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● SkyDrive! --- 第十五話 ●

 体育館に入るための扉の前。
 隼人たち五人はそろって立ったまま、次の行動に移らなかった。扉の向こうにはおそらくは栄水第一女子バドミントン部の面々が待っている。二週間前に試合をするように言われてから、月の小遣いが赤字になることを覚悟に毎日体育館で練習していた。そのうちに四月から五月になり、約束の日まで一瞬で過ぎたように隼人には思えた。

「隼人。早く入ろうぜ」

 真比呂が隣から促して、扉に手をかけようとした。だが、隼人はそれを慌てて止める。

「待てって。まだ、小峰が来てない」

 その言葉に真比呂もため息を付く。純や理貴。そして賢斗も同様に嘆息して、項垂れる。結局のところ、五人ともどうしたらいいか分からなかったのだ。
 小峰を何とか説得しようと真比呂が訪ねたが、最終的に小峰は行くとも行かないとも言わなかった。まだ決定的な否定じゃない分、希望を感じさせたわけだが、その希望が今は逆効果だったのではないかと皆が思っている。
 谷口にも六人でと言われた手前、五人のままだったら何と言われるか。

「しょうがないから、私用で遅れてるってことでいいんじゃないか?」
「それで出番になってこなかったら携帯で連絡取って、アクシデントで駄目だったということにしよう」

 純と理貴が連続して真比呂と隼人へ言う。あまりいい作戦とはいえないが、他に案も浮かばない。賢斗は「それはどうだろう」と無言で訴えている。それも分かった上で隼人は言った。

「最初から不戦敗よりは、マシか。分かった。じゃあ、小峰は副将にしよう。大将にしたら、あからさま時間稼ぎしてるみたいに思われそうだし」
「ひとまず、当初のオーダー通りってことだな」
「ああ」

 真比呂に答えて、隼人は意を決して扉を開けた。
 鉄製の扉がゆっくりと開かれて、中に入る。そこにはすでに女子たちがコートに集まって、談笑していた。入って来た男子達を見て、女子たちの表情が厳しいものに変わる。あまり歓迎されていない空気に隼人たちは少しひるんだが、次に谷口が手を叩いて皆に注目させる。

「さあ、始めるわよ! 早く終わらせて自分たちの練習をしましょう!」

 ベストメンバーではないと言っていたが、それでも自分たちが負けることはないと思っているらしい。隼人は相手と自分達の戦力差を考える。
 全国区は確かに月島奏しかいないが、他のメンバーも粒ぞろいだ。三年で部長の西川菜月は女子の中でもスマッシュが速く、パワーで押していく珍しいタイプ。月島と同じ二年生の野島密(ひそか)は、月島奏のダブルスパートナーとして月島をフォローするのに長けている。他にも何人か県内限定だが名の知られているプレイヤーがいる。少なくとも今の自分達には勝つのは荷が重い。

「あら、小峰君はどうしたの?」

 谷口の早速の言葉に五人は一瞬押し黙る。すぐ回復して弁解を始めたのは理貴だった。

「小峰のやつ、寝坊しちゃったんですよ。自分の番までには来ますから、試合始めてしまいましょう」
「ちょっと。自分たちから練習試合に来ておいて遅刻なの?」

 理貴にかみついたのは部長の西川菜月だった。気の強そうな、吊り上った眼。口調の通り、性格もきつそうだ。それでも女子を統率しているだけある。雰囲気でダレていた女子達も西川の言葉でびくりと体を緊張させた。気の強さを受け流して理貴が続ける。

「あー、すみません。でも、もともと提案してきたのは谷口先生で」
「それを受けたのはそっちでしょ。そっちのほうの都合に合わせてるんだから、遅刻しないのなんて礼儀とかそれ以前じゃない?」

 流石の理貴もたじたじになり数歩下がる。西川はしばらく理貴を噛み殺さんというような視線で見ていたが、それを制したのは谷口だった。
 西川の肩に手を置いて諭す。

「いいじゃない。とりあえず、ここで揉めてても時間が過ぎるだけだわ」
「でも……」
「別に。小峰君が来る前に女子が三勝先にすればいいだけでしょ。あ、そうそう。言い忘れてたけど団体戦は本当にその方式でやるわよ。先に三勝したら終わりだから」

 谷口の言葉に少なからず理貴達も動揺する。そこで場を収めたのは隼人の言葉だった。

「もちろん。そのつもりですよ。始めましょう」

 谷口は笑って女子たちを連れて進む。隼人たちも後ろをついていき、コートのそばに集まった。谷口が隼人にオーダー表を渡し、書くように告げて少し離れる。隼人はあらかじめ決めておいたオーダーを書いてすぐに谷口に差し出した。すると谷口ももう書いていたようで、交換する形になる。

「じゃあ、第一試合を始めましょうか」

 そう言って谷口は第一試合――第一ダブルスの出場者に向けて言った。対して隼人はオーダー表を見て顔を引きつらせる。真比呂が「なんだ?」と覗き込んだオーダー表には、第一ダブルスにこう書いてあった。
『月島・野島』という文字が。

「おお、月島さんじゃないか。いいな、隼人」
「いいなってお前……この二人な、女子の第一ダブルスだぞ」

 自分の言葉に同じように青ざめるかと隼人は思ったが、真比呂は表情を崩さずに飄々と答える。

「だって、一番強い相手と戦えるんだろ? 絶対面白いぞ」

 真比呂の言葉にどう答えたらいいか分からなかった隼人だが、こみ上げてくる笑いには素直に従う。軽く笑って真比呂の肩を軽く叩いた。

「確かに。鈴風、聞いた通りだけど、頑張ろう」
「うん。これで負けても言い訳できるよね」

 前に出た男子の第一ダブルス――隼人と賢斗。
 賢斗なりのやる気を見せた言葉に頷いて、隼人は決める。
 ファーストサーバーは隼人。賢斗にはとにかく上げるか、ネット前で落とすかの二択をするように言っておく。
 試合までの短い期間では、賢斗に攻撃を教えることができなかった。とにかく打ち返すこと。オーバーヘッドストロークでも、ネット前で打つのも、とにかくラケットでシャトルを打ち、相手のコートに返すこと。自分たちのコートにシャトルを落とさないようにすることだけを教えるので精いっぱいだったのだ。
 しかし、賢斗は隼人の予想以上に吸収し、付け焼刃ではあるがシャトルを相手コートに返すことだけはできるようになった。あとは実戦の中でどれだけ対応できるかだ。

(女子だから、そこまでスマッシュは速くないはず……男子の速いスマッシュに慣れてるから、多分目が追い付かないということはないだろうな)

 隼人はそう計算して、自分が抑えれば女子の第一ダブルスでもいい勝負ができるのではないかと思っていた。
 だが、実際にコートに立つと目の前の二人にはオーラがあった。
 どちらも少し童顔で外見は可愛らしいが、油断していたら一瞬でやられるということが分かるほどに力が滲み出ている。隼人は中学時代、ベスト8以上の『壁』に当たる際に、一段階以上違う力の差を毎回感じていた。それを今、相手のペアから感じている。

(やっぱり、そう上手くはいかないか)

 隼人は自嘲気味に笑い、ネット前に歩き出す。賢斗も後ろをついていき、前で二人と向かい合った。

「よろしくお願いします」

 月島と野島が手をネットの上から差し出してきて、それを賢斗と共に握る。それからじゃんけん、コートのエンド決めと形式的なことを続けて、離れた。
 シャトルは隼人が受け取り、エンドはそのまま。
 互いにサーブ位置とレシーブ位置についてから審判の場所に立った谷口が言った。

「ワンゲームマッチ、ラブオールプレイ」
『お願いします!』

 四人が同時に叫んで、試合がスタートした。
 隼人はまずバックハンドサーブの構えを取って、斜め前の月島の隙を探す。しかし、レシーブの前傾姿勢を取る月島にはどこに打ってもプッシュを打たれてしまうような圧迫感があった。自然と、隼人の額には汗が浮かび、喉が渇いてくる。そんなプレッシャーを一つ息を吐いて受け流し、隼人はラケットを動かした。

(頼むぞ、鈴風!)

 サーブを打った瞬間に前に飛び込む月島。シャトルがネットを越えて月島のラケットヘッドに当たるまでは一秒も経っていなかった。
 月島のラケットがシャトルを捉えたところで、隼人は咄嗟に腕を伸ばす。どこに飛ぶか全く予測できないが。それでも前に飛び込まれたタイミングは自分が以前、どこかで体験しているはず。自分の試合経験を体が覚えていると信じて、右腕を振り切った。するとラケットヘッドに衝撃が走る。それと同時に甲高い音。
 シャトルは月島の頭上を越えて相手コートへと落ちていく。咄嗟に隼人は賢斗に指示を出した。

「前に出ろ!」

 そう言って自分は賢斗の邪魔にならないように右斜め後ろへと飛ぶように移動する。見てはいないが、おそらくは最初のサーブの位置にいるはずだとあたりをつけて。
 隼人の声に反応したにしては素早く、賢斗は前につめる。

(上出来だ!)

 賢斗が前で腰を落とした瞬間に上がるシャトル。野島がシャトルを拾い、現状を見て体勢を立て直そうとしたようだ。月島と野島がそれぞれ右と左に分かれて隼人の次を待ち受ける。
 隼人は素早く息を吐いて、止めた。

「はっ!」

 息を止めた状態から一瞬で力を開放する。シャトルは空気の破裂音と共に相手コートへと斜めに突き刺さろうとする。だが、野島がシャトルを拾ってドライブ気味に打ち返した。隼人の打ち終わりを狙おうとするちょうどいい弾道。シングルスならば、決まっていたかもしれない。
 シャトルがネットを越えて隼人の下へと行こうとした時、軌道を遮るように賢斗がラケットを突き出した。振り切るなどと余計な力は加えていない。当てただけでシャトルは跳ね返り、月島達のコートへと落ちていた。

「ポイント。ワンラブ(1対0)」
「ナイスショット! 鈴風!」
「やった!」

 隼人の祝福に喜ぶ賢斗。それを見て隼人は賢斗が初心者だったということに改めて気づく。

(そうだな。これが始めての試合で、初めての得点なんだな)

 初めての得点をいい形で締めることができた隼人は、少しだけ安堵する。他のことを覚えさせることができなかった賢斗は、前衛しかできない。だからこそ隼人はどんな形になっても後ろになるような練習を二人はしてきた。
 その成果が試合開始時点でいい方向に出たのは、いいイメージを賢斗へと刷り込ませられる。

(このまま逃げ切れるか……いや、あの二人がこれで許してくれるとは、思えないな)

 隼人は野島が返してきたシャトルを持ち、次のサーブ位置に立つ。次の相手は野島。隼人に向けて月島と同じように鋭い視線を向けてくる。女子とこうして試合をしているということに今更ながら不思議な感覚を覚えていた。

(女子とか男子は関係ない。集中だ。集中)

 何度か小さく呼吸して、ラケットを構える。針の穴を通すようなイメージを持ち、白帯の上に生み出した想像の針穴を、シャトルが通る軌道を脳内に描けたところで、シャトルをラケットで優しく押した。
 シャトルはネットの白帯ぎりぎりを越えていったため、野島は強くプッシュはできなかった。軽い音でただ相手側に落とすだけのショット。
 迷いない動きで既に前後を切り替えていたため、隼人の後ろにいた賢斗が前に出てシャトルを奥へと飛ばした。シャトルが打ち上げられた時点で陣形をトップアンドバックにすると、ネットを挟んで前で構えていた野島が驚く気配が隼人にも届く。

(これでいいんだ!)

 シャトルを上げれば両サイドに広がるのが普通。それが無駄なく守れる陣形だ。両サイドが必然的にスペースができるため、攻撃する側はそこにシャトルを打ち込みやすい。攻撃側なら隙を狙うのは当たり前であり、防御側はその隙を極力なくすためにシャトルを上げれば左右。逆にシャトルが自分達の側にあがってくれば前後で構える。
 前後固定という陣形は男女が組むミックスダブルスならばあり得る光景だが、同性が組む場合だとまず非効率なもので使われない。

「はっ!」

 月島が後方からスマッシュを放ってくる。左右のスペースを狙わない理由はなく、賢斗の守備範囲を超えたコースを通ってシャトルがストレートに迫った。隼人はそのスペースに走りこんで、ストレートのロブを返す。そのロブも大きく上を通って行くのではなく鋭いもの。力加減を間違えばアウトになる軌道だが、そうならないように隼人は計算する。打ち終わった月島がそのシャトルに追いついて、今度は隼人がいない左サイドを狙う。
 しかし今度は賢斗がラケットを伸ばして届かせる。

「ふんっ」

 力を込めた息の割にはただシャトルにラケット面を当てただけだが、その雰囲気に気圧されたのかフェイントとなり、野島の出足が一歩遅れる。結果としてシャトルを取った時には急角度でほぼ真上に上げるしかなく、体勢が崩れた野島の打ったシャトルはネットから更に浮いた。

「叩け!」
「らっ!」

 賢斗が手首を一瞬だけ動かしてシャトルは野島の背中を越えたあたりでコートに落ちた。

「ポイント。ツーラブ(2対0)」
『ナイスショーット!』

 真比呂や純、理貴が賢斗に向けて声援を送る。隼人もまた背中を軽くラケットで叩いて賛辞を送った。

「ナイスショット」
「あ、ありがとう。ほっとするよ」

 心底緊張していたと目に見えて分かるほどに賢斗から肩の力が抜けていく。隼人は心の中でもう一度、賢斗を褒める。

(実際、良く打ててるよ。ああいうのは地味に打つの難しいのに)

 ネット間際のプレイはラケットをネットにぶつけやすい。特に今のようにシャトルがネットの傍に上がった時はいろいろとルールが付きまとう。
 相手のコートの領空にあるところを叩いても駄目で、叩いた後にネットにラケットをぶつけても駄目だ。その厳しい場面を、賢斗はすり抜けた。少ない練習時間でも賢斗の成長は如実に見られる。

(更に試合だからだろうな……よし、このまま一点ずつしっかりいくか)

 隼人は二点取ったところで気持ちを新たにする。まだまだ油断はできない。
 試合はまだ、始まったばかりだった。

 月島・野島VS隼人・賢斗
 隼人達の二点リード。
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