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● SkyDrive! --- 四十三話 ●

 よろける賢斗に肩を貸して立ち上がらせると、隼人は二人でネット前に歩み出る。沖浦と藤井は肩を落として明らかに落胆していた。だが、二人が前に立つとさっとネットの上に手を差し出す。隼人と賢斗も同時にその手を掴み、言葉を紡ぐ。

『ありがとうございました』

 四人の声がコート上に響き、離れる。互いに自分たちの仲間がいる方へと歩いて行くと、両者は対象的に迎えられた。沖浦と藤井は静かに「お疲れさn」と労われ、隼人と賢斗は――

「おめでとぉおおうう!」

 真比呂が二人に組みついて喜ぶ。体格的に負けていない賢斗はまだしも、隼人は覆いかぶされて倒れそうになる。試合を終えた後の体の火照りにプラスして真比呂の体温の高さが隼人の能を沸騰させる。

「離せって! 倒れるから! 疲れてるんだからこれ以上疲れさせるな!?」

 隼人は両手で全力で押すと、ようやく真比呂は離れた。そして次の瞬間には賢斗がその場に崩れ落ちていた。いきなりというわけではなく、スローモーションで尻もちをついていた。
 焦って純と理貴が駆け寄るが、賢斗は笑って「大丈夫」と返した。震える足を両手でさすりながらも賢斗は嬉しそうに呟く。

「いやぁ……勝つって疲れるね」
「そうだろ。だから、楽しいんだ」

 真比呂が手を差し出し、賢斗はその手を握る。互いに力を込めて支えあい、賢斗は立ち上がった。

「もちろん。負ける時もあるだろうけどさ。でもな、俺はやっぱり勝つためにやりたい。この六人で。今日は全勝すんぞ!」
「井波……」

 真比呂の力強い言葉に賢斗は名前を呟く。心に何を浮かべたのか、浮かんだものを気にするそぶりもなく真比呂は次の純と理貴二人の肩へと両手をぶつけていく。そんな真比呂を視線で追う賢斗に向けて、隼人は話しかけた。

「あいつは何も考えてないさ。お前を引き留めようとかは」
「……単純なんだろうね」

 言ってからおかしくなったのか笑う賢斗。試合に勝った充実感が体を駆け巡り、気分が高揚している。試合前と後で世界の見え方が変わり、触れるもの全てにテンションが上がる。
 賢斗は内から来る衝動をそのまま隼人へと伝えた。

「正直、また明日には足を引っ張りたくないとか思うかもしれないんだけど……今日みたいなこと、また味わいたいんだ。なら、練習して強くなるしかないよね」
「そうだな。合唱と同じだよ。お前なら、分かるはずだろ」
「うん」

 頷いて自然と出た言葉の中に、どれだけの思いが込められているのか。隼人には全て読み取れないが、分かる物もある。何かを達成するために自分を研ぎ澄ます行為をジャンルは違えど続けてきたのだから、通じるものは確実にある。
 隼人には、賢斗の瞳に一つの決意が込められたように思えた。

「高羽君。今日は足を引っ張ってごめん。そこまで疲れたのは、俺のせいだろ」
「いいさ。パートナーが困ってる時に助けるのが、ダブルスだ」

 隼人はそう言って指をさす。指先が辿るほうへ視線を向けた賢斗は、コートに立つ二人の姿を見た。

「栄水第一のエースダブルスのプレイ、よく見ておけよ」

 隼人の自信たっぷりの言葉に賢斗はただ、頷いた。

 * * *

 第一試合が終わり、第二試合が始まる。純と理貴がコートの中に入ると、相手選手二人が監督の城島に怒鳴られていた。負けたのは最初のダブルスだというのにそのストレスを向けられて、試合前からうんざりした様子。純は思わず呟いていた。

「全く。あれじゃ調子崩すんじゃね?」
「そうでもないだろ」

 純の言葉を真っ向から否定したのはパートナーの理貴だった。元々根拠がない状態で油断しない性格ではあるが、今回は何かしら理由があるようだ。純はラケットシャフトを持ってくるくると回しながら理貴に尋ねる。

「なんか気になることでも?」
「簡単だよ。あいつらの顔。やる気十分じゃん」

 理貴の言葉に視線を相手ペアに向けてみると、言う通りに気合十分だった。強い視線を自分たちに向けてきて、負ける気はさらさらないという気迫を出していた。怒鳴られてしょげているというのは自分の思い込みだったと純は思い知る。

「あいつら。そういや、見たことあったな。中学の時、もう少しで県大会に出れてたような」
「そうなんだ。でも、そんなこと関係ないだろ」
「関係ないかな?」
「今は俺たちの方が強い。それを刻みつける」

 理貴の言葉に純も体の奥底から元気が湧いてきた。体も固さがとれて呼吸も落ち着く。そこまでで、ようやく自分も多少緊張していたのだと悟った。

「ようやく落ち着いたか」
「うん。ありがと、理貴」

 名前を呼ばれて照れくさそうに頬をかいた理貴だったが、すぐに笑って告げる。

「純。高羽と鈴風にダブルスってものを見せてやろう」
「ああ」

 軽く左手を打ち合わせてから二人はネット前に踏み出した。既にスタンバイしていた相手も律儀に純たちを待っていて、ネット前にきた二人に対して手を差し出してくる。

「よろしくお願いします」
「よろしく」

 元気に告げる純と理貴に対して相手は淡々と挨拶を交わすだけ。そのまま後ろに下がり、レシーブ位置まで行ってからサーブ権を決めるじゃんけんをし、シャトルを奪い取る。

「オンマイライト。栄水第一、外山・中島。オンマイレフト。白泉学園。岸・金子。ラブオールプレイ」
『お願いします!』

 同時に気合を込めて互いに礼をし、構える。純はサーブ姿勢。相手の岸と金子は前傾姿勢でラケットを高く掲げている。理貴は純の後ろで足を開き、両サイドどちらにもすぐに駆けられるようにしている。

「一本!」

 シャトルを持った手を腰に持って行き、サインを出してから叫ぶ。自身の気合いを込めて、シャトルをロングサーブで打ち出していた。
 岸は純と比べて体が縦にも横にも大きかった。体格だけならば真比呂に負けていない。だが、純のロングサーブは岸のラケット面と手首のちょうど間をすり抜けるかのように打たれた。岸は後ろにのけぞるようにしてラケットを振って、ようやく返す。シャトルは鋭く純の前に返ってきたが、すぐにクロスヘアピンでネット前にぎりぎり落とした。岸と入れ替わりで前に出た金子はラケットを突き出した状態でシャトルを当てる瞬間に手首をひねり、急激に軌道を変えられたシャトルは純の防御範囲外に飛んでいく。

「はっ!」

 完全に届かないという状況。しかし、前に飛び込んだ理貴が更にヘアピンでストレートに落としていた。
 前に鋭く飛び込んだ勢いでスピンをかけ、シャトルは不規則な回転を取りながらネットを越えて、そのままコートに落ちていた。金子も、岸も返ってくることなど全く考えていなかったかのように動けずに見送っていた。

「ポイント。ワンラブ(1対0)」
「しゃっ!」
「ナイスヘアピン!」

 飛び込んだ状態でしゃがんでいた理貴が立ち上がったところで、純は手を上げて近づいていく。理貴は次の行動に備えて自分の左手をあげた。純はその手に思いきり掌を叩きつけて、乾いた音を鳴らす。

「うし。次も一本頼む!」
「もう少し純も頑張ってくれよ」
「おうよ」

 理貴の言葉に背中を押されるようにサインを見せる。次はショートサーブを打つと示してからすぐにバックハンドサーブの姿勢を取って、金子が身構えるのを待った。今、いきなり得点を取られた割には落ち着いていて、力みのないフォーム。純は静かにショートサーブを放った。金子は岸とは違って細身だったが、手足が長かった。シャトルがネットを越えたところでラケットが届いたが、前に腕を投げ出すような不自然な体勢。それでもシャトルにちゃんとラケットが届いて、強いプッシュが撃ち込まれた。

「はっ!」

 ストレートに打ち込まれたシャトル。しかし、後ろに控えていた理貴がストレートに打ち返し、反応できなかった金子の左側を抜けていく。金子がブラインドになって同じく反応できなかったのか、岸が追いついて打ち返すも弾道が低く、ネットにぶつかっていた。

「ポイント。ツーラブ(2対0)」
「ナイスショット! 理貴!」
「だからお前もがんばれって」
「俺のサーブは悪くない。相手が強いだけ」

 軽快なやり取りの中、純は軽口を叩いてサーブ位置へと戻る。最初に立った場所。二点連取でやってきた元の位置。落ちたシャトルが金子から渡されて、羽を整えた。

「お前、今日は調子悪いのか?」
「そこまで悪いとは思えないけど。やっぱりあいつらがネット前の反応いいんだよ」

 羽を整えるのと同時に相手には聞こえない音量で理貴に話しかける純。理貴もまた半分は純が意図的に本気を出していないという体で声を大にして語りかけている。

「このままいけるか?」
「いけないだろ。まずはサーブも修正していくさ。それまで後ろでフォローお願い」
「しょうがないな」

 嘆息しつつも顔には笑みがあった。純のフォローに回ることがそれほど苦ではないと表情に示している。それにはさすがに純も首をかしげて尋ねる。

「何? 理貴ってピンチになると嬉しいのか?」
「人をマゾみたいに言うなって。違うさ」

 シャトルを整え終え、相手も構えたところで試合は再開される。純も試合を止めるわけにはいかず、バックハンドでサーブ姿勢を取る。その背中に理貴の声がかかった。

「前の相棒も序盤は調子でない似たようなタイプだったから、序盤は苦労したもんだって思いだしたんだよ」
「なるほどね……。うし、一本」

 静かに呟いてショートサーブを打つ。軌道も強さも十分で、シャトルは反応されても強打されないように進んでいく。二度目の対峙である岸もシャトルを叩くことができず、前衛で純に取られないように押し出して打つしかなかった。バックハンドに構えて飛びついた理貴は、純と岸と金子。三人の位置を把握したところで一瞬で次のシャトルのルートを確定する。

「はっ!」

 理貴の気合いの声と共に弾きだされたシャトルは、純の頭の上を越えていき、理貴のいる場所の逆サイドの前に落ちていく。二点目の時に打ったストレートのドライブではなく、クロスのドロップ。ドライブ気味な軌道から急激に落ちるため、気づいた時には既にネットを越えて下からロブを上げるか、ヘアピンで返すしかない。
 だが、金子はどちらもすることができずに立ったままになった。

「っし! 三点目」
「……今度は俺のサーブもよかっただろ?」
「ああ。今のは完璧だったな」

 理貴は言ってから左手を上げる。そこに純が左手を叩きつけて乾いた音を立てた。今のところは完全に自分たちのペース。このまま行こうと思った矢先に相手の監督からの怒鳴り声が届いた。

「金子! 岸! お前ら集中切らすな! 油断しすぎだぞ!」

 もらったシャトルの羽を整えるようにして背を向け、理貴へと話しかける。

「今回はあの監督に同感。あいつら、俺らを舐めすぎじゃないか?」
「舐めてるのか、他の理由があるのか分からないさ。ただ、勝てる時に勝っといた方がいい」

 理貴の瞳に油断も何もないことに純はただ頷いて返す。
 一緒に練習していくほどに、理貴の力に感心してきた純は自然と理貴の考えを優先するようになっていった。中学時代はあまり目立たなかった自分が、理貴とのダブルスでまるで水を得た魚のように自由に力を発揮できると感じていたから。

(相性っていうよりは、理貴は本当に上手いんだ)

 できたばかりで、更に実力者も揃っているとは言えない栄水第一バドミントン部。中心は間違いなく隼人と理貴だった。隼人が皆の長所と短所を確実に抑え、実践していく。理貴はそんな隼人の行動を一番分かっているようで、たまに二人三脚でもしているかのように絶妙なコンビネーションを見せる。
 部の方向が逸れそうになれば一緒に修正する。まさにかじ取り役と言えるだろう。

(俺らの部が船なら、船長と副船長ってところだな)

 真比呂が全員の闘争心を発揮し、鈴風と礼緒が風となって船を押し出す。
 ならば、自分はどういう役割か。

(俺は……理貴や高羽に乗ったままで、いいのかな)

 考えすぎてしまいそうになって、頭を振って意識を試合に戻す。相手はかみ合っていないが余計なことを考えて勝てる相手でもない。純は左サイドでサーブ姿勢を取り、サインはロングサーブで決める。

(そんな、青春漫画の主人公じゃあるまいし。俺は、俺でいいってな)

 シャトルを押し出して鋭くロングサーブを放つ。だが、打つタイミングがずれたのか、思った軌道よりも高く上がってしまい、打ちごろの位置にシャトルが飛ぶ。金子は気合が宿った声と共にシャトルを純の傍に叩きつけていた。今までのフラストレーションを一気に解消するかのように。

「ポイント。ワンスリー(1対3)」
「おーっし! おし!」

 金子の肩に思いきり手を叩きつける岸を見ながら、純は一言「ごめん」と謝った。明らかに集中ミス。変なことを考えてしまって自分の体の中にある試合のテンポを変えてしまったのかもしれない。
 だが、理貴は「ドンマイ」と言っただけで純に次の位置に構えるように指示する。得点は1対3で、相手の左側からのサーブになる。受けるのは、今、サーブを打った純だ。

「調子あげてけって俺は言ったんだからな。失敗しようが、あげてこうぜ」
「ああ」

 笑って自分から離れる理貴を一瞥してから純は斜め前の金子に視線を合わせる。腹の底から気合を込めて、吐きだしていた。

「ストップだ!」

 栄水第一対白泉学園第二試合
 純・理貴組リード。
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