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● SkyDrive! --- 第十六話 ●

「はっ!」

 隼人がドライブで野島の左側を抉る。バックハンドで少しでもシャトルを甘く返させればという意図だったが、野島は慌てずバックハンドにまず持ち替えてから、前に押し出すようにシャトルへと当てただけだった。それだけで隼人のドライブの威力を相殺し、更には残った威力でネット前に落とさせる。実際には素早く流れるように行われるその動作をまるでコマ送りのように正確に隼人が見て取れたのは、野島にそれだけ余裕があることの裏返しだ。
 賢斗に出来たのはネット前に立ってラケットでシャトルを拾うだけ。ふわりと落ちようとしたシャトルを、前に詰めた月島がプッシュで叩き落とした。

「ポイント。フィフティーンテン(15対10)」

 賢斗のヘアピンもけして悪くないと隼人は思う。ただ、まだ初心者であり打ち分けができない分、打つところが読まれやすく、月島には狙いすましてプッシュするのは簡単だった。回避するには、月島が打てないほどギリギリのヘアピンを打つか、アウトにならないようにヘアピンを打ち分けるかしかない。後者に関しては何度か賢斗も試したが、アウトになったりラケットをネットにぶつけてしまっていた。
 あとはギリギリのヘアピンを打つかだが、それも野島や月島のショットによって阻まれる。ギリギリのところへ打つドロップと、多少ネット前に落ちるショットを使い分け、賢斗に思うようにヘアピンをさせなかった。ネットに近いドロップを打てば、賢斗も落ちる前にラケットを差し出すだけでヘアピンが打てる。しかし、二種類のショットを織り交ぜられることでネットプレイに幅が生まれ、逆に賢斗には足かせとなった。
 序盤から逆転されて、何とか隼人のスマッシュなどで点を取っていたが、徐々に差を広げられている。

(あと六点……二ゲーム目はない。このあたりで同点に追いついておかないと、きつい)

 サーブは野島から隼人へと向かう。隼人は何とか主導権を握ろうとラケットを大きく掲げて相手を威圧する。野島は一つ息を吐き、冷静にショートサーブを打った。前に出た隼人がラケットヘッドを瞬時に立てて角度を変えてヘアピンで落とす。フェイントで野島も騙されたが、シャトルはダブルスラインぎりぎりに向かって落ちていく。

(切れるな!)

 シャトルが落ちたところで隼人は内心悲鳴を上げる。自分の目からはアウトに見える角度。それでも審判はインと判断して得点を告げた。

「ポイント。イレブンフィフティーン(11対15)」
「……ふぅ」

 ひとまずシャトルを手に取り、賢斗に渡す。残り点差は四点。相手が十六点を取る前に追いつくのが理想だが、賢斗のサーブで粘れるかは隼人次第。

(サーブの相手が月島さんだからな……)

 賢斗の斜め前に構えるのは月島奏。その威圧感は向き合っていない隼人にも伝わってくる。実力者が持つと呼ばれる気配。放たれる闘志は相手を縛るという。隼人はそんな実力者たちの領域に行く前に負けていたので縁はなかったが、月島は間違いなく【そちら側】の人間だろう。

「鈴風。冷静に一本な」
「うん」

 簡潔に頷いて、賢斗はバックハンドでシャトルを構えた。ここでロングサーブを打つのも一つの手だが、賢斗にはまだそんな小細工は出来ない。自分が今できるショートサーブを、月島に打つことだけ。

(それでいいさ。この試合は勝つことも大事だけど……初心者には挑むことが大事なんだから)

 隼人は後ろから賢斗の姿を見る。
 短い練習期間でよく成長したというくらい賢斗はダブルスとして機能できていた。隼人の予想ではもっと大差をつけられて負けているはずだったが、同点まではもう少しというところまで来ている。

「一本!」

 賢斗はそう言って、ショートサーブを打つ。瞬間、飛び込む月島。
 ラケットヘッドの方向から隼人はシャトルの軌道に当たりを付けて移動した。
 ネットを越えた瞬間に叩かれたシャトルは賢斗のバックハンド側へと飛んでいく。ショートサーブを打って斜め前に動く賢斗には最も取りづらいコース。実際、賢斗は全くラケットを動かせずに見送るだけだった。

「鈴風! そのまま前にいろ!」

 そのシャトルに隼人は追いついていた。正確には、月島の打つ軌道を読み切った。自分ならばどの位置に打つかを賢斗がサーブ態勢を取る間に脳内でシミュレーションし、最も可能性が高いものを選んだ。それがちょうど当たっていた。
 バックハンドに持ち替えてストレートでシャトルを返す。狙うのは月島も野島もいない左後方。おそらくは野島がカバーに入るだろうが、渾身のショットは速度も十分。相手のバランスを崩すにはちょうどいい。
 隼人の意図通り、慌ててシャトルを追い、何とか追いついて返したのは野島であり、シャトルが低い軌道で強く返された。そこにラケットを突き出したのは賢斗。

「叩き込め!」

 今までならばシャトルにラケットヘッドを振れさせるだけ。しかし、今の時だけ隼人はラケットを動かすように指示した。
 賢斗はその言葉通りにラケットを鋭く動かしてシャトルをコートへと叩き付ける。
 シャトルは邪魔されることなくコートに着弾し、高く跳ねていた。

「ポイント。トゥエルブフィフティーン(12対15)」
「ナイスショット!」

 審判の言葉が終わる前に、隼人は賢斗の背中を叩いていた。
 今までヘアピンしかしてこなかった賢斗がプッシュを成功させた。それは月島たちにも予想の選択肢の広がりを心配させるに十分だっただろう。今まではヘアピン一辺倒だったからこそ、それを上手く使う配球で賢斗を追いつめていた。だが、プッシュを打てるということだけで、その選択肢が崩れ去る。実際のところ、綺麗に決まったのは運が良かったけだろう。しかし、この場でその運を引き寄せる賢斗に純粋に隼人は感心した。

「よし。この調子で行くぞ」
「やろうか!」

 笑って隼人と拳を合わせる賢斗。そのまま次のサーブ姿勢を取る。相手は野島。月島ほどではないが油断はできない。賢斗もそれは分かっているようで一つ息を吐いて間を開けた。

「一本だ」

 静かに言ってゆっくりと押し出す。隼人が後ろから見ていても、その様子は試合開始当初とまったく変わっていなかった。決めたことをきっちりとやる性格なのかもしれないが、体力が低下してきている試合中盤から終盤でよくそこまで保てると、隼人は感心する。野島もそれに気づいているのかショートで放たれたシャトルを警戒して無難にロブを上げた。その下に回り込んだ隼人は月島と野島の立ち位置を見て、渾身のスマッシュを二人の間に叩き込む。

「はい!」

 声をかけてから月島がスマッシュを弾き返す。一瞬の停滞もないリターン。打った瞬間からほとんど間がなかったために隼人も体勢を崩したままでシャトルへと向かった。ほぼ横っ飛びでシャトルに追いついてドライブを打つと、そのシャトル目がけて月島が飛び込んできた。賢斗が目の前に立ちふさがりショットのコースを塞ぐが、月島は賢斗の防御圏内から離れるようにシャトルを打つ方向を変更した。

「そこ!」

 隼人は声を出して右足を踏み込んだと同時に、ラケットの動きを急激な速度から一瞬でゼロにした。結果、シャトルは瞬間的に反発されてネット前に落ちていく。声と音で女子二人は一瞬、動きを止めてしまい、シャトルに追いつけなかった。

「ポイント。サーティーンフィフティーン(13対15)」
「ナイスショットだ! 隼人ぉおお!」

 真比呂が気合いを入れた応援を響かせる。即座に谷口に注意されて縮こまるが、それでも隼人と賢斗にはありがたかった。あと二点で追いつく。そうすればまだ勝機はあるはず。

(でも……流石に、怖いな)

 月島は無表情で隼人と賢斗を見ている。その眼は自分たちを見透かそうとしているような、観察されているような感触を隼人に残す。
 それは思い過ごしだと自分に言い聞かせて、賢斗の後ろにつく隼人。
 今度のサーブは月島へと。そのターンが来るたびに隼人の背中に冷えた汗が流れていく。賢斗が少しでもショートサーブを失敗すれば、月島のプッシュがコートに突き刺さる。それを取れるかどうかは自分次第だったが、賢斗の失敗だけでほぼ決まってしまうだろう。
 その時だった。賢斗が大きく息を吸い、ゆっくりと吐いた。今まで行ったことがない呼吸。あまりに特殊で隼人は賢斗の顔を見た。
 目の前だけを見ていて、後頭部しか見えていない。だが隼人は何か賢斗がやろうとしていると思えた。

(このタイミングで何をやろうって……)

 自分に都合のいい考えをしてみる。
 すると、この状況ならばというものが思い浮かんだ。
 すなわち、フェイントとしてのロングサーブ。

(もしそうなら、練習もしてないのに出来るのか……)

 ダブルスの練習をしている時、何度か隼人もやっていた。ショートサーブと見せかけて、ロングサーブを打つ。ダブルスでもロングサーブが禁止されているわけではなかったが後ろのラインがシングルスよりも短く、高いロブを上げてしまうとチャンス球となってしまう。そのために打つとすれば弾道が低く速度もあるドライブ気味のサーブ。それは、ショートサーブの体勢から打てるとはいえ、練習しなければ力加減を上手く扱えないものだ。それを賢斗がやろうとしている確証はなかったが、今のタイミングならばそれしかないだろう。

(まあ、まともにやってたら勝てないんだ。今は、お前の試合中での成長に賭けるよ)

 隼人は違った場合も想定して腰を深く落としてどのようにでも動けるように身構えた。賢斗が「一本」と呟きサーブを打つ気概を見せると月島も前傾姿勢を強める。隼人はそれを見てまさに今がロングサーブの打ち時だと気づいた。

「一本!」
「一本!」

 隼人の言葉に押されるように再度叫び、賢斗はラケットを素早く動かしてシャトルを飛ばした。そして隼人には見えた。月島が明らかに驚いてシャトルを慌てて追う顔を。
 数歩後ろに下がって間に合わないと悟ったのか、月島は仰け反り気味に飛んでシャトルを打ち上げた。しかし角度が伴わずネット前に高く上げてしまう。そこに構えるのはそのまま賢斗。狙い撃ちすればいいだけに、逆に難しい軌道。それでも賢斗は振りかぶり、シャトルに狙いを付けた。

「行け! 鈴風!」

 再び隼人に押し出されるように、賢斗はラケットを振っていた。
 賢斗のラケットが振り切られて、シャトルが月島たちのコートに突き刺さった。勢いがついて跳ね上がるシャトル。月島も野島も全く動くことができなかった。賢斗はネットに当たらないようにラケットを上手く止めていた。

「ナイッショ!」

 隼人は手を上げて賢斗を迎える。賢斗はその手目がけて空いている手を叩き付けていた。

「やった!」

 賢斗が見せる、今まで隼人たちが見たことがない笑顔に隼人も自然と頬が緩んだ。この試合の中で一気に賢斗は成長している。それも積み重ねた練習の上だからこそあるのだろうが、試合の緊張感は成長の糧となる。

「ポイント。フォーティーンフィフティーン(14対15)」

 この勢いを止めないように隼人は賢斗を促して、次のサーブを冷静に行うように指示した。

(ここだ。ここが正念場だ。この勢いのまま同点にできれば十分勝機がある)

 隼人はそうやって自分も気を引き締める。月島と野島がこのままで終わるはずがない。実力差があるのは間違いないのだから。

「一本!」
「一本だ!」

 隼人は賢斗の後ろで腰を下し、スタンスを広めに取った。シャトルをどこに打たれても追いつけるように。
 賢斗は今度はショートサーブで野島へとシャトルを打つ。野島は無理せずにロブを上げた。落下点に隼人は移動して、ラケットを振りかぶる。

「らっ!」

 得点するなら今、とシャトルを思い切り叩き込む。ストレートに、野島のバックハンドへと。月島よりもエースを取りやすいと判断しての軌道。隼人の脳裏にはそこから野島が打つであろうシャトルの軌道を予測した。ストレート、クロス、ロブなど。いくつかのパターンのどれも、自分は打ち返せる。だから行けると、隼人は一歩前に出た。
 その瞬間、野島はクロスドライブを放って賢斗の肩口を越えてシャトルを打ち込んできた。隼人は想定通り、とラケットを伸ばして。
 ――シャトルは甲高い音を立ててコートの外に飛んで行った。

「なっ!?」

 思わず声を出してしまう。疑問に思っても審判は冷静に得点を告げる。

「ポイント。シックスティーンフォーティーン(16対14)」

 勝負所と自分でも思っていた。そこで、追いつくのではなく、逆に点を取られてしまった。
 野島のクロスドライブを読んだ。そこにラケットを突き出した。そこまでは想定内だった。想定から外れたのは、野島のドライブの威力だった。

(今まで……本気じゃなかった!?)

 何の根拠もなく予測を立てたわけではない。隼人は試合の中で何度か打たせることでドライブの速さなどを頭に覚えこませていた。その上での予測だったのだ。

「さ、一本いきましょ!」

 野島が月島へ向けて言い、月島も笑みを浮かべて頷く。
 16対14。
 月島・野島組、リード
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