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● SkyDrive! --- 第十二話 ●

「今日はダブルスをやってみようか」
「お、遂にワンステップ進むか。二人でやるやつだな」

 鈴風との基礎打ちを一通り終えた隼人が言うと、真比呂が反応する。その言葉に他の面々は呆れた表情で真比呂を見た。

「それ、分かるだろ。言わなくても」
「確かに」
「ぐっ」

 純と理貴に続けて突っ込まれたことで真比呂も息を呑む。何かを言おうとして視線をさまよわせて、鈴風に合わせると何か閃いたかのように笑顔になった。

「ほら! 賢斗が分からないと思ったからだよ! 俺はスポーツ経験者だけど賢斗は違うだろ!?」
「いや……流石に分かるよ。スポーツしてないけどスポーツは見てるし」

 あっさりと否定されて。しかもちょっと馬鹿にしてるだろうというような敵意まで表した鈴風に真比呂は即座に頭を下げていた。

「ご、ごめん。普通に滑りました」
「最初からそう言え。時間無駄にしたろ」

 すっぱりと切り捨てた隼人は鈴風をコートの外に出し、真比呂を中に入れる。向かい側には純と理貴。この組み合わせで軽く試合をしてみるということだった。隼人はコートの外に立っている賢斗へ向けて説明する。そのまま審判をしてもらうということになる。

「とりあえず、じゃんけんをするんだ。勝った方はサーブ権かコートを選べる」
「……サーブを最初に取ると有利だけどコートの取る側によっては最後には有利になるってあたり?」
「そうだな。ファイナルゲームだと11点取ったところでコートチェンジするんだ」

 まだ全体的なルールは説明していなかったが、少し考えて鈴風は予想で言ってきたことは大体正しかった。隼人は思考力がある鈴風の評価を自分の中で書き換える。今は初心者でも、考える力があれば実力は上がっていくものだと思う。体力もつけようと努力していけばつくものだ。

「よし、じゃんけん」
「ぽん」

 ファーストサーバーだった隼人と純が互いにじゃんけんをして、シャトルを隼人が。コートはそのままでと純が言い合う。

「こっから試合。ラブオールプレイって声で始めるんだ。やってみて」
「あ。うん……ラブオールプレイ」
『お願いします!』

 隼人がラケットをバックハンドで握り、ショートサーブの姿勢を取る。真比呂は後ろについて腰を落とす。そのままの体勢で今度は真比呂に向けて言った。

「井波。ローテーション教えてなかったよな」
「? 意味なら分かるけど確かにどんなのか聞いてない」
「……左半分全部守ってくれ」
「了解!」

 そう言って隼人はロングサーブを打ち上げた。弾道は低く、飛距離も短い。純がラケットで叩く前に隼人は斜め後ろに下がり、右半分を守るように腰を落とす。
 真比呂も咄嗟に腰を落として純のシャトルを打つ角度と目線が重なるような位置となった。

「はっ!」

 低い弾道に合わせて、コンパクトな振りでシャトルを叩き落とす純。真正面にシャトルが来た真比呂は、反射的にラケットをがむしゃらに振って返した。
 そのシャトルはふわりと中途半端な位置に飛び、そこに理貴が前に飛び込むようにスマッシュを叩き込む。

「はあ!」

 狙われたのは真比呂側。体勢を崩してしまっている真比呂には背中を抜けて飛んでいくシャトルを取ることができない。遮るものは何もなくコートに着弾しようとする。
 だが、そこに隼人のラケットが入った。

「――!」

 バックハンドで当てるだけのソフトタッチ。シャトルはネット際にゆっくりと向かう。純も前に移動してネットを越えた瞬間に打ち取ろうとした。
 しかしシャトルは白帯にぶつかり、くるりと回転する。ネットすれすれに落ちていくそれに触れることもできずに純は呆然と立ったままになっていた。

「ポイント。ワンラブ(1対0)」
「ナイスショー! 隼人!」

 一息ついた隼人の下に真比呂が笑って手を掲げる。軽くそれに掌を打ちつけてから、次のサーブの位置にすぐに歩いていく。真比呂に向けて気を引き締めるように隼人は言う。

「まだ一点目。ローテーションが使えない分、こっちが不利なんだからな」
「むーん。でもこれ、勝ち負けが目的じゃなくて得点の数え方を賢斗に教えることだろ?」
「それでも全力でやらないと、こっちの練習にならないだろ」
「そりゃ確かに」

 真比呂は話を終わらせて隼人の後ろにつく。サーブはショートと決めている。理貴の気迫からして生半可なサーブは通用しないだろう。そう考えて隼人は集中力を一段上に切り替え、息を止める。相手のコートが自分の目のすぐそばまで迫るような錯覚。そこまで来て、ラケットを振った。

「ふっ!」

 ネットを越えた瞬間に理貴がシャトルをプッシュする。絶妙なサーブを絶妙なタイミングで叩かれたことで、速度はないが角度もコースも良いプッシュとなった。

(しま――)

 慌てて視線をシャトルが打ち込まれた方に移した隼人だったが、それは大きく相手コートに弾き返されていた。すぐに横へ駆け抜けていく真比呂が見える。慣性を強引に右足で殺してコートへと戻る真比呂から視線を前に戻し、隼人は左サイドで腰を落とした。シャトルは大きなロブとなり、真下に純が構える。低い姿勢からならばそこまでスマッシュの類は怖くない。そう思った隼人は、純のラケットが一気に高い位置に上るのを見た。

(しまった!?)
「はっ!」

 ジャンプの最高点でシャトルを叩く。ジャンピングスマッシュで放たれたシャトルは、真比呂の前に着弾していた。

「ポイント。ワンオール(1対1)」

 理貴の言葉に「くっそー」と悔しそうじゃない声を上げて真比呂はシャトルを返した。そのシャトルを受けとった理貴は、サーブ位置に立って隼人へ向けて構える。

「あれ、俺の所じゃねぇの?」

 理貴に対して言うのは真比呂。隼人のサーブで一点を取った時に、シングルスと同じように位置を移動した。ならば、一点が入ったのだから、自分に向けて理貴が打つのではないかと思ったのだ。しかし、他三人は首を横に振る。真比呂はよく分からずに首を傾げた。
 隼人が少し言葉を考えた後に言う。

「ややこしいけどな……。凄く単純に言うと、レシーブ側が点を取ったら、相手からサーブされた時にいた場所から動かずにサーブを打つのさ。打つ人は偶数なら右。奇数なら左」
「一対ゼロでさっき、高羽が俺の方に打っただろ? 点を取ったから一対一で、レシーブ側はその場を動かない。奇数だから、左側の俺が打つわけ」

 隼人を引き継いで理貴が言うと、真比呂は少しの間呻ってから納得したような顔になる。

「なるほど! あとは慣れるだけだな!」
「分からなかったならそう言えばいいじゃん」

 純があきれ顔で真比呂を見る。それに笑ってごまかして隼人の後ろに腰を落とした。
 隼人も軽くため息を付きつつ前を向く。真比呂のことを笑えはしない。このルールになったのも、隼人たちが中学三年の時だ。ルール改変についてなかなか慣れず、地区予選では審判をやることになる負けたプレイヤーも上手くできなかったため、バドミントン協会の役員がメインで行ったほどだった。
 実力があったプレイヤーには取る点数が増えただけでそこまで支障はなかったのだろう。順当に知った顔が勝ち上がっていった。おそらくは全国の、実力が伯仲した相手に当たった時に初めて影響が出るのかもしれない。

「ストップ!」

 苦い経験を思い出し、今の自分を顧みる。
 新しい仲間と共に戦うためにも今は慣れていくことだけ。

「一本」

 静かに言った理貴は一つ深呼吸をして、ラケットをかすかに動かした。飛んできたシャトルはラインぎりぎりに届くか届かないかという弾道だと見切ると無理せずロブを打ち上げる。純がいることは分かっている。先ほどのジャンピングスマッシュを打たれても、次は取ると腰を落とす。真比呂も右半分の中央に腰を落としてスマッシュを待った。
 しかし、純から飛んできたのは弾道が低いドライブ。ストレートにバックハンド側を抉ってきたシャトルに隼人はバックハンドに持ち替えて前に落とした――


 * * *


「今日もいい部活したな」

 真比呂を先頭に自転車を押していく五人。時刻は夜の八時ですでに空は暗かった。星がちらほら見えて春から夏に向かう季節をなんとなくではあるが隼人の中に感じさせた。結局、ダブルスの勝負は純と理貴の勝利に終わった。初めて組んだとは思えないコンビネーションで、片方は初心者だった隼人と真比呂のペアでは歯が立たなかった。真比呂には刺激になったようで、ダブルスのその後もいろんな組みあわせでダブルスをするのが楽しくて仕方がなかったようだ。時間いっぱいまでダブルスで過ごして、全員で帰っている。

「鈴風はどうだった? 少しは慣れた?」
「いきなりダブルスはハードル高かったけど、楽しかったよ」
「はっきり言うねぇ! でも習うより慣れろだ!」

 鈴風の棘のある言葉に真比呂は特に気にせず笑って返す。鈴風も本気で怒っているわけではなく、そういう口調を演じているだけだ。彼なりに隼人たち四人の間に入ろうととっかかりを掴もうとしているのだろう。隼人も鈴風の人柄や性格が分かってきていた。

(鈴風は本当に頭を使う。かなり頭の回転早いよな)

 鈴風は基礎打ちから初めていきなりダブルスをしたが、意外と打てていた。最初は空振りしていたが、次以降は徐々に誤差を修正してフレームショットからジャストミートまでそこまで時間はかからない。しかし、もともと文化系だったからか体力がすぐなくなり、良いショットを持続できなかった。逆を言えば体力を付ければ十分戦力になるということだ。
 話を聞けば、合唱は非常に頭を使うのだという。人間は機械ではないため、日によって微妙に音程が異なる。調子が悪ければ低くなるし、良ければ逆に高くなることもあるようだ。毎日毎日チューニングをしなければいけない。そして、それは歌っている間もそう。普通に歌っているように見えて、微妙な調整を歌っている間に何度も行っている。
 そのために鈴風は自然と耳が良くなり、また歌いながら思考をすることに慣れていた。その思考力はバドミントンという畑違いの分野でも発揮されている。

(楽しみだな)

 これからのことを思うと隼人は自然と頬が緩む。ただ、全国に行く。そして制覇するという最終目標を真面目に考えると、どうしてもあと一つ駒が足りない。

(井波や鈴風は必ず伸びる。でも、やっぱり一番の柱、が欲しい。俺にその力があればいいけど、客観的に見て、ない)

 いわゆる、エースが欲しい。それが隼人の思いだった。
 団体戦で「こいつに回せばほぼ確実に勝てる」という信頼が出来るプレイヤー。絶対的なエース。負ける時もあるだろうが、逆に言うとそのプレイヤーが負けたなら仕方がないと思えるくらいの力を持った選手。そういった選手が一人いるだけで団体戦はかなり違うだろう。
 今のところ経験者は隼人と純、理貴の三人。いずれもシングルスで主だった成績は残せていない。逆に純と理貴はダブルスで柱となりそうだった。それならそれで十分エースとなりえる。

(今のままでも……いける、か)

 考え込んでいるために自然と足が遅くなる。四人から自転車一個分離れたところで、後ろから自分の名前を呼ばれた。

「あれ、高羽?」

 聞き覚えのある声に振り向くと、そこにはラケットバックを背負った男が一人、自転車に跨っていた。
 頭を刈り上げて余計な髪の毛を生やしていない。運動するにはちょうどいいだろう。夜のため隼人には初見では分からなかったが、良く見ると運動後の汗が半分乾かずに残っていた。

「あ……上田?」
「久しぶり!」

 上田と呼ばれた男は元気に声を出して隼人へと近づく。その声に前を歩いていた四人も気づいて足を止めて引き返す。隼人の傍に一番近かった真比呂が隼人へと問いかけた。

「隼人。誰?」
「あー、中学時代のバドミントン部の仲間だよ」
「上田っす。よろしく」

 上田は真比呂や他の面々に敬礼するように片手を上げて挨拶する。各々頭を下げて挨拶を済ませると、上田は本題と言わんばかりに隼人へと言った。

「そっちも部活帰りか? でも栄水ってこっちだったっけ」
「今日は市民体育館で練習したからさ」

 細かいことを説明する必要もないと隼人は説明を省略する。特に疑う余地もなかったために上田も「ふーん」と納得した。しかし、隼人の後ろにいる四人を見て首を傾げた。

「あれ、小峰はいないの?」
「……小峰?」

 聞き覚えのある苗字に反応して語尾を上げた隼人に、上田もまた意外な顔をして尋ねた。

「小峰だよ。あの小峰礼緒(こみねれお)。明星中にいただろ。同じ中学の奴が部活にいるんだけど、栄水行ったって言ってたぞ」
「そうなんだ……いや、まだ会ってないわ。探してみる」
「おうー。じゃ、試合で会えたらいいな!」

 そう言って上田は他の四人にも頭を下げて自転車をこいで行った。背中が遠くまで見送ったところで、真比呂が隼人に声をかける。

「さっき言ってた小峰って誰?」
「……明星中の小峰礼緒。俺たちの中では有名だったよ」
「強いのか?」
「強そう、かな」

 隼人の言葉に首を傾げる真比呂。それに答えたのは純だった。

「身長がお前くらいあって、強そうだったんだ。で、実際一回戦とか二回戦はラブゲームで勝ってた。でも、ベスト8とかそのあたりであっさりこけてた。強いんだけどなぜか勝てない。そういう意味で有名だった。高羽の中学でも有名だったとは知らなかったけど」
「考えることはみんな同じなんだな」

 隼人は呟いて自転車を押す。真比呂たちも後を続いて歩き出した。ついてきていることを確認して、隼人は言う。

「とりあえず、明日、小峰を探してみよう。六人目として引き入れたい」
「でも勝てないんだろ? いても大丈夫か?」

 理貴の言葉に隼人はさらりと言ってのける。

「鈴風や井波を強くするよりは簡単だと思う」
「確かにそうかもね」

 真比呂は特に何も言わなかったが鈴風が同意したことでその場は納得する流れになる。隼人は中学時代の小峰の顔を思い浮かべながら考える。

(最後の一人。十分期待できるんじゃないか?)

 唐突に名前が出てきたエース候補。その期待に自然と足が早まっていくのを感じつつ、隼人は帰宅の途についた。
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