モドル | ススム | モクジ

● SkyDrive! --- 第三十九話 ●

 目が大きくなった月島の顔に惹かれるものを感じて、隼人は一度咳払いをしてから言葉を続ける。

「僕も、強い人とやったほうが練習になります。この前は運よく勝てましたが、地力じゃやっぱり先輩の方が上です。たまたま分析が上手くはまって勝てただけですから」

 それは謙虚ということではなく、現状の冷静な分析結果だと隼人は思っている。自分は少し相手のデータを集める時間はあったが、月島はまったく初めての相手。無論、本当の試合で同じ状況になっても弱音は吐くことが出来ないのだが、隼人にとってこの前の練習試合は有利だったろう。だからこそ勝てた。そうでなければ勝てる道理は見当たらない。

「僕も全体的にレベルアップが必要なんです。ハイクリア、スマッシュ、ドロップ、ヘアピンの精度を上げること。もし僕が今後も自分のスタイルを続けるとしたら、必須です。他のスタイルも考えてはみようとは思いますが」
「高羽君は、今のままでスタイルはいいと思うな」
「え?」

 月島の言葉に更に驚いて、今度は声を上げてしまう。月島は耳の傍に垂れている髪を左指で軽くいじりつつ言葉を続ける。真正面は見ずに、隼人の前にある水が入ったコップを見るように。

「私はさ、自分の弱点が分かってもなんとなくしか気をつけられなくて。試合だと、相手のシャトルもちゃんとした根拠があって予測してるわけじゃないし。だからトリッキーな動きする人にも弱いし。でも、高羽君は自分に何が出来て、何が出来ないのかちゃんと把握して、出来る範囲でできないことを全力でカバーしてる。そういう人の方が、強くなると思うな」

 言い切ってから前を向き、隼人へと笑いかける月島。その顔が隼人には眩しかった。頬が熱くなるのを感じて、一回水を飲んで気分を落ち着かせる。顔が直接冷えたわけではないが、少しは熱が下がった。ちょうどそこに店員が紅茶とイチゴパフェを持ってきたことで、緊張していた場の空気が霧散する。
 隼人にとってはありがたかった。もしもさっきのままの空気で話が進めば、自分が恥ずかしさにどうにかなってしまいそうだったから。
 店員が去ってから改めて言葉を発する。

「あ、ありがとうございます。だから、互い協力しましょうってことですね」
「そうよね……うん。やろうよ! 特訓して今度こそ全国で勝ちすすみたい。よろしくね!」
「あ、はいです」

 月島はいきなり隼人の右手を自分の両手で挟み込み、念を押してくる。隼人は頷くしかない。そして月島はイチゴパフェの征服に乗りだしたため、会話が終わる。隼人は紅茶を飲みながら、今後のことに思いを馳せた。
 すぐ傍に控えているのは白泉学園高校との練習試合。男子部が復活しての最初の対外練習試合。後で谷口に聞けば、数年前までも交流はあったようで、今回の練習試合もそのつてで決まったようだ。今までいくつか考えてきた組み合わせを遂に試せることへの期待感。あとは、自分達じゃない相手と対戦することの緊張感。それらが楽しみで心が踊る。隼人個人としては、ここで負けたとしても今後の試金石になるのなら良いと思っている。むしろ、ここで勝てる思うのはおごりになりそうだというくらいだ。しかし、谷口に言われたことも一理ある。

『今の時点でベスト8くらい倒してもらわないと三年のインターハイでの全国制覇に間に合わないわよ?』

 脳内で谷口の言葉が蘇る。一字一句、口調までそのまま再生できている自信があった。あっさりと言ったがその言葉の強さは本気だった。

(夏休み中にもう一回くらい練習試合したいけど、無理だろうな)

 練習試合を終えて残り期間でその試合の反省をするというところだろう。そのどこかで月島との練習を入れようと頭の中でスケジュールを組みつつ、紅茶を一飲み。そこで月島が一息ついたのか話しかけてきた。

「高羽君はいつからバドミントンやってるの?」
「え? えーと、小学校二年からですよ」
「一年じゃないんだ。中途半端なんだね」
「小学校一年の時はサッカーしてたんですよ」

 へー、と月島は単純に驚いているようだった。その反応は隼人にも記憶にはあった。バドミントンは小学生の部活でやっているところはほとんどなく、基本は各地の街にあるクラブチームから試合に出場している。小学校に入る頃にその地区の中で、どういうサークルに入るか、入らないかと言う取捨選択を迫られて選ばされた。途中で辞めても代わってもいいという条件付きだったが、大体最初に選んだものを六年間続けて、中学でもそのままという子がほとんど。
 それだけに隼人のように変更するのは珍しいのだろう。月島も、ずっと続けてきた口だと呟いてから続ける。

「高羽君はサッカーでも活躍しそうだけど。司令塔みたいなポジション」
「そういうのは昔から好きでしたけど……足が遅いし、ボールを蹴る感覚が全然ダメだったんですよ。だから、バドミントンに変えました」
「へぇ〜」

 月島は同じように返事をして頷いてから残りのパフェを食べる。今のやり取りを思い返して、妙なくすぐったさを感じた隼人はレシートを持って立ち上がった。

「あれ、もう帰るの?」
「はい。ここ、払っておきますよ」
「あ」

 月島が何か言う前に隼人はラケットバッグを持ってレジに向かう。一刻も早くこの場から立ち去らないと、込み上げてくるむずがゆさに耐えられそうになかった。

 * * *

 次の日、部活に顔を出した隼人の前に立ちふさがったのは真比呂だった。体育館に着替えて入って壁際で靴紐を縛りなおしているところに影が差し、見上げると仁王立ちした真比呂がいたのだった。

「おい。隼人。昨日はお楽しみでしたね」
「なにその昔のゲームのセリフみたいなの」
「お、分かる口か。その件についてはおいおい話すとして……まずは昨日のことだ」

 真比呂は仁王立ちからしゃがみこみ、隼人と視線を合わせる。その眼に隼人は嫉妬というよりも興味の方が勝った光が宿っているように見えた。あくまでそう見えただけで真実は全く分からないが。

「昨日って?」
「月島さんと喫茶店でお茶したんだろ?」

 ひとまずとぼけてみてもすぐに本題に戻された。古臭い言い方だと思ったがそこは突っ込まない。ここではぐらかしても部活を始めるのに支障をきたすと判断した隼人はさっさと終わらせようと口を開いた。

「別に。俺は紅茶で、月島さんはイチゴパフェ食べただけだよ。お互いの弱点を克服するのにたまに一緒に練習しようって」
「一緒に……れんしゅう……」
「部活内でな。変な想像するなよ」

 自分で真比呂に言っておいて、隼人は前日の会話に日時や場所についての言及はまったくなかったことを思い出す。というよりも、頭の中には部活での練習しかなく、部活がない日に市民体育館で練習するというようなシチュエーションは考えていなかった。むしろ、月島と二人で練習するなど、隼人の精神が耐えられそうにない。

(恥ずかしくて逃げ出すだろ)

 女性に対して免疫がここまでないかと思ったが、亜里菜とは気を張らずに話せているため、女性ということが緊張の理由ではない。

(やっぱり、先輩だからだな)

 とりあえずの理由をつけたところで隼人は立ち上がる。真比呂にも練習を始めるように促して、屈伸から準備運動を始めた。そこに月島が小走りでやってくる。

「つ、月島さん!?」

 真比呂の緊張した声に反応して顔を上げ、月島の顔を見る。するとまた緊張が背中を駆け昇ってきた。屈伸を一度止めて背筋を伸ばしたまま迎える。

「高羽君。昨日のお金、返すよ」
「いいですよ。せっかくおごったので少しかっこつけさせてください」
「後輩におごられるのは先輩のプライドが許さない! ってことで、ね?」

 全くプライドは傷つかないような口調で月島はイチゴパフェの料金を隼人の手に包ませて、すぐに去って行った。
 両手で包みこまれた右手。貰った料金が入っている右手には月島の手の暖かさが残っている。何度か閉じたり開いたりと繰り返してから、隼人は財布へと入れようとして、真比呂の視線に気づく。

(血の涙でも流しそうだな……)

 目つきが鋭くなり、歯ぎしりしながら睨み付けてくる真比呂。あからさまな敵対視。真比呂なりに感情をデフォルメで表現しているのだろう。それでも何も言ってこないので、隼人は無視してラケットバッグから財布を取り出して受け取ったお金を入れてから準備運動を再開した。
 一通り運動が終わるとじんわりと汗が出てくる。傍にいた真比呂も同時に終わっていて、二人一組の運動に入った。両手を取り合って左右対称になるように立ってからお互いに引っ張り合うと隼人は左側の腹の側筋が伸び、真比呂は右側の同じ筋肉が伸びていく。等間隔でタイミングを合わせて伸ばしあってから次は反転して逆側の筋肉を伸ばす。次に両手首を掴まれて背中に乗せられて仰け反る。これも乗せている真比呂側は軽く屈伸をすることで衝撃で隼人も背筋が伸びる。

「お前、月島さんに惚れてるのか?」

 普段よりも密着しているためか、声を潜めても真比呂の声が届いた。隼人は何を言われているのか一瞬分からなかったが、さっきまでの流れから文脈を読み取る。

「分からん……なぁ……」

 揺らされているため飛び飛びになる言葉。今度は上下を逆にして、隼人が真比呂を背負う。

「お前はやっぱり……っとぉ……惚れてるか」

 真比呂の体重は隼人にとって少し重い。ウェイトトレーニングにちょうどいい重さ。隼人は屈伸に意識を集中させながら会話も続ける。

「あぁ……多分……やっぱり、可愛いし……かっこいい……しな……」
「何とも思っちゃいないはずだけど、ちょっと、自信がなくなってきた」

 喫茶店での気まずい感覚。先ほどお金を渡された時にも似たようなものを感じた。まだ先輩だから緊張してるんだという思いはあったが、自分も恋愛経験が多いわけでもなく、この緊張が好きな異性が傍にいるからだという確信はない。
 それに、今は恋愛よりも部活という思いが強い。

「はっは……そうかそうか……お互い大変だなあ……」
「いや、大変なのはお前だと思うがっと」
「そだな。バドミントンも上手くならないと駄目だし。両立難しい」

 背中にのせていた状態から元に戻り、床に座った真比呂の背中を押す。両足を揃えて前に伸ばしているところから両手をつま先まで届かせるように押す。次に開脚し、右、左。最後に前と押していくことで股関節の固さを取っていく。
 一通り終わって隼人も同様の流れを終え、男子が使うコートの中央へと向かう。他の四人もほぼ同じタイミングで準備運動を終えたことで時間通りに集まっていた。

「全員集まったな。じゃあ、今日から試合まで、ノック以外は決まった組み合わせで練習しよう」

 隼人の言葉に全員頷く。真比呂はその後にわざわざ手を上げて尋ねた。

「練習試合のオーダー、決めたのか?」
「ああ。今回はこれでいくよ」

 隼人はポケットに入れておいたメモ用紙を取り出す。四つ折りにしていたものを開いて皆の前に掲げた。小さいために全員が近付いて覗き込む。その態勢が整っていると判断して隼人は言った。

「第一ダブルス。俺と鈴風。第二ダブルスは外山と中島。第一シングルスは井波。第二シングルスは小峰。第三シングルスは俺」
「おお! って練習試合と同じじゃねぇか!」

 驚いて損をした、という気持ちを露わにして真比呂は隼人へと突っかかる。先ほどの月島とのやり取りをまだ気にしているのかと隼人はため息をつくが、他の面々はその意味がいまいち理解できない。いつもより真比呂の隼人への絡みが多いくらいにしか思えていない。
 隼人は真比呂を躱しつつ言う。

「なんだかんだで、これがベストオーダーだと思うんだよ、今の時点で。だから、初めての対外試合なら、今のベストをぶつけたい」
「なるほどな。一理ありだ」
「やったろうぜ」

 理貴の言葉に純が頷いて右手を掲げる。理貴は呆れ顔をしつつも軽く左手で掲げられた掌を叩いた。パンッと乾いた音がしてから二人の間に笑みが生まれる。

「緊張しないで行けるか。次からが本番だな」

 礼緒は自身の緊張癖を分かっている上で、それを乗り越えようとする自分を想像する。バドミントンに戻ってきたことを後悔せず、その先い行こうとしているのが隼人にも分かった。
 そして、一人で体を小さくしている賢斗。

「賢斗ぉ。お前なりに頑張ろうぜ! 俺も俺なりにやったるさ!」

 その賢斗に話しかけたのは真比呂だった。
 少し前まで辞めようとしていた賢斗を留まらせたのは真比呂。辞めようとしていたことも他の三人は知らない。知っているのは隼人と真比呂二人だけという状況だ。部活に戻ってきたとはいえ、次は他の高校との本当の試合。もしもまた、足を引っ張るのが嫌だという思いが芽生えたら今度こそ辞めるかもしれない。

「うん。やるだけ、やってみるよ」

 それでも真比呂の言葉に小さいが強く答える賢斗を見て、隼人は少しだけホッとした。
 その内心を代弁するかのように、横へと近づいてきた亜里菜が言った。

「皆で頑張ろうね」
「……ああ」

 初めての対外試合。
 栄水第一高校男子バドミントン部の本当の初陣は、すぐ傍まで来ていた。
モドル | ススム | モクジ
Copyright (c) 2014 sekiya akatsuki All rights reserved.