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● SkyDrive! --- 四十六話 ●

 純と理貴の試合が終わり、真比呂はラケットを振りながら前に出た。込み上げてくる興奮を抑えることをせずに、衝動の赴くままに体を動かしている。自分の気合いに逆らうことはせずに口から大砲を放つように吼える。

「しゃ! 行くかんなろー!」

 うるさいと注意されることは承知していてもどうしても止められない。体の奥底から沸き上がる衝動は理性など簡単に吹き飛ばし表に出てくる。

(だってよ、ワクワクしっぱなしなんだからさ)

 目の前で繰り広げられた二つのダブルスの試合。隼人も賢斗も、純も理貴も熱い試合を繰り広げていた。他人の熱さを見て、反応しない自分は自分ではないと、真比呂は分かっている。

「次の試合を始めます」

 審判の声に従って真比呂はコートへと歩き出した。その背中に隼人の声がかかり、踏み出した足が止まる。勢いよく振り向くと隼人は複雑な表情をしていた。何の理由なのか分からずに真比呂は問いかける。

「どうしたんだ?」
「いや……特にアドバイスはできないんでな」

 隼人は一度咳をして間合いを取り、小さく呟くように言う。

「思いきりやってこいよ。お前はそれがいい」
「人を馬鹿みたいに言うな! でも了解だ!」

 隼人の言おうとしていることを理解しようとも真比呂は思わない。それもまた自分。頭をフルに使って相手をどう攻めるかを考えることは自分には出来ない。考えて配球を考えているうちに堪忍袋の緒が緩んで力任せに攻めることは疑いようもない。自分に出来るのは目の前に高い壁があるなら力の限り越えていく。飛び越えられないなら、真正面から壊す。自分のスタイルは全身全霊を込めて、力で相手を越えていくこと。

(そうだよ。俺はこういう感じ。攻めて攻めて、攻めるだけ。それに初心者がいろいろ考えると失敗するんだよ。なんでもな)

 バスケットからバドミントンにスポーツを変更したことで、今日は真比呂の初めての対外試合となる。バドミントンは初めてでも、バスケで培ったスポーツのツボは抑えているつもりだ。

「握手してからじゃんけんしてください」

 真比呂はネット前に立ち、相手と握手を交わす。真比呂より頭一つ低い相手は真比呂を見上げて少し緊張しているようだった。心細い犬のように震えている様子に真比呂は思わず口に出してしまう。

「なんだよー。ビクビクすんなって! 俺、四月からバドミントン始めたばかりの初心者なんだから!」

 真比呂の言葉に大きく体を震わせたかと思うと、相手は少しだけ震えが収まっていた。満足感に顔がほころぶ真比呂だったが、横から隼人のどなり声が聞こえて耳が痛む。

「ばかやろ! なに親切に事前情報渡してるんだよ!」
「えー。どうせバレるからいいだろうがよ。なぁ?」
「は、はぁ……」

 呆れたように真比呂を見上げてくる男子。笑顔を作って視線を受け止めてから腕を上げてじゃんけんをした。
 相手が勝って堂々とサーブ権を主張する。そして、真比呂は。

「コートはそっち!」

 場所の交換を希望していた。
 あまりにも元気に言ったことに動揺したのか、ネットを挟んだ先にいる相手も審判も唖然として真比呂を見ていた。どうして自分が注目されたのか全く分からず、真比呂は首をかしげて再度吼える。

「コート!」
「分かったからワンランク声落とせ!」

 隼人はコートの外から負けないくらいの大声で言った後で審判に「すみませんが、コート変えてください」とわざわざ頼む。審判は苦笑いしつつも了承して、両手を振ってコートチェンジを促した。真比呂は意気揚々と自分のラケットバッグを手に取って、場所を変える。先ほどまで自分がいた場所を眺めるのは視界が逆転して見え方が変わること。
 また真比呂は嬉しくなった。

(なんも意味ないんだけどな。やっぱり言ってみたくなるよなこういうの)

 経験は少ないながらも試合を見ていたら、じゃんけんで勝った選手は必ずサーブを取っていた。サーブは最初の攻撃手段。自動的に先制攻撃を与えられるというアドバンテージを掴むためにシャトルを選ぶというのは理にかなっている。だから皆、コートのどちらのエンドを取るかはめったに選ばない。負けた方も特にコートを選ぶことにメリットを感じないのだろう。
 実際に、真比呂もコートが変わってよかったと思うことはない。

(でも、使えるなら試さないとな)

 未知の世界に踏み出すために必要なのは探究心。どんな些細なことでもやってみたいと思う心が、真比呂を支えている。

「オンマイライト。白泉学園高校、貞安。オンマイレフト。栄水第一、井波。トゥエンティポイント、スリーゲームマッチ。ラブオールプレイ(0対0)」
「おねがいしゃーっす!」
「お願いします」

 気合い全開で吼えるように言う真比呂とは対照的に、貞安と呼ばれた男は静かに呟くとサーブの姿勢を取る。真比呂はラケットを高く掲げて、まるでサーブを打ってくる貞安を前から掴みかかるかのような姿勢を取った。貞安はプレッシャーから逃れるかのように少し引き気味になりつつも、落ち着きを取り戻してサーブを打ち上げた。丁寧な弧を描くシャトルに、真比呂は追いつきながら自分の記憶の中にある軌道と重ね合わせた。

(隼人のよりぬるいぜ!)

 ラケットを振りかぶり、更に飛び上ってシャトルにラケットを届かせる。中空で姿勢を保ちながら、真比呂は引き絞っていた左手を開放してシャトルを打ち込んだ。

「はっ!」

 シャトルが一直線に貞安のコートへと到達し、コートに着弾して跳ねあがった。
 着地した真比呂は決まったことに両拳を突き上げて喜びを表現しようとする。しかし、誰もが静まり返っていることに吼えるのを止めて尋ねた。

「えーと、あれ? ポイントじゃないんだっけ」
「あ、えと。ポイント。ワンラブ(1対0)です」

 真比呂の声に一番初めに我を取り戻したのは審判だった。そしてスコアを告げてシャトルを拾いにコートへと入る。審判の動きに貞安も遅れて我を取り戻したのか、審判よりも先にラケットでシャトルを拾い上げて真比呂へと渡した。

(よっし。俺の超絶スマッシュが決まったからみんな驚いてるな)

 真比呂は一番自信を持って打てるショットが通じて嬉しさに頬が緩んだ。フットワークの練習をメインにここ数カ月練習をやってきて、合間にバドミントンで使うショットの練習をする。やはりシャトルを打ちたいのだが、足りない基礎部分の習得は大事だとも分かっていた。反復横とびのように細かい動きから、シャトルを追って打って行くノック練習を続けていくと、徐々にシャトルを打てるようになって嬉しかった。
 ドロップやドライブ、ヘアピンなど技術がある程度必要となるシャトルは苦手でまだまだ荒い。しかし、力を込めて打てるハイクリアとスマッシュならば最初から誉められていたために自信があった。ハイクリアはまだアウトになる可能性があるため、必然的にスマッシュを選択することになる。

(打った時の感触とか、たまらないな。バスケでもボールがゴールに入る時の音とかな)

 自分が慣れ親しんだ例えをしている間にシャトルを受け取る。少し羽が乱れていたために指の腹を使って丁寧に整えた。サーブ位置についてゆっくりと息を吸い、吐ききる。
 左手でシャトルを構えると、腹の底から声を吐き出した。

「一本!」

 空気を内容した爆弾が自分中心に爆発したかのような錯覚。その勢いに乗せてシャトルを思いきり高く上げた。深くは考えず、とにかく高く上げることだけを考えての一撃だ。結果、シャトルはコートの中ほどまで行ってから落ち始める。高いがほぼ垂直で落ちていくシャトルの下に構えて、スマッシュを打とうと体勢を固定する貞安に対して、真比呂は腰を深く落としてラケットを掲げた。どこに打たれても最小限でシャトルに触れられるように。

「はっ!」

 貞安は真比呂が考えた通りにスマッシュを打ってきた。バックハンドで取らせようとするために真比呂の意識が向いていた逆側へと。しかし真比呂はフォア側に傾けていたシャトルを最短距離で差し出し、シャトルへとラケットが届かせてネット前にふわりと舞った。
 前に落ちていくシャトルに追いついた貞安はストレートにヘアピンで落とそうとする。しかし、前に勢いをつけて飛び込んでくる真比呂を見てからすぐに軌道を変えて、手首でラケットを跳ね上げた。シャトルは真比呂の頭上を越えて後ろに飛んで行く。
 それでも真比呂は諦めなかった。

「おらっしゃ!」

 バックステップで後方へ飛ぶように移動し、更に背筋を仰け反らせながら打ち上げていた。
 シャトルは高い軌道を描いて、今度はコートの奥まで飛んでいった。貞安はフットワークを使って後ろに移動して少し遅れながらも落下点に入る。スマッシュをするには高さが足りないため、オーバーヘッドストロークを急に変更してドライブとして打ち出す。白帯スレスレに突きぬけていくシャトルを真比呂は真横にラケットを振り切って打ち返した。貞安のドライブの威力を上乗せした真比呂のシャトルはまた貞安の傍へと届いていた。
 打ち返した直後に返ってきたシャトルの速さに貞安は対抗しきれず、ラケットを振れてもシャトルは甲高い音を立ててコートから離れて行った。

「ポイント。ツーラブ(2対0)」
「っしゃ!」

 真比呂はコートの前のほうで吼えた。シャトルを打った後にはドライブが来ると予測して、前で取ろうと進み出たのだ。予測通りに真正面から近づいてきたシャトルに対して、ラケットを咄嗟に差し出して前に押し込んだ結果、貞安は反応できなかった。
 自分の感覚ではプッシュだったが、ドライブとして返ったのは運が良かったと真比呂は思う。

(そう。運。俺は運に恵まれてる!)

 シャトルを三度ももらってサーブする位置を移る。ネット越しに見える相手の顔は動揺しているように真比呂には見えた。真比呂も自分がこうしてリードしていることは信じられない。実際に、二回はなんとかしようと咄嗟に動いただけなのだから、運が悪ければシャトルは届かずに点を相手に献上していた。

(調子いいじゃねぇの。運が良いなら良い間に点を取ってやるぜ)

 ラケットを軽く動かしつつ、右手のシャトルはコック部分をつまんで力を入れる。シャトルに自分の念を込めて、コートの枠内に収まってほしいという願いも込める。

「よし、一本!」

 気合いを一つ入れてシャトルを打ち上げる。今度はまた高く深くコートをえぐり、真比呂はコート中央に腰を落として待ち構えた。四方八方、全ての方向に伸びる貞安の可能性。ピリピリと張り付いてくるコート内の空気を感じながら、貞安が打ったドロップを拾おうと前に進み出た。
 緩やかにネットに向けて落ちていくシャトルを拾おうと、真比呂はラケットヘッドを白帯の傍に置いた。一度放たれれば軌道は変わらない。シャトルがゆったりとした曲線を描いて真比呂のラケットへと吸い込まれていく。シャトルはラケットにあたり、ほとんど跳ねることもないまま、コートへと落ちていった。

「ポイント。スリーラブ(3対0)」

 真比呂は下に落ちていたシャトルを自分で引きよせると、次のサーブ位置へと向かって歩く。心の中では貞安の様子を思い浮かべる。

(大丈夫だ。隼人とかよりも弱い。あいつらと打ってる俺だから、分かる)

 真比呂の脳内に思い出される隼人や純、理貴。礼緒のプレイ。仲間達よりも、貞安には勝てる。そう思えた。しかし、背筋に悪寒が走って咄嗟に視線を後ろに向けていた。
 視線の先にいるのは貞安だ。しかし、これまでまとっていた雰囲気とは気配が違っていた。まるで全く違う人物のように、気だるそうにしていた瞳が鋭くなって真比呂を見返してきている。自然と唾を飲み込んでいた真比呂は、頭を振ってサーブ姿勢を取る。前のサーブラインを踏んでいることに気付いて床面に足裏を擦りながら体勢を整えた。
 深呼吸をしている間に自分の中に生まれた混乱を沈める。

(何、勘違いしてやがる。俺はよ、まだ勝てるとは一度も思ってねぇんだよ)

 一本、とはあえて言わずにシャトルを打ち上げる。高い軌道の下にもぐりこんだ貞安は落下してきたシャトルに対してスマッシュを解き放つ。ストレートに飛んできたシャトルは今までより数段速く、フォアハンドで握ったラケットが何とか捉えた。前に向かってふわりと浮かんで飛んで行くシャトルは先ほどと同じパターン。しかし、次には貞安が無駄のない動きで前に詰めてプッシュを打ち出していた。ドライブではなくプッシュで真比呂の足元を狙う。
 真比呂はラケットを咄嗟に足元に置き、飛んでくるシャトルに勢いだけで合わせていた。

「おら!」

 プッシュとレシーブの音がほぼ同時に聞こえるような速さ。シャトルはストレートの軌道から外れたために貞安が追って行く。わずかに得られた準備時間を無駄にしないためにコート中央へと戻った真比呂は、腰を落として待ち受けた。
 次に打ち込まれたのはスマッシュ。今度はストレートではなくクロスで放たれる。ストレートに慣れていた真比呂は慌ててバックハンドでシャトルを取るが上手く力が伝えられずに中途半端なシャトルを上げてしまう。飛距離があったため、打ち上げる余裕はあったが、不慣れな打ち方ではどうしようもない。
 またシャトルの下に入った貞安は、今度こそ決めようという気迫を込めて吼えつつスマッシュを放った。

「はあっ!」

 声をコーティングされたかのように突き進むシャトルは、真比呂の上半身へと向かった。軌道が少し浅いスマッシュ。かわしてもアウトにはならず、ラケットで打ち返すしかない。しかし、腕が窮屈で構える余裕はない。

「んなろぉおお!」

 反射的に真比呂はラケットを振る。しかし、ラケットを掲げていただけでシャトルの軌道上にラケットを置くために動かすと、とても間に合わない。だから、手首の返しだけでラケット面をシャトルにあてられるように胸元へと持ってきた。

「いけ!」

 更に腕を広げると同時に手首を前に振る。左腕に痛みが走ったが、真比呂の興味はシャトルの軌道だった。
 苦し紛れのシャトルは白帯を越えてネットに沿ってコートに落ちていた。

「ポイント。フォーラブ(4対0)」
「よし!」

 左腕の痛みを確認するように何度か振り回したが、特に何もないように真比呂には思えた。
 栄水第一対白泉学園第三戦。第一シングルス。
 井波真比呂VS貞安弘志。
 序盤を、まだ初心者の真比呂が支配し始めていた。
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