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● SkyDrive! --- 第十四話 ●

「ふーん……六人集まったのね」

 谷口静香は隼人と真比呂。そしてその後ろに立つ四人に視線を向けた。小峰が入った次の日の昼休みに早速、入部届を書いて谷口へと提出した。その後での言葉だった。
 組と入部理由を書いた簡単な紙。それを一通り眺めてから谷口は口を開く。

「これで校長先生の承認が下りれば男子バドミントン部は復活ね。二人ともよく短期間で集められたわね」
「一人見つけたら次ってテンポよく見つけられたんです!」
「井上さんも協力してくれましたし」

 真比呂と隼人は続けて言う。谷口もなるほど、と呟いて後ろの四人を見た。一人一人の顔をしっかりと見つつ、口を開く。

「外山純君。中学時代に目立った成績はなかったわね。小さい体がハンデだったんでしょうけど……あなたに合った戦術がきっとあったはず。まずはそれを探すことが課題でしょうね」

 いきなり中学時代のことを言われて呆気にとられた純は、口を開けずに頷く。次に辛うじて「はい」とだけ返事をする。何故自分のことを知っているのか、と問いかける前に谷口は理貴へと言う。

「中島理貴君。中学時代はダブルスでいいところまでいったって聞いてるわ。栄水に入ってくれてありがとうね」
「いえ……これから、ですから」

 理貴は俯いて答えるだけ。谷口もその反応は予想していたのか特に気にせず次に進む。

「鈴風賢斗君。合唱部からバドミントンかぁ。私はバドミントンに興味持ってくれる子が増えるのは嬉しいけど、大丈夫?」
「はい……高羽君達も丁寧に教えてくれますし。面白いです」

 鈴風は笑って返した。その言葉は本心なのだろう。それを聞いて隼人は照れくさそうにそっぽを向く。谷口も一つ頷き、最後の一人に目をやった。

「小峰礼緒君。中学時代はあまりいい成績じゃなかったみたいね。高校では挽回しようって思ってる?」
「ええ……まあ……なんとか」

 小峰は回答を避けて谷口から目をそらした。それを見ても特に表情を変えずに谷口は「あ、そ」と会話を終わらせる。最後に隼人と真比呂を再び見て言った。

「練習だけど。女子部がインターハイ直前だから、できれば体育館はインターハイが終わるまで女子だけにしたいというのが本音。でも……男子もせっかくできたんだし、チャンスを上げようと思うの」
「チャンス?」

 聞き返す真比呂に対して、谷口は口の端を少し吊り上げて言う。その顔は隼人にはいたずらをする子供の顔に見えた。

「そう。インターハイの団体に出る予定の女子と団体戦して勝ったら、一コート、男子が使っていいわ」

 谷口の提案に隼人はぽかんと口を開ける。言っている意味は分かるが、唐突すぎて意図が全く読めない。ひとまず詳細を聞くために会話を続ける。

「え……団体戦の相手って……」
「あ、さすがに初心者二人いることも踏まえてフルメンバーじゃないわ。でも月島や部長の西川とかは入れるわよ。調整も兼ねるし」

 隼人はメンバーを思い浮かべて考える。
 団体戦ともなればダブルス二つ。シングルス三つの編成。自分達が六人なら一人が二回出ることになる。そこまで考えて自分の誤りに気付いた。

(そうか。小峰は試合には出ないのか)

 試合と言えばこれも試合。小峰は前日に「試合には出ない」という条件で入部したばかりだ。もしこれで試合に出るように頼めばやる気をなくして辞めるかもしれない。部活動していく内にやる気を出してくれればという期待はある。でもそれは、まずある程度の期間、練習だけでも出てもらわないといけない。そうなれば五人で回すことになる。第一ダブルスの二人は二回出ることが可能だから、間に合うと言えば間に合う。しかし、選択肢は選ばざるを得ないものしか残らない。

「あまり長い時間かけるのもなんだから。二十一点先取の一ゲームマッチで良いわ。そして、必ず六人全員出ること」
「え、全員、ですか?」

 谷口の言葉に真比呂が口に出す。当たり前でしょう、と一言発してから谷口は更に続けた。口調はどことなく怒っている。

「あなたたちが復活させる男子バドミントン部の、初陣よ。同じ部活の女子だからって。そこで全員一丸で勝利目指さないでどうするの?」
「あー、いや、でも。さっき先生も言っていましたけど、初心者二人いますし」
「それはそっちの事情でしょ。初心者でもやりたいって熱意があるから入ったんでしょうが。それをカバーするのは周りの仕事」
「怪我や病気で当日駄目だったら?」
「それはそっちの調整不足だし、不戦敗ね」

 真比呂の言葉には谷口は耳を貸す様子はない。隼人も真比呂も、他の面々も何も言えなくなっていた。
 結局、試合は二週間後の五月二週目、ゴールデンウィーク明けになった。隼人が促して六人が職員室を出ようとすると、谷口が呼び止める。

「あ、高羽君と井波君はもう少し話させて」

 二人だけを残す意味が分からなかったが、隼人は四人に別れを告げて谷口の所に戻った。井波も後ろをついていき、ちょうど四人が職員室を出たところで谷口の前に立つ。谷口は一度ため息を付いてから隼人たちを見上げて言った。

「小峰君。ちゃんと納得して入ってるの?」
「納得、というと?」

 内心の動揺を悟られないようにしながら隼人は返す。意識しただけ淡白になったが、谷口は特に気にしていなかった。

「彼。精神的にもろくて中学時代勝てなかったでしょ。それでバドミントンが嫌いになったって聞いてるわ」

 谷口の言葉に二人は何も言えない。どうしてそのことを知っているのか。そう思っているのを見透かしたのか、谷口は笑みを浮かべて言う。

「私もね。私なりに男子バドミントン部を復活させようとしてたのよ。だからこの学校の入学者でバドミントンをやってた人がいないか探してたわ。小峰君の情報ももちろんコネで」
「凄い、ですね」
「まあね」

 真比呂の言葉に面と向かって話す谷口。その瞳の力は強く、直接見られているわけではない隼人のほうが先に目線を逸らしていた。自分のことを責められているかのように感じたからだった。

「別に、男子が五人でも六人でも。復活できれば何かが始まる。それはいいの。でもね、納得しないまま周りに流されるだけだと、彼は後から大切なものを無くすわよ。とりあえず練習やっていく中でやる気が出たらいいって言ってたら、ね」

 自分の考えが見透かされているということではないだろうが、ぴしゃりと当てられて隼人は声を上げるのを堪える。
 谷口の言葉には何か得体のしれない説得力があった。そこまで言って谷口は隼人たちから視線を逸らして自分の机に向かう。話はそれで終わりらしい。明確な終わりを示されなかったために職員室を出るタイミングを逃した二人だったが、真比呂が谷口に向けて言った。

「先生は……そういう経験あるんですか?」
(……聞きやがった、こいつ)

 自分が問いかけようとして気まずさに口を噤んだことを、真比呂はさらりと言ってのける。その思い切りの良さが長所だと隼人は思っていたが、今回はどうでるのか予想がつかない。机から書類を取り出して見ている谷口は、その手を止めて真比呂を見る。特に顔に感情は浮かんでいない。ただ、一言「まあね」とだけ呟いただけだった。

「ほらほら。早く行きなさい」

 軽く手で隼人達を追い払う谷口。きっかけを掴んだことで二人は職員室から足早に出た。扉を閉めて少し歩いたところでようやく息を吐くと真比呂は更にため息をついて隼人に尋ねた。

「はあ……全部お見通しか……どうする?」
「どうするも。俺らがやるとすれば、小峰を説得して出てもらうか――」
「辞めるのを見送るか、か」
「でもどっちにしろ、もう小峰が出なければ負けってことだしな」

 純たちの姿は周りに見えなかった。すでに小峰を説得に入っているのかもしれない。隼人はひとまず携帯電話で純を呼び出した。
 五度コールしたところで電話が繋がる。

「外山。今、どこにいる?」
「俺らの教室だけど……小峰が部活辞めるって言ってな。説得しようかと思ったんだけどさらっと出て行った」

 時すでに遅かったと真比呂に向けてジェスチャーで伝える。すぐに分かったらしく真比呂は肩を落とした。あれだけプレッシャーをかけられれば当然かもしれない。純に合流すると言ってから電話を切り、真比呂に向けて問いかける。

「どうする?」
「……もう一度だけ、話してみるか」

 真比呂は落としていた肩をぐるぐると回して胸を張る。

「確かに。やっぱり、卑怯かもな。誰にでも嫌だと思うことはあるし。それを自分から乗り越えようと思わないのに無理やり引っ張るのは、悪だ」
「そういう考えだと、中島も一応仮入部だし。人数そろえば入るよって言ってはくれたけど」
「じゃあ、理貴は任せるわ。俺は小峰を探すよ。最後にもう一回だけ、話してみる」

 真比呂はそう言って小走りに廊下を駆けて行った。隼人の視界から消える前に携帯を耳に当てていたのを見て、隼人は小峰に連絡を取ろうとしているのだと分かった。

(小峰、か)

 名前から苗字に。あくまで仲間とならなければ名前で呼ばない。そういうルールを自分に課して、守っている。感覚的に自分が他人を巻き込むタイプだと分かっていて、巻き込むからには境界線をしっかりと設定しているのだ。真比呂に振り回されていてため息をつく機会は多いが、こういうところが嫌わない理由なのだろう。

(さて、どうなるかな)

 隼人は隼人で、念のために理貴の心を聞いておく必要がある。それと、真比呂には言わなかったがもう一人。
 皆と合流するために廊下を歩きだしたが、すぐに視線の先に三人の姿が見えた。隼人から合流すると言ったが、向こうから来たらしい。隼人はほっとして近づく。

「さっき、井波とすれ違った。あいつ、小峰と話しにいったのか」
「最後に一回だけ、話してみるだって」
「大丈夫かな?」

 純が心配そうに呟くが、隼人にとって当面の問題は目の前にいる二人だった。余計なことは言わずに、直接尋ねる。

「中島。鈴風。お前ら二人は、どうする?」

 質問を投げかけられた二人は顔を見合わせる。隼人の質問が谷口の言葉のこと、小峰の離脱に関係あるということは明らかだった。同じタイミングで隼人に向き合うと、まずは理貴から口を開く。

「俺は言ったろ。メンバーが揃えば入るって」
「そうだな。今でもか?」
「……俺は上を目指したい」

 理貴は一度言葉を切ってから、手を制服の裾で拭く。
 それからゆっくりと隼人に向かって差し出した。

「だから、お前達と一緒に目指したい。お前らとなら、目指せると、思う」

 隼人は差し出された手をしっかりと掴んだ。力強く握りしめていく掌。そこに、理貴の本気を見て隼人は自然と頬が緩む。
 そのまま鈴風に視線を向けると、鈴風は言った。

「僕はまだ、本気でみんなと同じように目指せるなんて、言えないけど。上手くはなりたいし。試合にも出たい」

 理貴と同じように手を差し出して、隼人と理貴の手に重ねる鈴風。隼人は自分の考えを改めなおした。

(考えたら、鈴風は自分から連絡くれたんだよな)

 貼った部員募集の紙に書かれた連絡先を使う。それだけでもある程度やる気があると分かるものだった。
 鈴風も未来に不安はあっても、そこに行こうとする意志は確かにある。

「ありがとう」

 隼人は素直に感謝の言葉を告げた。
 純も理貴も、鈴風も笑って頷く。隼人はゆっくりと息を吸って三人に向けて言った。

「よし。俺も決めた。今まで口では言ってたけどそこまで本気じゃなかった全国。本気で目指す」
「本気じゃなかったのかよ」
「本気だったけど、そうじゃなかった」

 隼人の言い回しに理貴は分からないと首を傾げる。隼人もまた、他人に説明できるほど掴んでいるわけではなかった。
 確かに全国を目指していた。だが、谷口の言葉と小峰の離脱。そして、理貴と鈴風の意思の確認。
 すべてを通して自分の中の気持ちを再確認できた。

「やっぱり俺も、バドミントンが好きだし。今のメンバーで上を目指したい」

 隼人。純。理貴。そして、賢斗。
 ここにいない真比呂も含めて、栄水第一男子バドミントン部の最初の試合が目の前にある。そこに出来れば、小峰もいてほしいと思う。

「俺も! いるだろ……!」

 声のした方を振り向くと真比呂が肩で息を切らせていた。てっきり小峰のところに向かったと思っていた隼人たちは呆気にとられたまま話せない。自分がその沈黙を破る役目があるのだと気づいた真比呂は、重たそうに口を開いた。

「いや……その……小峰には逃げられた。まだ話せてない」
「まだ時間はあるから。ただ、あと一回でやめておけよ」
「ああ。ラストワンに賭ける」

 そう言って真比呂も隼人たちの傍に近づいて、重ねていた手に自分の手を当てる。

「女子部に勝つ。そして小峰も入れる!」
「初陣飾るか!」
「やってやろうかい」
「頑張ろうー」

 真比呂が。純が。理貴が。賢斗が。
 最後に隼人が。

「しゃ! すぐ練習に行こう!」
『おう!』

 隼人の言葉をきっかけに走っていく五人。
 それぞれの目には前に向かう光が宿っていた。


 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


 去っていく五人を離れた場所から覗いていた小峰は、ゆっくりと姿を現した。学校を出ようにも隼人たちがいたり、真比呂に追いかけられたりとで結局、校内を逃げ回っていただけだったのだ。

「ひぃ……疲れた……」

 大きな肩をがくりと落として小峰は歩き出す。バドミントンは嫌いではないが、試合に出たり、期待されたりするのは小峰には耐え難い苦痛だった。これから試合までの間に、退部届を書いて谷口に提出すればいいのかと、小峰は職員室に向かって歩き出す。

「あら、小峰君」

 歩き出した瞬間に、谷口と鉢合わせになった。小峰は驚いて後ずさるが谷口はその小峰に更に近づく。

「ちょうど聞きたいことがあったのよ」

 穏やかな雰囲気を醸し出す口調だったが、顔は全く笑っていなかった。
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