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● SkyDrive! --- 四十四話 ●

 高くジャンプした金子がラケットを真下に振り下ろすようにして、力強くスマッシュを放ってくる。シャトルは速く、鋭い弾道で理貴のバックハンド側へと飛んでいった。十分な速度が乗ったシャトルを、理貴はしっかりと親指を立ててバックハンド用に握りなおしてから打ち返す。急角度のスマッシュをドライブ気味に返し、着地した金子を狙った。斜線上に岸がラケットを伸ばしてきたが、触れることなくネット前を通過。結果として、金子の胸元へとシャトルが飛び込んで行った。

「ポイント。エイティーンフォーティーン(18対14)」
「岸! もっと積極的にラケットを出してけ! とにかく当てろ! 金子も着地後少しでも早く体勢を整えろ!」

 審判のカウントに激怒しつつアドバイスをするのは城島だ。一ゲーム目からずっと声を荒げて金子たちにアドバイスをしているが、実際にそれを生かしているのは純たちだ。怒鳴っているのは自身の怒りをぶつけているからだろうが、その内容自体は的確で、試合が進むとともに金子も岸もよい動きになっていった。それに合わせて純と理貴もアドバイスを取りこむ。おそらく意図していなかっただろうが、城島は四人のレベル向上を促していた。

(最初にあの監督が行ったとおりになったのかな)

 受け取ったシャトルの羽を直しながら純は思う。一ゲーム目を21対17で勝利し、第二ゲームもまたリードしてあと3点というところまで来ている。勝利は目前だが、気を抜けるような状況でもない。

「純。一本だ」
「おう」

 右手にシャトルを持って左拳を握って突き出す。そこに理貴の右拳が軽くぶつかった。ダブルスとしてのルーティーン。いつも通りの実力を出せるように、決まった形の動作を組み込む。理貴の右拳から力が伝わってくるようだと純は思った。

「一本!」

 シャトルを持ってバックハンドサーブの構えを取る。左側から右斜めに打つ状態。向き合う岸は汗が流れる顔を拭いながらレシーブ姿勢を取っていた。

(もしかして……体力ないのか?)

 純は試しにロングサーブを打ってみた。弾道は低く、飛距離も短い。シャトルは岸の頭部の少し上を通って行くように打つ。得意のドライブにも似た軌道。岸は前に出ようとしたが、ロングサーブでより早く飛び込んでくるシャトルにラケットを合わせられず空振りしてしまった。シャトルは遮るものがないままコートへと落ちた。

「ポイント。ナインティーンフォーティーン(19対14)」
『ナイスショーット!』

 真比呂を筆頭に声援を送ってくる仲間たちの声が綺麗に重なると、純は自然と頬をほころばせていた。
 先ほど試合を終えて体力切れになっていた賢斗も回復して応援に加わっている。合唱部で鍛えた肺活量と声量で、真比呂にも負けない応援を純と理貴へと届けている。バドミントンという個人競技の中で、仲間の声が届くというのは心地よく、頼もしいものだ。

「鈴風のやつ。少しは俺らのプレイ見て勉強してるかな」
「突然なんだよ」

 理貴はきょとんとした顔で純を見る。なんでもないと首を振り、純は次のサーブ位置についた。返されたシャトルを持って今度は金子へと打つことになる。岸とは違って、まだ金子には余裕があるように感じられた。余裕というよりも、どこか諦めが混じったような隙の多さ。練習時代だけに勝敗というのはあまり関係はないだろう。
 しかし、純は知っていた。一つ一つの試合にどれだけ全力になったかで、つく実力が異なることを。

「一本!」

 一度吼えてから左手で掴むシャトルの羽に、自分の意思を流し込むかのように念じる。今から打つショートサーブを成功させてくれと頼む。神でも自分でもなく、手の中にあるシャトルへと。
 シャトルにラケットを当てる時は自分の掌で押し出すようなイメージ。ふわりという擬音が聞こえそうな動きでネットを越えていくシャトル。金子はネット前に飛び込んで右足を踏み込むと、プッシュで打ち返した。それでもギリギリのいいサーブだったため、威力はそれほどでもない。山なりの軌道で落ちてくシャトルに、理貴が追い付いてロブを上げた。ドライブ気味に返すと途中でインターセプトされる可能性の方が高かったと一瞬で判断し、切り替えている。

(二人とも……今度は後ろ気味か)

 ロブを追ったのは金子だった。前にそのままいれば攻撃陣形をとれたが、シャトルを自ら追って行ったことでペアが二人とも後ろに移動した形になる。慌てて岸が前に出るも、タイミングは金子のスマッシュと同じで、シャトルの方が速い。

「はっ!」

 シャトルに対してカウンターを取るようにラケット面を押し当てる純。軽く跳ね返されて浮かないままにネット前に落ちていくシャトルを岸は拾おうとするも、ネットに引っかけてしまった。

「ポイント。トゥエンティマッチポイントフォーティーン(20対14)」

 遂にマッチポイント。純と理貴の記念すべき対外試合初勝利がすぐ目の前まで来た。金子と岸は互いに傍に寄って声をひそめながら話し合う。次のラリーで主導権を握って点を取るということかもしれない。

「ラストだな」
「こういう時には、ラストって思わないのも手だな」

 理貴の言葉に首をかしげる純。その様子に理貴は笑って肩を叩いた。

「一本は一本ってことさ」

 言い終えたところでちょうどシャトルが飛んできて、理貴が掴む。そのまま純へと渡して小さく言った。

「さあ、決めよう」

 理貴に送り出されるように最後のサーブを打つために立つ。すぐに純は頭を振って今の考えを消した。

(一本は、一本か)

 最後のサーブと考えると無駄に緊張するかもしれない。そう考えて理貴は言ったのだろう。経験がない賢斗や、期待に対して過度に緊張してしまう礼緒ならば緊張してしまうに違いない。自分はどうかと振り返る前に、ネットの奥から「ストップ!」と声が上がった。気づけば視線を落としていた純が改めて顔をあげると、最後の点は渡さないと言わんばかりに岸が構えていた。今まで以上の気迫。先ほどまでどこか気合いが入っていなかったが、最後になって何か思うところがあったのか。

(相手にとって不足なしって感じだな)

 純は一度息を吐くと軽く吸って息を止めた。左手でシャトルの羽を掴み、バックハンドで構える。先ほどはロングサーブを打ったが、次に打つのはショートサーブだと決めていた。
 この練習試合はただの練習試合ではない。
 自分たちが強くなるための第一歩。そして全国への一歩。真比呂が描き、隼人がまとめ、自分や理貴、礼緒に賢斗が形にする。
 全員で進んでいくためには、この試合に勝つだけではなく、勝ち方も重要になってくる。

「一本!」

 力を抜いてリラックスした状態から純はあっさりとシャトルを打った。ネットの白帯を越えて落ちようとしたところで飛び込んできた岸が右サイドのライン際へとシャトルを落とす。サーブから前に出た純はシャトルに追いつき、ロブを打ち上げていた。インターセプトしようとラケットをネット前で振った岸だったが一瞬遅く、シャトルは後方へと飛ぶ。金子が追い付いて、純めがけてスマッシュを打ち込んできた。

「はっ!」

 純は高くストレートにロブを上げる。再び金子の元へと向かったシャトルは先ほどと同じく純に放たれる。同じようにスマッシュが純へ。繰り返しによって、自分が狙われていることを純は知った。

(俺の方が弱いって思ったか)

 これまで要所で決めていたのは純ではなく理貴だった。純がミスしたりシャトルをとれなかったりしても、裏に理貴がスタンバイしていて大抵のシャトルを打ち返す。純がちょうどいいブラインドとなるせいで、金子と岸は動けなかったという機会が多かった。最後になってようやく純を突き崩そうと決めたのが、先ほどの会話だったのだろう。

(なら、こっちは……)

 放たれるスマッシュを金子へとまた打ち返す。四度、五度と二人の間をシャトルが行きかう内に周りも今、何が起こっているのか理解できて来ていた。
 スマッシュを打つ金子。レシーブをする純。
 二人の間で互いの意地をかけた戦いが行われていた。最初は二人がかりで純を狙おうとしたのだろうが、純がスマッシュに対してしっかりとロブを打ち上げるために岸が介入する隙がない。金子からすればスマッシュをやめてドロップやハイクリアなどバリエーションを増やせばいいが、それは理貴の介入を許すことになる。ドライブでもドロップでもハイクリアでも、純の代わりに理貴が取る時間は十分にあった。もしも純を狙い続けるという選択をし続けるならば、スマッシュで直接、純を狙うしかない。理貴がカバーできない速度で打ち込むスマッシュしか。

「はっ!」
「おらっ!」

 攻める方と守る方は互いに声を出しながら打ち合いを続けていく。十を越えて十五、二十と回数が重ねられていくと徐々に均衡が崩れていく。最初から全力でスマッシュを打ち続けていた金子のラケットの振りが明らかに遅くなっていく。スマッシュも速度が落ちて純はロブを上げやすくなっていた。

(これなら、ドライブで――)

 そう思って打ち気を見せた瞬間に背筋を上るぞくりとした感覚。咄嗟にロブを上げた純は視界の隅でラケットを振る岸を見た。まるでドライブを待ち構えていたようなタイミングで振られるラケット。はっきりとタイミングがあっていた。

(俺のドライブのタイミングも分かられてるか)

 前半にたくさん放ったドライブは得点をあげるのに一役買ったが、後半になるとタイミングを合わされてカウンターで打ち返される場面が増えた。そこから純は方法を変えて、自分からはあまり攻めずにいた。理貴と共に相手のカウンターを狙うような戦法に切り替えると、今まで攻撃型だった二人に慣れていた金子と岸は面白いように自分からミスしていった。

「おらぁああ!」

 金子が吼えてスマッシュを打つ。狙うのはやはり純。
 違うのはシャトルの速度が一つ前と異なって速かったことだ。
 おそらくは、今日最速のスマッシュがこのタイミングで来た。

「はっ!」

 ひとつ前の遅いタイミングに慣れた腕は高く上げるロブに間に合わせることができない。打てるとすれば角度的にドライブだけだ。

(迷ってる暇ないし、行け!)

 狙うのはストレートのドライブ。待ち構えるのは岸。打とうとした瞬間に脳裏には叩き落とされるシャトルしか浮かばない。
 そして、純は咄嗟に斜め前へと足を踏み出した。自然と体が斜めとなり、ラケットを振りぬく軌道上、シャトルのインパクトの位置がずれる。シャトルは岸のいる真正面ではなく、防御範囲外の左側へと飛んだ。
 岸は自分から離れていくシャトルを見ながら動けなかった。自分のところにきたシャトルを打とうとしてラケットを中途半端な位置に掲げた体勢が、シャトルが来なかったことでキャンセルされて硬直する。鋭く飛んで行ったシャトルは打ち終わった金子も追うことができず、コートの奥のラインへと頭をぶつけて跳ねた。
 インか、アウトか。
 少しの沈黙の後に審判の声が全員の耳に届いた。

「ポイント。トゥエンティワンフォーティーン(21対14)。マッチウォンバイ、栄水第一。外山・中島」

 純はラケットを振り切った姿勢を、審判の声がしたことでようやく解いた。体の力が抜けて、緊張していた心がほぐされて、ラケットを取り落としそうになる。
 純の心に広がったのは勝利したことによる興奮よりも、理貴と共に勝てたことへの喜びだった。

「やったな、相棒」
「ナイスドライブ、純」

 傍にやってきていた理貴の掲げた左掌に、自分の左掌をぶつける。軽く弾ける音と同時に真比呂が「ナイスゲーム!」と叫んで二人を称えた。隼人、賢斗。そして礼緒も拍手で意思を表して、純は急に恥ずかしくなる。むず痒い感覚に包まれながら、挨拶をするためにネット前へと向かった。
 すでに金子と岸は並んで立っていた。その顔は純と理貴への対抗心からか陰鬱だったが、真正面に立った時には霧散する。

「負けた。強かったわ」
「今度は試合で倒す」

 金子と岸はそう言って同時にネットの上から手を差し出してくる。純と理貴は笑みを浮かべてそれぞれの手を力強く握り返す。

「俺らももっと練習してくるってあの監督に伝えておいてくれ」

 理貴の言葉に苦笑いしながら岸が呟く。声をひそめて聞こえないように。

「あれでも普段はいい監督なんだよ」

 手が離れて、互いに距離を取る。試合が始まるまでは対戦相手だが、終わった後には少しだけ距離が近づいたように純には思えた。コートを出て隼人たちに向き合うと、自分が勝ったということを改めて考える。
 隼人と賢斗に次いで二勝目。勝ち負けに関係なく第五試合まで行うということだとしても、次の第一シングルスに勝てば団体戦での初勝利が決まる。

「よっしゃー! 隼人たちの勝利に俺も続くぞー!」

 真比呂がラケットを持って背伸びをして純と理貴の前に立った。そして、いきなり二人の手を取って自分の右手に押し当てる。何をしているのか把握できず黙っていた二人だったが、すぐに手を介抱されて手をぶらぶらと振った。

「よし、これで二人の力が俺に加わった。俺は実力ある選手。俺は実力ある選手」
(変わった精神集中の仕方だな)

 自分の出番は終わった。後は、仲間たちに任せるだけ。
 自分の役割を終えた純はコートへと入っていく真比呂の背中を見ながら、純は顔をほころばせた。

 栄水第一対白泉学園。
 第二ダブルス、純・理貴ペアの勝利
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