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● SkyDrive! --- 第七話 ●

 一度、家に帰った隼人たちは示し合わせて市民体育館に集まった。神奈川に数か所あるうち、比較的小さめの体育館。設備がいまいちだが、あまり人が来ないためにあまり気兼ねなく練習できるところとして逆に有名だった。隼人は事前に電話で今の時間帯は一団体しか使用していないと聞いていたので電話して一コートを予約しておいたのだった。
 自転車を駐輪場に止めて、入り口に向かって歩き出す。

「とりあえず井波の練習だな」
「確かに。早めに戦力になってもらわないと」
「……お手柔らかにお願いします」

 隼人と純に挟まれて真比呂は肩を落としながら呟いた。運動系とはいえバドミントンは初心者。二人の経験者にしごかれることを想像しているらしい。そこで隼人は思い出したことがあり、尋ねた。

「そういえば。お前の兄さんってバドミントンしてるんだろ? なんて名前?」

 職員室で女子部顧問の谷口静香にどうしてバドミントンかと尋ねられた時に、兄がバドミントンをしていると答えていたはずだ。それを今更ながら思いだしたのだ。それは純も知らなかったために話題に食いつく。

「ああ。今は富山県に越境入学したんだ。富山誠京学園。真樹矢(まきや)っていうんだ」
「うちらの一個上……井波真樹矢って確か全国ベスト8まで行ってたよな」
「そうみたいだわ」
『へぇえ』

 話がちょうど落ち着いたところで入り口に着く。入ると壁が薄いのか入り口から体育館入口までのスペースに中からの音が漏れていた。今はランニングでもしているのか集団で走る足音が聞こえてくる。
 真比呂が事前に調べていた隼人に問いかける。

「今いるのって?」
「ここらへんで練習してる社会人サークルだよ。『鱈』って言うらしい」
「なんで魚の名前?」
「好きなんじゃないの?」
「流石に名前の由来は調べてないか」

 真比呂は笑って靴を脱ぎ、管理人の差し出す利用者名簿に名前を書き込む。そこには先に来ていた社会人サークル員の名前が連ねられている。そして真比呂はその中にある見覚えのある名前を見て左手のボールペンの動きを止めた。

「なした?」

 純がやってきて名簿を覗き込むと感嘆のため息をつく。最後にやってきた隼人に向かって、純は関心半分。呆れ半分の声音で言った。

「これも、調査済み?」

 名簿のある部分を指さす純。そこには『中島理貴』と書かれていた。同姓同名の人物がいなければ、間違いなく隼人とクラスメイトの中島だ。
 隼人は「ああ」と呟いて中へ入ろうと体育館の扉を開く。そこには既にサークルの面々が基礎打ちをしていた。近くにいたメンバーに挨拶をしつつ、隼人たちは一列になって壁側を進み、自分たちが予約しておいたコートへとたどり着いた。コートの外にラケットバッグをおろし、中に入れておいたジャージへと着替える。離れたところで基礎打ちをしている中に中島もいて、隼人らのほうをちらちらと見て来ていた。

「さすがに気になるみたいだな、中島」
「そうだな。まさか一回で当たるとは思わなかった」
「どういうこと?」

 真比呂の言葉に返す隼人に、純がすかさず質問する。さっきは中に入る流れで無視されたが、中島にここで会ったのはやはり隼人の考え通りだったのか。しかし隼人は首を振って「計画通りじゃないさ」と前置きをしたうえで言う。

「火曜日に予約しているサークルを探して、それと同じ名前のサークルを一つずつ見ていけばきっと当たるかなって思ったんだ。でも本格的にそういうの調べるのはもっと先にしようと思ってたんだよ。だから、今回は本当にたまたまだ」
「運がいいんだな……やっぱり中島を仲間にいれよう!」
「まずは井波の練習」

 テンションを上げる真比呂に釘を刺す隼人。真比呂は急に体を小さくして頷き、着替えを終える。
 隼人と純も終わると早速コートに入って基礎打ちを始めた。


 ◇ ◆ ◇


 真比呂はしばらく準備運動をしながら、二人が打ちあう様を見ていた。手元にあるラケットは兄が中学時代に使っていたものの一つだった。中学生にとって一本一万円以上するラケットは高い買い物だ。しかし、真比呂の兄の真樹矢は全国に行く力を持っていて親も成長させようと良い道具を与えていた。真比呂もまたバスケで実力があったためにバッシュなどは高く良質な物だった。
 それでも、高校から真比呂はバドミントンを取った。バスケッとシューズにユニフォーム。他の備品はクローゼットの一角を使って保管している。喜怒哀楽を含めた大切な思い出として。

(バドミントンは面白いよ、兄貴)

 今は離れている兄を思い出す。遠距離恋愛になると悲しんでいた彼女を何とか宥めている姿は一歳しか年が違わないとしても真比呂には大人びて見えた。そんな兄の姿を真比呂は隼人や純の姿に重ねる。

(やっぱりなんか……強いやつは綺麗なんだよな)

 バスケ経験者だからこそ分かる。上手いプレイヤーほど、動きに無駄がない。最初に習うのは決まった型。大体、その型に自分なりにアレンジをするものだが、上手くなるにつれて、結局は最初に習ったフォームに戻ってくる。
 真樹矢はバドミントンの練習本から出てきたと思われるほどに、フォームは崩れず、綺麗だった。
 見様見真似で真比呂もコートの外でオーバーヘッドストロークをしてみる。左利きの真比呂は左手でラケットを握り、右手を掲げ、ラケットは担ぐように肩に乗せ、掲げた右手でシャトルをロックオンして振り切る。言葉ではそのように教えられたが、実際に振ってみるとスムーズにはいかない。特に真上から下へと振り下ろす軌道となるようにすると、窮屈で仕方がない。ただ、バスケットのシュートフォームも慣れるまでは窮屈だったのだ。つまり間違ってはいない、はず。

(持ち方は……ラケットヘッドが縦になるようにするんだよな……こうなると、上から下に振る時に手首を変えなきゃいけないのか)

 ラケット面を縦にして前方に出し、真っ直ぐ持っている状態から手首をひねり、ラケット面を床と平行にしてみる。そこから肘を曲げて肩口まで引き付けてから今度は右手を上げる。ロボットのように一つ一つの動作を確認しながら上を向き、そしてシャトルが来ているかのように右掌でロックオン。そこから勢いよく振り切った。窮屈な感じは少し減り、ガットの間を通り過ぎる風の音も先ほどより多くなった気がした。それだけラケット面を空気の壁に真正面から叩き付けられている証拠。

(よーし、これで何度か振ってみれば……)

 自分なりにコツをつかんできた真比呂だったが、素振りを続けようとした時に声がかかる。

「井波。お前も打ってみようか」
「ほんとか? いいか?」
「見てたけど、結構様になってたぞ。教えることないわ。あとはそれを、試合の間で崩さないように打つのに慣れていくだけだな」

 隼人の言葉に真比呂は単純に感動する。確かに兄が素振りをしていたところは見ていたため、まったく分からないということではない。それでも、本格的に始めた最初からワンランク上がったような気になって心地よい。

「じゃあ、よろしくたのんます!」

 真比呂は勇んでコートに入る。相手になるのは隼人。純は一度コートを出て二人の姿を視界に収めている。

「じゃあ、ハイクリアなー」
「おっけい!」

 隼人が高く上げたシャトルの下に入り、真比呂は左手を高く上げる。シャトルをロックオン。そこからの素振り。オーバーヘッドストロークはシャトルを綺麗にとらえて隼人へと返した。

「良い感じだな!」

 返ったシャトルの下に入り、隼人も同じようにハイクリアを打つ。出来るだけ同じ場所へと。真比呂はほとんどその場から動かないままで第二撃を打ち込む。それも綺麗に返し、しばらくは真比呂と隼人の間で同じテンポでのシャトルの打ち合いが続いた。

「よーし、じゃあ少し散らしてくぞ」

 隼人は言うや否やシャトルを少し後ろへと飛ばす。真比呂は自然と追っていくが、上体を武の方に向けて下半身だけ真っ直ぐ後ろに進ませる。バスケでもたまに走りながら振り向いて、後ろからの味方のパスの方向を見ようと上体を捻るが、それの応用だった。シャトルの落下点まで来ると体全て隼人のほうへと向けて振りかぶる。しかし移動した分、動きが遅れてシャトルの高さが足りなくなった。慌てて振るもハイクリアではなく弾道が低いクリアになって飛んでいく。それでも、身長が百八十六センチもある井波だけに高いのは確かだが。
 隼人は真下にもぐりこんで同じようにハイクリアを飛ばす。今度は少し前。真比呂はシャトルを追いながら普通に走り、勢いをつけてそのままシャトルを打った。結果、シャトルは大きくシングルスラインを越えてアウトとなった。
 シャトルを拾い上げてから隼人は言う。

「井波は次はフットワークだな。普通に走るんじゃなくて、こうやるんだ」

 隼人はそう言って実例を見せる。
 前に出る時は右足を出し、右足へと残した左足を近づけ、また左足を軸にして右足を前に出す。それを飛ぶように何度も繰り返していく。後ろに下がる時も右足を先に後ろへ動かし、そこに追いつかせるように左足も持っていく。前と後ろ。右と左も同じ調子だった。一通り見た真比呂は「うんうん」と頷いて、早速試してみようとコート中央に陣取った。

「よし、おねがいしまーす!」

 その声に従って、隼人はシャトルを軽く打った。シャトルは真比呂の右前へショートサーブで飛ぶ。そこに向かって、まず右足を出し、左足を近づけ――足を取られてこけそうになった。

「おわわ!?」

 何とか転ぶのは阻止したが、シャトルを取ることはもちろんできなかった。もう一度、と真比呂が構えなおすと隼人は後ろへとシャトルを飛ばした。飛んでいくのは右奥。右足を下げるにはちょうどいい位置。真比呂は右足、左足の順で後ろへと体を移動させて。
 今度は耐え切れず尻もちをついた。

「あいた!?」
「大丈夫かー?」

 ネットの先から声をかけてくる隼人に、大丈夫と手を上げる真比呂。しかし、体は大丈夫だったが気持ちがいまいち大丈夫ではない。
 思ったよりもバドミントンのフットワークは難しく、上手く動けない。
 体の向きを変えずに、足さばきだけで体重移動させる。なんとなく分かってはいるが、いざ体を動かすとなると慣れるまで難しそうだ。

「おい。お前ら」

 次はサイドに挑戦、と言ったところで第三者から真比呂たちへと声がかかった。振り向くと先ほどのサークルの中で見かけた男が一人立っている。怖い顔をして腕を組み、隼人たち三人を睨んでいる。

「な、なんですか?」

 とりあえず真比呂が答える。別に予約して取った場所なのだから怒られる筋合いはないはずだった。しかし、自分の下手なプレイを見て、ここから消えろとでも言われるのだろうか。そんな理不尽なことを通したくなかったが、社会人相手に喧嘩するのも真比呂には疲れる。
 しかし怖い顔とは裏腹に、男は特に怒ってはいなかったらしい。それよりも、隼人たちが気になる言葉を口にした。

「お前ら、中島理貴の知り合いか?」
「……知り合いじゃないですけど、同じ学校です」

 今度は隼人。真比呂の隣に来て、一緒になって男を見る。男は少し考え込むように顎に手を当てたが、数分後には頷いてまた隼人たちを視界に収めた。

「お前ら、高校のバドミントン部か?」
「まだ部じゃないです。ただ、五人集めたら部にすると顧問の先生に言われたんでメンバーを探してるんです」

 問われたことには真比呂が言った。男は隼人と真比呂を交互に見て、ふふん、と軽く笑う。

「お、じゃあ中島を仲間に入れればいいじゃんか」

 顔は普通に笑みになっている。ただ単に普通の状態の顔が怖いだけらしい。真比呂と、次に近くに来た純は顔を見合わせて肩をすくめた。その反応に男が何かを言おうとしたところに隼人が返答した。

「今日、誘って断られたんです。理由は聞けませんでしたが」
「本当か? ふーむ……」
「あ、あの。あなたは?」

 一方的に質問する男に向けて真比呂は会話の合間を縫って話しかけた。男はまた強面の顔を純の顔へと近づけると、一度サークルのほうを振り向いてからまた視線を戻す。

(中島のことを確かめたのか)

 中島がこちらにやってくる気配がないことを確認したのだろう。今は基礎打ち中でそう簡単には終わらない。男は声を潜めて言った。

「俺は高津士郎(たかつしろう)。バドミントンサークル『鱈』の責任者ってとこだ。あいつは、春先から見学に来て参加させてくれって言ってきてな。それ以来ここで一緒に打ってる」
「なるほど……」
「でだ。お前ら、あいつを仲間に入れたいんだろ? なら協力してやるよ」

 高津の提案に隼人たち三人は唖然とする。まさかいきなり勧誘で別のアプローチをすることになるとは思わなかったのだ。

「でも、どうやって? 一度誘って断られたんだからそう簡単には……」
「それを簡単にするのさ」

 高津は「ふふん」と鼻を鳴らして一度間を置くと、人差し指を真比呂に向けて言った。

「シングルスでお前が中島と試合しろ」

 真比呂は高津を見たまま、口を大きく開いてそのまま固まった。
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