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● SkyDrive! --- 第三十六話 ●

 真比呂はコートの中央で素振りをしながら賢斗を待っていた。隼人や他の面々には事情を説明して一試合のうちファーストゲームだけ実施させてもらうように話はつけてある。賢斗は遅れて来て、今は更衣室で着替えているところだった。

「なあ、大丈夫か?」

 審判役をかってでた隼人が真比呂へと尋ねる。乗り気じゃない部員にやる気を出させるのにバドミントンの試合を通して出させるというのは前時代的であり、効果があるか疑問を持っていたのだ。真比呂は隼人の気持ちを十分に分かった上で問題ないと手で制す。

「大丈夫だって。なんとかなるなる。それに、俺は賢斗と試合をしたいだけだから」
「……それって結局、意味ないんじゃないか?」
「そっかもなー」

 真比呂が何を考えているのか隼人は理解できない。それもまた分かった上で、真比呂は「俺に任せろ」と隼人の言葉を遮った。ため息交じりに隼人が引き下がったところで体育館の扉が開き、賢斗が姿を現す。

「おっす。きたなー、やろうぜ!」
「え……いきなり……皆の練習のほうが先じゃないか?」

 最初は準備運動など皆でやることから始めると思っていたのだろう。自分と真比呂の試合で四人の邪魔をしてしまうことが嫌なのか、露骨に嫌そうな顔をしてコートに入るのをためらった。

「大丈夫だよ。今回は初心者二人がどこまで成長したか、俺たちが確認することが目的だから」

 隼人がそう言って賢斗二コートへ入るよう後押しする。純と理貴が両サイドのラインズマンとして移動し、礼緒は隼人と逆側へ行く。そこにはバスケットボールの試合で用いるスコアボードが置いてある。
 既に試合の準備は完了していたのだ。

「思いっきりやりなー」

 賢斗側のラインズマンとして、コートの角にパイプ椅子を用意して座った純が賢斗へと話しかける。賢斗は静かに頷いてからネット前までゆっくりと歩いていった。
 真比呂と賢斗。二人がネットを挟んで立ち、握手を交わす。そこからじゃんけんで真比呂がサーブ権を取ったところで隼人がルールを説明した。

「二十一点の一ゲーム。他のルールは公式戦と同じにする。サドンデスも普通にやる。じゃあ、ラブオールプレイ」
「おねがいっしゃーす!」
「お願いします」

 吼えるように言う真比呂と静かに言って一礼する賢斗。正反対の二人の試合が今、始まる。

「しゃー、まずは一本!」

 真比呂はすぐにサーブの体勢を取り、賢斗の体勢が整うのを待つ。だが、賢斗はゆっくりとその場を踏みしめてから構えたために、真比呂の中のリズムとずれが生じた。自分では感覚の中にノイズが走っていることは分かっていたが、何を意味するのかを理解せず、真比呂はそのままロングサーブを放った。
 シャトルはタイミングがずれたのか弾道は低く、飛距離が出る。

「あ」

 そのままシャトルはコートをはみ出して、床に落ちていた。

「ポイント。ワンラブ(1対0)」

 隼人はため息交じりに賢斗への得点を告げた。

 ◇ ◆ ◇

(おいおい。大丈夫か?)

 審判を務めながら隼人は心の底から不安が滲み出していた。真比呂が試合をする目的も不明瞭。ただ、試合をして終わるだけ。当人も何かを得たいと言っている始末だ。
 賢斗が辞めたいというのも後回しにする形で過ぎ、夏休みが終わった頃には賢斗はいつの間にかいなくなってるということにならないかと心配だったのだ。
 だが、一方で二人に言ったことも隼人の本心だった。
 初心者二人が五月から今日までかけてどれくらい成長したのか。ノック形式や試合のダブルス形式の練習である程度見ているが、やはり個人の実力を見るのはシングルスが一つの指針となる。ダブルスで120%の力を発揮するようなプレイヤーももちろんいるが、それはまた別の話だ。
 賢斗はアウトになったシャトルを拾って羽を一つ一つ丁寧に整えながらサーブ位置へと歩いていく。その動作はよく隼人や純、礼緒がやるものだ。理貴は自分ではあまりやろうとはしない。たいていは純に整えさせてそのシャトルを貰う。

(鈴風の特徴は『見る』ことだ。そして『真似』をすること)

 ここ数か月で隼人は全員の特性をある程度掴んでいた。特に賢斗は見て真似することに特化している。初心者であるために学ぶことが多いのはもちろんだが、それを本からではなく隼人たちの動作から学んでいる。頭で理解するよりも人の真似をしていくことでまずは型を身に付けようという思いが強い。だからか自然と人よりも多くのものが見えているように隼人には映っていた。

「一本!」

 賢斗はサーブ体勢を整えて、シャトルを打ち上げる。ゆっくりと、決められた軌道をなぞる様に振られた腕から放たれたシャトルは速度とは裏腹にしっかりとコート奥へと飛んだ。コースはコート中央のラインに沿うように。

「これなら打ちごろ!」

 真比呂は体を入れてシャトルの落下地点にすぐ到達する。確かにアウトにならない程度に正面へと打たれているため、すぐ追いつくのは当たり前だった。セオリー通りならば、より遠くへ打つようにコート端のほうへと打つ。

「おら!」

 真比呂がラケットを振りぬき、スマッシュが飛ぶ。シャトルはコート中央に構えている賢斗のところへと真っ直ぐに進んだ。賢斗はバックハンドに構えたラケットを胸元から前に突き出して、シャトルを打つというよりもただ弾き返す。
 勢いを殺されたシャトルはネット前に落ちていく。

「おっとっとと!」

 打ち終わってからすぐに構えなおした真比呂も、シャトルを取りに前に出てロブを上げて賢斗へと返した。
 高く上がったシャトルを追って賢斗はゆっくりと足を使って追いつく。あまり素早い動作をしないでフットワークをしっかりと意識し、大きなストライドで進むことで、ふわりと大きな弧を描くロブなら急がなくても追いつくことができた。
 到達した場所で賢斗は一度真比呂の方を見る。それから視線をシャトルに合わせてラケットを振った。クロスのハイクリアでシャトルはコートを逆サイドまで切り裂いて、真比呂の右手奥まで運ばれる。真比呂は飛ぶように移動してラケットを振りかぶった。

「おっらよ!」

 多少体勢は崩れたが、真比呂はストレートスマッシュを打ち込む。賢斗はバックハンドに持ち替えてラケットをシャトルまで伸ばしたが届かずに、シャトルは床へと落ちていた。

「アウト。ポイント。ツーラブ(2対0)」
「えー、マジかよ」

 真比呂はラケットを持った左手を腰に当て、右手で頭を押さえる。狙いは間違っていないがコントロールがまだ上手くいっていない。

「井波、フットワークが雑なんだよ。あと打ち気がありすぎ。だから打つ時にぶれて狙いがずれるんだ。ちゃんとシャトルを打ちやすいポジションに移動してから打てよ」

 隼人の指摘に頭をかきながら「なるほどなー」と呟く真比呂。そしてラケットを軽く振りながら隼人に向けて自分なりの理由を続けて言う。

「いやー、シャトルが取れるって思ったら移動中でも打っちゃうんだよな」
「バスケでもそんな感じだったのか?」
「ほとんどレイアップとかダンクだったしな。ジャンプシュートは苦手だった」

 隼人はバスケットには詳しくないが、体育の授業で習うレベルで分かることは、レイアップもダンクシュートも動きとシュートの動きが直結しているものだ。飛んだあとの姿勢制御という点に関しては真比呂は上手いかもしれないが、その感覚もバスケットを続けてきたからこそ得たもの。バドミントンで使うのなら、同じくらいの反復練習は必要になるのかもしれない。
 逆にいえば、反復し続ければ、移動中で飛びあがっても正確なショットが可能になるかもしれない。そこまで考えて隼人は頭を横に振った。基礎がなっていない内から応用手段を取らせるのは危険だとして、浮かんだ考えを消した。

「とにかく。まずは動いてから、打てよ」
「りょーかいりょーかい!」

 真比呂は軽く返答してからレシーブ位置に戻る。隼人は嘆息し、何度もしていることに今更ながら気づく。真比呂に対してどれだけ呆れて息を吐いていたのかと自分で悩む。

(でも……あいつはあいつで成長したよな)

 真比呂の、シャトルを迎え撃つ姿勢も様になっている。バスケットボールをしていたこともあるのか、真比呂はフォームの重要性を理解していた。レシーブ体勢やサーブの姿勢は隼人や他の面々が感嘆するほど整っている。またフットワークのような地道な反復練習もしっかりと練習している。バドミントン初心者にありがちな、シャトルを打つことだけに集中してフットワークの練習をおろそかにするということもない。全く運動をしたことがないような初心者ならば、どうしてもシャトルを打つほうが楽しくなり、筋力トレーニングやフットワークの反復練習は地味でつまらないものと思われやすいのだ。
 バスケットボールの経験から移動方法や姿勢やシュートのフォーム。そういった基礎的な要素がスポーツには大事だと頭でちゃんと理解している。
 ただ、さっきのように試合になると感情が優先されて上手くかみ合っていない。だが、上手くかみ合うと――

「はっ!」
 
 隼人の思考を遮るように真比呂のスマッシュが空間を切り裂いて賢斗の足元へと着弾した。今度こそ、文句なしのスマッシュ。

「ポイント。ツーワン(1対2)」
「おっしゃー!」

 渾身のスマッシュが決まったことが嬉しいのだろう。真比呂はもう勝利したかのように振る舞う。賢斗はシャトルを拾って丁寧に羽を直すと、軽く打って真比呂へと渡した。

「賢斗ー。楽しいか!」

 シャトルを受け取ってサーブ位置を変えたところで真比呂が尋ねる。スマッシュを決めた後にそうやって聞くのは嫌味かと隼人は思ったが、賢斗はそう考えなかったらしい。笑って「楽しい」と言って頷き、構える。それに呼応するように真比呂はサーブ姿勢を取った。

「しゃ、一本!」
「ストップ」

 真比呂の声の後に声を出す賢斗。サーブはロングで今度は枠の中へと入った。賢斗は構えてから真比呂の方を見て、それからすぐシャトルに視線を戻し、ストレートドロップを打った。真比呂はバックハンド側に打たれたシャトルをまたロブで打ち上げる。

(鈴風は……丁寧に相手のバックハンド側を攻めてくな)

 賢斗の攻め方はシンプルだ。相手のバックハンド側を狙って常に打ち込んでいる。
 中央に腰を落として構えていればまずバックハンド側に打ち、その後は相手がいる位置から遠い方へと打つ。真比呂は左利きのため右利きの人間とは逆になる。最初のロングサーブも、真比呂が左利きだったためにコート中央へと打ったのだ。
 相手のいないところへ。
 相手のバックハンドへ。
 遠く、打ちづらいところへ打つというのはバドミントンのセオリーであり、基本。あまりにたくさん繰り返していると読みやすい戦略ではあるが、賢斗はそれを正直に守っている。
 初心者として戦略のことは後回しでとにかく基本を堅実に守ろうとしている。

(鈴風は自分の実力を本当に客観的に見えてる。だから、自分が今できること。今すべきことをちゃんと見て、実践してる。それ以上のことはやろうとしない)

 最初からいろいろやろうとすれば基礎が身につかずにおかしくなる。文科系と運動系という違いはあれど、基礎力という観点への考え方は、真比呂とまったく違わない。
 そこまで考えて、隼人は改めてこの二人は似ていると思う。

(一見違ってるけど。二人の根底は似てるんだな)

 それでも、違っているところがある。だからこそ、真比呂は続けようとし、賢斗は辞めようとしているのだから。

「おおら!」

 真比呂の放ったスマッシュが賢斗のコートに着弾する。ポイントは二対二のイーブンに戻り、真比呂はガッツポーズで気合いを入れる。

「しゃ! これからだ!」

 賢斗はまた羽を直して真比呂へと渡す。その表情に感情は見えていない。それでも、隼人にはどこか悔しさを感じているように思えた。

(そう思ってるっていう俺の錯覚、かな)

 サーブ体勢を整える真比呂と相対する賢斗。ロングサーブでシャトルを打ち上げてからコート中央で両足を広げて腰を落とす。サーブで打たれたシャトルは特に考えられてもいないように飛んで、賢斗は余裕を持って落下点へと付いた。真比呂の方を見てから、クロスのハイクリア。バックハンド側へと打つ。
 変わらない戦略。しかし、真比呂の方は変わっていた。

「読み切ったー!」

 移動速度がさっきと違い、速い。動き出しのタイミングも早かったこともあり、シャトルが落下し始める頃にはすでに落下点に移動していた。バックハンド側の不利もなく、移動しきってからラケットを振りかぶる。先ほど隼人がアドバイスした通りに、しっかりと移動してからラケットを振る。
 今度のストレートスマッシュならば、コントロールはちゃんと効くはずだ。

「おら!」

 先ほど失敗したストレートスマッシュが再び放たれる。今度はライン際に沿うようにシャトルが突き進んでいく。自分の傍を突き抜けていくシャトルを見て、隼人は速度だけなら今の時点で六人の中でも最も速いと思った。
 そのシャトルへと、賢斗はバックハンドでラケットを突き出していた。

(鈴風も、読んでたのか)

 いくらスマッシュが速くても、軌道を読めば取るのは難しくない。特にシャトルは軽く、スマッシュに威力があるならば当てるだけで返ってくれる。それ相応の反射神経があれば可能だ。
 賢斗のラケットはシャトルに追いつき、そして弾き返す。腕を振って打ち返す余裕はなかったため、ただ弾かれたシャトルがネット前へと落ちていく。真比呂は渾身のスマッシュを放ったからか打った後の体勢が乱れ、前に踏み出すのが遅れる。

「ふんぬおお!」

 強引にラケットを前に出してシャトルへと届かせる。シャトルに届いたと思った瞬間に手首だけで跳ねあげて、シャトルはふわりと浮かび上がった。それは前に詰めていた賢斗のちょうど頭上を抜くような軌道となる。賢斗は仰け反ってそれを何とか打ち返す。
 慌ててコート中央に戻ろうとしたが、真比呂がまだ倒れたままだったために足を止めた。
 賢斗が打ったシャトルがコートに落ちて、隼人は得点を告げる。

「ポイント。スリーツー(3対2)。井波。打ち気ありすぎ」
「……ぬぬ。あれは決まると思ったのに」

 真比呂は悔しがりながら立ち上がり、賢斗へと言う。

「賢斗ぉ。お前、やるな! なんか凄いやりづらいぞ!」
「ありがとう。ほら、早く続きやらないと皆の練習時間なくなるよ」
「っしゃ。俺が勝つ!」

 真比呂は落ちたシャトルへと走っていき、拾い上げて賢斗へと戻す。
 隼人は試合を楽しんでいる自分に気づいていた。感情を表にたくさん出している真比呂と、淡々とプレイしている賢斗。それでも、二人はこの試合を楽しんでいる。

(なんか、分かって来たよ。井波が鈴風に言いたいこと)

 隼人は再度カウントを取って、試合を再開させる。

「一本」
「ストップ!」

 正反対の二人の声が同時に響いた。
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