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● SkyDrive! --- 第五十一話 ●

 カットドロップによって鋭く前方へと放たれたシャトルに向けて隼人は飛び込んでいく。試合が進むごとに切れ味が増したドロップには追いつく速度を上げることで対応し、隼人はヘアピンで前に返す。そのパターンはすでに三鷹に把握されており、隼人をコピーしたかのように前に出てきた三鷹がクロスヘアピンで隼人からシャトルを離す。

「くっ……」

 ネットすれすれの軌道に隼人はシャトルに触れることができず、ラケットを伸ばしたままシャトルが落ちるのを見送るしかなかった。

「ポイント。ナインティーンセブンティーン(19対17)」

 第一ゲームは淡々と進んでいた。
 序盤、先に四点目を三鷹へと献上してしまってから、隼人と三鷹はほぼ交互に得点を重ねて行った。
 三鷹はスマッシュとヘアピンを軸として、たまにカットドロップを放ち、いかにして隼人にシャトルを上げさせるかということに専念する。逆に隼人は様々なコースに打ち上げて三鷹のスマッシュの癖を盗もうとすると共に、打たせることで体力消費を狙っていた。お互いの思惑を分かった上で、どちらも自分にとってはリスクにもチャンスにもなるため、なかなか戦法を切り替えられない。
 体力消費や見極めを狙ってスマッシュを打たせる機会を増やすということは、それだけスマッシュを決められる可能性が増えるということ。実際に試合時間は長く三鷹の体力を削ることはできているが、得点はほんのわずかであるが三鷹がリードしている。ほんのわずかに見えても、重要な場面のスマッシュを決めていることでの二点リード。あと三鷹が二点取る間に追いつかなければ第一ゲームは三鷹のものだ。

(それは困るけど……もう少しでデータが揃う、はず。なら、続けるしかない)

 十九点を取られる間、隼人の中で徐々に三鷹の基礎データを上書きするための情報が蓄積されて、推論が構築されていく。

(これまで効果があるカットドロップを多用してくると思ったけど……そこまで打ってこないのは、多分、まだ自信がないからだ。余裕を持ってシャトルの下に移動できた時だけ打ってる。たぶん、しっかりフォームを確認してからじゃないと打てないんだ)

 思考している間に三鷹が二十点目を取るべく、サーブを打ち上げる。隼人は試すためにハイクリアをストレートに放った。少し左寄りに立っていた三鷹は早めにシャトルに追いついてラケットを振りかぶる。腰を落として次のショットに備えた隼人は、鋭い音を立てて前に落ちて行くシャトルを見ていた。

(やっぱり!)

 隼人は前に飛び出すと同時にラケットを前に出す。このパターンは一つ前にヘアピンでやられた時のもの。ここでヘアピンを打った後、三鷹がクロスヘアピンを打って、取れなかったのだ。
 同じ光景をなぞるか、と考えて。

「はっ!」

 ネットに触れないように勢いをつけてシャトルを跳ね上げた。
 隼人はヘアピンを打ってくる来ると思っていたのか、三鷹は慌てて後ろに下がる。同時に隼人はコート中央に戻って三鷹の動きを視界に収めた。崩れた体勢から何を打ってくるのかを導き出し、半歩だけ右足を下げた。

(追いつけ切れていないあの体勢なら、ハイクリアしかない)

 体勢を立て直すためのハイクリア。基礎トレーニングで筋力を増した三鷹なら強引に飛ばすことも可能だと結論付ける。
 そして隼人の思った通りに、シャトルはストレートに飛んでいた。ハイクリアではなくドリブンクリアで、鋭く隼人のコートを侵食していく。

(――速い!)

 落下するまでの時間が想定よりも速い。追い詰められても強気の防御の姿勢でくる三鷹に隼人はまた少し情報を書き換える。隼人もまた仰け反り、力を込めてハイクリアを放った。自分の崩れた体勢を取り戻すための時間稼ぎ。だが、隼人のシャトルは三鷹のコート中央あたりで失速して落ちていった。

(しまった!)

 シャトルに飛び込むように三鷹はラケットを振りかぶり、スマッシュを放つ。コースは考えず、渾身の力が込められたシャトル。真正面に来たが隼人がバックハンドに構えた所にちょうどシャトルがぶつかり、前に飛ばずに落ちてしまった。

「ポイント。トゥエンティセブンティーン(20対17)」
「よーし! 油断せずにいけー!」

 コートの外から城島の声が響いてくる。三鷹は左手で耳を押えながら城島へと静かにするように右手で合図する。大人げないと悟ったのか、体を小さくする城島にほっとするように左手を耳から離した三鷹は、次に隼人を見る。

「高羽。まずは一ゲーム、もらうぜ」
「……油断大敵だぞ」

 隼人の言葉に笑いながら去っていく三鷹に隼人は拾ったシャトルを打って返した。サーブ位置に立って振り返る所に落ちるようタイミングを調整していたことで、狙い通りに振りかえった三鷹の前にシャトルが落ちる。

「おっとと」

 ラケットを使って慌てて落ちる前にキャッチする三鷹。羽を整えてから身構えて、高らかに吼える。

「一本!」

 隼人は腰を落として次のどう動くか思考する。追い詰められた状況なのは明らかで、こちらはあと三点取らなければサドンデスに持ち込めない。逆に言うと、三鷹にとってあと二点は無茶なショットを打てるのだ。
 サーブで打ち上げられたシャトルをハイクリアで打ち返すと、三鷹は追いついたところで飛び上がった。

「はっ!」
(ジャンピングスマッシュ!?)

 姿勢制御が難しいジャンピングスマッシュまでマスターしてるのかと隼人は冷や汗をかくが、シャトルは沈まずにドライブのように進んでくる。威力もそこまではなく、隼人はネット前に出ると共にヘアピンで打ち返した。

(流石にまだ、ジャンピングスマッシュは覚えてないか)

 ジャンプしてより高い位置から打ち込むことで急角度の速いスマッシュを打つことを目的とするジャンピングスマッシュだが、タイミングを間違えば今のように角度も威力もないものになる。二点は余裕ができたと考えたが、まさか無謀なショットに挑戦するとは思ってもみなかった。

(そこが、隙にならないかな……)

 コートの前に陣取ってラケットを掲げる。それだけでプレッシャーをかけながら内心期待する。だが、三鷹はロブをしっかりと上げて隼人の上を抜いて行った。フットワークを駆使して追いつき、ハイクリアを返したところでまたコート中央に戻ると、三鷹がいつもよりも力を長く溜めていた。

(まさか……また!?)
「おらっ!」

 勢いをつけて飛び、ラケットを振りぬく。今度は威力はあったがやはり沈まず、隼人の顔近くを通って飛んで行く。そのままシャトルはコートの外へと着弾していた。直後に着地した三鷹はよろけて手を付く。
 打った三鷹とかわした隼人は二人ともシャトルの行方を見ている状態で審判の言葉を聞いた。

「ポイント。エイティーントゥエンティ(18対20)」

 城島に叱られながら三鷹は頭をかきながら下げる。一瞥してからシャトルを拾いにコートの外まで歩こうとしたが、一足早く純がシャトルを拾い、隼人に放っていた。ラケットで絡め取って左手に収めてから純に礼を言うと、心配そうな顔で話しかけられる。

「大丈夫か?」
「んー勝つつもりだけど。このゲームは厳しいかもしれないな」

 冷静に現状を分析する。これから先二点取ってサドンデスに持ち込むまでは、自分の勝率は三割と言ったところ。つまりは、これから二回連続で点を取らなければこのゲームは負ける。この展開になったのは半分は自分のためであり、次以降のゲームを優位に運ぶための情報集めのためだ。ならば、取られても特にショックはない。

「最終的に勝つさ」
「……一本」

 純はあいまいな笑みを浮かべてコート横に戻っていく。隼人はすぐに三鷹へと視線を戻してサーブ位置まで歩いて行く。既に三鷹はレシーブ位置でラケットを掲げていた。

「一本一本!」
(それだと二本だろ)

 内心で突っ込んで隼人は苦笑いする。今では主に真比呂に突っ込んでいるが、そのポジションには過去に、三鷹がいたのだ。
 中学時代に行っていたやりとりを思い出す。しかし、頭を振って妄想を消した。

(でも、もう中学じゃないんだ。俺は、栄水第一の高羽隼人なんだよな)

 ラケットを目一杯振ってシャトルを打ち上げる。高度を第一優先で飛ばす天井サーブ。三鷹のコートに落ちていった位置は少しだけ前方だ。

「はっ!」

 二回の失敗から諦めたのか、三鷹は通常のスマッシュで打ち込んでくる。クロスに打ち込まれたシャトルに対してラケットを伸ばし、ヘアピンで前に打つ。
 これまでとは違い、すぐに前に出てきた三鷹はプッシュでシャトルを押しこむ。しかしネットからほぼ浮いていなかったことで強打できず、シャトルは緩やかな軌道で落ちて行く。隼人はバックハンド側に飛んだシャトルにラケットを伸ばし、ストレートに打ち返した。強打出来なかったことで戻る時間は出来たが、前方から斜め後ろに下がるのは移動する中で一番辛い方向だ。
 そこにハイクリアではなくドライブ気味に打ち込む分、追いつくのは更に遅れるはず。

「うおお!」

 三鷹は飛ぶようにシャトルを追う。隼人は立つ位置を左前方へと移す。三鷹は追いつくと隼人には確信があった。その上で、追い詰められたことでシャトルを強引にクリアで打つだろうとも。それはさっきのプレイで確認済みだった。

(今回も三鷹はハイクリアを飛ばそうと思いきりラケットを振るはずだ。でも、今回は上げられない!)

 前のプレイと違うのは、隼人がより低い弾道のシャトルを打ち、三鷹の体勢も前より崩れていること。ここでシャトルを上に向かって打っても、高くは打てても遠くに飛ばすことができず、格好のスマッシュの的になってしまう。それが分からない三鷹ではないだろう。

(なら、ドライブ気味に打つしかない。そして、俺がここにいることがもし見えたなら)

 前につき、三鷹のショットに備える。
 そして、シャトルは。

「はあっ!」

 三鷹の気合いと共に隼人の真正面に打ちだされていた。隼人は来たシャトルにラケットを上げるだけで打ち返し、ヘアピンでネット前に落とす。
 落ちる時の音は、三鷹が流れる体を支えるために踏み込んだ足音でかき消された。

「ポイント。ナインティーントゥエンティ(19対20)」
「――しっ!」

 隼人は小さくガッツポーズをして気合を出した。十七点から二点連取。そして、あと一点でサドンデスに突入できる。そうなれば三割程度だった勝率が五割に戻せる。隼人は自分でシャトルをネット下から拾い、サーブ位置まで戻る。自分のペースで二十点目を手に入れるように。

(これで三鷹にもだいぶプレッシャーのはずだ。どう出るか……)

 三鷹はラケットを持った右腕を回しながらレシーブ位置に進んでいく。到達したところでラケットを掲げると、これまでと同じように「一本!」と言うだけにとどまった。

(特に気にしていない? それともそう見せているだけか)

 中学時代の時はどうだったかと思いだすと、こういうときはたいてい目に見えるほど慌てていた。この状況というよりも、慌ててしまう時のリアクションが強いということだろう。
 もしも変わっていないのならば、三鷹にとってまだここは慌てる場面ではないということだ。

(確かに、追いつかれてもサドンデスになるだけだからな)

 思い至って隼人は嘆息する。
 自分が慣れていたサービスポイント制から異なるラリーポイント制。導入されてからまだ一年弱。ようやく今までのルールから慣れてきたところだった。隼人の中にもまだ残っているようで、思考パターンに影響を与えてくる。

(これがピンチじゃないとしても。二十一点目は取りたいはずだ。なら、攻めももう少し慎重になる、はず)

 相手の次を予測してサーブを放つ。あくまで予想であり、間違いの可能性もあるとして、コート中央に身構える。リアルタイムでの動きにすぐ反応できなければ意味はない。
 三鷹はシャトルの真下に来るとラケットを振りかぶる。その動作は今までと変わらないスマッシュ。

(全力で来るか……)

 腰を更に落として速度についていけるように身構える。三鷹のラケットが振られ、落下してきたシャトルに向かってぶつかった。

「はっ!」

 ラケットの軌道から予測してスマッシュはストレートに来る。確信して隼人はバックハンドで左斜め前に右足を踏み出した。一歩前でインターセプトすることで相手の二歩分遅らせるために。
 しかし、シャトルは隼人の目の前にはなかった。

「な!?」

 自然と口から悲鳴が漏れる。シャトルは鋭くネット前にクロスで落ちて行く。慌てて方向転換してラケットを伸ばして追うものの、追いつけるかは微妙な距離。

(届け!)

 ラケットに気合をのせて、足ももう少し踏み込む。ちょうど伸びきった腕の先、ラケットの先にシャトルが当たってヘアピンで返せた。
 そこにすでにラケットを構えている三鷹がいたことが、このラリーの終わりだった。

「はっ!」

 体勢を立て直せない隼人の頭を抜けて、シャトルがコートへと着弾する。審判は心なしか安堵した声で第一ゲームの終わりを告げた。

「ポイント。トゥエンティワンナインティーン(21対19)。チェンジエンド」

 自分達側の選手が勝ったことが嬉しかったのか、声に感情が乗っているように聞けた。隼人は息を切らしながら落ちたシャトルを見て、次に三鷹を見た。三鷹はすぐ傍にネットを挟んで立っており、隼人を見下ろしている。
 膝についた手を離して立ち上がると、コートから出て言った。

「まさかあそこでカットドロップとはな」
「そうか? 結構ああいうシチュエーションだと打ってた気がするけどな。でもようやく一ゲーム目だよ」

 三鷹は疲れを前に押し出しながらも嬉しそうに笑った。

「次も勝って、初勝利もらうぞ」
「次は俺が勝つよ」

 お互いにギスギスした空気にもならず、隼人と三鷹は一度離れた。

 第三シングルス。
 高羽隼人VS三鷹守
 第一ゲームは三鷹が取り、第二ゲームへと突入していく。
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