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● SkyDrive! --- 第二十五話 ●

 コート中央でじゃんけんをした結果、月島がサーブを取る。隼人は真上と左右。そして前を見てからエンドは今いる場所を選んだ。シャトルの見え方は先ほど基礎打ちの時に多少確認している。おそらくは見えにくいということはない。そのあたりは実際に試合をやってみなければ分からないところもあった。

「ラブオール、プレイ!」
『お願いします!』

 谷口の試合開始の言葉に合わせて互いに声を出す。月島は隼人が構えているのを見て、シャトルを左手に持ち、ラケットを後ろから前へと滑らかに動かした。打たれたシャトルは高く上がり、隼人はバックステップでそれを追った。飛び出しが遅れたが、その分は途中の移動速度を速めて帳尻を合わせる。

(……やべ。思わず見とれてた)

 月島を初めて見た時を思い出す。
 サーブや他のショットを打つ時の動きがあまりに滑らかで、綺麗だった。その時の記憶そのままの月島が目の前で隼人と試合をしている。まるで夢のようだが、まぎれもない現実。

「はっ!」

 ハイクリアでシャトルを月島の後方へと飛ばし、そこからの月島の行動を予測する。体勢的にハイクリアを打つのは辛い。そうなればスマッシュかドロップ。どちらも取る、と腰を落として待ち構える。
 月島がシャトルの落下点に来て振り被るのをしっかりと視線でとらえた隼人は打たれた瞬間に右足を踏み出した。
 シャトルはストレートドロップでネット前に落とされる。そこを目掛けて走っていた隼人だったが、ラケットを伸ばして返すもシャトルはネットに引っかかって落ちてしまった。

「ポイント。ワンラブ(1対0)」

 隼人は呆然とシャトルを見たが、すぐに気を取り直してシャトルを拾う。軽く打って月島に渡すとガットを整えつつレシーブ位置へと移動した。

(分かってても取れないとか、な)

 二択までは良かった。そして予測通りのドロップが放たれた。だが、シャトルは通常のドロップよりも速度があり、際どい軌道を通ったために隼人のラケットでの跳ね上げには角度が足りなかった。
 切れ味のあるドロップショット。月島の武器の一つ。

(なんとかあまり点を取られないうちに癖とか見破らないと)

 情報収集がいつまでならば勝つことが出来るか脳内でシミュレートする。今日の月島の調子は先ほどのショットを見れば好調のようで、点差を付けられると命取りになる可能性が高い。

(まずは五点まで。予定は未定)

 自分でまずボーダーラインを決める。実際にその時にどうだったかを分析することで次の手を考えていく。相手の戦力が自分よりも明らかに上であり、更に底が見えない場合。まずは小刻みに目標設定をしていく。今回は一ゲームマッチであるため、あまり悠長にはしていられない。ただ点を取られずに、できるだけラリーを続けながら策を練る。

『いっぽーん!』

 外から女子部員が月島へと声援を送る。隼人も真比呂たち男子から声援をもらい、背中を押されたようなイメージを持ちつつ待ち構える。月島は高く遠くにシャトルを飛ばした。綺麗な軌道を取って向かってくるそれをストレートハイクリアで打ち返す。最も深いところ、更にライン上を狙って。感覚が正しければ入っているはず。
 月島は真下まで来ると構えを解いてシャトルを見送ろうとする。隼人も緊張を崩しかけるが、先ほどの小峰のように急に打ってくるかもしれない。そう考えた頭と打ちはしないとこれまでの経験から判断する体がぶれた。
 隼人は悲鳴を上げる体を押さえつける。幸い、月島は本当に見逃して、ライン上にシャトルは落ちていた。

「ポイント。ワンオール(1対1)」
「どんまーい!」
「まぐれです、先輩!」

 声援の種類が増え、大きくなる。隼人は内心で「一応狙ってた」と呟いてみるがもちろん誰にも届かない。シャトルの落ちる位置を確認して自分の今日の感覚が、シャトルの落下位置とずれていないことは確認できた。点が取れたのはラッキーだったろう。

(月島さんも様子見だ。俺の引き出しをある程度出せば、攻めてくる)

 隼人はシャトルを受け取り、サーブ位置に着く。
 月島を視界に収めて、できるだけ移動するようにサーブを打とうと場所を慎重に決める。やがて決まったところで「一本!」と高らかに叫ぶとラケットに急制動をかけてシャトルを押し出すように打ちだした。
 ショートサーブに向けて飛び出す月島。ちらりと足元を見てからドリブンロブを上げる。鋭く上がっていき、すぐに落ちていくシャトルの下に飛びついた隼人はスマッシュを月島の右肩口に打っていた。シャトルは勢いを殺さないまま月島の右肩にぶつかって床に落ちる。
 会場がざわめいても、当の月島は軽く肩を掃っただけで「次よ」と平然と隼人へとサーブを要求する。全く隙を見せない月島を、隼人の心はスマッシュを打っているうちに更に気に入っていた。
 ポイントは2対1で、一歩だけリード。全くアドバンテージにはならないが、こちらが点数を多くとる分、取り返される間に月島のショットを研究できる。今回の試合ではリードをすることが攻略の糸口となる。何とか、このままリードを保たねばと、隼人は改めて自分に言い聞かせる。
 そう決意してのロングサーブ。シャトルをコート奥のラインに向けて打ち上げる。綺麗な軌道を描いて落ちていくシャトルを視界に収めつつ、隼人はコート中央に腰を落とした。

「はっ!」

 月島は追いついてすぐにスマッシュを放ってくる。速度は女子にしては速い。しかし、目で追えないほどではない。元々女子は筋力が男子よりないため速度は遅くなりがちだ。隼人もトーナメントを勝ち上がったところで負けたのはスマッシュで押しきるような相手だった。コントロールを駆使した戦略を力でねじ伏せられる。そこに自分の限界を感じてやる気を失っていたのだ。その記憶がよみがえってくる。

(この程度じゃ……倒せない!)

 バックハンドでストレートに打ち返す。ドライブよりは弾道が上がって、月島の左側を侵食した。その軌道に合わせるように月島はオーバーヘッドストロークでラケットを振る。隼人はラケットの軌道を見極めて前にしか飛ばないと判断し、足を前に踏み出した。

「やっ!」

 しかし、次の瞬間にシャトルが向かったのは隼人がいる場所と反対方向だった。
 かすった音を立てて進んだシャトルはネットぎりぎりを越えて隼人がいる場所の逆サイドのライン上へと落ちていた。

「ポイント。ツーオール(2対2)」

 あっさりと得点され、少なからず隼人は驚いた。それを顔に出さないようにしつつシャトルを拾いに行く。

(リバースカット……ドロップが得意ってのは分かってたから、可能性はあると思ったけど……あのタイミングであの軌道が打てるとか反則じゃないのか)

 リバースカット。シャトルを打つ瞬間にラケット面をシャトルに対して斜めに向けることでシャトルが進む角度を調節することをカットドロップという。リバースカットはその中でも逆方向へと打つもの。掌で言うと、手の甲でシャトルを打ってコントロールするような、高度な技の部類だ。
 シャトルをオーバーヘッドストロークで振った時、対戦相手はラケットの軌道からある程度のコースを予測する。カットを使われると真っ直ぐ振っても斜めに進むなど自然なフェイントとなる。それもあくまで真っ直ぐから相手の左側へ向けてのドロップになるとある程度予測は立つ。
 しかし、リバースカットが出来るならば、同じフォームから三方向への打ち分けが可能となるのだ。

(見た感じ、フォームに違いは見えない。完全に打ってから移動するしかなさそうだ)

 隼人が分析しきれていないだけかもしれないが、月島がオーバーヘッドストロークでシャトルを打つ場合はハイクリアもスマッシュもドロップも全て同じフォームだった。そのために、次にどのショットを打つか先読みをすることはほぼ不可能。先読みを止めてみればどうか、と隼人は次の姿勢を取る。
 月島は一瞬だけ笑みを浮かべてからロングサーブを放つ。目のいい隼人にはその笑みも見えていた。そこに含まれているのは挑戦的なもの。自分のドロップショットに対抗できるのかと言わんばかりに。
 隼人はハイクリアを打ってコート中央に戻った。先ほどと似た体勢。月島のドロップを実力で取ろうというのだ。

「こい!」

 念のための牽制。決め球を見せておいて後で外すというのは常套手段。だからこそ隼人も手を打って挑発してみた。挑発には挑発で乗る。それで相手に精神的優位を与えんとする。
 しかし、月島はドロップを打たずに、ハイクリアで隼人を右奥へと押しやった。シャトルをしっかりと視界に入れて、隼人はカットドロップを放った。

(これでどうだ!)

 カットドロップ自体は出来ないわけではない。だが、カットをかける価値があるほどには上手くない。せいぜい軌道が少し変わるくらいだ。それでも、月島に対してプレッシャーをかけるのは働いたはず。
 自分の得意ショットを相手に、しかもある程度のレベル止まりで返されて、一級品を持つ月島のプライドはどうなるか。

「はっ!」

 月島はよどみない動きでシャトルをラケットでとらえると、ヘアピンで落とした。
 あっという間に逆転され、そのまま月島はシャトルを拾った。羽を整えている間に、隼人は腕組みをして考える。

(こっちの揺さぶりには動じない。露骨だったからもしれないけど、あくまで自分でこう打つと決めたシャトルを打ってる感じだ)

 たとえ、窮地に追い込まれても、得点を取られても。自分の選んだ選択肢の結果だと割り切っている。相手の感情に左右されず、自分がやることだけやる。月島との実力差に残る対抗策はメンタルかと思ったが、想定よりも早く否定された。

(……ん? まてよ)

 今までのやりとりの中で隼人は気になることを見つけて、レシーブ位置につく。月島へと抱いた違和感を確認するために、一点を献上するつもりだった。
 月島のロングサーブ。隼人は追って行ってハイクリアをストレートに放つ。月島もシャトルの下に入ってストレートのハイクリア。お互いにハイクリアを何度か打ち合うラリーとなる。
 最初に動いたのは月島。
 カットドロップでクロスにシャトルを落としていく。切れ味良くネットに触れる寸前の軌道。隼人は前に飛び込むようにして直前で右足で踏ん張り、体を止める。ラケットは差し出してシャトルをネットすれすれに返るように浮かせた。月島も前にやってきてそのシャトルを打とうとする。強くプッシュするにはタイミングが悪く、隼人から見て、選択肢は――

「はっ!」

 選択肢を浮かべる前に選ぶ。月島は低いロブを上げてコート奥へとシャトルを打つ。前にいた隼人は普通ならば届かない。しかし、完全に読んでいた隼人の走り出しは、打たれてから追いかけるよりも一歩から一歩半は速い。それだけあれば、シャトルが落ちる前に下に入り、打つことは可能。

「はあ!」

 後ろに飛びつつシャトルを捉えてスマッシュを放つ。最短距離のストレート。斜め前にいた月島はコート中央に戻った次の瞬間、再び右サイドへと移動する。隼人のスマッシュは速かったが、月島の移動の方もまた速く、十分な体勢からクロスのドライブを打ち放つ。スマッシュを打ったばかりで体勢が整っていない隼人だったが、必死にシャトルへと食らいつき、ハイクリアで遠くへと月島を追いやった。
 月島が真下に構える。次の選択肢を浮かべる前に体が前に動いていた。

「やっ!」

 月島のドロップショット。そこに追いついて拾い、再び同じ場所へと縫い付ける。月島はクロスハイクリアを打ったが、飛距離が出ずにまた隼人のハイクリアをコート奥へと受ける羽目になる。次にストレートスマッシュ。更にはクロスカットドロップといくつか球種を分けて攻めていたが、隼人は全て取って同じ位置へと返していた。コート左奥へと縫いとめられる月島。彼女がこの状況で何をしてくるか。

「はっ!」

 残る選択肢はリバースカット。際どいコースを狙ってきたシャトルを、隼人はバックハンドでラケットを伸ばし、取る。ある程度読んでいても、浮かせずにシャトルを打つのがやっとだった。
 だが、月島も打ったと同時に前に出て、更に隼人がネット前に返すことを読んでいたのか、迷いなくシャトルに追いつく。
 隼人が息を飲んだ瞬間、月島のラケットが下から上にスライスされて、隼人のコートへとシャトルが落ちていた。

「ポイント。フォーツー(4対2)」

 ナイスショーット、と女子部員から声がかかる。隼人は月島の今のラリーを分析し、一つの仮説を導き出した。

(もう少し情報集めるか……これからが、本番ですよ。月島先輩)

 隼人は心静かに闘志の炎を灯した。
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