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● SkyDrive! --- 第四十九話 ●

 礼緒のシャトルがコートに突き刺さり、追っていた龍田は床に膝を付いてしまった。俯いて息を切らして、すぐには立ち上がれない。礼緒から見ても試合時間はそこまで長くはなく、中学からバドミントン経験があるならば想定の範囲内の時間だった。龍田は肩で息をしながら体を起こし、視線の先にあるシャトルを拾うと礼緒へと打ち返した。そして立ちあがるとレシーブ位置にゆっくりと歩いていき、身構える。
 今だに瞳は光を失っておらず、礼緒に一矢報いようと隙を探している。その視線を感じて礼緒は息を吐いた。緊張に体が震えるのを何とか止めて、自らはサーブ位置につく。
 20対0というスコアが、頭の中にちらつく。
 第一ゲームで達成した21対0というスコア。更に第二ゲームでも続いているラブゲーム。もしも、次のシャトルを龍田のコートに決めれば、宣言通りラブゲームが達成される。そもそも第一ゲームの時に達成しているためここで駄目でも嘘にはならないのだが、最初に言った礼緒自身もあとに引けない状態になっている。
 それは自分が望んだ状況であり、方向としては間違っていない。

(これを、決めれば)

 決めれば目標達成。そう考えるほどに体が硬くなる。中学時代に感じてきた、つま先から全身が石に変化していくような錯覚。自らを縛りあげてくる意識の檻。

(こういうのを、分かるようになったっていうのは、もしかしたらよかったのかもしれないな)

 一度息を吐いて体の力を緩める。すると石化は解かれて体が緩やかになった。全ての力が抜けてしまえば立つこと自体できなくなるために、あくまで脱力とはイメージだ。それでも、緩んだ筋肉は豊かなしなりを生んで、礼緒はしならせた鞭を飛ばすようにシャトルを高く遠くへと飛ばしていた。

「ストップ!」

 龍田も宣言を達成させないようにと気合いを入れて、先ほどの醜態が嘘のように機敏な動きを見せる。シャトルの真下に入ってストレートハイクリアを打ち、礼緒をコート奥へと追いやる。ラスト一点で負けるために、ハイクリアで奥を狙うとアウトになる可能性も出てくる。しかし、躊躇なく飛ばしてきたことに礼緒も龍田の精神力に脅威を覚えた。

(やっぱり、メンタルはあいつのほうが上か……)

 ラブゲームになるほど龍田との間に差があるとは礼緒も思っていなかった。今回の事態を招いたのは龍田が礼緒の言葉に怒りを覚えて冷静な判断ができなくなったからだと考えている。それでもラブゲームは出来すぎであり、どこかでしっぺ返しが来てもおかしくない。
 特に、最後まで追いつめられたからなのか、龍田の眼に浮かぶ光が冷静さを取り戻していた。

(だからって、もう取られてもいいって思わない。ここで引いたら、前の俺と同じだ)

 礼緒は過去の自分を打ち抜くようにスマッシュを放つ。渾身の力を込めたスマッシュ。これまで何度も一発でコートにシャトルを沈めてきたが、今度は簡単に龍田は受けてヘアピンで打ち返してきた。苦し紛れではなく、完璧に制御されてネット前に落としていく。

(くっ――)

 読んではいたが、予想以上に完璧なヘアピンに初めて焦りが生まれる。ラケットを伸ばしてギリギリ届くか否かというタイミング。礼緒は左足を踏み出して、最後の一踏みでコートに足を叩きつける。

「おら!」

 前に突き出すラケット。ネットに触れる直前に止めて、シャトルだけがスピンがかかって相手側に落ちていく。そこに龍田が追い付いて、更にクロスヘアピンで礼緒からシャトルを離していた。
 これまで、自分が何度も行ってきた戦法を逆にやられた形になる。
 礼緒はシャトルを追う寸前に龍田の顔が笑みに変わっているのを見て、一気に心の中にある氷が溶ける。

「はっ!」

 シャトルを追って足を踏み出す。左利きである礼緒にとってはバックハンド側。十分追いついて返すことは可能だった。だが、龍田が礼緒を追ってスライドしてくる。
 ストレートに打てばすぐに打ち抜くと言わんばかりにラケットの先が視界にちらつく。

(打てるか打てないか分からない……でも、ここで試されているのは!)

 礼緒は覚悟を決めると、ラケットがシャトルに触れた瞬間に手首を逆に返した。

「ぐっ――」

 急激な動きと無理な方向へのひねりに痛みが走り、苦痛に顔が歪む。だが、その無理が功を奏して、龍田の進行方向とは逆にシャトルが流れていた。
 クロスヘアピンを更にクロスで返す。
 自分と同じ方向にきた龍田の裏をかいたのだ。タイミング的と体勢的に打てるはずもないショットを礼緒は打っていた。
 二人はシャトルの行方を見ないままにネットに触れないようにコートへと沈んだ。

「はぁ……はぁ……」

 両手をコートについた礼緒はすぐに左手の状態を確かめる。無理なショットに痛めたかと思ったが、ほとんど痛みはなく、ひどくはない。ほっとしたのもつかの間、行方を追えなかったシャトルがどうなっているのか、確かめようと腰を上げる。同時に龍田も立ち上がり、視線が合うと共に勢い良く振りかえった。

 シャトルは、礼緒の側へと落ちていた。

「ポイント。ワントゥエンティ(1対20)」
『うぉおおお!』

 審判のカウントと共にまるで勝ったかのように声を上げる城島と、白泉学園の部員達。
 まるでラブゲームを阻止することこそ史上の目的とでも言うように。

「ラブゲーム、阻止したぜ。かっこ悪」

 龍田はそう言って礼緒から離れていく。礼緒側にあるシャトルをネットの下からラケットを通して引きよせ、持ち上げる。その光景を見ながら、礼緒はゆっくりとレシーブ位置へと進んだ。

(取られた、か)

 目標としていたことが達成できなかった。それは勝利をすること以上に大事なことであるはずで、保ってきた緊張感が体から抜けていくように礼緒には思える。プレッシャーと相手との戦いをしてきた礼緒にとって片方の敵の喪失は肩の力を抜くと同時に全身の力まで抜けさせていく。

「どんまい! 礼緒! 一本だ!」
「小峰ー! 気を落とさずに行こう! あと一本で勝つんだぞ!」

 聞こえてきた声に顔を向けると、そこには体力切れから少しは回復したのだろう、真比呂が立っていた。傍には隼人。純と理貴、そして賢斗。女子部との試合の時に自分を待っていてくれた五人。踏み出すのが怖くて怯えていた自分を信じて待っていた仲間達。

「そうだな……あと、一本か」

 顔を龍田に向けて構える。気負いのない表情を見てとったのか、龍田は鼻で笑ってから言う。

「おいおい。達成できなかったからって割り切ったのか? かっこ悪いぞ?」
「そうだな。でも試合は勝つ」

 言葉に動じないと分かったからか、龍田はそれ以上言うこともなくロングサーブを打ち上げた。シャトルを追った礼緒はスマッシュを打つスイングスピードを保ったまま、初めてのショットを打った。

「はっ!」

 スイングはスマッシュと同じままでドロップを打つ、カットドロップだ。通常のドロップはラケット面がシャトルコックと平行になるように打つが、カットドロップは面を斜めにすることで文字通り切るように打つ。そうするとラケットスイングの速度を維持したままで鋭いドロップを打つことができる。
 この試合で初めてのショットに龍田はしかし反応していた。反応できればそれほど打ち返すのは難しくない。龍田のラケットが伸びてネットを越えてきたシャトルを取る。

「うぉおおおお!」

 しかし、龍田の視界に映るように礼緒が駆けてきていた。予想はしていても威圧感があり、龍田の動きが一瞬止まる。
 その一瞬だけで、十分だった。

「あ――」

 龍田の顔が歪む。自分のミスに気づき、取り返しようもないということへと絶望する。
 跳ね返したシャトルはネットに阻まれて、龍田側のほうに落ちてしまった。

「ポイント。トゥエンティワン(21対1)。マッチウォンバイ、栄水第一、小峰」
『よっしゃー!!』

 審判のカウントが終わり、隼人たちが叫ぶ。
 そして、礼緒はラケットを高々と掲げて勝利を誇示していた。
 龍田が肩の力を抜くのに合わせてラケットを掲げるのを止める礼緒。そのままコート中央ではなかったがネットの上から握手を交わす。渋い顔をする龍田の口が開いて呟く。

「悪かったな。さんざん言って。お前の勝ちだよ。ラブゲーム出来なくても」
「ああ。俺が勝ったな。中学時代の借りは返したってことだ」

 堂々と言い放つ礼緒に龍田は呆気に取られ、今度は苦笑いをする。

「お前……そんな性格だったのか?」
「こんな性格だよ。プレッシャーに弱いから出せなかったんだ」

 握手をしたままで会話する。すぐに手を離してコートから出る間にも、礼緒は龍田へと話しかける。今の自分を、過去に自分を倒した相手に見てもらおうとするかのように。

「だから、今後はプレッシャーにも負けないようにやっていくさ。失敗したけど、ラブゲームはかなり練習になった」
「俺が練習相手、かよ」
「練習試合なんだから練習だろ?」
「……違いない」

 龍田の顔にはとうとう笑みが浮かぶ。合わせて礼緒も笑い、自然と二人の周囲の雰囲気が柔らかくなった。試合の始まる前とはまったく違う空気。自分の中にあった氷が溶けてなくなっているのに気付いてから、龍田に対して負の感情は感じなくなっていた。

(やっぱり俺って、嫌なやつかもな)

 つまりは、試合で負けたことで恨んでいたものが、勝ったことですっきりしたということ。何も変なことはなく、むしろ過去を気にするねちねちとした男ではないかと思う。
 それも仕方がないと割り切れるのは、目の前にいる仲間たちのおかげかもしれないと礼緒は思った。

「やったなー」
「お疲れさん」
「ラブゲーム、おしかったね」

 仲間の傍に戻ってくると純に理貴。賢斗が口々に労ってくる。タオルを受け取って顔を拭いてから、今まで試合をしていたコートを邪魔にならないように離れて振り返った。
 バドミントンから離れて、戻ってきた最初の他校との試合。そこで最高のスタートが切れたと思える。自然と頭を軽く下げて一礼してから再び仲間たちの方を向いて、残り二人に告げた。

「高羽。井波。ラブゲーム出来なくてすまんな」
「なーにいってんだよ。十分だろ! それにしても緊張しまくる男が大胆になったんじゃないか?」

 真比呂が礼緒の背中をばしばしと叩きつつ豪快に尋ねてくる。あまりの勢いに咳きこみつつ、礼緒は隼人に向けて言う。

「俺はさ。このプレッシャーに弱いところ……少しずつ直していく。少しずつな」
「少しずつっていうけど、いきなりでかいのだな」
「あの女子部との試合の状況に比べたら今回くらいじゃないと」
「そうかもな」

 そう言って笑い合っていると、城島が傍にやってきて「えへん」と咳を強調した。

「まだ、最後の試合が残っている。早めに準備をしてもらっていいかね?」

 それだけ言うと城島は去っていった。冷静さを保とうとしているのが見て取れて、隼人たちは笑わないようにするのに苦心する。入れ替わりで谷口がやってきて、隼人たちを自分の周りに半円の状態で立たせてから言った。

「さあ、これが最後の試合よ。全部勝って、終わらせましょう。今日が、栄水第一高校男子バドミントン部の、新しいスタートの日よ」
「はい」

 隼人の返事は鋭く、気持ちがこもっている。既に握っていたラケットを持って半円から抜け出るとコートへと向かう。
 仲間たちの声を背に受けてみると、今までよりも気持ちが高揚するのを感じていた。ダブルスの時とも違う。自分ひとりでコートに立っても、外から力が流れてくるような錯覚。

(いや、錯覚じゃないんだろうな)

 中学時代にはほとんど味わえなかったもの。
 仲間たちの強い応援。意思の繋がり。今、こうして立っているコートに繋がるのは、自分を含めた栄水第一高校のメンバーの思いだ。

(最後に勝って、終わらせてやる)

 隼人はジャージを脱いでユニフォーム姿になった男――三鷹守に視線を向ける。今まで審判として立っていた男が、遂に自ら選手となる。審判には別の白泉学園の部員が付き、慣れない口調で試合開始を告げる。

「じゃんけん、してください」

 声に従ってじゃんけんをし、シャトルを手に入れる隼人。コートはそのままということで三鷹が背を向け離れていく。隼人もサーブ位置に着こうと踵を返そうとしたところで、声をかけられた。

「高羽。いい試合をしようぜ」
「……ああ」

 中学の時に共に切磋琢磨した友人が、今度は敵として目の前に立つ。
 部活での練習の時は正確にカウントしたわけではないが、隼人の方が勝つことが多かった。部活引退後から自然と疎遠になり、高校からの始まりも少し出遅れた。この間にどれだけの差が二人の間に出来たのか、確認するチャンスだ。

(それでも、勝つ。自分のできることを、して)

 数度息を吐く。これまでのダブルス、シングルスの試合の光景が頭の中に流れていく。誰もが力をの限り試合をして、勝利してきた。その力を少しでも分けてもらい、勝利へと繋げたい。

「トゥエンティワンポイント、スリーゲームマッチ、ラブオールプレイ!」
『お願いします!』

 審判の声の終わりに被せるように、隼人と三鷹は同時に咆哮する。互いの間にあるネットが気迫に震えるように動き、隼人はすぐさまロングサーブを放った。

 栄水第一と白泉学園の練習試合。
 最終戦、開始。
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