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● SkyDrive! --- 第十三話 ●

 中学の同級生に遭遇した次の日、隼人はF組を訪ねていた。今まで入った仲間たちとも一緒の中学から入学した友達もいない。何も関わり合いがないF組は隼人にとっても遠い場所だ。体育でもニクラスずつ合同で行うが、そこでさえ関わらない。
 そんな状況であるため、教室に入って身近な場所にいる生徒に聞くしかなかった。昼休みだけに席を外している可能性はあるが、ひとまず聞くことにする。試合会場でも背が高かったことは覚えていても顔はうろ覚えだった。

「ねえ、小峰礼緒っている?」

 入口から覗いてすぐそばで弁当を食べていた男子生徒に話しかける。顔を上げていぶかしげに隼人を見てから、指である方向を指し示す。
 ちょうど教室の中央で、弁当を食べていた男を見て、隼人は教室内に足を踏み入れた。一直線に進んでいく他の組の隼人に生徒たちが頭にはてなマークを浮かべながら視線を集中させる。気まずさに逃げ出したくなる前に目指していた席にたどり着き、机に手を置いた。

「小峰、礼緒だよな」
「……お前は?」

 見上げてきた目線はどこか気の抜けたものだった。気怠く、隼人のことにも特に興味がないようなもの。隼人は試合での小峰を思い出そうとするが、できなかった。

「俺は高羽隼人。男子バドミントン部なんだ」
「バド部……男子は潰れたんじゃなかったっけ」
「復活させようとしてるやつがいるんだ。で、その部員集め中。小峰にも、入ってほしい」
「やだ。めんどい」

 隼人は直球で要件を告げ、小峰は即座に断った。あまりに分かりやすい二人の言葉に周囲から失笑が漏れる。そこで引き下がるのは簡単だったが、隼人は一つ間を取ることにした。

「なんでだ? ほかにもう入った部活ある?」
「なんでってもうバドミントンはいいかなって思ってるだけさ。入ってるのはガラナ党」
「が、がらなとう?」

 よく分からない単語が出てきて隼人は狼狽する。小峰もその反応は理解できたようで、説明し始めた。

「元々北海道限定の飲み物でガラナってのがあるんだよ。コーラみたいな色で、なんかシロップ臭いやつ。それが最近、本州にも渡ってきてて、ちらほら高校の自動販売機にあるんだよ。それが美味いって思った人らが始めた部活さ。部活と言ってもガラナ飲んで美味いとか言ったり、遊んだりするから正規の部活じゃないけど」
「非正規じゃないなら、兼部とかどう?」
「だからー。俺はもう熱血系はこりごりなの」

 小峰は蠅を払うかのような手の動きで隼人に去るように言った。この場ではこれ以上の説得は無理と踏んで、隼人はため息交じりに机から手を放した。
 嫌がっている相手に更に攻めても逆効果。諦めるか勧誘を続けるかは別にして、一度下がろうと隼人は背を向ける。そこに、小さく声がかかった。

「ごめんな」
「……いいよ」

 振り向きながら言うと、机に突っ伏して寝ている小峰の姿。大きな体が小さく縮こまっているのは面白い光景だったが、隼人はすぐに教室から出た。

「ふぅ……疲れた」

 全く関わりのない教室にいるのは精神的に疲れる。隼人はげんなりしつつ自分の教室へと向かった。
 自分の教室に入って席に座るだけで充電されるような感覚。背筋と腕を伸ばして「うーん」と呻っていると、その手を掴まれた。

「どうだった!?」

 見上げると背後から真比呂が両腕を掴んでいた。かなりの期待をした目を向けてきている。隼人が説得に成功して今日の放課後から小峰が練習に来てくれると思っていることが見え見えだった。

「いや、失敗」

 隼人があっさり言うと真比呂は信じられないという顔をした。口を開けてあからさまな驚きの表情。当人には全く意図はなく、自然な行動。隼人は小峰に見せたのと似たようなため息を付いて更に続ける。

「小峰はもうバドはやらないって感じだったな。確かに、中学時代を考えると分かるかもしれない」
「強いけどなぜか勝てないってやつか?」
「ああ。なんとなくだけど、期待に押し潰されるタイプなんだろうな」

 体格が良いというのはどのスポーツでもある程度はアドバンテージを取れる。大きな体躯にはそれだけ多くのエネルギーを詰め込むことができる。真比呂も練習の中でハイクリアやスマッシュなどは日々強烈になっていった。恵まれた体格はそれだけで才能と言い換えられるだろう。でも、それだけに周りの目も厳しいのかもしれない。

「結構期待されてたと思うぜ。でも、最終的には俺らと似たような成績だった。それで中学でバドミントンが嫌になって止めた。つじつまは会うな」
「隼人。そうやって分析して諦めるってのも必要かもしれねぇけどさ。もっと俺らで動かそうとか思わないのかかよ!」

 真比呂は隼人の腕を掴みながら上下に振る。痛みに顔をしかめつつ隼人は返した。

「痛いって……俺はこういう役目! だから、次は井波に任せる」

 その言葉に真比呂は手を放した。隼人は涙目になりつつ手をさすり、真比呂を見上げた。

「諦め気味の奴を動かすのは、お前みたいなやつだよ。俺を引き込んだ時みたいなの、見せてやれよ」

 隼人の言葉に、真比呂の瞳に炎が宿った。

「おっしゃー! 小峰! 俺が引きずり込んでやるぜ!」

 真比呂は叫んで教室から出て行った。隼人が止める間もなく。一度隼人が行ったのだから間を置かないと、と言う前だったために隼人も手を上げて真比呂の背中を掴もうとした体勢で止まってしまった。ゆっくりと手を下してため息をつく。いつもよりも大きく。

「いきなりでかい声出して、どうしたんだ?」
「外山……実は」

 次に隼人の傍にやってきた純に事情を説明する。なるほど、と納得した後で純は自席に戻っていった。真比呂の結果は目に見えていると目で隼人に言って。
 実際、五分も経たないうちに真比呂は戻ってきた。顔を見れば誰もが分かるくらいに落ち込んでいる。隼人の隣に来て椅子に全体重を一気に乗せたため、大きくどさりと音が鳴る。

「駄目だった……」
「お前な。俺が今、駄目だったんだから少し間を取れよな」
「言われるとそうと思うが、あの時は一刻も早く話したかったんだ」

 真比呂は俯きながら隼人に返す。その光景にため息をつきつつ、隼人は視線を前に戻す。そこで耳に真比呂の声が入った。

「でも、あれはもう少し押したら行ける気がする」

 声に宿る自信がよく分からず、隼人は真比呂を見る。意気消沈していたさっきまでとはまた違った顔。自信を少し取り戻して笑っている。

「俺が誘いに行っても、怒ってなかったしな。なんか嬉しそうだった」
「……それはお前の願望だろ」
「違うって! 嫌なんだけど誘われないと寂しいって典型的なタイプっぽかった!」
「うわ、そうだとしたらめんどくさ……」

 隼人はうんざりして机に突っ伏した。さっきの小峰と同じ姿だなと思いつつ、瞼を閉じる。
 昼休みの残りで考えることは小峰のこと。
 もしも真比呂の言うことが本当なら、誘い方を工夫すればいいかもしれない。例えば、部を作る名前貸しだけでいいとか。理貴もそうやって入部している。その後で普通に練習に参加しているために隼人も忘れていたが。前例があるからそれに乗じてというやり方もある。
 あるいは、試合にはあまり出ないからと嘘をつく。すぐにばれると思うが、その時はその時で説得を続ければよいはず。
 そう考えて、結局は全ての考えを破棄した。

「俺、放課後もう一度誘ってみるわ!」
「おう。よろしく」

 真比呂が隣の席から立ち上がり、自分の席に向かうのを音を聞いて確認する。最初に伝えた通りに真比呂なら小峰の心を動かせるような気がしてきた。真比呂の熱さは伝染するように思えたから。

(小峰のようなタイプはもしかしたら逆効果かもしれないけど……)

 大体の人脈も調査も行った。勧誘もしてみて、結局五人が集まった。小峰でおそらく最後だろう。今後、偶然にも誰かが入る可能性はあるだろうが、部としてスタートするには今の時期がちょうどいいはず。あまり時間もかけていられない。

(今年のインターハイに出るのは無理だとしても、五月に入る頃には部として復活してるほうがいい)

 入学してから三週間で五人。一から始めた割には集まりは良い方だろう。あとは部として復活させて、一日でも早く体育館でやることだ。そうやって高校に部が認められれば練習に金を賭けることも少なくなるはず。
 市民体育館に行っての練習で使用料を払い続けるのは隼人たち学生にも辛いところだ。
 隼人は残り時間をとりあえず睡眠に費やした。


 * * *


 放課後になり、隼人たちは予定通り市民体育館に来ていた。いつも使っているところよりもワンランク低く安い体育館。何度も練習に行っていることで純と理貴が金がないと言い始めたためだった。親にもバドミントンのためと言ってもらったようだが部活ではない以上、強制はできない。隼人の不安に思った通りの展開になっている。

「五人で条件を満たしてるし。やっぱり部として復活を宣言するか」
「そうだな。学校の体育館使えるようになるだけでも違うし」

 純の言葉に隼人も頷く。他の面々も特に異論はないようだった。その中で一人、前日までいなかった人間がいるのに隼人は気づいた。

「……まさか本当につれてくるとはな。どうやったんだよ、井波」
「良く聞いてくれた! 放課後もう一度説得したんだ! 『お前、このままでいいのか!』と」
「それで……来たの? えーと、小峰」

 理貴が疑問を投げかけると小峰は曖昧に頷いた。

「正直、入る気はない。井波君が煩いから一回だけ練習見たらもうこないでって言ったんだ。そしたら良いよって」
「全然違うだろ」
「いやいや! 練習一緒にしたら気が変わるかと!」

 隼人の突っ込みに真比呂は慌てて反論する。あくまでも希望的観測に頼る、気合いでなんとかしようとする真比呂に嘆息して、隼人は小峰へと尋ねた。

「まあ、とりあえず一緒に打つか?」
「軽くならやりたいな。本気だと……辛いし」

 小峰の顔に影がよぎる。それを見て隼人は表情に出さないように思った。

(重症だな……やっぱり無理かな)

 あまり期待をしないままで隼人は練習のために周りに声をかけた。
 初めに基礎打ちのパートナー決めをしようとする。そこで真比呂がふと呟いた。

「おお、これって誰もあぶれなくてよくね?」

 真比呂に言われて改めて気づく。六人いれば確かに基礎打ちにパートナーはあぶれない。最初の準備体操も、基礎打ちも、試合形式での練習も、大体が二人一組だ。これまでだと一人余ったところであとで一緒に行ったりと何かと手間をかけていた。それが六人だと時間短縮にもなる。

「……なあ! 練習の時の相手として参加してくれないか!?」

 真比呂が小峰の傍まで来て腕を取る。他のメンバーなら小峰の体格に見劣りするが、真比呂は真っ向から見据える。偶然だが、真比呂が説得には最適というのは間違っていなかったと隼人は思った。小峰は困った顔で周りを見回したが、やがてため息をついて真比呂へと言った。

「分かったよ。試合に出ない。練習だけ参加って言うなら、いいよ。俺も運動不足は嫌だったしね」
「よっしゃ! ありがとう! これでお前も仲間だ! 礼緒!」
「……なんでいきなり名前で呼ぶんだよ」
「こいつなりの友達の印みたいだ」

 隼人は簡単に説明して人を割り振る。ぱっと頭に浮かんだ組み合わせをとりあえず提示した。

「俺と井波。外山と中島。で、小峰は鈴風を頼んでいいか? 初心者だからいろいろ教えてやってほしい」
「初心者……」

 これまで一度も話していなかった鈴風に小峰は視線を向ける。鈴風は慌てて「よろしく」と手を差し出した。その手をしばらく見た後で、小峰はゆっくりと掴む。

「よろしく」

 とりあえずパートナーも固まったことで練習を開始する。隼人は真比呂とネットを挟んで向かいあい、ドロップを交互に打ち合い始めた。
 真比呂はまだぎこちないがオーバーヘッドストロークでシャトルを捉えて前に落としていく。それをヘアピンで前に落とし、真比呂はそれを前に飛び込んで隼人のコート奥へと打ち上げる。今度は隼人が後ろに追っていき、ドロップを落とす。前に来たシャトルを真比呂はヘアピンで打ち返した。
 それらを交互に繰り返してラリーを続けていく。
 初めてラケットを握ってから二週間と少し。順調に成長はしている。

(井波は大丈夫そうだな……、あとは鈴風がどうなるか)

 隼人は鈴風と小峰のほうを横目で見てみる。
 そこでは同じようにラリーを続けている二人がいた。小峰の顔は驚き半分喜び半分といった少し不思議な表情をしていた。

(とりあえずは、練習パートナーってことでいいのか、な)

 もし小峰が試合は出ないということでも、五人いれば試合は出られる。
 その五人が地区の優勝、全国への出場、制覇を目指すのならばそれでも問題はないはず。

(でも……なんか嫌な予感がするんだよな)

 隼人は心に広がる不安を押し殺して練習を続けた。
 その不安は、次の日に的中することになる。


 栄水第一男子バドミントン部。
 現在部員・六名。
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