●● SkyDrive! --- 第十九話 ●●
「ポイント。シックススリー(6対3)」
純のドライブが決まって相手との点差が一つ広がった。序盤から純は後の体力を考えることなく、すべて全力でドライブを田中たちのコートに打ち込んでいる。スマッシュとは違い床と平行であるため、ラケットが届く範囲であれば女子にも取れてしまうはずだったが、速さに体が慣れていないのか上手く打ち返せなかった。特に六得点のうち四得点は森の打ち損じからのもの。完全に純の中ではターゲットに決まっている。
(女子を集中的に狙うっていじめみたいだけど……試合に勝つためだ)
バドミントンの試合は、いかに相手が嫌がるところに打つかということが一つの鍵となる。
万全な状態のバドミントンプレイヤーに、死角というものは存在しない。どこに打っても基本はラケットが届く範囲であり、意識もシャトルに向いているため、シャトルを取れないということは理論上ない。しかし、実際にはシャトルを打った後にも隙ができる。攻めた方も守った方も。その中で、打つ方も守る方もミスをする。そうして点数が他方に入る。
それはあたかも将棋のようだ。
将棋は完璧な守りの体勢から一つずつ駒を動かして隙を作る代わりに、攻める体制を整える。そして、相手の王を取りに行く。
バドミントンも同じく、相手も自分も隙を作り出していく過程で、その隙を突こうとする。そこをカバーできると逆に相手に隙ができる。
そう言った知略戦になる以上、相手が「どこにどう打てば嫌がるか」ということに思考を巡らすことになる。同性なら気にならないが、異性にするとなると純の中に躊躇いが残る。
(だからって、やらないわけじゃないんだけど――な!)
自分の中の弱い部分を叩き潰すようにシャトルをドライブで打ち抜く。シャトルが行く先は森。しかし、森も今まで狙われて何も対策をしていないわけではなかった。ラケットを前に出して、ただシャトルに当てる。勢いを殺されたシャトルは前にすんなりと落ち、前衛にいた理貴がネットに引っかけることを恐れて奥へと飛ばした。
後ろにいたのは田中。そこで田中は飛び上がり、高い打点でスマッシュを打ち込む。既に左サイドに移動していた純はバックハンドで前に落ちるように力加減を調整した。森は足を細かく動かして移動し、ラケットをシャトルに当てた。勢いを殺されたシャトルに理貴も追いつけず、床に落ちていた。
「ポイント。フォーシックス(4対6)」
森は笑みを浮かべて自らシャトルをラケットで引き寄せた。
自分のミスで点を取られたため、自分で取り返せたのが嬉しかったのだろう。しかし、戻った森を出迎える田中の顔は険しい。森もその表情を見て竦んでしまったのがネットを挟んだ男子側でもよく分かった。
(森さんには悪いけど……使えそうだ)
純は迷いを捨てて、一つの決意を持って構える。ちょうどファーストサーブの位置に戻ってきたところで、相手からのサーブ。サーバーは森。その顔は後ろに構える田中をどこか恐れているようだ。
(田中は人に引っ張られるのが嫌だってタイプなんだろうな……もし高羽がそんなタイプだったら鈴風も大変だったろうな)
谷口がどういう意図で相手二人を組ませたのかは純には分からないが、コンビネーションが取れていないのならチャンスだ。早々と一勝を勝ち取るべく、ギアをまた一つ上げる。
「しゃ! 一本行くぞ!」
「おう!」
純に声に合わせて背中にかかる理貴の声。その声音に含まれる力強さが力を与えているようだと純は思っていた。森は弱々しいショートサーブを打ち、純はぎりぎりロブを上げていた。おどおどとしていても森のコントロールは十分。ショートサービスラインに重なって落ちそうに見えたため、取らないという選択肢は考えられなかった。
「ナイス、森!」
田中がそう言いながらシャトルを追って、下で構える。女子らしからぬ、腹からの声で吼えながら田中がスマッシュを放った。ストレートで向かうのは純。フォアハンドの右膝元という取り辛い場所へと正確に飛んでくるシャトル。
純は咄嗟に右足を前に出し、ラケットをバックハンドに持ち替えてストレートに打ち返していた。その動きを予測していなかったのか、田中は構えるのに遅れて振りきる前にシャトルがラケットにぶつかってしまった。シャトルはふわりと浮かび上がり、純たちのコートへと向かう。
「任せろ!」
理貴が純を制して、タイミングを合わせて飛び上がる。
落ちてくるシャトルを捉えてスマッシュで森の前に叩き込んだ。
「ポイント。セブンフォー(7対4)」
純は振り返った理貴に手を掲げてハイタッチをして、空いている左拳同士を打ちつけ合った。理貴もそれが当然の動作というように、自然な流れになっている。
「いいじゃん」
「まあ、な」
理貴がシャトルを受け取るために背中を向けたところで、純は少しだけ笑った。ダブルスを組む時に決めた二人のルーティン。ダブルスとして、集中力を上げていくこの動作をやることにしたのは、理貴だった。
【一人一人何かルーティンを持つのはいいことだけど、ダブルスはある意味、二人で一人だからな。一緒のルーティン作ったほうが、もし片方が崩れそうになった時も立て直せる可能性が高いんだ】
【それは実体験か?】
【まあな】
おそらくは、中学時代のパートナーとしていただろう動作。元々、理貴はそのパートナーに全国大会の場で再会するためにバドミントン部に入っている。そしておそらく、今後もパートナーになっていくだろう純と共に全国の舞台に立とうとしている。
(別にダブルスに拘りって言うのはなかったけど……)
理貴のサーブのために後ろに下がる。
練習の中でいろいろとダブルスの組み合わせを考えた結果、純と理貴をダブルスの柱にすると隼人は決めた。練習の中でも一番勝率が高かったペアであり、団体戦としては信頼を置けるポジションが一つはあった方がいい。第三シングルスはエースを置くが、ダブルスもまた一つのエースポジション。そこに、理貴と純が座ることになった時に、純の中に一つの拘りが生まれた。
(やるからには、勝つ)
理貴が「一本!」と叫んでショートサーブを放つ。サーブを受けた田中がヘアピンで落とすと理貴もすかさずクロスヘアピンで田中を躱そうとした。田中はラケットを伸ばして何とかシャトルを拾い、ロブを上げる。本来ならそれは純が取るシャトルとなるが、理貴がそのまま斜め後ろへと下がってくる。その動きを察知して純は前に移動した。
「うおお!」
苦し紛れに上げたシャトルだったために勢いはなく、理貴は追いついて十分な体勢を整えた。そこからストレートスマッシュを放つ勢いでラケットを振り、直前でぴたりと止めた。その結果、シャトルは緩やかなカーブを描いてネット前に落ちていく。声と動作からスマッシュを予測していた田中と森は全く動くことができずにシャトルの軌跡を目でなぞることしかできなかった。
「ポイント。エイトフォー(8対4)」
「っし!」
理貴の出してきた左拳に同じ拳をぶつける。軽い衝撃から自分の中にも理貴の気合いが入ってくるようだった。
「ナイスドロップ」
「ここは勝負所だな」
理貴は不敵に笑って、放られたシャトルを受け取る。フェイントが頭に残っている間にまたスマッシュを打とうとすれば、相手も何を打ってくるか悩むはずだ。そこを狙って点差を広げる。理貴の頭の中のシナリオを純も大体は把握する。
「一本!」
「ストップ! 一本行こう!」
理貴が攻めたててくることを田中も予想したのだろう。迎え撃つ森に対して背中から大声で気合いを入れる。しかし、森の表情が不安げに歪んでいるのを見取って、純は内心ため息をついた。
(田中……それだと、森を萎縮させるだけだぞ)
理貴がどう思っているのか純には分からなかったが、それでもショートサーブでシャトルを厳しいところに落とす。森は無理せずシャトルを飛ばして純を奥へと走らせた。自分がスマッシュよりもドライブの方が得意だということは試合の中で相手にも伝わっているはずと純はあたりをつけて、不意を突くようにスマッシュで森のバックハンド側を襲う。元々あまり得意じゃないだけに、目的地へとシャトルを置いていくようなショット。速度はあまり出さずにコントロール重視のスマッシュ。それでも森は奥へと返すのが精いっぱいのようだった。普段ならばヘアピンが出来たりとするだろうが、前衛では理貴が目を光らせており、少しでも浮けばプッシュをする。少し前まではそれでもヘアピンを打っていたが、先ほどの田中の気合いでここはミスできないと思ったのだろう。
それが、逆に森の選択肢を狭め、安全策に走らせている。
(それでも……効果的ではあるけどな)
攻め気がないということは裏を返せば防御に気を使っているということ。そう簡単に相手もチャンス球を上げないし、カウンターを取られる可能性もある。
純は田中と森を一瞥し、打つべき場所を決める。
(ミスった時は、頼んだぞ、理貴!)
純は今までよりもラケットを振りかぶり、インパクトの瞬間に力を込めた。ラケットがシャトルに当たってしなる様な錯覚を得るほどに。
「はっ!」
全力で放ったシャトルは一直線に森と田中の間へと飛ぶ。今まで見せたことがない最大速度。それでも、田中は反応してラケットを差し出そうとした。森もまた、何とか取ろうとラケットを出す。
その結果――
「きゃあ!?」
「ひゃ!」
ガキリ、と鈍い音と共に二人のラケットが弾かれてコートに落ちていた。シャトルは二人の間を抜けた先に転がっている。
互いに右腕を抑えてコートにへたり込み、呆然としていた。
「大丈夫か?」
理貴が慌ててネット越しに二人に声をかける。先に正気に戻ったのは田中だった。理貴に向けて軽く睨んだ後で「大丈夫」と立ち上がる。しかり森はコートに落ちた自分のラケットを見たまま、まだ動かなかった。
「森。大丈夫?」
「え、あ……うん。ごめんなさい……」
森は田中にそう言って、俯いたまま自分のラケットの所まで行って手に取った。
(……決まり、かな)
純は万が一顔に心情が出ていた時のために、女子に気づかれないようにと顔を少しそむけて考える。
挽回しようとする森がシャトルを打つ時に田中と躊躇しあうのを狙って中央に打った。だが、結果は二人が同時にラケットを出して、接触したというもの。正直、怪我をしていたかもしれないと思うとぞっとしたが、二人がラケットフレームを見てホッと息をついているのを見て、ラケットにも影響はなかったのだと分かり、同じくホッとする。
(でも、森はもう立ち直れない、かな)
少なくとも試合の間は、森は萎縮したままだろう。
まだ得点は一桁。完全に流れは純達にあるが、試合の展開次第では田中たちにも挽回は可能。
それでも、純はこちらの勝ちは動かないだろうと思った。
しかし。
「純! 気合い入れ直せよ」
気づけば、理貴の拳が目の前に突き出されていた。
ダブルスでのルーティン。目の前の出来事で忘れていた。更に、思考の海に沈んでいて気付かなかった。理貴はいつから手を出していたのだろうか。そして、純の中にある油断にいつから気づいていたのか。
「気を抜いていい試合なんてない。先に二十一点目を取られたら負けだ。どんなに間、点差をつけてもな。俺は……そういう思いでいつも試合に望みたい。だから、できればお前もそう思ってくれ」
「……当たり前だろ。悪かったよ」
純は素直に謝って、差し出された拳に左拳を合わせた。
そして入部当初の理貴を思い返して内心笑う。
一匹狼なイメージだった理貴も、部に入れば隼人と前に出て皆を引っ張ってきた。
精神的な支柱は真比呂で、技術的な面は隼人。さしずめ理貴は部の監視役。ダレてきたところに活を入れる役か。
既にそんな役割分担ができているのだと思い、純は笑った。
「そうだな。このまま、振り切る」
ようやくできてきた男子バドミントン部。
だからこそ、初戦は勝利で終わらせたい。
そのために今は、勝つことに集中するのだ。
「一本!」
「行くぞ!」
理貴は、今度は田中へとショートサーブを打つ姿勢を取る。すでに田中の顔には焦燥感が満ちていて、覇気が失われている。それでも、純にはもう迷いはなかった。
(悪いが、完全に叩き潰す!)
理貴のショートサーブから上がったロブを、純は渾身のドライブで相手コートに返していた。
そして、その時がやってくる。
「ポイント。トゥエンティトゥエルブ(21対12)。マッチウォンバイ、外山・中島」
谷口がため息交じりにカウントを告げ、試合は終わりを告げた。
外山純、中島理貴。ダブルス勝利。
それは栄水第一男子バドミントン部としての初勝利だった。
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