならないというのに。
 高校に入ってからその諦め癖を克服し、思考し続けること。筋肉も付けて機動力も上げること。自分の長所を、戦法を最大減に生かすためには何よりも強気心が必要だった。
 自分にその心がついたかと問われれば、まだだと答える。しかし、ついてきているとは思っている。

(皆の声援が、俺に力をくれる)

 中学時代に経験した団体戦とはまた違った興奮が内に宿る。
 隼人はゆっくりと「一本」と言ってサーブを高く打ち上げた。相手にとって絶好のスマッシュ球。隼人は腰を落として三鷹のスマッシュに備える。

「はあっ!」

 今度はジャンプをせずにスマッシュを打ち込んでくる三鷹。威力は先ほど取り損ねたものとほぼ同じように見えて、隼人はとにかくラケットを素早く差し出そうと心掛けた。結果、シャトルはラケット面にぶつかってすぐに相手コートのネット前に落ちて行く。三鷹もまた、スマッシュ後に前に走って行ってラケットを床と水平に保ってスピンをかけて返した。隼人は無理せずにロブを打ち上げてまた次の攻撃に備える。

「ふっ!」

 だが、次に落とされたのはスマッシュではなくドロップ。クロスカットで隼人から遠い位置にシャトルを鋭く落とすことが目的だったのだ。スマッシュでその場に縛りつけて、ネット前へと動かせないようにする、よく見られる作戦。
 よく見られるということは、それだけ効果的だ。

「ふんっ!」

 しかし、隼人は難なくシャトルに追いついてヘアピンを決めた。逆に決まったと思って打ち終わってから前に詰め遅れた三鷹のほうがシャトルを取ることができない。

(あいつ、やっぱり集中力切れてるな)

 今までのラリーから隼人は三鷹の集中が途切れていることに気づいた。何が原因かは特定できないが、もしも自分に勝ったことが一因だとすればこのゲームは問題なくいけるのではないか。
 そこまで考えて隼人は頬を軽く叩く。

(油断大敵。まず一本ずつだ)

 シャトルを自分で拾って、隼人はサーブ体勢を取る。しっかりと三鷹を睨みつけて。

「一本!」

 改めて気を引き締めようという気迫を込めて、咆哮しながら隼人はサーブでシャトルを高らかに舞わせていた。
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