モドル | ススム | モクジ

● SkyDrive! --- 第八話 ●

 高津は真比呂の手を取って自分のサークルの場所へと連れて行く。唖然として見送っていた隼人と純だったが、慌てて後に続いていった。一方で高津の目指す先にいる面々も彼の行動が突拍子もないことだったのだろう。驚いた顔で歩く様子を見ていた。

(多分、俺も同じ顔してるんだろうな……)

 真比呂は手を引かれつつそう思っていた。抗おうにも凄い力で振りほどけない。体格にも自信があり、力もあると思っていた、しかし、目の前にいる男はとてつもない握力で手を掴み、引きずっている。体力を見るとその人間の運動能力が少しは真比呂にも分かった。
 高津士郎は、かなりのレベルのバドミントンプレイヤーに違いない。

「おーい、中島!」

 高津の声にびくりと体を震わせたのは隼人たちも見知っている中島理貴。引きずられている真比呂と、その後ろをついてくる隼人と純を見て徐々に事情が分かったのだろう。この場から逃げたいという思いを前面に押し出した顔になっていた。

「中島! お前、こいつと……えーとなんだっけ」
「井波です。井波真比呂」
「そうそう。井波と試合しな! それで一点でも取られたらこいつらと部活やれ!」
「……なんでですか?」

 高津の高圧的な言い方に中島も反発するように低い声で返す。
 しかし高津は意にも介さず、言葉を続ける。

「お前、強くなりたいんだろ? なら、初心者の井波にラブゲームできるよな? それくらいやらないと、今のお前はお前がいきたいレベルにはいつまでも届かないぞ」
「そんな無茶な……一点ならビギナーズラックもありえますし」
「それを実力でねじ伏せてみろ」

 高津は引く気など全くなく。周りも止める気はなかった。あとは渦中にいる真比呂と中島。そこで動いたのは、真比呂だった。

「じゃあ、俺が負けたらもう中島を部活に誘わないってどうだ?」
「いいのか?」
「よくないけどよ。そういう制限つけないと、また勧誘するかもしれないし。どうせならすっぱり諦めた方がそっちもいいんじゃないか?」

 真比呂の言葉に中島は少しだけ考えて、了解した。
 半分ため息を付き諦めたかのように。高津は笑いながら審判の位置に移動し、二人の点を数えると宣言する。

「これで数え間違いもないな!」
「そうですね」
「よろしくおねがいしゃーっす!」
「いい返事だ! じゃあファーストサーブ」

 シャトルが真比呂の手に渡り、中島が苦い顔をする。高津は一言「ハンデ」と言って終わらせた。試合のコールをして、二十一点の一ゲームマッチとする。真比呂は頭の中で言葉を変換して、二十一点取れば勝ちとした。

「よーし、じゃあ……一本!」

 真比呂は思い切り下からラケットを振り上げた。
 カァン、と甲高い音が響くと、真比呂が打ったシャトルはコートの外へと飛んでいく。サーブを打った体勢で固まったままの真比呂。周りの人たちもあまりの結果に唖然としている。その中で最初に立ち直ったのは中島だった。

「ポイント。ワンラブ(1対0)」

 そう言ってから自分でシャトルを取りに行く中島。ラケットで拾い上げて軽く打ち上げながらサーブ位置に立ち、最後に左手で思い切り強くシャトルを取る。そこから流れるようにサーブ姿勢を形作り、呟いた。

「一本」

 慌てて真比呂は構え、シャトルが来るのを待った。
 中島のサーブにより打ち上げられたシャトルはコート奥へと突き進む。それを見上げながら後ろに下がる真比呂だったが、足を床にとられてこけそうになった間にシャトルは打ちごろな位置を過ぎ、下へ着地しようとした。そこまできてようやく追いついた真比呂はすくい上げるようにシャトルを打つ。

「おら!」

 今度はガットの中心に当たったのか、勢いよくシャトルは突き進む。しかし、ネットを越えるところに添えられた中島のラケットに阻まれてシャトルは真比呂のコートへと落ちた。

「ポイント。ツーラブ(2対0)」

 淡々と呟いて中島はシャトルを拾い、次のサーブ位置につく。真比呂も悔しがりつつも試合を遅らせないように位置についた。

「おい! 相手の対角線になるように立つんだぞ!」
「あ、そうか」

 真比呂は最初に立っていた右側に再度立って、サーブを受けようとした。当然、一点を取った中島は場所を移動して左側へと移動したために、真比呂から見れば右側に二人が立つことになった。
 隼人に指摘されて慌てて真比呂は移動した。相手と対角線、と呟きつつ中島に向き合って構える。
 中島はその間、ラケットで軽くシャトルを突き上げていた。それを終えて左手で掴み「一本」と言う。
 サーブは再びロングサーブ。綺麗な弧を描いて真比呂を後方へと追いやる良いサーブだった。真比呂は先ほどの失敗を繰り返さないように、今度は後ろを向きながら走る。さっきよりも早く落下地点と思う場所にたどり着き、上へと視線を向けた。そしてシャトルが落ちてきたところへとラケットを思い切り振り切った。

「おら!!」

 ラケットはシャトルを捉え、下に叩き付けられていた。

「あ」
「……ポイント。スリーラブ(3対0)」

 真比呂が叩き付けたシャトルはネット前まで転がっていた。それを拾おうと中島がラケットをネット下から伸ばす。しかし、真比呂が走ってシャトルに追いつき、拾い上げてから中島に手渡した。

「こういうのはポイント取られた方が拾うもんだろ?」
「……サンキュ」

 中島がサーブ位置に立つのを、真比呂はしっかりと目に焼き付ける。
 自分もレシーブ位置で構えるが、構え方をどうするか考える。

(確か……隼人は……)

 隼人が純と試合をしていたところを思い出す。ラリーを終えてサーブに入る際に隼人はどうしていたか。休日は自分も部活だったために、兄の試合も観に行くことはなかった。いつも高いラケットを大事そうにメンテナンスしていたのを見ていただけで、ごくたまに家の外でラケットを軽く振っていたのを見たくらいだった。だからこそ、バドミントンをちゃんと見たのはあの、部活見学の時だったのだ。そこで会った隼人は、バドミントンの仲間であり、真比呂の教師だ。
 イメージの中にある隼人の姿に自分を当てはめるように腕を上げ、ラケットを斜め上に構える。右手は自分の視線が相手の顔に向かう間に置く。
 中島は何度かシャトルをラケットで跳ねさせてから左手で勢いよくつかみ「一本」と静かに呟く。これで三度目。同じ動作を繰り返して中島はサーブを打ち上げてきた。

(よく見て……打つ)

 一発を狙わないように、まずはシャトルを返すことを考える。シャトルを返すことができればチャンスは広がる。初心者の自分にとって必要なのは、まずは打つ感覚を身に着けることだ。
 真比呂はシャトルに追いついてさっきよりも力を抜いてラケットを振った。力あるショットではなく、返すことが目的の、当てるためのショット。結果、シャトルは勢いを無くしてドロップになってネット前に飛んだ。
 しかし、中島は前に詰めていてそのシャトルをラケットを立てて撃ち落とす。鋭くコートにシャトルが落ちて、勢いで跳ねていた。

「ポイント。フォーラブ(4対0)」

 今度は真比呂が拾う前に中島がラケットを伸ばして取ってしまう。そこからわざわざラケットで何度か軽く打ち上げて、左手で取る。
「一本」と言ってサーブ位置についた時にはまだ真比呂は上を向きながら考え込んでいる。

「井波」
「あ、わりぃわりぃ」

 真比呂は頭をかきながらレシーブ位置につく。その間も中島について考えていた。

(あの動きは……プリセットルーティンだよなきっと)

 シャトルを何度か上げて左手で勢いをつけて取る。その後に「一本」というのも含まれているのか分からない。もう少し気を付けてみれば、もしかしたら打ち上げる回数も決まっているのかもしれない。
 決まった動作をすることで集中力を高める。それはバスケでもフリースローの時などに真比呂が使っていたことだ。一回一回のラリーを、中島は集中している。初心者の真比呂に対しても。

(一回でもミスったら点を取られるからなんだろうが……こいつ、やっぱり仲間に入れたい!)

 真比呂は気合いを入れ直し、止めるために咆哮する。

「ストップ!」

 腹から思い切り声を出し、周囲の空気を震わせるように。


 ◇ ◆ ◇


 隼人の目線から見て、真比呂の成長ぶりは目を見張るものだった。最初はシャトルにもフットワークを覚えていないため追いつけず、ラケットを振っても上手く打てなかったが、時間が過ぎていくと共に不格好だがシャトルに追いつき、強打できるようになっていく。バドミントンはいかに良いポジションに移動して、タイミングよくショットを打てるかだ。その点では他のスポーツと何ら変わりはない。バスケットという動きが激しいスポーツの中で正しいフォームからシュートを打つ練習をしていた真比呂には、直感で重要性が分かっているのだろう。先に自分なりのフットワークを模索し、そこからシャトルを打っていった。

「ポイント。ナインティーンラブ(19対0)」
「くそ! ストップ!」

 それでも無情にポイントは加算されていく。中島は何度かシャトルを上げてから左手で取る決まった動作を淡々と繰り返し、真比呂から次々とポイントを取っていった。集中力を高めるプリセットルーティン。一点でも取られたら負けに等しい勝負だからということもあるだろうが、真比呂を初心者と侮っていない。無愛想だが、試合を通して中島の真面目さが目に移り、隼人は心地よくなっていた。

「なあ、気づいてるか?」
「ん? ああ。中島のショットがだんだんコートの中央に寄ってってるな」

 純の問いかけに隼人は素直に答える。得点を重ねるたびに、中島のショットが徐々に甘くなってきている。それは真比呂の動きが少なくなってきたことから気づき、注意してみたことで分かったのだが。
 体力十分の頃はある程度は際どい場所を打てたが、体力も徐々に減ってきた終盤に何かのミスによってアウトになったり、ネットに引っかければそれだけで得点になる。だからこそ、二十一点のラリーポイント制になったバドミントンでラブゲームというのは難易度が高かった。どれだけ実力差があっても偶然というものは挟み込まれる。結果、中島は得点を重ねるたびに慎重になっていったのだろう。

「井波が打てるようになってきたのも、慣れてきたこともあるけど動く範囲が少なくなってきたからラケットを振るのに集中できてきたからだろうな」
「逆に中島を追いつめてるってわけだ。あとは、間に合うかだな」

 純がそう呟いたところで、中島のスマッシュが真比呂の胸部に当たった。一瞬走る痛みに顔をしかめた真比呂へと中島が謝る。そして、次にはポイントのコール。

「ポイント。トウェンティラブ(20対0)。マッチポイント」

 遂に、最後まで到達した。
 このままいけば次がラスト。中島が今までと同じようにシャトルをラケットで何度か上げてから左手で取る。

「一本!」

 今までよりも大きい声で叫び、サーブ姿勢を整えた。一方の真比呂はこれまでとは違って黙ったままレシーブ位置へと移動する。構えには力が抜けていて、隼人から見て理想的な姿勢だ。

(井波はまだ諦めてない。そして……中島はちょっとだけ今までと違った)

 今まで淡々と繰り返してきたプリセットルーティン。しかし、最後になって「一本」と言う声に感情がこもった。今までもそのようにやってきたのか、ラストに抑えてきた感情が漏れたのか隼人には判断しきれない。しかし、ショットが安全のために縮こまってきた終盤で、この違いは真比呂にとってプラスになるはずだった。

「井波! まず一点取れ!」

 純が隼人の隣で真比呂へと声をかける。真比呂は笑顔でその声に返してから中島へと視線を戻す。その顔は真剣で、何かを狙っているようにも見えた。

(井波に勝機があるとすれば、今だからこそ、無茶をすることだ)

 中島が安全策を取り、真比呂があと一点で負けるというところまで追いつめられている。
 逆を言えば、真比呂は一か八かという作戦を取れることになる。厳しいコースに打ち込むことができれば、中島の返球も甘くなり、勝機が出てくるだろう。
 だが、そこで別の方向から声がかかった。

「馬鹿野郎! 中島ぁ! お前、そんなバドミントンで勝っても意味ないぞ!」

 高津が大声を出して中島を叱咤する。それにタイミングを崩して中島はフォームを崩した。

「そんな縮こまったショットばっかり打って勝ったなら、お前の負けだ。最後はちゃんと四隅とかラインぎりぎり狙って勝て」
「……そんな」
「そんなも何もねぇんだよ! 相手は本当の本気で来てるだろうが! 経験者のお前がそんなひよってて恥ずかしくねぇのか!」

 高津は腕を組んだまま中島を睨みつける。それで何かを諦めたのか、中島はため息を一つついてから改めてサーブ姿勢を取る。
 その姿勢に今までの委縮は見られない。二点目を取る時の、硬さの最も取れている姿勢だ。

(ハードルを上げたら、中島も吹っ切れた……あの高津って人、中島のツボを押さえてるな)

 これで勝負は分からなくなった。真比呂の成長が追いつくか、中島がミスをするかということになるだろう。そこの分かれ目は。

「ストップ! そして一点!」

 真比呂が叫び、闘志をむき出しにする。
 その時、ふわりと隼人の髪を風が凪いだような気がした。

(……気持ち)

 中島がロングサーブを放ち、真比呂がそれを追った。
モドル | ススム | モクジ
Copyright (c) 2013 sekiya akatsuki All rights reserved.