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● SkyDrive! --- 第四十七話 ●

 コートを中心にして異常な熱気が発散されていた。周りにいる両校の選手達はそれまで対戦している二人に激励の言葉を投げかけていたが、発することを自然止めて、目の前で繰り広げられる試合に目を奪われている。
 コートを縦横無尽に駆ける二人。しかし片方の動きには陰りが見え始め、徐々にもう片方が押していく。

「だっしゃ!」

 咆哮と共に中空の高い位置から叩き込まれたシャトルは、床に穴が空きそうな強い音を響かせて突き刺さり、羽をまき散らして飛んでいく。ラケットを伸ばして膝をついた状態で固まったもう一人は肩で息をしながらゆっくりと立った。

「ポイント。エイティーンシックスティーン(18対16)」
「しゃあ!」

 得点をもぎ取った真比呂が両腕を腰だめに引いてガッツポーズを取る。逆に貞安はうつむき加減にシャトルを拾い、審判に手の中のボロボロになったシャトルの換えを要求した。審判は自分の横に置いておいたシャトルの筒の中身を見て空っぽだと身振りで主張し、新しいシャトルケースを手に入れるためその場を離れる。
 試合が始まって一時間半が過ぎて、ようやくの休み。試合を見ている方も、試合をしている方も疲れていたのか息を吐く。
 ただ一人を除いて。

「隼人ー! 見てたか今のスマッシュ! やばくない!?」
「はいはい。やばいから、休んでろって」
「休んでられるかよー。くぅう。いいなおい」

 真比呂の様子に隼人は呆れつつ、半分は驚いていた。試合が始まって一時間半。スコアは18対16。第三ゲームの、スコア。
 第一ゲーム、第二ゲームと試合を続けてきた先のファイナルゲーム。初心者の真比呂が相手と競っている事実は認めるしかないにしろ隼人を驚かせるには十分だ。

(でも驚いたら、あいつ調子に乗るからな)

 自分が驚き、感心していることを顔に出さないようにして振り返る。
 第一ゲームを21対18で取った後、第二ゲームを19対21で落とした真比呂は、第三ゲームで序盤からずっとリードを保ってきている。時間の経過と共に体力が落ちるのは当然で、貞安の方は疲労の色が濃い。しかし、真比呂は後半にくるほど動きのキレが増していった。フットワークがより滑らかになり、ショットの威力が上がっていく。
 ジャンプ力も全く落ちず、ジャンピングスマッシュとは言えないまでもジャンプしてのスマッシュは慎重の高さも相まって、ネットの前に急角度で落ちていき、貞安は疲れで体を支えきれない足腰を酷使して、膝を曲げる低い姿勢を保つしかなくなった。そんな状況のため、貞安はより疲労が蓄積していくこととなり、フットワークのための足運びがバラバラになってきている。
 白泉学園も、隼人たちも。真比呂の急成長を目の当たりにして声を失っていた。

「すみませんでした!」

 シャトルケースを持って早足でやってきた審判がシャトルを一つ取り出して真比呂へと放る。真比呂はラケットを使って中空で少し不格好ながらも落とさずに受け取り、右手に収めた。その技術も、この試合の前にはできなかったことだ。

(他の運動やってたってことを差し引いても、才能あるんじゃないだろうか)

 嬉しい気持ちと裏腹に、自分が年月を掛けて培ってきた努力の成果にほんの数か月で到達しそうな勢いの真比呂に嫉妬を覚えないこともない。複雑な思いを胸に隼人はサーブ体勢を取って試合を再開させようとする真比呂を見る。

「しゃー! 一本!」

 高らかに吼えてサーブを放つ真比呂。コントロールは甘めだが高さは十分で、落ちる時は貞安の頭上でほぼ垂直に落ちていく。身構えて狙いをつける貞安だが、一瞬後ろに下がってスマッシュを放った。

「てりゃ!」

 自分の左サイドにきたシャトルを全力で打ち返す真比呂。慣れないヘアピンを多用して第二ゲームを落としたという経験から、第三ゲームはとにかく後ろにシャトルを飛ばし、前にはスマッシュを打ち込むというパターンを繰り返していた。まだ苦手な細かい技術をばっさりと切り捨てて、シャトルを力を込めて飛ばすことに集中した結果、結果的に貞安の手を封じている。ほぼ真上からくるシャトルは打ち辛く、貞安がシャトルを前方に打って少しでも真比呂の体勢を崩そうとしても無理せずロブを上げられ、スマッシュには素早い反応から同じように奥へと返される。連続してスマッシュを打っている内に体力が削られて、現状のように疲労している。

(それでも、井波も疲れてるに違いないんだ)

 体力が有り余っているように見えても、バスケで鍛えた体力もそこまで万能ではないはず。10分ごとに休みがあるのではなく、ほぼ連続した試合が一時間半続いているのだから。鍛えているといっても限度がある。
 何が真比呂をそこまで動かしているのか。隼人は自然と目でプレイを追っていた。不格好に動く真比呂に隼人は胸の内からこみ上げてくる熱い物を意識する。

「おらっしゃ!」

 貞安が攻めることを諦めてハイクリアに切り替えればチャンスだとばかりに落下点よりも後ろへ移動して、スマッシュを全力で打つ。コースは単調で、貞安も毎回打ち返す方向を選べる。だが、真比呂は引っかかっても慌てて方向転換して、ぎりぎり危険を回避していた。泥臭く拾う姿に自然と声援が止まり、みんなで注目していたのだ。
 この場はもう、完全に真比呂が支配している。

(そうなんだよな……井波のバドミントンは、凄く楽しそうなんだ)

 シャトルを一球一球打っていくうちに、体中の細胞がバドミントンの感覚を覚えていくように。コートの移動はフットワークに用いる足運びを続けると共にスムーズとなり。気合を持って打ち込むシャトルに一喜一憂する。
 自分にとって嬉しいことも残念なことも、全ての経験に対して嬉しさを隠さない。真比呂のプレイには「苦しさ」というものが見えず、シャトルを追うことに対しての楽しさが含まれていた。

「ポイント。ナインティーンシックスティーン(19対16)」
「だっしゃ!」

 真比呂のスマッシュがコートを打ち抜き、19点目が入る。渡されたシャトルの羽を丁寧に直して、次を取るためにサーブ位置につく。あと二点で、初心者が経験者に勝とうとしている。

「ラストツー!」

 背筋を伸ばし、前を向き、堂々と高らかに叫ぶ真比呂は、とても一時間半も試合をしてきた様子には見えなかった。顔の汗は多く、息も荒いことから体力を消費しているのは間違いない。だが、シャトルを中空に投げ出してラケットを振り切る速度はほとんど衰えない。
 シャトルが高く遠くに飛び、貞安が追っていく。
 その足が途中で止まり、悠然とシャトルがコートの外に落ちるのを貞安は見送った。

「ポイント。セブンティーンナインティーン(17対19)」
「ドンマイドンマイ」
「自分で言うな!」

 そう突っ込んだのは理貴。言った直後にどうして言ってしまったのか分からないという様子で口を押えて首をかしげる。その気持ちは隼人も分かる。真比呂といるとどこか自分の領域に入られてしまうのだ。

「井波!」

 だからこそ、隼人は叫ぶように伝える。自分の中にある思いを、素直に。
 初めて大声を出されて真比呂は隼人を見て呆気にとられた。自分に集まった注目を振り払うようにして、隼人は言った。

「あと二点、さっさと取ってこい。小峰の試合が遅くなる!」
「ーー了解!」

 真比呂は試合を通して最も良い笑顔を浮かべながら軽くその場でジャンプし、着地後に吼えて笑みを消してからラケットを掲げて身構える。フットワークしやすいように踵をかすかに上げて、中途半端に上がったシャトルならばすぐに叩き落とすと主張するようにラケットは高く掲げている。

「一本!」

 真比呂の宣言と同時に貞安がシャトルを飛ばす。最後まで疲労以外は無表情を貫く貞安と、常に喜怒哀楽を押し出している真比呂。対照的な二人の戦い。
 そんな試合に、また声援が戻ってくる。白泉学園側は顧問も含めて貞安に負けるなと指示を出し、隼人たちもできる限り声を出して真比呂の背中を押す。二人を中心に広がる応援合戦。反射的に、気合が負けた方が負ける、と隼人は思ってしまう。

「そこだ!」

 真比呂のスマッシュに対してうまく打ち上げられなかったシャトル。ふらふらとネット前に上がるシャトルに対して真比呂は飛び込み、バランスを崩す。

「のわっ!?」

 膝がいきなり折れて、その場に倒れそうになる。だが、真比呂は右手を一度コートについて弾くと、全身を前へと飛ばした。掲げたラケットをシャトルに届かせて、手首のスナップを利かせてプッシュを叩きこんだ。

「ポイント。トゥエンティセブンティーン(20対17)。マッチポイント」
「しゃー!」

 コートに膝をついた状態で天上に向けて叫ぶ真比呂。次でラストだということからも気合を込めているのだろうが、今までと違う様子に誰もが気づいていた。

(井波のやつ。ついに体力が尽きてきたか)

 当たり前のことだったが、どこかで最後まで持つのではないかと思っていた。その幻想が消えた後に残るのは、体力低下による怪我の可能性だ。今までジャンプを主体にしてきた真比呂にとっては、最後まで飛び、跳ねるように動くだろう。体力がある時はまだしも、体力が切れそうな今では怪我に繋がりかねない。隼人は動きを抑えさせようと真比呂に声をかけようとする。
 しかし、真比呂は右手にラケットを持ち替えた上で左手を軽く振った。あっちにいけ、とでも言わんばかりに。
 すぐにラケットを持ち直して、真比呂は叫ぶ。

「ラスト一本!」
「ストップ!」

 次の瞬間、真比呂の声自体を押さえつけるかのような、より強い声が響いた。誰が言ったのか分からずに隼人は周りを見回す。白泉学園側も同じようで各々の顔に困惑を浮かべながら周囲を探している。
 声の主が見つからないままに試合は再開され、真比呂がロングサーブを放つ。貞安はシャトルの後方まで移動すると、前方に飛んでスマッシュを放った。

(まさか!?)

 予想以上の高さと速さ。そして、体力も無くなった終盤にジャンピングスマッシュを放つという貞安の底力。その効果はあり、真比呂は一歩も動けずにシャトルが転がるのを見ていた。

「ポイント。エイティーントゥエンティ(18対20)」

 シャトルを拾って羽を整えてから貞安へと渡す。すぐに真比呂はレシーブ位置について次のサーブを待った。
 そして、誰もがその声を聞く。

「一本!」

 先ほど真比呂の声を抑えるように発せられた、真比呂以上の声量。
 それはシャトルを持った貞安から発せられていた。
 白泉のほうからも驚きのざわめきが広がる所を見て隼人はレアケースなのだろうと理解した。

(井波……勝ってこい)

 隼人は自然と両拳を握り締めていた。真比呂は少し前と同様に威嚇するようにして構えてから全身を覆う気合を前方に叩きつける。貞安は荒れていた息を少し整えてから、サーブを軽く前に打った。

「――あっ!」

 前にきたサーブに真比呂は全く反応できない。シャトルは前方のサービスラインへと落ちていき、線上で静かに跳ねた。

「ポイント。ナインティーントゥエンティ(19対20)」

 気合いを入れたところで動くタイミングを外す絶妙なショートサーブ。貞安は体力が尽きている終盤でも冷静に状況を見ていた。上に上にと注意がいった真比呂に対して下へと打つ。しかも、失敗すればそれだけでゲームセットになるショートサーブを。強い心臓も持ち合わせている。

「井波! 気合い入れ直せよ! ラスト一本だ!」
「タイム」

 隼人の言葉が終わると同時に、真比呂は顔をタオルで拭くジェスチャーをしながらタイムをかけた。
 コートから一度出て顔をタオルで拭く真比呂。すぐに顔を拭き終わるとコートへと戻り、ラケットを素振り程度に振。申告した方ではない貞安のほうが汗をまだ拭いていた。
 真比呂が戻ったことに促されるように、貞安もコートに戻り、床に置いていたシャトルを拾うとサーブ姿勢を取った。真比呂も前回と同じ轍を踏まないためか、どちらにも行けるような立ち位置で、ラケットを掲げるところは変えていない。
 貞安は一度深く息を吸って、静かに吐いてからロングサーブを打った。高いロブではなく、真比呂のラケットの傍を通るような鋭い軌道を。
 口から何か言葉を出す余裕もなく、シャトルをラケットでインターセプトして前に落とす。すぐに貞安は前に出てきて、真比呂がいる場所とは逆方向にクロスヘアピンを打った。これまで、パワー勝負によって細かい技巧を打つ機会がなかった貞安にとってのチャンス。ここで同点にすれば、真比呂のアドバンテージもない。真比呂の逆転負けということもあり得る。

「井波!」

 隼人の言葉と同時に、真比呂の足が出る。ネットを横切っていくシャトルを追っていって真比呂はシャトルを拾おうとラケットを持った腕を伸ばす。しかし、次の瞬間にラケットががくんと下に落ちた。

「うわっ!?」

 体勢を崩した真比呂は慌ててラケットを引き、バランスを取った。ほっとしたのもつかの間で、シャトルはもう下まで落ちようとしている。真比呂も、他の面々もシャトルの行方を見守るしかなかった。
 全員の視線が集まる中で、シャトルはコート上へと落ちて転がる。
 数秒の静寂の後で、審判が宣言した。

「ポイント。トゥエンティワンナインティーン(21対19)。マッチウォンバイ、栄水第一・井波」

 シャトルが落ちた場所はわずかにシングルスラインの外だった。コート上でも、ダブルスの領域を示すラインとシングルスのそれとの間のスペース。本当にわずかな差で、審判の目によってはインと判定されてもおかしくないところだった。
 真比呂は最初、何が起きたのか分からないという体だったが、隼人たちの様子を見てようやく状況を悟ったのか、ゆっくりと立ち上がり、吼えた。

「おっしゃー!」

 両腕を上げて勝利の雄たけびを上げる。
 その様子に白泉学園の生徒たちは何事と狼狽した顔を見せる。
 純や理貴。礼緒と賢斗が喜ぶ中で、隼人は一人、興奮を抑えていた。

(やったな、井波)

 井波真比呂VS貞安弘志は真比呂の勝利に終わった。
 それは、真比呂の他校との試合での初勝利。
 そして栄水第一男子バドミントン部が復活後初の、他校との団体戦勝利の瞬間となった。
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