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● SkyDrive! --- 第三十五話 ●

 テリヤキハンバーガーを三つとコーラ二つをトレイに乗せて真比呂は予め取っておいた席へと向かった。先に一人で座らせて場所を取ってもらっている代わりに一緒に持ってくるスタイル。友達付き合いとしては普通のことだと真比呂は思っているが、待っている先にある背中からは、いかにも気乗りしないというオーラが発せられていた。

(そりゃ気乗りしないだろうな……疲れたから途中で帰ったってのに)

 真正面に回り込んだところで、今考えたことは一度リセットして、しっかりと相手の目を見る。
 すぐに相手――賢斗は目を逸らした。

「おいおい。連れないぜ。こっち見てくれよ」
「男同士で見つめあう趣味はないよ……どうしていきなりここに誘ってきたんだ?」
「いかにも部活帰りって感じじゃんよ」

 真比呂と賢斗は帰り道の途中にあるファーストフードに入っていた。どこの街にもあるファーストフード店。複数の会社が経営している中の一つ。他にも自分たちと同年代か上の学生たちがいて、各々会話を弾ませている。その中でラケットバッグを縦に置いて窮屈そうにしている二人は少し目立つほどだ。

「真っ直ぐ帰るつもりだったんだ。特に用がないなら、やっぱり帰らせてもらうよ。ハンバーガーはおごる」

 賢斗は不機嫌そうに言って立ち上がろうとする。そこを真比呂は両手で「まあまあ」と肩を抑えた。口調は穏やかだが力は入れて、それ以上立たせないようにする。賢斗も真比呂の考えが分かったのかため息交じりに座った。

「で、ほんとに何の用?」
「最近元気ねーから、なんかあったのかと思ってさ」

 言うや否や一つ目のハンバーガーを口に含む真比呂。咀嚼しながらコーラを飲み胃の中に落とし込んでいく。腹が減っているのは本当で、空いた腹に染み渡る。

「……ずいぶん直球だよね」

 呆れた声音で言う賢斗に満面の笑みを浮かべて真比呂は言い返す。それが自分だと自信を持って答えた。

「まどろっこしいのは嫌いなんだよ。賢斗が悩みを持ってるのは明白。なら、どばっと腹を割って話してもらって、解決できるならしようってこった」
「……皆が井波君みたいにさっぱりしてるわけじゃないさ」

 賢斗の言い方に棘が入るのを真比呂は聞き逃さない。いつも悪態をつくようなスタイルで同調してくるのが賢斗だが、今回は本気で怒っている。それくらいは真比呂でも感じ取れた。だから、アプローチを変えてみることにした。

「もう一つある」
「何?」

 一度言葉を切ってから、真比呂は言いなおす。自分は少なくとも本気であると思ってもらうためには、浮ついた言葉じゃ駄目だと。

「俺は部長だから。部の皆とは結束したいのさ。で、皆で全国に行きたい」
「……全国、か」

 賢斗が心底疲れたように、嘆息する。
 その様子に真比呂は賢斗の考えが透けて見えるような気がしていた。賢斗は一度真比呂を見てから俯いて、小さく呟く。

「――めようと思ってるんだ」
「何?」

 良く聞こえなかったために再度問いかける。少し頭を近づけたことで自然と賢斗の上体が持ち上がって賢斗の視線内に真比呂の顔が入る。
 賢斗は一度深呼吸してから心に秘めていたであろう言葉を呟いた。

「辞めようと、思ってるんだ。部活」
「辞めるの止めようぜ」
「……即答だなぁ」

 賢斗の苦笑いに対して真比呂は笑顔で返す。どんな言葉を言ってきても揺らがずに返すつもりだった。
 しかし内心では緊張を抑えるのに必死になっている。

(辞めるって……なんでだろ。なんとかならんのかな)

 勢いで動くことが多くても、こういう時はそれが裏目に出ることくらいは分かっている。それだけに真比呂は賢斗から話を聞こうと思っていたのだ。おそらく部の仲間と何かの歯車が食い違っているだろうことは過去の経験から分かっていた。だからこそ、率先して賢斗の話を聞こうとしていた。

「冗談はさておき。なんで辞めたいんだよ」
「冗談だったのか……うん。辞めたくはないんだけど」
「辞めたくないなら」
「辞めたくないけど、辞めようと思ってる」

 賢斗の言い回しがいまいち分からず、真比呂は首をひねる。辞めたくないなら辞める必要はない。しかし、辞めたくないけど辞めるというと何かよく分からない事情があるようだった。真比呂は思いつくことを言ってみる。

「親に辞めろって言われたとか」
「いや、むしろ応援してるよ」
「……じゃあ、辞めないと親を殺すとか脅されてるとか」
「その発想に行く頭の中が知りたいよ。どういう考えしてんだ」

 賢斗の顔が不機嫌に染まっていく。真面目に考えてないと捉えられているのかと不安になる真比呂は、慌てて身振り手振りを加えながら弁解する。

「違うって! 真面目だって! ぶっちゃけ、分からないんだよ。辞めたくないけど辞めたいなんて誰かに辞めろって言われてるとしか思えないだろ!?」

 店内に響く大声。真比呂の大声に店内にいた客や店員の視線が真比呂へと集まっていく。頭をかきながら「どうもどうも」と言って謝罪しつつ座る。コーラを一口飲んで落ち着いている間に賢斗も気分が落ち着いたのか、ため息交じりに真比呂へと言った。いつもの口調で。

「ったく。真面目なのは分かったよ。真面目に変なこと言うやつだよな」
「そうか、なぁ……」

 真比呂は自分の考えの何が足りなくて賢斗に届かないのか分からなかった。同じ初心者としてバドミントン部に入り、同じように成長していけると思っていた。だが、真比呂はどんどんバドミントンを続けて全国大会に進もうと頑張っているのに、賢斗はどうして引こうとするのか。
 嫌いになったわけでもないなら、なぜ辞めようとするのか。

「なあ、腹を割って話そうぜ。俺は正直、なんで賢斗が辞めたいのかわからん。俺はただ、お前と一緒に全国目指したいんだ。納得のいく理由を教えてくれい!」
「納得のいく理由、か」

 真比呂の言葉に心を動かされたのか、賢斗は諦めたように頬を緩ませて真比呂を見た。それまではどこか真比呂の視線を受け流し、真正面から捉えていなかったが、ここまできてようやく話をする気になったようだ。真比呂もそれが伝わってきてほっとする。

(納得のいく理由を言われたら、俺はどうするんだろう)

 自分の中にも不安はあった。それを悟られないように、賢斗を促して続きを言わせる。賢斗は意を決したように一度頷いてから口を開いた。

「俺さ。元々合唱部なんだけど。歌うのが辛くなってさ、逃げたんだよ」
「……逃げた?」
「うん。最初は楽しかったんだけど。徐々に辛くなってったんだ。いくら歌っても自分の理想に届かなくて。どんどん高くなっていって。もう続けるのが辛くなってたんだ。だから、正反対の運動系に逃げたんだよ。ちょうど、バドミントンなんてマイナー競技だし、復活したばかりだし、初心者だからそこまで期待されないで楽にできるかなって思ったんだ」

 真比呂には、そう告げる賢斗の顔が申し訳なさで一杯に見えていた。
 続けて賢斗はゆっくりとだが言葉にしていく。
 気楽にできると思って入部したが、そこでは全国大会を目指すと言っている人間ばかり。間違ったかと思ったがすぐに女子との団体戦に入り、試合をすることになった。
 賢斗はそこで言葉を切り、少しだけ笑う。初めたばかりの頃。その時に掴んだ何かを確かめるように、両手を軽く握る。

「それでも、試合の間にどんどん打てるようになって嬉しかったんだ。試合は負けたけど、今後はどんどん上手くなれるって、思ってた」
「最近は上手くなってないって思うのか? そんなことないけど」
「うん。上手くなってるとは思うんだ」

 賢斗は真比呂の言葉をそのまま返し、更に後ろに追加する。真比呂へと自分の気持ちを押し出すように。

「上手くなってる。部活は楽しい。でも……間にあうとは思えないんだ」

 初めてだった。真比呂は四月から七月末まで。何度も部活を一緒にしてきたし、たまにカラオケで歌ったり、六人で遊んだりもした。そうして仲間の結束を高めていくということはしていたのだが、初めて賢斗の言葉を聞いたように思えた。普段の会話におかしな点はない。多少皮肉屋の体があり、強めの言葉が多いところを除けば普通に感じれた。賢斗もまた真比呂達の仲間だと思っていた。
 しかし、真比呂は間違っていたと気づく。
 賢斗は自分達に合わせていただけで仲間になりきってはいなかった。仲間か、そうではないかと言われれば前者だろうが、賢斗は本心を隠し切ってさらりと仲間をやれてしまうのだろう。

「俺はさ、迷惑をかけたくないんだ。みんな、高いところを目指して頑張ってるのに、俺だけ遅れていって足を引っ張るって嫌なんだ」
「そんなこと思ってないぞ、俺らは」
「井波君たちはそうだろうけど、俺は違うんだよ」

 語気を荒げて賢斗は真比呂を睨み付ける。自分の気持ちを分かってもらえないのは仕方がない。しかし、抑えきれないという感情。単なる八つ当たりとは違うものが真比呂へ吹き付ける。

「井波君はまだバスケットやってたから運動自体問題ないだろうさ。あの頑張りようなら冬の選抜とかで活躍できるんじゃないかな。でも、俺は元々合唱部出し、文科系だし、体力はないし。元下手だから上手くなるのに比率が大きいんだよきっと。だから、錯覚してるだけで俺は弱いんだ。そうなると、皆と一緒に全国なんて」

 吐き捨てるように言って賢斗はまた俯いた。そこから言葉は途切れて、お互いに無言のままの状態が続く。真比呂は賢斗が発言した内容を頭の中でまとめていった。
 それまで気付けなかったことが「バスケット」という単語で繋がっていく。

(そっか、これって……)

 自分の中にある苦い思いが蘇る。
 そして五分はゆうに過ぎたところで真比呂は頷いて賢斗へと言った。

「分かったけど、分からん」
「さっきの俺への皮肉?」
「いやいや。ほんとだって」

 睨み付けてくる賢斗の視線を身振りで発散させて、真比呂は賢斗の両肩を掴んだ。力強く、自分の気持ちを伝えるかのように。勿論、言葉にしなければ何も伝わらないのは分かっている。

「でも、似たような思いは経験がある」
「無理に分かったように言うのは――」

 真比呂の言葉に賢斗が真正面から見つめてくる。だが、口にした言葉を途中で途切れさせていた。賢斗の考えは理解できないところが多かったが、その結果の先にあることは、分かる。
 でも、この場で言っても賢斗には届かない気がしていたため、真比呂は自分にしては珍しく、言葉を濁した。その代わりに提案する。

「賢斗。じゃあ、試合をしよう」
「だからなんでそうなるんだって」
「俺はぶっちゃけ、お前に説明してもらって、何が違うのかってのが少しは分かった。俺たちは――いや」

 真比呂は言葉を切り、一字一句力を込めて伝えた。

「俺は。お前を含めた、六人で。全国に行きたい」
「それは――」
「まずは俺と試合しよう。そうしたら、説明しやすい」

 だからなんで、と口が動こうとするのを制して真比呂は続ける。言葉を連ねても上手く説明できないと自分でも分かっていた。ならばバドミントンをしてプレイの中で伝える。そんな漫画みたいな展開が頭を右から左によぎっていく。

「俺が勝ったら辞めるなとか、賢斗が勝ったら辞めるとか。そういうのは、無しで。俺が、単純に賢斗と試合をしてみたいんだ」
「なんで俺と?」
「お前が上手くなってるからだよ。上手くなっていく人と試合するのって楽しいじゃん」
「そりゃ……まあ……」

 賢斗が曖昧に頷いても真比呂は自分のペースに乗せていく。真比呂は本心でそう語っているし、賢斗もそう思っているに違いないと真比呂は予想する。
 ほとんど裏を見せない真比呂とほとんど表を見せない賢斗。
 実は表と裏というだけで、似た者同士なのかもしれない。今までの会話の中でそう思えてきたら、自然と口がバドミントン以外の話題も拾っていく。
 勉強の話や音楽の話。好きなテレビ番組の話など。
 全く知らないものがあれば賢斗の解説をじっくりと聞き、相手が知らないことがあれば気合いを入れて伝える。
 残っていたハンバーガーは話し込んでいる隙に温くなってしまった。多少味が落ちたそれを食べながら真比呂は賢斗と試合の日程や方法を詰めていった。

「次の次の練習くらいに、コート二面くらい借りれるみたいだから。その時にやるか」
「……うん。分かった、よ」

 賢斗の表情が試合のことになると辛そうになるのが真比呂にも分かる。しかし、ここで賢斗に抜けられれば自分が達成したいことも叶わなくなる。自分の好き勝手な願いでも、叶えてみたい。

「でもさ、なんでそんなに俺が必要なんだよ。別にいなくても五人でも試合は出れるんだろ?」
「必要最低限の人数だけだと一人でも疲れたり、足をつったりしたらアウトだしな。だから六人目は必要だよ。それもあるけど」
「あるけど……なんだよ」

 続きそうなところで言葉を切った真比呂に今度は賢斗が話しかける。だが、真比呂は頭をゆっくりと振って賢斗を見る。
 バドミントン初心者。同じようで、違う賢斗を見ながら、本心を口にした。

「そういう現実的な理由なんて、大人が考えるこった。呼びかけて、集まった最初の六人が、俺の中では特別なだけなんだ」

 高羽隼人。外山純。中島理貴。鈴風賢斗。小峰礼緒。そして、井波真比呂。
 六人が集まってこそのバドミントン部。この六人が、バドミントン部。
 真比呂の中で固まったイメージが、それだった。

「……分かりやすいな。じゃあ、俺は先に帰る」

 話は終わったということか、賢斗はあっさりと伝票を掴んでレジに向かう。真比呂も荷物を背負って慌てて向かったが、賢斗は金を払ってそそくさと消えてしまった。真比呂がファーストフードから出た時にはもう見えなくなっていた。

(……賢斗。練習、楽しみだな)

 今は勢いで約束したが試合当日には、賢斗が出てこない可能性もある。だが、真比呂は来る方に賭けていた。金銭ではなく、自分の想いを。

「絶対、こいよな」

 真比呂はその場にいない賢斗に届くように願いながら、呟いた。
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