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● SkyDrive! --- 第五十話 ●

 隼人が放ったロングサーブでシャトルは高く上がって宙を進み、頂点に達してから落ちて行く。コートの最奥。シングルスライン上を狙ってのサーブは自分のイメージ通り打つことができた。脳内から描いた軌跡と実際の軌跡が重なったのを見て隼人は自然と笑みが浮かぶ。

(中学時代までの三鷹なら、これはスマッシュで来る)

 過去のデータを自分の頭の表層へと持ってくる。過去と現在の比較。中学時代から数カ月でどれだけの変化があったのかという試金石にはちょうどいいショット。三鷹は振りかぶって隼人の方を一瞥すると、腕を鋭く振った。

「はっ!」

 放たれたのはスマッシュ、ではなくカットドロップだった。隼人が身構えていた場所とは逆サイドのネット前へと落としてくる。隼人は一瞬だけその場で足を止めた後で、斜め前に足を広く踏み出す。二歩、三歩と足を動かすとネット前にラケットが届き、カットドロップで落ちてきたシャトルを捉えた。
 三鷹は隼人の次のショットの軌道を読んでいるのか前に出てきている。
 視界の片隅に見えた動きに、隼人はあえてそのままシャトルの置き場所を決める。

(ここで更に違う選択肢をするのは、無理だ)

 相手の裏をかこうとして無理なことをすれば失敗する。自分の首を絞める前に、隼人はストレートのヘアピンを打った。ネットを越えたところで跳ね返されたシャトルはほとんどネットから離れずに落ちていき、床へと落ちるのと同時に隼人の耳に重い音が届く。下げられた視界の先には三鷹の右足。込み上げる悪寒を相手に気づかれないように、すぐシャトルをネット下から拾い上げて次のサーブ位置へと向かった。
 最初の一点は互い様子見の段階。結果的に三鷹はシャトルを打つことが出来なかったが、隼人は三鷹の成長度合いを最初のワンプレイで見せられた。

(綺麗なカットドロップに、フットワークの速度の向上。やっぱり中学時代とは違うよな。当たり前だけど)

 隼人の中にあるデータベースに登録された三鷹守の情報が更新されていく。中学時代に上手い選手の真似をして、遂に出来なかったカットドロップも試合開始直後から主導権を奪おうと打ってくる。隼人がスマッシュを警戒している隙に打たれたシャトルは、返せたとはいえ隼人の心に影を落とした。

(今の一発でけっこう分かる……全般的に鍛えられてる。もしかしたら長い勝負になるかもしれない)

 隼人は一つ大きく息を吸い、覚悟を決めるように吐きだしながら吼えた。

「一本!」

 最初のサーブと同じように飛ばしたシャトル。真下についた三鷹は勢いをつけて飛び、今度はスマッシュを放ってきた。咄嗟に差し出したラケット面にシャトルはぶつかり、ヘアピンとして跳ね返る。三鷹はスマッシュを打った後にすぐ前へと出て、返ってきたシャトルをコントロールし、ヘアピンを打つ。隼人は更にヘアピンで打ち返すが、微妙な力具合を失敗して白帯から浮く。

「はっ!」

 隼人が生み出してしまった隙を突かれて、今度こそ三鷹のプッシュによってシャトルが隼人のコートへと飛び込んでいた。

「ポイント。ワンオール(1対1)」

 三鷹の代わりに審判を務めるのは三鷹と同じ一年らしい。
 同じ一年でも、三鷹と彼の間には明確な差がある。
 新チームの第三シングルスを任せられていること。それは、最後の砦として認められているということだ。
 隼人もまた第三シングルスだが、メンバーの構成上のなりゆきという要素もある。しかし、一年も二年も十分な数がいて、その部員達の中で選ばれた団体戦メンバーの最後の砦を任されるということは、三鷹がそれだけの力を備えていることを如実に表していた。

(分かってはいたけど。やっぱりもう、中学時代の三鷹じゃない)

 二回のラリーで実力の伸びを実感する。まだ上は見えない。霞んだ視界の先から三鷹が襲ってくる様子を思い浮かべて、隼人は左手に浮かんだ汗をハーフパンツになすりつけた。

(落ち着け。一つ一つ、確かめていけばいい。データがないなら集めるしかない)

 ラケットを掲げて三鷹からのサーブを待つ。三鷹は「一本!」と叫ぶとロングサーブで隼人を後ろに押しやる。シャトルの下までたどり着くと、一瞬だけ視線を三鷹に合わせてからドロップでシャトルをネット前に落とした。通常のドロップではあるが、できるだけ滞空時間を少なくしようと、気を付けて放つ。その甲斐があって、床とほぼ平行に進んでネットを越えた直後に落ちた。

「はあ!」

 前に飛び込んだ三鷹はラケットを止めて綺麗な軌道のヘアピンを返してくる。隼人はコースを読んで一歩早く前に飛び込むと、三鷹に視線を合わせたままでラケットだけを軽く手首をひねってクロスさせた。勢いと視線から後ろに飛ばすと見せかけて手首だけで行うクロスヘアピン。しかし、シャトルはネットに当たって隼人側のコートへと弾き返されていた。

「ポイント。ツーワン(2対1)」
「隼人! ドンッマイ!」

 真比呂の大きな声が届き、隼人は小さく「うるさいな」と口から洩れる。しかし悪い気持ちはしなかった。試合の中で応援されるのは背中を押されること。それが普段は耳触りでうるさいとしても、試合となれば背中を押す力となる。
 普段の部活で真比呂がうるさいのは、いつも試合標準で考えているからかもしれないと思える。

(いろいろ試さないと。俺もできないから、な)

 シャトルを拾う前に三鷹に拾われて、サーブ位置まで歩いて行く。その背中は隼人には拾わせないという決意が見てとれる。隼人自身がサーブ権を得れば、思考の時間とタイミングの測り方によって試合をコントロールするからだ。三鷹はそれを分かっているのだろう。
 隼人の戦術はすべて三鷹は知っている。

(やりにくいもんだよな、同じ中学出身ってのも)

 隼人はレシーブ位置でラケットを掲げる。すると三鷹は即座にショートサーブを打ってきた。慌てて前に出てロブを打ち上げるとそれに被せるように三鷹が飛ぶ。ラケットは空振りとなったが、着地してすぐにシャトルを追う。バドミントンのフットワークではなく通常の走る動作に近い形になったが、追いついて真下まで来るとスマッシュをストレートに打ってきた。隼人の懐に入るような、取りづらい場所へと。
 しかし隼人は親指を立ててラケットグリップを握るとバックハンドにすることなく羽子板を持つような構えで腕に対して垂直になるように構えた。そしてラケットを押し出すようにして、前の位置でシャトルを打ち返す。
 結果、タイミングが早く返されたシャトルがネットを越えてからコートに落ちる軌道に三鷹はラケットを出すことが出来なかった。

「ポイント。ツーオール(2対2)」

 隼人はあえてサーブ位置まで歩くだけで立ち止まる。ネット前に落ちているシャトルを拾った三鷹は羽を整えて隼人へと軽く放った。受け取った隼人は三鷹の視線が自分から離れないことに気づいて視線を向ける。
 そこには笑顔があった。

「流石だな、高羽」
「……お前は凄く強くなったな」

 中学時代に何度も見たことがある笑顔。三鷹との試合に勝った時に向けられていた笑顔とほぼ同じだが、そこには別の感情も含まれている。

「当たり前だろ。実はお前に勝つことが目標だったんだよ」

 三鷹は背を向けてレシーブ位置につく。隼人はシャトルを持ってサーブ姿勢を作った。まだ三鷹の中学時代との差異を見つけるために、苦手にしていたコースを狙ってみた。

「一本!」

 シャトルを打ち上げた先は、センターライン上。少しでも方向がずれればアウトになる可能性はあったが、序盤でその冒険をしておきたかった。シャトルはセンターラインの上に落ちていき、三鷹は躊躇なくスマッシュを打ち込む。真正面。すなわち、今、隼人がいる場所へと。

(やっぱり、真正面。これは変わってない)

 狙い通りの軌道にやってきたシャトルにラケットを押し出してインターセプトする。打ち返す瞬間にラケット面をスライスさせたことで、真正面ではなく斜め前に鋭くカットされて落ちて行く。フットワークを鍛えた三鷹でも、打ち終わって駆けだそうとしたところですでにシャトルが返ってきていれば取ることなど出来ない。

(これで、3対2か。想定通りじゃない所もあるけれど、だいたいは予想通り)

 シャトルを受け取り、羽を整えながら情報をまとめる。少しでも集まれば分析して、次に生かす。試合の合間合間はすべて貴重な時間となる。

(ひとまず。三鷹の全体的なパラメータは上がってるよな。高校になって筋トレもしたみたいだし。フットワークもスマッシュスピードも上がっているのは単純に基礎トレーニングの力だ)

 羽を整え終えてからサーブ姿勢を取る。三鷹はつられてレシーブ姿勢を取ったが、その瞬間に隼人はロングサーブを打つ。弾道は低く、三鷹の制空権をえぐり取るように強く。

「はっ!」

 だが三鷹は咄嗟にラケットを振ってシャトルをインターセプトしてきた。当てるだけではなく、打ち返してくる。勢いをつけたシャトルを更に大きな勢いで返されるが、コースが単調だったために隼人のラケットが届く範囲に落ちる。振ったラケットを引き戻してまた振り切ると、シャトルは三鷹から離れるように後方へと流れて行く。三鷹はすぐに後を追い、追いついてラケットを振りかぶる。

「はあっ!」

 低い体勢からのドライブ。追い詰められた状態だとコースが読みやすく、インターセプトされやすい。当然、隼人も三鷹の姿勢からストレートのドライブだと思い、バックハンドに持ち替えて体重移動させる。
 しかし、放たれたのは逆方向。シャトルは隼人の背中を抜けるように突き進む。

(なんだと!?)

 さっきのようにラケットを引き戻して打とうとしたが、下半身まで左サイドに移動しかけている状態だと切り返しが上手くいかなかった。上半身だけひねろうとしてバランスを崩しかけるのを支えるのが精一杯。
 シャトルは隼人側のコートに落ちていた。

「ポイント。スリーオール(3対3)」

 審判の言葉を聞きつつ、崩れた体勢を立て直す。ゆっくりとシャトルへ向かっている間。そしてシャトルを拾い上げて羽を整える間も思考は回っていく。あまりにゆっくりでも指摘されるため、軽く打ってネットを挟んだ向こうにいる三鷹が受け取った。そしてシャトルを自分でも整えながらサーブ位置についた。
 隼人もまた、対するレシーブ位置についてラケットを掲げた。次にまた勢いだけのサーブが来ても対処はできる。自分が先ほどやった同じことを三鷹ができるかどうかは分からない。それでも、隼人は頭の中に浮かぶ選択肢に加える。

「はっ!」

 放たれたロングサーブ。弾道の低さは隼人と全く同じ。
 そして対処方法もまた同じだ。
 シャトルを打ち抜くラケット。鋭く突き刺さるシャトルに湧き上がる歓声。サーブを打ってたった数度で終わるラリーでも、情報は取得し、相手に与えていることになる。
 隼人が返したシャトルは三鷹の目の前に叩き込まれる。しかし、コートに落ちる寸前にラケットを戻して振り切られ、ロブが高く上がる。隼人はシャトルを追っていき、落下点に入るとハイクリアで三鷹を奥へ追いやる。ただ、深く返すのではなく、バックハンド側へと押しやるように。
 滞空時間の長さから、分析時間を得る。

(反射神経も上がってるみたいだ。それも想定内。ひとまず、想定を大きく超えるようなことはないっていうのは問題なさそうだ。あとは)

 できた時間が使い切られ、三鷹がストレートスマッシュを打ち込んでくる。急激に角度がついて落ちて行くシャトルにラケットを合わせて振り切る。高く上がったシャトルに対してまた三鷹は落下点に移動し、スマッシュを打ち込む。
 上がればスマッシュ。前に出ればほとんどがヘアピン。戦略的にはそこまで手数は多くなさそうな印象だ。どれも高校に入ってから身につけた武器。中学時代にはそこまで威力も精度もなかったショットだ。そこまで考えて隼人はその意味を知る。

(やっぱり。どっちも、基礎的な筋力が向上したからだろうな)

 自分がバドミントン部を復活させたということで忘れていたが、普通の部活ではインターハイが終わるまでは三年生や二年生といった上級生がコートをメインに使うはず。必然的に一年生は基礎体力作りに専念することになる。スマッシュもヘアピンも、どちらも足腰の安定感が直結する。
 三鷹は中学時代とスタイルを変えたが、それは必然だったのだ。

(体格の変化と一緒にスタイルも変わる。三鷹にはそのポテンシャルがあったんだ)

 真比呂や礼緒の姿を一瞬だけ視界に収める。すぐに突き進んでくるシャトルを鋭く切り返して三鷹の隙を生み出そうと打ち分けるが、内心に生まれるざわつきを感じた。
 もうほとんど成長が止まっている身体。基礎トレーニングで鍛えられるとはいえ、そこまで劇的な変化は望めないだろう。一歩一歩進んでいけば、自分が到達したい場所まできっと行けるという考えは疑わない。だが、三鷹はレベルアップをここ数カ月で達成したことになる。どれだけの努力をしたのか分からないが、相当なものだったに違いない。

「はあっ!」

 何度目かになる三鷹のスマッシュ。打ちこまれてくるシャトルを隼人は捉えられずにコート外へと弾いてしまった。

「ポイント。フォースリー(4対3)」

 この試合初めてのリードに城島が大きな声で「よし!」と叫んでいた。
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