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● SkyDrive! --- 第十七話 ●

 月島のスマッシュが前衛の賢斗と後衛の隼人、二人の中間に落ちるように叩き込まれる。左サイドのラインぎりぎりを狙われて、隼人は飛ぶように前に出てシャトルを打ち返した。飛び出すのが遅れてドライブ気味にシャトルが返る。

「はっ!」

 前衛で構えていた野島が返ったシャトルをインターセプトして、また隼人たちのコートへと落とされる。賢斗は速さに反応できずただ見送るだけしかできなかった。

「ポイント。トゥエンティフィフティーン(20対15)。マッチポイント」

 あと一点で負ける。隼人は得点のカウントを聞きながら、冷静に得点差と逆転の手を考える。サーブ権を取り返されてから得点できたのは一点止まり。他は月島も野島も賢斗への集中攻撃を続けた。弱い方から狙うのがダブルスのスタンダードな戦法。裏を返せば、それだけ隼人と賢斗のダブルスを認めているということだろう。
 隼人にとって、賢斗を侮ってくれている間が攻めるチャンスだった。だが、賢斗が試合の間に徐々に成長していくのを見ていると、ネット前でラケットを掲げてシャトルをインターセプトさせるだけでは満足できなくなった。自分の冷静な思考よりも感情を優先させた。結果、賢斗の成長を促し、月島たちの警戒を強めてしまった。

(だからって悔いはないさ。だからこそ、この状態で勝たないと)

 何とか狙われてもシャトルを返していた賢斗だが、最後には猛攻に押し切られていた。肩で息をする賢斗は一度上を向いて息を落ち着かせている。隼人はラケットを軽く背中に当てて自分へと注意を向けさせてから話しかける。

「鈴風」
「……ごめん。狙われてるの分かっててもうまくできない」
「いや、よくやってるよ。何とかロブを上げさせてこっちから攻めたいな」
「さっきもそれ試そうとして結局、逆転されたね」

 狙われ始めてから何度か隼人と賢斗も状況を打開しようとしていた。功を奏して一点は取れたが、後は相手のロブを上げさせてもこちらが攻めればカウンターを受けてしまい、逆にスマッシュやドロップで攻められてしまう。悪い流れを止めることができず、現状まで追い込まれてしまった。

「さ、ラスト一本」

 サーブは月島。賢斗に向けて月島が打つ形になる。隼人は賢斗に耳打ちしてから離れて構えた。

(ここからは一点取られれば負けるんだ。全部賭けに出てみるか)

 賢斗に指示したのは前に絞ること。月島の今までのサーブから、隼人はロングサーブを苦手としていると判断していた。十五点目を取れなかった時のように、試合の中で演技をして誤った情報を隼人に掴ませている可能性もある。それでも、隼人たちにはもう後がない以上、集めた情報に賭けるしかなかった。

「一本」

 月島は一度深く息を吸い込み、吐き出した。体の中の空気を入れ替えるように。新鮮な酸素を使ってこれからのラリーを行うと言わんばかりに。
 賢斗は前傾姿勢でラケットを上にかかげる。後ろに打たれても何とかなる可能性が高い構え。それでも前に打ってきてくれなければきついものはある。

(確かに月島さんたちは賢斗を侮っていない。だからこそ、ここで自信のあるショットを打ってくるはずだ)

 サーブを受けない隼人もつばを飲み込む。一瞬の間の後で月島がサーブを打った。
 シャトルはゆっくりと、ネットを小さく越えてくる。

(ショート!!)

 隼人は心の中で歓喜に震え、全方位に飛ぶように動けるように、その場でつま先立ちになる。賢斗は極力逆らわず、ただ当てるだけのヘアピンを打ち、月島はシャトルを柔らかくプッシュした。シャトルは賢斗の頭の横を通ってコートに落ちていくシャトル。隼人は先ほどと同じような体勢となったが、より角度をつけて高く上げた。ロブが上がっても賢斗に前にいるように指示して、隼人自身は中央よりも右に寄った。上げたのは相手コートの左方向。野島ならばストレートに打ってくる確率が今までの試合展開では高い。クロスにスマッシュを打たれたとしても今ならばまだ追いつける。
 隼人の方を見た野島がどう思ったのか隼人には分からないが、放たれたスマッシュのタイミングがいつもより一瞬遅いように思えた。その微細な違いを感じて、隼人は反射的に一歩前に足を踏み出す。
 放たれたシャトルに向かって行き、バックハンドで持ったラケットをより前に押し出して、スマッシュに対してカウンターとなる一撃を放った。威力はないが、野島にとってはスマッシュを打った後にすぐ返って来たように感じるような一撃。隼人の狙い通りに野島は打ち損じてシャトルはコート外に落ちて行った。

「ポイント。シックスティーントゥエンティ(16対20)」
「っし!」

 賢斗よりも先に隼人がガッツポーズを見せた。依然、厳しい状況には変わりないが、首の皮一枚は繋いでいる。
 シャトルを審判が賢斗へと放り、受け取った賢斗はゆっくりとバックハンドのサーブ姿勢を取った。
 ロングサーブを打てるようになってから、賢斗はサーブのサインを取り入れて来ていた。誰もが普段使うものは、親指を立てればロング。小指ならショートだ。賢斗が出してきたサインはショート。
 ミスをした時点で負けが決まるこの状況で、賢斗はショートサーブを打とうとしている。気づいてないということはないだろうと隼人は思う。

(鈴風。サーブは完全にお前に任せた)

 今までは何度か打つコースやショートかロングなどの判断まで、ある程度隼人がアドバイスしてきた。それが試合の流れを少し悪くしているのも、自分たちがどのようなサーブを打つのか月島たちが予測しやすくなっていたのも分かっていた。それでも打ち方しか教えていない賢斗に状況に応じたサーブの打ち分けができるはずがなかったため、教えるしかなかったのだ。
 でも終盤に来て、隼人は賢斗にすべてを委ねた。
 すなわち、ここにきて賢斗にもサーブ時の駆け引きができるようになった、と判断した。

「一本!」

 賢斗が叫び、ショートサーブを打つ。ネットぎりぎりを越えていくシャトルを月島が打ち返す。左サイドぎりぎりに角度をつけて打ち込むところに隼人が飛び込もうとする。だがそれよりも先に賢斗が横に移動してラケットを上に振り切った。

「でや!」

 気合いの乗った声と共にシャトルが月島たちのコート奥へと飛んでいく。それから賢斗は後ろに下がり、サイドバイサイドの陣形を取ろうとする。

「鈴風――任せた!」

 隼人は隣に移動して逆サイドの守りに入る。賢斗とダブルスを組んで初めての視界。シャトルに追いついた野島はこちらを一瞬見てからスマッシュをストレートに打ち込んだ。賢斗のところへと向かうシャトル。賢斗はバックハンドで構えて高く打ち返した。シャトルはしっかりと奥へと返り、打ち終えた野島の下へと再び落ちていく。
 野島はまた構えてスマッシュをストレートに打ち込み、またしても賢斗はバックハンドで打ち返す。絵に描いたように同じ軌道で三回目だ。狙っているわけではなく、賢斗がミスなく打ち返せているために起こっているのだろう。
 三回、四回と繰り返されると共に徐々に野島のスマッシュの軌道が下がっていく。

「密!」

 月島の声が響くとほぼ同時にシャトルがネットにぶつかって、月島たちのコートに落ちていた。

「ポイント。セブンティーントゥエンティ(17対20)」
「ナイスレシーブ!」

 隼人は賢斗に向けて声をかける。賢斗は肩で息をしていても笑顔を返していた。賢斗の粘りが野島を焦らせてスマッシュをミスさせたのだ。一ゲームしか今回は試合がないとはいえ、終盤となれば疲れも多少出てくる。そこで連続でスマッシュを打てば自然とミスする確率も上がるだろう。

(最後に自分で決めようって意識が強すぎたみたいだな)

 野島は月島に何度も頭を下げて謝っていた。月島も肩に手を置いて宥めている。その光景に、隼人はつけいる隙があるように思えた。

(もしかして。接戦に弱いのかもしれない)

 月島と野島の公式戦の記録は分からないが、部の中では少なくとも一番強いはず。そこから隼人は短い時間の中で考えをまとめるために思考を巡らせる。

(月島さんと野島さんのペアは部内では一番強い。だからこそ、団体戦でも第一ダブルスとして出している。もしかしたら、部の中では割と簡単に勝ってしまうかもしれない。月島さんは全国区だし、特にネット前のプレイは賢斗や俺が取れる方がまれだ。女子では対応しきれないかもしれない)

 隼人は次のレシーブ位置に移動しながらも考える。今までラリーしてきて、月島は常にライン上や賢斗と隼人のちょうど守備範囲の隙間を縫うようにシャトルを打ってきている。それに追いつくことができたのは、ひとえにダッシュ力や全力で手足を伸ばしたことなど、女子にはない体格や筋力によるものが大きい。ならば、女子ではコースぎりぎりに打たれれば取れないまま見逃していたのではないか。

(全部憶測だけど、やってみるか。こっちがミスる可能性の方が高いだろうけど)

 長くラリーを続ければミスする確率はお互いに高くなる。本来ならば、隼人たちのほうが早めにシャトルをコートに叩き付ける必要がある。焦ってはいけないのはこちらも一緒だ。

「鈴風!」

 サーブを打とうとサインを送る賢斗に向けて隼人は叫ぶ。隼人の方を振り返った賢斗に向けて静かに語りかけるように言った。

「焦るな。どんなに長くなっても、打ち返せ」
「了解」

 一秒も止まることなく返される言葉。隼人のことを完全に信頼しているからこそできること。その信頼に応えようと隼人はシャトルに集中して一つの取りこぼしもないようにと構える。

「一本」

 ゆっくりとサーブ姿勢を取り、シャトルを押し出す賢斗。ショートサーブで運ばれたシャトルをインターセプトしようとする野島。下から上にラケットを振って、シャトルコックを掠る。それによって生じた不規則な回転によりシャトルはネットに沿って落ちようとする。
 だが、賢斗はネットを越えて落ち始めた位置にラケットを置き、すぐに相手側へと返した。ネットの上で取ってしまえば不規則な回転による取り辛さも問題ない。
 シャトルが返り、再び野島はヘアピンで賢斗から離れる軌道でシャトルを打つ。ネットすれすれに移動して隼人たちのコートに侵入してくるそれを、賢斗は横に移動して再びラケットで捕えた。今度は少しだけ力を込めて押し出すと、野島の防御範囲を超えてコートを侵食していく。

「取るわ!」

 後ろからそのシャトルを取りに月島が出てくる。宣言通りシャトルを取って、ふわりと浮かせるように前衛へとシャトルを落とした。賢斗は野島のシャトルを打つのに精いっぱいでそのシャトルを取りに行く余裕はなく、隼人が飛び出す。

「おおお!」

 月島は冷静に賢斗と隼人の隙を探して、そこに落としてくる。それも隼人には分かっていた。あえてとは言わないが、隙ができるところを自分で分かっていれば、そこに月島は打ってくるだろうと。予想通りにきたシャトルを、隼人はドライブで打ち抜く。前に踏み出した分だけ威力が強く、野島も月島も反応できない。だが、隼人は脳裏にシャトルがアウトになるビジョンが浮かんだ。

(まずい――)

 思考が終わる前にシャトルが失速し、落ちた。隼人の方から見るとライン上に落ちたように見えたが、ラインズマンがどう判断したのかによる。
 ラインズマンは、片手を前に突き出した。

「っしゃ!」
「ナイスショット! 高羽君!」

 片手を前に突き出すインの証。ポイントが加算されて、18対20。あと二点で追いつき、延長戦に突入できる。

(あと、二点。一点ずつ。一点ずつ)

 焦らないように自分に言い聞かせて呼吸を続ける。自然と閉じていた目を開くと、すでに賢斗がサーブ姿勢を取っていた。その背中の頼もしさに安心感さえも覚えて、隼人はレシーブ姿勢を取る。サーブはショート。賢斗はシャトルをラケットに近づけ、柔らかく打った。
 ――そして、シャトルはネットにぶつかり、隼人たちのコートへと落ちていた。

「ポイント。トゥエンティワンエイティーン(21対18)。マッチウォンバイ、月島・野島」

 ネットの向こうで笑顔で喜び合う月島と野島。それを見ながら隼人は何が起こったのか少しの間、理解できなかった。しかしすぐに賢斗がサーブをミスしたのだと思考が追い付き、大きく息を吐いて賢斗に近づく。
 賢斗はサーブを打った後の姿勢のまま止まっていた。呆然と月島たちを眺めている。賢斗の背中を軽く叩いたことでようやく隼人の方を見る。

「お疲れさん」
「あの……ごめん……本当に」
「いいんだ。こういうもんだよ」

 今まで競っていたことが嘘のように、一瞬で終わってしまった試合に頭の中を整理できていないことが分かった。隼人が軽く肩を叩いて言葉をかけると、感情と思考がかちりとはまったのか賢斗の顔が悔しさに歪む。
 隼人は賢斗の背中に手をまわしてネット前に誘導した。試合が終わる際の握手をするために。

 高羽隼人・鈴風賢斗VS月島奏・野島密
 21対18で月島・野島組の勝利。
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