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● SkyDrive! --- 第十一話 ●

 隼人たちが集まる教室にやってきたのは、お世辞にも運動が得意とはいいがたい体形をした男子生徒だった。制服の上からでも腹にある贅肉が見えるように膨らんでいる。頬の肉の上にメガネのフレームが乗っていて、隼人は昔見たアニメのキャラにいたなと思い返した。

「えーと。鈴風賢斗(すずかぜけんと)だっけ?」
「うん。一年B組です」

 鈴風は頭をかきながら照れくさそうに答える。何がそんなに照れくさいのかと隼人は思ったが、自分に向けられている視線に気が付いているのだろう。見た目で判断するのは悪いと隼人も思ってはいたが、どうしても先入観が抜けない。

「鈴風。お前、文科系だろ!」

 真比呂が躊躇なく核心を突く質問をする。真比呂の思い切りの良さは大体頭を悩ませるが、今、この場においてはとてもありがたかった。鈴風は真比呂の言葉に頷いて自分のことを話し始めた。

「僕、中学までは合唱部だったんだよ。でも受験で少し太っちゃって。だから痩せたいと思ったし、何か新しいことに挑戦してみたいと思ったんだ。それで、放課後に何か集まってる高羽君たちを見ててバドミントンもいいなと思って」
「ちょっとって……お前、体重何キロだよ」

 純が鈴風の体つきを見ながら訝しむ。ちょっとどころではなく、普通に標準体重プラス十キロというだらしない体に見える。だが、鈴風は「やっぱり」と呟いてから答える。

「176センチの75キロだよ。確かに標準体重は越えてるけど、プラス十キロじゃないよ」

 何度も言われてきたのだろう。仕方がないと諦めている気持ちと、言われ続けてうんざりしている気持ちが混ざった不思議な口調で鈴風は言う。

(確かに。思ったよりも多くない……骨格が太いタイプなのか、あるいは)

 隼人は椅子からすっと立ち上がると鈴風の傍に近づいて、相手が反応する前に腹を掴んでいた。

「わっ!?」
「隼人! お前そんな趣味が!?」
「発想飛躍し過ぎ」

 驚いて何も言えなくなっている鈴風と、何か変な想像をして慌てている真比呂。二人を見てため息を付きながら隼人は手を離した。その手を何度か開け閉めしてから隼人は鈴風の両肩を掴む。

「……どした?」

 隼人は無言で肩から二の腕。そしてまた脇腹から下に手を伸ばしていく。
 人通り筋肉がついている部分を触ってから「なるほど」と一言呟いた。

「鈴風。お前、文科系って言ってたけど……合唱部ってこんなに体鍛えてるのか?」

 隼人の言葉に真比呂ほか三人は驚き、真比呂と純は慌てて鈴風の体を触ってみる。そしてその筋肉質な体に驚きの声を上げた。

「おいおい。確かに肉はついてるけど、その下にめっちゃ筋肉あるだろ」
「どっちかって言うと筋肉質で太ってるのかも」

 真比呂と純が無遠慮に触っていく間、鈴風は顔を赤くして上を向いていた。興味本位で同性に体を弄られて、褒められているのかどうなのかよく分からない状況に何も言えないらしい。見かねた理貴は体を入れて二人と鈴風を離した。

「ちょっと離れろよ。困ってるだろ。上半身も下半身も鍛えられてるなら、運動をやるには困らないんじゃないか?」
「それはよく言われるけど……問題は体力なんだ」
「なら、ランニングを続ければいい!」

 真比呂が大声を上げて鈴風の両手を掴んだ。目を輝かせて期待の新戦力を勧誘しようとしている。

「俺もバドミントンは全くやったことないんだ! だから初心者が入ってくれると助かる! 一緒に強くならないか!?」
「う、うん……よろしく」

 真比呂の熱さに若干引き気味の鈴風だったが、部活に入るという思いは変わらないらしい。隼人は一安心して理貴へと顔を向けた。

「これで五人。部に昇格できるな」
「甘いだろ……団体戦で全国いく気ならあと一人は欲しいところだし。初心者を鍛えるには時間かかるぞ。二人もいると」
「だからやりがいあるだろ。俺らも頑張らないとな」

 隼人の言葉に理貴は軽くため息を付いて言い返す。難しいことをさも簡単だというように語る隼人だが、理貴にはそれが楽観とも何も分かっていないことから来る甘い見通しとも思えない。
 全てとは言わないまでも、現状をある程度以上考えた上で、それでもやろうとしている。

「お前。案外熱いんだな。いつも冷静に分析したり考えたりしているけど」
「……井波の影響もあるけど、な」

 二人は鈴風に熱く語っている真比呂を見ながら苦笑する。理貴自身、真比呂の影響を何か受けてしまっているのだと分かっていた。それをムキになって否定するのも意味がない。素直に受け入れるには、まだ意地を張っていた時間が長いために上手くいかないが。

「じゃあ、五人集まったし。谷口先生に言いに行くか」

 隼人が椅子から立ち上がり、四人に向けて言う。真比呂はすぐにでも走り出しそうな気配を見せていたが、純と理貴は躊躇い、鈴風は何なのかよく分からないで隼人たちを見ている。

「どうした?」
「あと一人くらい集めないか? 練習もしやすいだろうし」

 純の言葉は理貴と同じ。どうやら同じように上を目指すために必要だと思っているようだった。隼人は今後のことを考える。まだ一年生も全員声をかけたわけでもない。そして二年三年にも声をかけたわけではない。

「井波はどう思う?」

 隼人は決断を真比呂へと促す。真比呂は「俺?」と慌てて言葉を返すも、隼人は至極当然というように更に返した。

「元々は、バドミントン部を作ろうと思ったのは井波だしな。俺らはその夢に乗っかってるんだ。そして、皆で全国を目指そうと決めた。お前だけに全部の決断を求めるつもりはないけど、やっぱり尊重したい」
「……固いなぁ、隼人」
「こういう性格なんで。あと名前で呼ぶな」

 真比呂は腕を組んで目を閉じ、見た目からもあからさまな考え込むポーズを取る。四人の視線が集まる中で、すぐに体勢を崩した真比呂は頭を書きながら言った。

「確かに。あと一人集めて、六人で申請したほうがあと後でいいかも」
「俺は井波に従う」
「確かに」
「目標は決まってるし、焦らないで行くか」

 隼人、純、そして理貴が続けて真比呂に同意する。まだどうしたらいいか分からずに右往左往している鈴風に、真比呂はごめんと頭を下げた。

「入ってくれるのは嬉しいし、歓迎するよ。ただ、部活として認められるまでは市民体育館で練習とかだからお金かかるかも」
「いや、大丈夫だよ」

 鈴風は笑って真比呂に返した。お金の問題は学生にはなかなか厳しいが、鈴風にとっては問題ない部類らしい。

「俺も、運動したいから……ただ、全国とか話してるのには少し気後れするけど……」
「初心者で全国行くぞって言えるのは井波くらいだから大丈夫」
「それって馬鹿にしてるのか褒めてるのかどっちだ!」

 からかう純に対して同じようにふざけて叫ぶ真比呂。出会ってから数日しか経っていないが、四人の間には柔らかい空気があった。それぞれバドミントンという共通項で繋がっている以外は接点がほとんどない。それでも、全国を目指すという目標に向けて繋がっている。鈴風がその輪の中に入れるか。隼人はそれが一つの鍵になるのではないかと考えていた。

(一緒にバドミントンをする仲間が増えるのはいい。でも、俺たちが本気で目指す以上、どうしても何かを切り捨てないといけないことがある)

 長いようで短い三年間。インターハイの開催時期を考えればチャンスはあと二年くらいしかない。

「とりあえず、今日は鈴風の歓迎も兼ねてどっかで食べてから帰るか」
『賛成ー』

 全員の意見が初めて一度で一致した。


 * * *


 隼人は家に帰って部屋に戻るとベッドに寝転がった。体には心地よい虚脱感。バドミントンとはまた違った疲れが広がっている。鈴風の歓迎を兼ねて皆でご飯を食べた後に、カラオケに乗り出した。そして各自自分の持ち歌で得点を競うなど充実した二時間を過ごしたのだった。

(こういうのもいいよな……)

 バドミントンだけの繋がりから、徐々に繋がるものが増えていく。個々人の好きな歌が分かるだけでも何か性格が透けて見える。
 例えば真比呂はアニソン特撮系を上手く歌い上げる。それでいて洋楽も歌うなど範囲が広かった。自分の気に入った曲は片っ端から聞くタイプ。
 純は日本の実力派バンドの歌を主に歌っていた。長らく続けて今でもよく名前を聞くバンド。
 理貴は逆に、隼人たちが全く聞いたことがないようなマイナーな名曲を好んでいるようだった。
 鈴風は合唱部出身だからかアカペラの曲を一段違う声量で歌い上げた。その声を出すのにどれだけ肉体を鍛えているかということが隼人には分かる気がした。

(『チーム』になっていくっていうのは……いいもんだな)

 中学の時は一年から先輩たちがいて。その後は一つ学年が上がるごとに責任や後輩が増えていった。あくまで、自分たちは引き継いでいけばよかった。
 今回は去年のインターハイ後から休部したとはいえ、一度途切れたところからの再スタート。自分たちが作るものが、新たな栄水第一高校男子バドミントン部の礎になる。

(でも、女子部の三年や二年の先輩たちは男子の先輩を知ってるんだろうな)

 インターハイまで同じ体育館にいたはずの男子バドミントン部が消えて、今年また復活するかもしれない。そのあたりはどういう気持ちになるのか。隼人にはまだ新しいことを創造した際の反動は予想がつかなかった。

「OBとか、練習来てもらうのもありかもな」

 脳裏にあるのは部ができた後のことだ。皆の手前、部の申請は後回しにしたが、あまり時間がかかるようならとりあえず部を作らせてもらうように他のメンバーを説得するつもりだった。そうすれば体育館を堂々と使えて、更にOBも来やすくなるだろう。
 そんなことを考えている時に、マナーモードにしていた携帯が震えた。バイブレーションの振動にベッドから起き上がり、鞄の中に手を突っ込む。見ないまま手さぐりだけで探し当てて取り出すと、液晶画面にはメールの着信を告げるマーク。そのまま開くと、真比呂の名前が浮かんでいた。

『今日、カラオケ楽しかったなー! お疲れさん! 賢斗も少しうちとけたみたいだし、あと一人だな!』

 既に鈴風を『賢斗』と呼び捨てにしている真比呂に相変わらずだと思いつつ、隼人は簡単に返信をしてから階下に降りた。夕飯の時間が近いからか、鼻腔を擽る匂いは隼人の腹を鳴らした。
 徐々に作り上げられていく達成感。
 メンバー集め。初心者の実力の底上げ。自分の実力底上げ。
 部に認められれば顧問が入る。
 高津のような実力のある代表がいる社会人サークルにもコネができた。
 あとはもう一人のメンバーを引き入れることや、練習メニューの決定。試合への出場など。徐々に一から用意するものが減っていく。

「母さん。腹減った」
「もう少しだから待っててね。今日はシーフードカレーよ」

 キッチンで自分へとかかる声を聞いて、食卓に着く。椅子に座ったところでまた携帯が震えた。取り出すと、純からメール。

『おっす。今日はお疲れさん。鈴風の声凄かったな。余計な肉を落としたら一気に戦力になるかもしれないし、鍛えがいありそう。俺も抜かれないよう頑張るわ』

 体躯の小ささにコンプレックスがある純は、鈴風の体に対して思うところがあるようだった。それでも、隼人は純を高く評価している。癖はあるが、鍛え方を考えれば試合で勝てるはずだ。特に相性がいいダブルスパートナーがいれば。
 返信文面の送信を終えた直後にまた携帯が着信を告げる。
 今度は理貴だ。

『お疲れ様。鈴風はだいぶ体鍛えてるみたいだな。効率よい練習方法考えたらすぐ戦力になるんじゃないか? あとみんなやけにしっかり歌えてる。やっぱり体鍛えてると違うんだろうか?』
(疑問形で締められてもな)

 理貴の性格はまだつかみかねているが、何かしらバドミントンと結び付けたがるのだろう。確かに運動で鍛えた筋肉は歌うのにも役立つ。逆に言えば、そちらに特化した鈴風も、これから方向を少し変えるだけで一気に伸びるかもしれない。
 メールの文面や内容からも人となりが透けて見える。隼人は新しい仲間との団体戦を思い浮かべる。入学当初はまだ何もなかったビジョンが徐々に実像を結んでいく。
 真比呂のおかげで、高校での自分のバドミントンがスタートした。それは順調に目標へ向けて進んで行っている。

(だからこそ、慎重に。ゆっくりいこうか)

 時間は限られている。だからこそ、一歩一歩確実に進んでいこう。
 隼人はそう決意して携帯をポケットに入れた。
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