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● SkyDrive! --- 第四十一話 ●

 体育館に入った隼人たちは白泉学園高校の男子部の面々と対面した。谷口が月島と共に入ってきて、そのまま隼人の傍へとくる。

「ああ、谷口先生。今日はよろしくお願いします」

 そう言って一歩前に出て手を差し出してきたのは、顧問らしき男。恰幅が良く、頭が禿げあがった男性教師は谷口が握手をすると顔をほころばせて上機嫌に言葉を紡いでいく。

「いやいや。今回は練習試合での相手に選んでいただきありがとうございました。こちらも新体制になったばかりでして。まだまだ未熟な分、実戦を積ませてやりたいと思っているんですよ。そちらも部が復活したばかりということで実戦経験が必要でしょうし、お互いに自分たちのために役立たせましょう!」
「はい。よろしくお願いします。城島先生」

 谷口はにこりと笑顔を顧問の城島へと向けた。一見、友好的なやりとりをしているように見えるが、隼人は谷口の顔が本気で笑っていないことに気づいていた。どこか栄水第一を格下だと思っている城島に対して心の底では腹を立てているに違いない。

「じゃあ、さっそく始めましょうか。オーダーはもう決まっていますか?」

 城島の言葉に谷口は隼人へと視線を向ける。それに促されてジャージのポケットからオーダーを書いた紙を取り出す。谷口は二つ折りされていた紙を受け取って開く。内容を一瞥して笑みを浮かべながら、城島へと渡した。城島は逆に自分のチームのオーダーを谷口へと渡し、そのまま隼人へと谷口が手渡す。

「さっそく、第一試合を始めましょうか」
『お願いします!』

 城島の言葉と同時に白泉学園と栄水第一の六人が同時に頭を下げた。そしてすぐ四人ずつコートから出て、残るのは第一ダブルスの二組。
 隼人と賢斗。そして相手の第一ダブルスが。

「第一試合。白泉学園。藤井、沖浦ペアと栄水第一の高羽、鈴風ペアの試合を始めます」

 審判の位置。ポールの横に立ったのは隼人の中学時代の部活仲間である三鷹守だった。一瞬隼人の方を見て笑みを見せる。すぐに無関係だという体で視線をそらしたかつての友を見て今度は隼人が少しだけ頬を綻ばせた。

(あいつは、第三シングルス。最後に、俺と当たる)

 団体戦の配置として、第三シングルスは最後の砦となるエースポジションとなる。同じバドミントン部だった時は隼人より実力が劣っていた三鷹がエースということに隼人は心が高ぶるのを感じた。

(まずは前の試合、勝つぞ)

 隼人は目の前の二人に視線を移す。ファーストサーバーの沖浦とじゃんけんをしてシャトルを手に入れ、バックハンドサーブの姿勢をとった。

「ストップ!」

 サーブが向く方向にいる沖浦は、天然パーマのためなのか跳ねている髪の下にある細めた瞳で隼人を見てくる。気だるそうな気配を漂わせていて、今から試合をするとは到底思えない。だが、隼人は体にまとわりつくおかしな気配を感じていた。

(……いや。惑わされるな。俺は。俺たちは、やることをやるだけだ)

 隼人は一度深呼吸をする。それだけで体に入りすぎていた力が抜けて、景気づけも兼ねて声を出した。

「一本!」
「一本!」

 後ろから賢斗が声を出す。元合唱部の声量でコートの周りの空間が震えたように思える。ネットの反対にいる沖浦と藤井もその声量に驚いているのが隼人には分かった。賢斗の勢いに乗るようにショートサーブを放つ。ネットギリギリに飛んで向こう側へと進むシャトル。隼人はヘアピンとドライブ両方に備えるためにコート前方の中央へと腰を落とした。サーブに対して沖浦は前に出たが、シャトルの軌道が浮かなかったためかラケットを立てた状態から強引にロブを上げる。セオリー通りサイドバイサイドの陣形になって隼人たちからの攻撃を待ち受ける。
 隼人はネット前に腰を落としたままで賢斗へと心の中で叫んだ。

(いけ、鈴風!)

 自分の声と重なるように突き進んでいくシャトルは、沖浦の胸部へと吸い込まれていく。バックハンドでドライブ気味に打ち返されたが、軌道上には隼人がラケットを立てて待ち受けていた。

「はっ!」

 隼人のラケットによってシャトルがコートに叩きつけられて転がる。すぐに隼人は「しゃ!」と喜びを吐き出して賢斗のほうを振り返った。

「ナイスショット!」
「ありがとう!」

 ハイタッチで勢いよくぶつかり合う二人の左掌がパンッと乾いた音を立てた。隼人はすぐに場所を移動し、二回目のサーブへと備える。シャトルの羽を整えていた藤井は隼人に向けてシャトルを放り、すぐにレシーブ姿勢をとった。
 沖浦とは対照的に、藤井は坊主頭だった。綺麗な曲線を描く頭に、整った顔立ち。瞳は緊張しているためか、沖浦よりも鋭く隼人のサーブを待っている。ふと隼人は沖浦の方を見てみた。先ほどと同じようにどことなく眠たそうにして藤井の斜め後方で腰を落としていた。

(あの顔は生まれつきってことか)

 隼人はシャトルを持ち直してレシーブ位置に立つ。そこで藤井の顔に照準を合わせるようにして、バックハンドで構える。

「一本!」
「おう!」

 空気が爆発するかのような賢斗の咆哮。威力十分な声の大砲に乗せてシャトルを打つ。
 一回目と同じようにシャトルは理想の軌道に沿って飛んでいく。白帯のところで楕円軌道の頂点に差し掛かり、対角線上のフロントサービスラインに落ちていく。少しでも力が弱ければ到達することなくアウトになり、力を込めれば理想の軌道から外れて浮いてしまう。藤井はアウトと判断したのか打つために立てたラケット面を咄嗟に変えて体ごとシャトルをかわした。その結果を見届けるために視線は外さない。結果として、シャトルはサービスライン上に落ちて転がった。

「ポイント。ツーラブ(2対0)」
「ナイスサーブ!」

 コートの外から真比呂が応援してくる。他の三人は想定通りと言った顔でリラックスした状態で眺めていた。逆に焦っているのが分かるのは城島だ。それでも沖浦と藤井を攻めることはない。二人が悪いのではなく、隼人と賢斗が想定よりも強いということを悟ったからだろう。審判をしている三鷹以外は口々に沖浦たちに一本を大事にしていこうと声援を送っていた。

(さて、ここでもう一本行きたいな)

 ラリーポイントでは一瞬の油断で得点を取り返される。ほんの二年前はサーブ権がある方にだけ得点権があったため、そう簡単に流れを奪われることはなかった。しかし、ラリーポイント制になったことでシャトルを沈めた方に得点が入るようになると、展開がスピーディになると共に流れを奪うのも奪われるのも一瞬となった。0点に抑えるラブゲームはまずありえない。このまま点数を取り続ける展開はないのだから、できるだけアドバンテージを奪ってからサーブ権を渡したい。

「鈴風。どんどん打ってけよ。俺達の新生ダブルスを見せてやろう」
「う、うん」

 隼人の言葉に動揺する賢斗を見て、改めて隼人は思い出す。賢斗が足手まといの自分を恥じていることを。今の言葉では逆効果だと思った隼人だったが、次のサーブまでに時間はなく、シャトルを受け取るとサーブ姿勢をとる。

「一本!」

 過去二回の鈴風に負けないように吼える。いつも自信がないわけではない。試合をしていけば、鈴風は好戦的な一面を呼び覚ますことは練習からも分かっていた。いつもおとなしいが、テンションが上がっていくと共にパフォーマンスを発揮していくタイプなのだろう。試合では熱くなってシンプルに勝利を目指そうとする反動で、普段はいろいろと考え込んでしまうのだ。

(いいよ、鈴風。試合中は、余計なことを考えるな。シャトルをコートに叩きつけることだけを考えろ!)

 隼人がショートサーブを打つと今度は沖浦の反応が早く、シャトルは白帯を越えた瞬間にプッシュされた。ネットギリギリだったためにあまり力は加えられず、緩い軌道で落ちていく。隼人も追い付くのは余裕だった。
 シャトルにラケットを届かせて、どこに打つかと視線を一瞬相手コートに向ける。沖浦も藤井も後ろに下がってロブに備える陣形を取っていた。前衛は前に飛び込めば届くということなのか、あからさまに狙うのを待っているようにも見える。
 瞬時に隼人は思いついた場所へとシャトルを打った。シャトルを打つ瞬間に右手首を思いきりスナップを利かせる。手首の力だけでシャトルは隼人から離れるように斜め方向へ向かって飛んでいった。隼人の体は打った場所で右足を踏み込んでいて、バックハンドのために背中を半分ほど相手に見せている状態だ。そこから打てるコースとしては、今のシャトルは非常に珍しい軌道。そのために藤井は前に出るのが遅れてしまった。
 咄嗟に前に出ようとするが、すでにシャトルはコートにつくところまで行ってしまい、すぐに追うのを止めた。静かにシャトルがコートに落ちて、三鷹が三点目を告げると自らネット前に落ちたシャトルを拾い、隼人へと放った。ラケットを使って中空で受け取ると、隼人はすぐに羽を整えてサーブ位置を移る。沖浦と藤井は傍に寄ってひそひそと何かを話している。対策を立てているようで、隼人も習って賢斗に声をひそめて言う。

「鈴風。今を思い切り楽しめよ」
「今を、思いきり?」
「そうだ。お前が俺たちの足引っ張るから嫌だとか、そんなの今はどうでもいい。俺のことなんて考えなくていいから、打ちまくれ」

 隼人は自分より高い位置にある肩を左手で軽く叩く。隼人の言わんとしていることが分からず、首をかしげる賢斗に再度、告げる。

「お前のスマッシュ、通じるぞ」

 隼人は前を向いてサーブ体勢を取る。試合を中断させないために藤井もレシーブ位置についてラケットを掲げて構えた。次にどうしたらいいか迷っているように隼人からは見えたが、逆に好都合と左手を腰にまわして小指を立てた。ショートサーブの証。過去三回と何も変わらない。だが、初めてサーブのサインをしたことで相手はロングサーブを打つと思うかもしれない。あるいは、あからさまなブラフだと思うかもしれない。そうやって惑わすこと自体が隼人の目的。
 藤井はロングサーブを警戒したのか、少しだけ体を動かして後方に下がる。つま先数センチのほんのわずかな差。しかし確実に後ろに下がったことを見て、隼人は自分の意図通りに迷わせていると悟る。

(よし、行くか)

 今まで言っていた「一本」という言葉さえも言わない。隼人の仕掛けている心理戦に気付いているのかいないのか、賢斗は今まで通りに「一本!」と声の圧力を相手にぶつけるように吼えた。
 アンバランスさに更に相手の動揺が広がった気がして、隼人はそこへとシャトルを打ち込んだ。
 シャトルは当初の予定通り、ショートサーブで相手コートへと運ばれる。ネットを越えて落ちていくシャトルに藤井は今度こそ追いつく。しかし、一瞬でも迷ったことと厳しい軌道のためにプッシュはできず、高くロブを上げた。隼人は前に腰を落としたままで、賢斗のスマッシュを待つ。
 練習試合の時は前衛しかできなかった賢斗は、その後の練習で後衛の動きもまともにできるようになった。しかも筋力を鍛えていたためか上達速度は文化系の部活をしていたとは思えないほど。ラケットがシャトルを打つ音の後に鋭く相手コートに向かっていくスマッシュを見て、とても賢斗が初めて五か月も経たない初心者だとは相手も気づかないだろう。
 賢斗のスマッシュを沖浦が取り、ドライブ気味に返す。隼人は強打しようと思ったがラケットを出すのが一瞬遅れ、やむなく当てるだけにする。ネット前から中途半端に離れた位置で取ったことと、後ろにのけぞるような体勢でインターセプトしたため、隼人の体は後方に流れた。
 そこで、視界の端から前に出ていく賢斗が見える。一瞬で判断して隼人は後衛に回った。

(いい判断だ!)

 基本的にダブルスのローテーションは前に落とせば、落としたプレイヤーが移動する。後ろに行けばとにかく上から下に攻める、だ。ハイクリアやロブは状況を一度リセットするために用いる。もし基本に従うなら、どんなに後方寄りだとしても隼人が前に出るだろう。だが、隼人の体が流れていることに気づいた賢斗は勢いを殺さない方がいいと判断して自分から前に出たのだ。先に動いてしまえばもう一人は動きやすい。パートナーがいない場所へと動けばいいのだから。

「らっ!」

 隼人が前に落としたシャトルをネット前で突き上げたのは沖浦だった。だが、軌道は賢斗が立つ目の前。掲げていたラケットを賢斗は思いきり振りきり、二つのシャトルを打つ音がほぼ重なる。
 ピンボールのように弾かれたシャトルは沖浦のつま先に当たってコート外へと飛んで行った。

「ポイント。フォーラブ(4対0)」
「しゃあ!」

 賢斗は両手を掲げて吼えた。それから振り返り、隼人に向けてラケットを持ったままの右手を掲げる。それを受けて隼人も左拳を返した。

(そう。お前に必要なのは、今、全力で一つ一つ挑むことだよ、鈴風)

 人一倍考え込んでしまうからこそ、目の前のことに全力を尽くすことしか考えないことが必要なのだ。一つ一つこなしていけば、いつか望んだ未来が開けるかもしれない。
 隼人も真比呂もそう。仲間たち全員、全国制覇を目指していてもそれが本当に叶うかどうか分からないのだ。分からないから、目指す。

「っし、一本!」
「いっぽぉおん!」

 隼人の声に続いて賢斗の力がみなぎる声。
 試合は隼人たちに優勢のまま進んでいった。
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