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● SkyDrive! --- 第三十四話 ●

 隼人は体育館の床に座り込んでシャープペンの芯を出しては戻しながら唸っていた。床に置いてある大学ノートの中身は白紙。一番上にだけ『団体戦の組み合わせ方法』とタイトルだけは書いていた。ノック練習を理貴に任せて、隼人は皆と少し離れたところで思案にふけっている。悩んでいる内容はノートに書きこまれているタイトル通りのことなのだが、自分の中でまとまりかけていてもなかなか書き出せない。

「何をそんなに悩んでるの?」

 亜里菜の声に顔を上げるとすぐ傍に顔があった。慌てて後ろに頭を引いて、勢いで仰け反った体を両手で支える。亜里菜は隼人の様子に首を傾げたが、そこには触れずにノートを眺めながら言った。

「団体戦のオーダーを決めに悩んでるの? 今のところ一つしかないと思うんだけど」

 亜里菜の中では既にオーダーが決まっているらしかった。隼人は咳払いをして気持ちを落ち着かせてから、自分の中にある言葉を少し整理して告げる。シャープペンを何度か回しながら更に思考をまとめていく。

「初めての対外試合だからさ。一番いい形を決めたいんだ。今後も、公式戦での参考にするためにもいろいろと可能性を試した上で、できれば三つ。使えるオーダーを早めに確立したいんだ」
「三つ決める意味は何?」
「一つに固めると相手に予測されるだろ。それに、こっちも型が限られるとそれでどうしようもなくなったら、アウトだ」

 亜里菜に説明していくと不思議と自分の中の考えがまとまっていく。人に話すことで考えがまとまるということはあるが、亜里菜に話すとまた別の高揚があった。

(聞き上手っていうか……俺の思考の流れをある程度読んで問いかけてくれるのかもな)

 データを分析してそれを生かした試合を進めていく。そのやり方が近い相手。それだけに、隼人が何を求めているのかを亜里菜も大体は分かっているようだ。いうなれば「同類」であり、他のメンバーと話している時よりも心地よい。更にマネージャーとして男子部に入ってくれてから、亜里菜は自分の立ち位置を理解して、どちらかといえば隼人の考えを引き出すことに徹している。自分の分析からの意見もあるだろうが、そういった分析をメインにする者が二人いれば、より議論できる利点と共に平行線になって議論がまとまらない不利益な部分もある。それを回避するのに、亜里菜は最低限しか意見せず、隼人や他の男子部のメンバーに任せていた。
 あくまで隼人の意見を引き出すことに徹している。

「俺たちが三年間で全国を目指すために、チャンスは……あと四回、かな。来年三月の選抜。二年のインターハイ。その次の、俺たちが二年の選抜に、三年のインターハイ」
「全日本ジュニア大会や国体もあるよね?」
「全日本ジュニアは個人戦だし、国体は意味合いが違う、かな。皆には折を見て話すけど……俺自身は個人戦で全国は無理だと思ってる」
「そうなの?」

 意外そうに見つめてくる亜里菜にしっかりと頷く。ここは別に嘘をついても仕方がない場面だということは亜里菜にも分かっているはずだった。ただ、それを確信させるためにははっきりと自分の考えを伝えた方がいい。

「勿論、団体戦といっても個人の実力だから、しっかりあげないといけないし、個人で全国大会に出られればかなり近づくけど……今からやっても中学時代から全国で上位でやりあってる奴らとか、強豪校に行った奴らと面と向かって個人戦をやりあうのはきつい。でも、少し劣るくらいまでは今からやれば実力を上げられると思ってる」
「少し、劣るくらい?」
「ああ。完全に実力で上回れなくても、俺たち全員が、例えば相手校の実力三番手くらいの実力になれるはず。そうすれば、組み合わせの妙で何とかなるかもしれない」

 亜里菜は「なるほどね」と呟いて微笑む。その笑みにどきりとしつつ隼人は視線をノートに落とした。そのタイミングで亜里菜が言葉を繋ぐ。

「相手が強かった場合にその相手との対戦を捨てたりするってことね。そのためには確かに何パターンか必要かも」
「三つも使えるパターンがあれば何とかいけると思う。相手全員が俺らより数段上で隙がないなら、最初から勝ち目はなかったってことだ」
「それはちょっと違うかな」

 初めて亜里菜が隼人の言葉を否定する。それに「え?」と気の抜けた返事をしてしまったが、亜里菜は一つ頷いて言う。

「ちょっと違うかな。確かに組み合わせの妙で頑張れたとしても、やっぱり最後は試合の中でどれだけ考えて実力差を埋めるか、だよ。団体戦ならその点をじっくり考えられるから、団体戦で行こうとしてるんでしょ、隼人君」
「そう、だな……って名前で呼ぶなよ恥ずかしいし」
「照れてるの? いいじゃない〜呼んでも〜」

 隼人はまた視線をノートに戻す。亜里菜の聞こえてくるくすくすという笑いを意識の外に追いやる。その中で、亜里菜の言葉が一つ、心の刻まれる。

『団体戦ならその点をじっくり考えられるから、団体戦で行こうとしてるんでしょ』
(それは半分……いや、三分の一くらいだよ、井上)

 相手との実力差をどう埋めて勝つか。それを考えるのは個人戦でも団体戦でもそこまで変わらない。
 ただ、隼人は自分の素直な気持ちをまだ言う気はなかった。言うとすれば、全員にオーダーを発表する時か、更に後か。

(俺が、皆で一緒に全国に行きたいだけだ)

 亜里菜も含めたみんなが集まって、全国を目指そうと改めて決めた時に隼人の中に生まれた想い。個人で行くことができてもそれは喜ばしいことだが、やはり団体戦で、全員の力で行くことが最も意義があると感じていた。
 新しくスタートした栄水第一バドミントン部。
 それは過去の先輩たちが繋いできた伝統が一度途切れ、自分たちが新しく始めたもの。途切れた伝統も継がねばならないものだが、新しく発足したことでそこに新たなエッセンスも加える。そうすることで、自分達の部が立ち上がる。
 そのためには、全員が一丸となって全国を目指すこと。出ることが必要だと隼人は思っていた。そのために、オーダーを考えるのだ。

「じゃ、とりあえず名前並べてみたら?」

 亜里菜はそう言って考え込んでいた隼人からシャープペンをとるとノートを自分の方に向けて書き出す。おいおいと口を挟もうとした隼人だったが、すらすらと書き進めていく名前は自分の中のイメージとぴたりと一致していく。それだけに途中で手を止めさせたくはなかった。

「――よし、これでどう?」

 書き終えてから亜里菜はノートを隼人へと向ける。上から順にダブルス1と2。シングルス1から3と並んでいる。
 第一ダブルス  隼人と賢斗
 第二ダブルス  理貴と純
 第一シングルス 真比呂
 第二シングルス 礼緒
 第三シングルス 隼人
 自分の中にある理想的な記述。亜里菜に視線を移すと決め顔で親指を立てていた。隼人は呆れたようにため息を付き、思ったことを口にする。

「完璧、俺の中のイメージ通りだよ。井上もこう考えてたんだ」
「うん。これが一番やりやすい形だと思うよ。理貴君と純君はエースダブルスとして考えていいと思う。隼人君と賢斗君の組は勝てたら勝つし、負ける時は負ける。真比呂君も同じ、かな。で、礼緒君は必ず勝って、最後は隼人君。最初のダブルスにも出てるから体力回復なこともあるし」
「あるいは、小峰で勝負を決めるか、か」

 ダブルスは理貴と純。シングルスは礼緒がエースだと隼人は考えている。この一組と一人の勝利を前提にするとあとはどこで勝つかということになる。第一ダブルスで勝てればいいし、負けても真比呂が勝てばいい。もし負けても、小峰で挽回して2対2で隼人へと繋げられる。
 自分たちの戦力で最も勝率が高い組を負けるかもしれない組の後ろに配置することでリカバーするということだ。
 そう考えて、隼人は別オーダーを描いてみる。
 第一ダブルスに隼人と真比呂で第二ダブルス純と理貴。
 第一シングルスが礼緒で第二シングルス、真比呂。
 第三シングルス、隼人。
 更にまた別のオーダーとして第一ダブルスは賢斗と真比呂。第二ダブルスは純と理貴。第一シングルス礼緒、第二シングルス真比呂、第三シングルス隼人。
 いずれも第二ダブルスと第三シングルスは固定にしてみる。

「二つ目は最初の三つでケリをつけようとするパターン。次は……ちょっと変則的だけどあんまり変わらないか?」
「隼人君が第三シングルスってことは、やっぱりエースなんだよね」
「エース?」

 亜里菜の言葉の意味が全く分からずに聞き返す。亜里菜もまた、隼人の反応が理解できなかったのか問い返した。

「だって。第三シングルスって最後の砦だよね。団体戦で追い込まれても最後のいるプレイヤーが必ず勝ってくれるって思えたら、皆も力出せるんじゃないかな。その役目が隼人君なのかなと」
「……そう考えると、違うかな」

 隼人は顔を緩めて首を振る。それは自虐的なものではない。単純に事実として受け止めていることを亜里菜へと伝えるために口を開いた。

「俺は、俺たちのエースは小峰だと思ってる」
「礼緒君?」
「ああ。あいつは俺たちの中じゃ一番才能あるよ。中学まではプレッシャーに弱くて力を出せなかっただけで、女子との試合の時みたいに実力を出せれば、副部長にも勝てたんだから」

 五月の女子との練習試合を思い出す。1対2と追い込まれて絶体絶命だった隼人たちを礼緒は救ってみせた。相手の副部長も県大会で好成績を残しているようなプレイヤー。男女の差はあるとしても入学したての礼緒が簡単に勝てる相手ではない。
 隼人達の応援――特に真比呂の応援によってプレッシャーを力に変えた結果によるものだ。これから先、どんどん精神的に強くなっていくはずと隼人は確信している。

「あいつに精神的な強さが加われば個人で全国大会も夢じゃないさ。だから、あいつがエースなんだよ」
「んーそうかぁ」

 亜里菜は寂しそうに呟く。それがどうしてなのか分からずに隼人は尋ねた。

「なんで落ち込んでるんだ?」
「だって。やっぱり隼人君がエースのほうが、かっこいいし」
「……井上の嗜好はこの際、関係ないよ」
「ひどいなー」

 あからさまにため息を付いてからまた亜里菜は隼人のシャープペンを取ってオーダーを書き始める。少し時間がかかりそうなので隼人はノックをしている仲間達の様子を見るために視線をコートへと向けた。
 と、その時、近くを賢斗が横切った。

「あれ、どうした? 鈴風」
「え……」

 賢斗はまるで声をかけられたくなかったかのように驚き、おどおどとする。隼人に気づかれないように移動したかったのかもしれないがその意味が分からない。それもまた憶測であるため、ひとまず横に置いておく。次に隼人は賢斗の顔色が悪いことに気づく。夏休みで暑い中、徐々にハードになっていく練習に水分が不足しているかもしれない。そう思って傍にあったペットボトルを手に取って差し出した。

「なんか体調悪そうだな。水分補給したらどうだ? 井波のだけど」
「あー! 俺の!」

 ノックをしている最中に目ざとくみつけた真比呂だったが、礼緒から次々と放たれるシャトルを追って行くことに必死になってすぐ意識を逸らす。隼人は笑ってからペットボトルを床に置き、改めて賢斗に言う。

「でも体調悪そうなのはほんとだよな。水分取ってるか?」
「うん……大丈夫だよ。えーとね、高羽君」
「なに?」

 何かを言いたそうに口を開く賢斗だったが、隼人の視線を受けると目を泳がせて「えーと」と何度か繰り返した末に口を閉じる。

「どうした? 言いたいことあるなら言っていいぞ?」

 自分の出している雰囲気が怖がらせているのかと思い、ノートに書き込むために前傾姿勢になっていた体を起こす。顔も務めて明るくするようにして、賢斗が話しかけやすい状態を作るようにした。賢斗はまた「えーと」と繰り返すが、視線が隼人と亜里菜の間にあるノートで止まった。

「ん? あー、これか。これ、次の練習試合のオーダーを考えてたんだよ」

 会話のきっかけになるかと思い、隼人はノートを広げる。文字の羅列を見る賢斗の目が開かれたが、ノートを掲げたことでちょうど死角になり、隼人にはそれが分からない。

「今のところ、鈴風はダブルスかなって思ってるんだけど。鈴風自体はどっちやりたいとかあるか?」

 賢斗の顔を見て問いかけるが、視線を下に向けたままで「どっちでもいいよ」と言うと、立ち上がってラケットバッグが置かれた方へと歩いていく。

「本当に大丈夫か?」

 隼人は思わず立ち上がって追いかけようとするが、賢斗は素早く振り返って隼人を制する。

「うん。大丈夫。今日は具合悪いから、早退するね。ごめん」

 そのまま自分のラケットバッグにラケットを入れて背負うと、更衣室へと向かうために体育館から出て行った。有無を言わさない行動に隼人も明らかに何かあったと思っていても、手が考えられなかった。

「うーん。俺の出番かね」

 後ろを振り向くと腕を組んだ真比呂の姿。視線は賢斗が出て行った扉だ。

「何があったかよく分からない時は、直接聞けばいい」

 真比呂は自信満々で言い放った。
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