モドル | ススム | モクジ

● SkyDrive! --- 第四十話 ●

 ラケットバッグが邪魔にならないように器用に動かして、隼人は電車から降りた。そのまま人の流れに逆らわないように改札口へと向かい、スムーズに切符を機械に通して出る。左右両方に道が開けていたが、今回向かうのは左側だ。行ったことはなかったが目的地の地図は既に頭の中にあり移動は滞らない。
 少し進むと立札に矢印と目的地の名前。そして距離が記されている。白泉学園高校まで残り一キロ。今日の対戦相手の高校は駅から近く、通いやすいところにあるようだ。

「おっしゃ! 燃えてきたな。全員いるか?」

 後ろからついてきた真比呂が、駅を出て行く人の流れが落ち着いたところを見計らって周りを見回す。目的地が他校だけに時間を決めて駅で合流してから全員で向かうということで前日に決定し、隼人は真比呂と共に電車に乗り込んだ。時間的に自分達の乗った電車が予定時刻に間に合う最終電車。逃せば遅刻は間違いない。自分達と同じか前の電車に仲間達が乗っているはずだと隼人もまた一緒になって周囲を見た。
 すると、すぐに目に飛び込んでくる。

「あ、井上! 先生!」

 声を出して軽く手を振る。視線の先には亜里菜と谷口が立っていた。人の邪魔にならないように、改札口から離れたチケット売り場から更に先、夏の日差しから外れるように絶妙な位置取りで影の中に立っていた。
 隼人の声に気づいたのか、亜里菜が隼人に向けて手を振りながら笑顔を見せてくる。すぐに谷口も顔を向けて手を上げた。

「お、いたいた。隼人行こうぜ!」
「ああ」

 人にぶつからないようにゆっくりと歩いていく。その間に純と理貴。礼緒に賢斗の姿も視界に捉えていた。四人共同じ方向から歩いてきた所を見て、トイレにでも行っていたのだろうと隼人は当たりをつける。やがて合流したところで、隼人と真比呂は全員に頭を軽く下げた。

「おはようございます」
「おはようございまっす!」
「井波君はともかく、高羽君が最後というのは珍しいわね」

 谷口の言葉に真比呂が「えー」と落胆する声を出すのと同時に隼人が言う。

「井波に無理やり待ちあわせをさせられた挙句寝坊されたんですよ。間に合う電車にギリギリ乗れてよかったですけど」
「そうなの。寝坊した分、今日は頑張ってもらうわよ」

 谷口の言葉に全員が笑う。唯一真比呂だけは納得できない表情のまま肩を落とした。隼人も前日に少し寝つきが遅くて眠かったが、その原因だろう緊張がなくなっていくのを感じる。

(多分、皆、大なり小なり緊張してただろうけど……これで落ち着いたろ。ほんと、井波はムードメーカーだよ)

 全く自覚はないだろうが、真比呂のムードメーカーぶりに隼人は感謝しつつ、全員の顔を見る。男子六人と谷口と亜里菜。そこに前日聞いていた一人がおらず、あたりを見回す。その隼人に気づいて谷口が問いかけてきた。

「どうしたの? 高羽君」
「あ、いえ……月島さんいないなって思って」
「ああ。月島なら来たよ」

 谷口の指の先。ちょうど男子四人が固まってやってきた方向から一人、慌ててやってくる。ラケットバッグを揺らしながらも人に当たらないように軽やかにやってきた姿に隼人は足運びの滑らかさに感嘆し、自然とため息を漏らした。

「ごめんなさい! お手洗いが込んでて……」
「いいわよ。ちょうど全員集まったところだし。じゃあ行くわよ」
『はい!』

 月島が合流したところですぐに谷口が全員を引き連れて歩き出す。隼人も地図で調べてきたが、白泉学園高校への正確な場所を知っているのはこの中では谷口一人。先導して歩いていく彼女に並んでついていくと、自然と列が二列になる。
 隼人は一番前を亜里菜と共に並んで歩くことになった。

「隼人君。昨日は眠れた? 私はなんか眠れなくて。小説読んだりして結局二時くらいになっちゃった」
「大丈夫か? 一応公式戦っぽくスコアも付けて相手にもコピーして渡すんだし。眠くて書き間違えとかしないでくれよ」

 隼人はきつくならないように言葉を紡ぐ。攻めるつもりは全くないが、他校に練習試合に行くということで世話になる分は働かなくてはいけないだろう。自然と気をつける点は増えてくる。

「大丈夫大丈夫。試合になったら緊張してそんなこと言ってられないからさ。でも、もし複数のコートで試合するなら一人じゃ書けないよね」
「その時は俺らがやるさ。鈴風と井波以外はできるだろう」

 そう言って後ろに顔を向けると、月島と話している真比呂の顔が入ってきた。自分の真後ろを歩いている月島と話している真比呂は幸福に顔を緩ませて、機嫌よく会話を続けている。真比呂が一方的に話しかけているかと思いきや、月島もたまに自分から言葉を返している。
 その様子が不思議で視線を前に戻してから亜里菜へと尋ねた。

「月島先輩って案外後輩とも話すんだな」
「そりゃそうだよ。月島先輩って部の全員と仲いいし。あと、井波君は話しやすいかもね。アニメの話とか積極的にしてくるし」
「月島さんはアニメもいけるのか?」
「私は分からないけど、鞄にアニメキャラクターのキーホルダーついてたの見たよ」
「へー」

 バドミントンに強い女の先輩という自分の中のイメージは、かなり旧式だったようだ。それが強い女の先輩である月島によって崩れていく。自分が勝手に思い描いていただけだが、少し前に一緒に喫茶店に入ったところから徐々に月島奏という先輩の実像が見えてくる。

(一個上ってだけだもんな……俺が美化っていうか、固くとらえ過ぎか)

 自分の想像力の固さに自嘲気味に笑うと、亜里菜がそっと話しかけてきた。

「隼人君。月島さんのこと、気になるの?」
「え? いや、別に」
「そう」

 亜里菜は短い会話を終えると前を向く。心なしか壁を作られたような気がして隼人はよく分からない状態に首を傾げる。気になるの? という問いかけに対してすぐ否定したのは他意はない。ただ、言葉とは裏腹に以前よりも月島のことが気になる機会は増えてきた。バドミントンのプレイだけではなく個人のことも気になってくるのは、部活を続けていれば当然だろう。あと一年は一緒に部活をしていくのだから。

(なんか不機嫌なんだよな……やっぱり、男達の中で一人女子だから、気まずいのかな?)

 いろいろ考えても亜里菜の気持ちは分からない。仕方がなく隼人は考えを止めて歩みを進める。後ろで止まることなく続く真比呂の言葉とそれに相槌を打ち、言葉を返す月島のやり取りを聞きながら、とうとう目的地まで着いていた。
 白泉学園高校の校門。その先に広がる校舎。そして、体育館。どれも年月を重ねて少し汚れていたが、綺麗に掃除されているほうだろう。夏休みであり、部活で来ている人間だけ。隼人達から見えない遠くの方から野球部なのか号令をかけてそれに応える声がたくさん聞こえてきた。
 そうやって眺めていると、後者の入り口の方から一人の生徒が駆けてくるのが見えた。背中に降りているロングヘアが足が前に出るたびに揺れ、白泉学園のロゴが胸に入った青いジャージに太陽の光が少し反射する。近くまで来て顔が見えるようになると、隼人はその顔に見覚えがあって驚きに顔が歪んだ。

「すみません。お待たせしてしまって!」

 谷口の前まで駆けて来てから立ち止まり、乱れた息を整えつつ言う女子は、一度頭を下げてから勢いよく上げて名前を告げる。

「白泉学園高校バドミントン部二年。有宮小夜子です。今日はようこそお越しくださいました。先生に案内を任されていますので今日はよろしくお願いします」
「こちらこそ、ありがとうございます」

 谷口が挨拶をして手を差し出す。その手を有宮が握ったところで全員が声をそろえて『よろしくお願いします』と有宮へと言った。握手を終えてから有宮は谷口の体を避けて後ろにいる隼人を見る。自分に向けられた視線の行先を悟り、そのまま体を亜里菜のほうへとずらした。

「月島さんも今日はよろしくお願いします」
「……お願いします」

 軽く頭を下げた月島に笑顔を向けてから、有宮は全員を先導して先に歩いていく。それについていく形になった隼人に、後ろから真比呂が問いかけてくる。

「なあなあ。あの有宮って人、強いんだよな、確か」
「ああ。今年のインターハイで優勝してる」
「つまり、今、高校バドミントンで一番強い女子ってことかぁ。なんで案内なんてしてくれるんだろ?」

 一番、というところが真比呂の心をくすぐったのか、声のテンションが上がる。それで聞こえてしまったのか、谷口の前を歩く有宮が顔を傾けて真比呂に向けて言った。

「優勝しちゃうと色々大変なんですよ。校内に入ったら分かると思いますけど……私のポスターまであるし」
「マジっすか?」

 真比呂が反応したことで、話を続けようと有宮は距離を詰めた。谷口の前から谷口の横に。真比呂を入り口として全員に話しかけるように言葉にする。

「スポーツではバドミントンの全国優勝者。あとは、自慢に聞こえちゃうと思うんですけど、勉強も結構できる方なんで。悪く言えば広告塔に選ばれちゃったんです。だから、こういう練習試合の時に先導とか良くされるんですよ。他の部でも」
「他の部でもなの?」

 谷口の言葉に頷いて両掌を上にして「やれやれ」というポーズをとりつつ言う。

「はい。練習試合ってことでホスト側は準備をしているから、こうやって案内するのは別の人って名目なんです。バスケ部やバレー部……サッカー部とか外の部活も、私、よく案内してます。しまいにゃ来年の入学者の案内とかもさせられるみたいで、少しうんざり気味です」
(それを俺らに言っていいのか……?)

 次々と自分の現状を話していく有宮に隼人は内心でひやひやしていた。ここまで言われて後で秘密を守れとか余計な因縁を付けられないだろうかと不安になる。

「それを私達に言っても大丈夫なの?」

 その疑問を月島が先に聞いてくれた。隼人含め一年男子も亜里菜も口を開けなかった。月島は同学年だからか、更に砕けた口調で言った。

「まあね。同じバドミントンだし。仲良くしましょーってことで」

 理由らしい理由とは思えなかったが、有宮なりに自分達に気を許しているということなのだろう。校舎内に入って体育館に移動していくと、有宮の言った通り、ポスターが貼っていた。白泉学園高校への入学を勧めるポスター。アイドルのようにポーズを決めた有宮が映った横に、入学説明会の日時が何行かに分かれて書かれている。中学校に配られるものだが、校舎内にも各階の掲示板には必ず貼られているという。
 やがて、体育館の扉の前まで来ると、有宮は横に続いている道を示して言った。

「こっちに行けば更衣室です。男女別れているのでそこで着替えてから、体育館に入ってきてください。私は先生に皆さんが来たこと知らせてきますから。それでは!」

 有宮はそう言って体育館の扉を開けて中に入っていった。隼人達は言われた通りに更衣室へと向かって歩く中で、それまで全く言葉を発していなかった礼緒が呟いた。

「あの有宮って人。凄いよな。あれだけ注目されて負けられないのに、全然プレッシャー感じてるように見えない」

 その言葉の重みは、誰もが分かっていた。
 インターハイチャンピオン。そして、白泉学園高校の広告塔。
 それは公的に注目されている存在として、下手なことは出来ない。バドミントンでも簡単に負けることは許されず、怪我もできない。勉強面も成績を下げることはできない。容姿にも気を使わなければいけないだろう。
 外に見えるようなものは全て、高いレベルを保っていなければならないというのはとてつもない重圧になるはずだ。それでも、有宮小夜子は全く動じているようには見えなかった。

「はいはい。あの子は確かに凄いけど、その相手は月島がするんであって、あなた達じゃないでしょ」

 谷口が手を叩いて隼人達へと言う。その言葉に隼人は必要以上に自分が緊張してしまっていたことに気づいた。谷口は続けて言葉を発する。

「言ったでしょ。有宮小夜子は特別だけど、男子は県のベスト8だって。で、あなたたちはそのベスト8を倒してもらわないとねって。期待してるわよ」
「先生。そんな大きな声でいったら聞こえますって」
「何言ってるの。有宮なら堂々と言うわよきっと。飲まれないで、頑張りなさい!」

 自分で違うと言っておきながら有宮を引き合いに出して言い、谷口は月島と亜里菜を連れて女子更衣室へと入っていった。隼人は一度上を向いて思い切り息を吸い込むと、長く吐いた。肺の中の空気を吐ききってから、真比呂たちのほうを向いて言う。

「確かにな。俺たちは男子と試合をしに来たんだから。飲まれずに行こう」
「おうよ! そうだな!」
「自分たちのやることを」
「しっかりやるだけ」
「自分の試合は自分の試合だ」
「が、頑張るよ」

 真比呂は何度も両手を動かして気合いを込め、純と理貴は互いの言葉を続けて言って意思疎通を見せる。礼緒も他校の中での試合と言うプレッシャーを上手く受け止められているようで、笑っていた。
 賢斗だけは顔を青ざめさせて俯きながら呟いた。

(そりゃ、そうなるか)

 夏休みに入って全国優勝を目指すような五人に混ざり、試合をすることに恐怖を感じていた。それが真比呂の説得により少し楽になったところで、今回のように全国の頂点に立って覚悟が垣間見える存在に会ってしまったのだから。
 また劣等感にさいなまれてもおかしくはない。真比呂もその様子に気づいたのか、声をかけようとしたがそれを隼人が自ら制して口を開いた。

「鈴風。俺の顔を見ろ」

 隼人の言葉に青ざめた顔を隼人へと向ける賢斗。その眼を真正面から見据えて、隼人はゆっくりと言う。

「俺らは俺らだ。お前が今日することは、最初のダブルスに出て、試合をすることだ。勝ち負けなんて関係ない。お前は、シャトルを打て。それだけでいい」
「それ、だけ……でも……」
「いいよ。お前はまず、目の前のシャトルを相手のコートに叩き付けることだけ考えるんだ。それが、鈴風の出来ること。それ以外のことは、俺達がやる」

 賢斗は隼人の次に真比呂、次に純、と仲間たちに視線を移していく。それぞれが賢斗へと笑いかけ、隼人の言葉を肯定する。
 最後にもう一度隼人の顔を見てから、賢斗は頷いた。

「よし、じゃあ……行くぞ」
『おう!』

 隼人の言葉に同調して、全員が気合いを入れた。
モドル | ススム | モクジ
Copyright (c) 2014 sekiya akatsuki All rights reserved.