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● SkyDrive! --- 第百十七話 ●

 高羽隼人は改めて自分のことを思い返す。
 相手のことを分析し、丁寧なコントロールでコースを突いていき、相手がバランスを崩したところで空いているスペースへと叩き込む。速度あるスマッシュも、切れのあるドロップも、絶妙なヘアピンも打てはしない隼人にあるのは、ひたすら相手の弱いところを突き続けること。
 中学時代はそれでも豪快なスマッシュを持つような相手には力で押し切られていた。壁は大きく、全国など目指せるような実力はない。
 今でも、その考えは変わっていない。

(皆がいなければ……こんなところまでこれなかった)

 ハイクリアでシャトルをしっかりとシングルスコートギリギリに収めるように飛ばす。三鷹は隼人のコントロールの良さを熟知していて、迷いなく落下点に入るとスマッシュをストレートに打ちこんでくる。強化されたスマッシュの威力とコントロールにも隼人はついて行き、ネット前にクロスヘアピンを放つ。最も三鷹から遠くなる距離へと放つコントロールは自分でも背筋に電流が走るほどに上手くいく。

「はあああ!」

 三鷹が吼えて前に踏み出し、ラケットを突き出す。
 ラケットヘッドがシャトルを掠り、スピンをかけてヘアピンで返してきた。隼人はシャトルへと向かっていたが、描く軌道が『視えた』ために途中で動くのを止めた。

「アウト! ポイント。エイティーンシックスティーン(18対16)」

 シャトルはわずかにシングルスラインの外側へと落ちていた。
 コートを斜めに突っ切って追いつけた代償に三鷹は細かなラケット制御を失い、アウトにしてしまった。それでも、隼人は三鷹の打ちまわしに脅威を覚える。

(谷口先生の言う通り……か……)

 脳裏に浮かぶのは、亜里菜から事付けられた三鷹の情報。
 谷口が集めて、整理した情報は亜里菜へと受け継がれて対戦する隼人へと伝わった。
 練習試合の時とはまたスタイルが変わっている。強烈なスマッシュを中心にして、更に磨かれたのはコントロールだった。

(俺みたいにコントロールを鍛えてきて、崩したところを強烈なスマッシュで、か。俺の進化形みたいなもの……でもないか)

 隼人はサーブ位置に着き、シャトルを手の中で弄びながら分析する。三鷹のコントロールは確かに鍛えられていたが、隼人が中学から今まで磨き上げてきたものには及ばない。だが、それに比肩しうる輝きは持っている。たとえコントロールが隼人に及ばなくても、隼人よりも速いスマッシュがエースを奪うためのおぜん立てを整えるまでは十分だった。

「一本!」

 一つ吼えてからシャトルを思い切り飛ばす。
 最も奥までシャトルを飛ばせばスマッシュを放たれても追いつける。
 速さ自体は礼緒や真比呂に匹敵しているが、逆に言えば彼らのスマッシュを練習で体験している隼人には十分リターンでチャンスを作れる。
 しっかりとコート中央で腰を落とし、スマッシュの放たれた方向へと足を踏み出して、シャトルをラケットヘッドの中心で捉えてロブを飛ばす。
 逆サイドに飛んだシャトルを追いかけて走る三鷹は体勢を立て直すためにハイクリアを打った。

(ここが、チャンス!)

 隼人はハイクリアで高い軌道をえがいたシャトルの落下点へと入ると、飛び上がってラケットを振り切った。ジャンピングスマッシュを制御できるほどの力はないため、あくまで軽くジャンプして打点を少しでも高くしようという程度のもの。それでも、シャトルはネット前に鋭く落ちていき、三鷹はラケットを前に思い切り差し出して辛うじて拾い上げる。
 バランスを崩して俯いた三鷹の視界に入るように踏み出した右足で床を強く叩き、隼人はシャトルを鋭く弾いて相手コート奥へと沈めていた。

「ポイント。ナインティーンシックスティーン(19対16)」
「ラストツー」

 一点を決める度に三鷹からの圧力に体が震えて緊張する。それでも何とか緊張を体の外へと放つために試行錯誤する隼人は、遂にファーストゲームを取るまでのカウントを開始した。頭の中で幾重にもパターンを考えた末に三鷹を「追い込んだ」先にあるラストへ向かわせるための作戦。
 自分の言うこと、動くことの内、自分で把握できることには意味を付加して待ち受ける。今回の宣言も、三鷹に対してのものだ。

(これで混乱するとは思っていない……でも、あとから効いてくるはずだ)

 隼人はシャトルを貰ってから羽を整えて思案を続ける。
 その間も十九点目の立ち位置には移動して動きは停滞させない。これまでに二回変えてきたシャトルは指の腹での羽の調整ではもう直しようがないほど。
 あと一回のラリーが潮時だろうと決めて、隼人はシャトルを左手に掴み、右手はラケットをしっかりと握る。

「一本!」
「ストップ!」

 隼人の宣言をかき消すように吼えた三鷹は、隼人が打ったシャトルの傍に急いで移動するとハイクリアではなくドライブを放ってきた。隼人の右から左へと斬り裂いた一撃はこれまでの威力と異なると思わせる。
 隼人は右腕を一杯に伸ばしてラケット面に当てたシャトルを、ヘアピンで打ち返す。今度は三鷹が打ち返されたシャトルに対して突進していた。

(――ここだ!)

 鋭い三鷹の言葉と共に放たれたシャトルを、隼人は狙いをつけて打ち返す。けして余裕があるわけではなく、軌道も自分の中にある知識を総動員した上で決めた場所。だが、隼人のラケットは見事にシャトルを打ち返した。

「あああああああ!」

 三鷹は全力で吼えながらシャトルを追った。自分が渾身の力を込めたプッシュを、まるで未来でも予知したかのように狙い打たれる。
 その事実に、三鷹は余裕のない声を上げたのだと分かった。

「まだ! 諦めるわけには!」

 いかない、ということを言おうとしたのだろうが、三鷹が振り向きざまに放ったシャトルがネットに当たる音のほうが早い。シャトルは中空に一瞬浮かび上がったが、その後は落下していきコートへと頭を付けた。

「……ポイント。セブンティーンナインティーン(17対19)」

 運よく入ってしまった強烈な一撃に白泉学園高校側もボルテージが上がっていく。
 隼人は深呼吸を繰り返しておかしくなりそうな心を抑えた。

(ああいうラッキーショットは、狙ってできるわけじゃない)

 隼人はシャトルを拾うと審判に「無理」というアイコンタクトを交わした。
 そして、シャトルを変えてもらおうと審判傍の床へと置くように軽くラケットで打つ。空気提供でシャトルの動きが弱まった頃には審判のつま先に転がって止まった。
 コントロールに驚いたのか、審判はあたふたと慌てながらもストックしていたシャトルを三鷹へと手渡した。
 そして、試合は再開される。
 17対19という二点差を追いつけばまだ三鷹にもファーストゲームを取るチャンスは十分あった。

「一本!」

 三鷹の力のこもった咆哮に押し出されてシャトルが鋭く飛んでくる。
 ドリブンクリアで通常のサーブよりも明らかに弾道が低いため、隼人は背中を仰け反らせて強引にシャトルを打った。ラケットをいつものように振り切っても、体勢が倒れていた分だけ鋭くシャトルも打ちこまれる。
 三鷹は弾道を読んでいて、バランスを崩したままの隼人をあざ笑うようにネット前へとシャトルを打ち返して、そのままネットへとシャトルは落ちていった。

「ポイント。エイティーンナインティーン(18対19)」

 あっという間に差を詰められて、隼人は天井を見ていた。
 数々のライトの下にいる自分と三鷹。
 コートにいる今だけは、自分ともう一人、三鷹の場所だと思い出す。
 どちらにも勝つ理由はあるし、信念がある。

「次は、止める」

 決意を持った言葉と共にシャトルを拾い、三鷹へと返す。その言葉が聞こえていたのかいないのかは隼人も分からない。シャトルを受け取った後の表情が思いつめたような表情をしていたが、隼人自身の言葉のせいなのかは分からない。

「さあ、ストップ」

 隼人は悠々とレシーブ位置に着き、逆に三鷹はサーブ位置で体勢を整えないまま隼人を眺める。

「三鷹君」
「あ、すみません」

 試合の時を止めている三鷹に向けて、極力選手を待たせてはいけないという職務にバドミントン協会の職員が忠実に行う。三鷹は逡巡したような表情を見せたが、すぐにシャトルを叩きあげて19点目に持ち込もうとシャトルを振り切った。
 目的地が見えてきたことでしっかりと形を持ってきたことについて、三鷹はシャトルを打ちこむことで具現化していた。

「ふっ!」

 隼人はしかし、的確にシャトルを打ち返す。クロスヘアピンでネット前に落とし、三鷹が同じくヘアピンを打ち返してくるならロブを上げる。そのロブも三鷹が追いつく時には弾道を頭から下にしてしまいそうなものだ。
 三鷹は強引に体を沈めてドロップを打つが、それを考慮するのも隼人。かつてのバドミントン部の部活仲間である三鷹も隼人のことは分かっているはずだったが、隼人は点差を詰められない。

「はああっ!」

 シャトルが力強く放たれて、目の前からやってくる。咄嗟にラケットを顔の前に出して衝撃を逃がした。
 弾き返されたシャトルがネットを越えて落ちていく。ドロップでコートへと届きかけたシャトルを三鷹はギリギリラケットヘッドを下に入れてスライスさせる。シャトルがクロスヘアピンの軌道で隼人から離れるように打ち返されたが、そこにフェンシングのようにラケットを突き出す。

「ふっ!」

 シャトルがラケット面に擦れて再びヘアピンで落ちていく。複雑な回転がかけられたシャトルはふらふらとネットに平行に進んでいき、三鷹は飛び込むようにしてラケットを突き出すと手首の力だけで跳ね上げていた。
 胸部からコートに叩きつけられたが、僅かに跳ねた勢いを殺さずに両腕を胸部の下へと入れると力任せに上体を起こす。隼人は既に誰もいないコート奥へとシャトルをドライブで打って落下させた。

「おぅおおおおおおあああああ!」

 力強く、コートに穴を開けそうなほどに大きな音を連続してたてながらシャトルを追う三鷹。
 移動に全力を込めたからか、シャトルが落ち切る前にサイドへとたどり着くと渾身の力でロブを打ち上げる。バックハンドでしかも打点は低い場所だったにもかかわらずシャトルは高く遠くへと飛んでいた。滞空時間が長くなったために三鷹もコート中央に腰を下ろして待ち受ける時間ができる。
 隼人は一瞬だけ三鷹の方向へと視線を向けた上で、顔面目掛けてスマッシュを放った。

「はあっ!」

 コントロールの良い隼人からのスマッシュ。顔面への軌道は正確に額を打ち抜くように打たれている。三鷹もまたコントロールの良さを信頼しているのか、自分の顔面にラケット面を立ててから前方へと走り出した。
 シャトルがぶつかる場所が分かっているのなら、ラケットを固定して移動する力だけで打ち返す。ちょうどよく弱々しい返球となって、チャンス球を隼人へと上げさせるか十九点目を自分へともたらすかと考えてのこと。
 だが、三鷹が自分のミスに気付いたのはシャトルが眼前にきた時の軌道が予想に反して高かった時。
 ラケットのフレームに当たってシャトルは三鷹の後方へと流れ、落ちていった。

「ポイント。トゥエンティエイティーン(20対18)。ゲームポイント」

 審判が告げる最後の時。ファーストゲームの奪取に王手をかけた隼人は深くため息を吐いてからサーブ位置へと移動した。シャトルを打ち損じた三鷹の行動が、隼人自身が仕掛けた罠に気付いたと理解させる。

(あいつの身長もラケットを掲げる時の癖も、分かったからできたな。二回目はもうできないだろう)

 シャトルを拾いに向かう後姿を見ながら内心で振り返る。
 隼人は眼前に向けて打つふりをしてわずかに斜線を上にしていた。
 顔面に来ると思いこませたことで相手にラリーの応酬から抜けさせる。隼人のコントロールを知っているからこそ、より取り辛い顔面に向けてシャトルを放ってくる時には正確に額を狙ってくるというのを逆手に取った。

(まずは、ここまで来たな)

 一つの目標点である二十点目。
 返ってきたシャトルを受け取り、羽を綺麗に整えてからサーブ体勢を取る。
 既に三鷹はレシーブ位置で、得点を取り返そうと気合いを発散させていた。気迫に気圧されぬようにして左手に持ったシャトルを大きく前に出し、右腕を大きくしならせてラケットを振る。
 渾身のロングサーブ。今の自分が描ける最高の軌道で飛ばそうとする腕。
 しかし、隼人の瞳はシャトルを見ておらず、ネットの向こうにいる三鷹の姿を見る。その目に映る意志というものを、捉えた気がした。

「はっ!」

 ラケットの動きを力づくで止めて、シャトルを打ちあげるはずだったラケット面が止められる。
 シャトルはラケット面に軽く弾かれてネットを越え、フロントのラインへと落ちていく。誰もが後方へ打つと騙された一撃に、三鷹は後方へと下がろうとする体を止めるだけで精いっぱいだった。
 コトリ、とシャトルがコートに落ちて転がる。審判は落ちた地点を凝視したまま少しの間だけ動かなかったが、やがて宣言する。

「ポイント。トゥエンティエイティーン(21対18)。チェンジエンド」
『しゃあああああ!』

 仲間たちの気合いの咆哮と比べて、隼人は深く息を吐いただけだった。
 最後のサーブは自分でも特大のロングサーブを打つつもりだった。しかし、直前になって考えを変えてショートサーブに切り替えた。当人ですら直前まで逆のサーブを打つことを考えていたのに、何故上手くいったのか。
 思い返してみて、隼人はこの試合が始まった直後の展開と同じことに気付く。ロングサーブを打ちあげようと大げさなフォームからの打ち上げ。
 しかし、ラケットは人々の頭の中に残像を残して消え去った。

(……三鷹の顔を見てたら、体が反応した)

 隼人はラケットを持つ右腕を一瞥し、次に三鷹を見る。既にコートから出て隼人がいるエンドへと向かっていた。

「ナイスだ! 次で決めよう!」
「慎重にな」
「が、頑張って!」

 隼人もコートから出て、純と理貴。賢斗に出迎えられつつもラケットバッグを取ろうとする。

「はい」

 腰から上体を折る前にラケットの方から隼人へと近づく。亜里菜が持ち上げたバッグをしっかりと手に取り、自分を見る視線を受け止めた。
 声をかけてきた三人と亜里菜。そして一歩引いていている礼緒と真比呂。ここにはいないが、もう一歩後ろには静香の顔も隼人には見えている。
 全員が栄水第一男子バドミントン部。各々の思いが体の中に吸い込まれていくような錯覚を覚えてから、隼人は一度目を閉じた。

(うん。頑張れる。俺は)

 目を開いてから全員に向けて「言ってくる」と小さく呟いてから、隼人は逆のエンドへと歩く。ラケットバッグをコートの外へと起き、白泉学園高校の部員たちの鋭い視線を受け流しながら中央に近づいてシャトルを取り上げる。

「セカンドゲーム、ラブオールプレイ!」
『お願いします!』

 三鷹と同時に言った隼人はすぐにサーブ体勢を取る。寸分違わぬ動きでレシーブ体勢を取った三鷹に向けて、隼人はショートサーブを放った。ファーストゲームの最初と最後にエースを決めたサーブを打つも、三度目には引っかからず三鷹はロブを上げていた。

(それでも、ロブどまりだ!)

 コートを斬り裂くようにシャトルをクロスで打ち上げる。
 逆サイドの奥までシャトルが突き進み、三鷹は追って落下点まで来るとスマッシュを打ちこんできた。
 隼人は的確に射線を読み切って再度、逆側へと打ち上げる。

(……決める。このゲームで、俺は勝つ!)

 決意を込めたシャトルを打ちこむ隼人。
 三鷹も隼人の気迫に応えるように動きをより素早くしていった。

 全国高校バドミントン選抜大会、団体戦決勝。
 三鷹守と高羽隼人の戦いは最高潮を迎えようとしていた。
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