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● SkyDrive! --- 四十二話 ●

「はっ!」

 隼人のスマッシュがクロスにコートを切り裂いていく。ひとつ前の攻防で左サイドに沖浦と藤井を釘づけにした上での切り返し。結果、シャトルを追って行った藤井はシャトルへとぎりぎりラケットを届かせてネット前に浮かせてしまった。そこに飛びこんだのは賢斗。

「やっ!」

 右足をしっかりと踏み込んでから手首を使ってコンパクトに振りぬく。威力はなかったが角度がついて、ネット前衛でインターセプトしたことによってシャトルはコートへと落ちた。藤井も沖浦も次の動作に動けないほどのタイミングの早さ。隼人は一声吼えてから賢斗に向けても「ナイスショット」と呼びかける。しかしネット前から声がすぐには返ってこない。賢斗はゆっくりと振り返って、肩を上下に揺らしながら「ありがとう」と呟くだけだった。

(まずいな。やっぱり体力切れか)

 隼人は賢斗の様子に内心ため息をつく。試合は順調に進んで第一ゲームは21対16で勝っていた。続いての第二ゲームも現在17対13とリードを奪っている。だが、隼人が一番心配だった賢斗の体力がやはり二ゲーム持たずに限界にきている。
 今まで練習試合でも一ゲームだけのものだった。練習でもフルゲームを体験したことはない。また、練習の合間にゲーム練習はするが、実戦とはまた緊張感も異なる。

(本番前に女子に頼んでフルゲームの体験させておけばよかったな)

 賢斗は上を向いて酸素を取り込む。明らかに疲れているという表現を隠すこともできない。しかもサーブを打つ立場だ。今の体力がなくなっている状態でまともなサーブが打てるのか。
 藤井からシャトルをもらってから、左サイドに移動してゆっくりとバックハンドの姿勢を取る。サーブを受けるのは沖浦。十八点目に向けて何度か呼吸をして整える。

「ストップー!」
「いっぽぉおおん!」

 相手の応援に負けじと真比呂が叫ぶ。隼人は逆効果だと思い、止めさせようと声をかけようとした。だが、賢斗の後ろ姿を見て声を出すのを止める。

(鈴風。集中してる。浮かないサーブを打つことだけに)

 更に何度か呼吸を続け、止まる。ここだと隼人が思った瞬間に合わせて、シャトルが小さく飛んでいた。
 沖浦がラケット面を立てて前に押し出す。強く押せないためにゆったりとした軌道。賢斗はラケットを動かさず、前に留まった。
 後ろで控える隼人を全面的に信用しているという思いを背中から受け取る。

「はっ!」

 力を込めてラケットを振り、シャトルを打った瞬間に力を抜いた。シャトルは反動だけでネット前に落ちていく。ちょうど、賢斗の頭上を抜くように。
 身長は賢斗のほうが高く、体つきも少し横に広い。
 その体にできるだけ被せるような軌道で放たれたシャトルは相手からすれば急に現れたように映るはず。実際に見えなかったのか、前で構えていた沖浦は反応が遅れていた。ネット前にシャトルが到達した時にはすでに強く叩ける高さではなくなっていて、ヘアピンを打つしかない。コート中央だけにどちらのサイドに打っても前に立つ賢斗の守備範囲内。
 だが、沖浦は左右どちらでもなく目の前に打った。つまり、賢斗の真正面に。

「!?」

 賢斗は慌ててラケットを振ったが体の傍にきたシャトルを捉えられず、胸でトラップしてしまった。

「ポイント。フォーティーンセブンティーン(14対17)」

 足元に落ちたシャトルを拾って相手に返してから、賢斗は隼人にごめんと謝るとコート外に出てタオルで顔を拭き始めた。隼人は現状を分析してこれから取るべき道を選択する。

(鈴風にファイナルまでやる体力はない。あと四点取れば勝ち。極力、鈴風を動かさないようにするしかないな)

 賢斗がコート外から戻ってきたのを捕まえて、隼人は左腕を背中から回して賢斗を傍に引き寄せてから言う。

「鈴風。これからは固定で行こう。お前は前にいてくれ」
「え、でも。今みたいになるかも」
「その時はその時。ああならないように集中してくれ。後ろはすべて俺が何とかする」

 自信を持って告げる。堂々と言うことで賢斗の少しでも心を軽くする。隼人に作戦があり、その通りに動けば勝てると思わせれば自分のせいで負けるということを考えなくなるだろうと。

(実際、ここからはできるだけ力押しの感はあるしな)

 頭を使うことがメインの隼人にとってはあまり選ばない戦法だが、得点差と残り得点を考えると、コースに打ち分けも大事だがまともに力技で行く方が良いかもしれない、と思っていた。藤井と沖浦のペアを試合の中で観察していくと、防御力がそこまで高くないと知れる。コンビネーションもそこまで良いとはいえず、隼人たちと同じようにたまにミスをすることもあった。そこまで考えて、付け入るとしたらそこだと隼人は覚悟を決める。

「一本!」

 14点目ということで、右側にいる隼人に対してサーブ姿勢を取る沖浦。シャトルを構えて発せられる気配は隼人の前方から押し寄せてくるようだった。

(見極めろ。次のサーブは)

 今までの相手のサーブが頭の中で繰り返される。今回と似た状況で沖浦がどんなサーブを打ったのか。
 そして、ラケットが動いた瞬間に隼人は後ろに飛んでいた。
 シャトルが宙を舞い、コート後方へと飛んでいく。その軌道に沿うように飛んだ隼人は体を斜めに倒しながらラケットを振り下ろした。
 シャトルは隼人のラケットにより即座に打ち返され、サーブを打ったばかりの沖浦の足元に落ちていた。その間、まったく反応ができなかった沖浦はラケットを振って後ろに二歩下がった状態で動きを止めていた。
 ポイントが告げられて、十八点目。沖浦は審判の声によってようやく構えを解き、ラケットを使ってシャトルを拾うと、隼人へとシャトルを放った。同じようにラケットを使って中空で取った隼人はシャトルの羽を丁寧に整える。

(ヤマ張ったのが上手くいった。この、次だな)

 隼人は賢斗の方を向いて目線で自分の傍に来るように伝える。無事に読み取ったのか早足で近づいてきた賢斗へと、小さく隼人は告げた。

「これから先。俺はロングサーブしか打たない」
「……それで俺が前に出るってわけだね」
「ああ。前は任せたぞ」
「う、うん」

 緊張する賢斗の肩を叩いてから隼人はサーブ姿勢に入る。すぐに賢斗も隼人の斜め後ろに腰を落とした。今度は隼人が沖浦へとシャトルを打つ番。ショートサーブを警戒しているのか、サーブラインをぎりぎり踏まないかというところまで足を付けて構えている。

「一本!」

 体力消費を抑えるためか賢斗からの言葉はない。しかし隼人は気にせずにサーブを打った。いつもよりもワンテンポ早く、勢いをつけたロングサーブ。ショートを警戒していた沖浦だったが反応してラケットを振った。隼人のようにスマッシュにはならなかったが、ロブが上がってシャトルがコート後方に飛んでいく。シャトルを追うのは賢斗ではなく隼人。賢斗は前に出てラケットを上げることで相手にプレッシャーを与える。隼人は、ある一点に狙いをつけてスマッシュを打ち込んだ。

「はっ!」

 シャトルは賢斗の左手の傍を抜けて相手コートを侵略する。沖浦と藤井の中央へと向けて放たれたシャトルを、藤井の方が打ち返す。しかしそれは賢斗の真正面。先ほどと同じ状況だったが、賢斗のラケットの振りの方が今回は早かった。

「ふんっ!」

 打ちやすいように少し体を斜めに倒しつつもラケットは真下に振り下ろす。結果、打った藤井にカウンターとなるようにシャトルはコートへと突き刺さった。

「ポイント。ナインティーンフォーティーン(19対14)」

 あと二点。賢斗も小さく親指を立てて隼人に向けただけで後ろに下がる。自分でも当然、ファイナルゲームを行う体力はないと悟っている。だからこそ、全ての力をフットワークとラケットを振ることだけに集中させる。もっと言えばラケットを振ることだけに。隼人は自分が何とかすると言ったが、それはあくまで「賢斗に最後の一撃を決めさせる」ための言葉だった。

「よし。一本だ!」

 隼人が位置を移動して、賢斗が後ろにつく。今度は藤井が構えたと同時にシャトルを勢い良く打ち上げる。隼人がやったように藤井ものけぞりながらシャトルに追いついてラケットを振り切ったが、そこまで速く厳しい弾道にはならない。前に出た賢斗がちょうどシャトルに飛び込むような形となり、ヘアピンとして打ち返す。前に出た沖浦が更にヘアピンで賢斗のバック側ぎりぎり入るか入らないかという位置へと打つと、賢斗も右手を伸ばして当てるだけはできた。シャトルは弱々しかったが、ネットから浮かないまま返されて沖浦もロブを上げるしかない。
 飛んだシャトルの真下には隼人。両サイドに広がった藤井と沖浦。しかし中央はさっき打ち込んだことを警戒してか、明確に沖浦が打ち返すという位置取りで腰を落としている。隼人は自分の持ち得る全力でシャトルを打ち抜き、スマッシュを二人の間へと叩き込んだ。

「はっ!」

 今までよりも数段速いスマッシュ。シャトルの軌道に沖浦がラケットを合わせて打ち返す。だが、一瞬だけタイミングが遅れたのかフレームに当たってしまい、甲高い音を立てて宙を舞った。ネット前に上がったシャトルを迎えるのは、賢斗。タイミングを合わせて少し飛び上ってからシャトルを捉えた。
 シャトルは打ち上げた沖浦の足元へと着弾する。二回連続で似たような隙を突かれた二人はお互いの顔を呆然と見合う。そしてシャトルを拾った沖浦は羽を直しながら藤井と言葉を交わし始めた。

(完全に、虚をつけたってところだな)

 隼人は自分の作戦が上手くはまったことを確信した。
 体力切れの賢斗を休ませて、動きを最小限にするために前衛にして、後衛から隼人がガンガン攻撃してくるという予想を相手はしていたはず。だが、実際には隼人はあくまでアシストで、攻撃の要は体力が限界の賢斗だった。
 無論、この陣形は女子との練習試合で使われたもので慣れているということも計算の内だったのだが。

「よし、ラスト一本いこう」
「うん」

 隼人の言葉に賢斗も頷く。得点を重ねて、ついにマッチポイントまで来たことが体力が減って疲れていることよりも勝ったのだろう。その顔は疲れも多かったが、笑顔を見せていた。

(これで、ラスト行こう)

 21点目。栄水第一高校男子バドミントン部が、復活してから初めての対外試合勝利。その瞬間を自分と賢斗が握っている。そう思うと体が少し震えてくる。

(心地いい緊張感だな)

 大きくなりかけたプレッシャーを飲み込んで、隼人はシャトルを飛ばした。
 賢斗へ宣言した通り、最後までロングサーブ。だが、今までと明らかに違った軌道でシャトルを相手のコート奥まで運ぶ。
 ダブルスのセオリーとして、ロングサーブを打つなら弾道を低くするのが鉄則だ。ダブルスのサーブ時、後ろのラインは通常よりも狭い。即ち、高く上げてしまえば自然と浅い軌道となり、相手もスマッシュを打ちやすく、攻撃しやすい。だからこそ低く打ちづらいシャトルを打って虚を突くことが必要だった。しかし隼人は、そのセオリーを破ってしっかりと高くシャトルを打ち上げた。それでも陣形は賢斗を前に出し、自分はコート中央付近でラケットを右側に伸ばし気味にして構える。

「こい!」

 シャトルが沖浦の射程距離に入る前に告げる。声を聞いたからか、沖浦はラケットに勢いをつけてストレートに振り切る。細かい策は考えず、自分の力をすべて乗せて最短距離で打ち抜いた。それはこの場面では決める率の高い作戦だった。
 隼人がその可能性を読んでいないわけがなかったが。

「はっ!」

 ストレートに突き進むシャトル。軌道上へ数歩前に出てラケットを手首を使って振る。それだけでシャトルは方向転換して逆サイドへと向かった。前に立つ賢斗のラケットを上げた腕に触れないように、間を通す。何度もやられていることで慣れたのか、藤井がタイミングを合わせてシャトルを打ちに前に出た。賢斗もそこに重なるようにして移動する。少しでも打つコースを防ごうとラケットを掲げながら。
 藤井は賢斗の動きを冷静に見て、クロスヘアピンで賢斗のラケットの範囲から外すようにシャトルを打つ。
 そこで、本来ならば終わるはずだったのだ。

(ここだ!)

 シャトルがクロスに切れていく。そこに、隼人が即座に飛び込んでいた。ラケットを前に出して叩きつけられるように。ラケットヘッドが誰よりも先にシャトルへと届くように。

「はああっ!」

 渾身の力を込めて、ラケットを少しだけ突き出すと共に踏み込む。コートを踏み込む力強い音に乗せて、シャトルが相手コートへと落ちていた。

「ポイント。トゥエンティワンフォーティーン(21対14)。マッチウォンバイ、栄水第一、高羽・鈴風」

 ゲームの終わりを告げる審判の声。それが終わると共に、真比呂が「うぉおお!」と咆哮を上げる。ラケットを下げて隼人はほっと息をついてから賢斗の方へと歩いて行った。
 賢斗は足腰が限界だったのかその場に座り込んでいた。しかし、近づいてくる隼人への視線は外さない。
 隼人は賢斗の傍で足を止めると手を差し出す。そして、小さく呟いた。

「初勝利、おめでとう」

 栄水第一対白泉学園第一試合。
 隼人、賢斗組勝利。
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