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● SkyDrive! --- 第六話 ●

「ふーん」

 隼人はベッドに寝転がって中学の時に試合の度に貰っていた試合のトーナメント表の一つをしばらく眺めていた。純と試合をした後の達成感に満たされつつご飯を食べ、部屋に戻ってから一時間。ずっと情報を探していたのだ。しかし、中島理貴という名前はどこにも見当たらない。勝ち進めなかったが、中学生時は出る資格がある大会には全て出た隼人の持つトーナメント表ならば、どこかに名前があるはずだ。
 結論として。
 少なくとも、神奈川県の中学生の大会に中島理貴は出ていない。

(その一。外山の見間違い)

 可能性についていくつか考える。
 まずは純が見かけたというラケットバッグが実はテニスのものだった。実際、隼人も学校でラケットバッグを背負っている人を見てバドミントン選手かと思ったが、向かったのが屋外のテニスコートだったということは何度かある。ラケットバッグの大きさ自体は近いために間違っても仕方がないと思う。

(その二。県外からきた)

 おそらくこちらのほうが可能性はあるだろうと隼人は思う。むしろ、そうでなければ部員集めがとん挫するので、こちらのほうであってほしいという希望も含まれていた。
 入学式の日に、初めてクラス全員が集まった際に出身中学や名前、一言など言わされたことを思い出す。自分は当たり障りない内容を答えたはずだが、中島はどうだったかを思い出そうとする。しかし、どうしても隼人の中に答えがなかった。自己紹介後に眠気に負けて一度意識を手放したことまでは思い出していた。数分間だけだったが、その消えた数分間の間に自己紹介が終わってしまったのかもしれない。

(越境だと信じてみるしかないな)

 隼人は広げていたトーナメント表を片付けて、本棚へとしまいこむ。次に机の下へと目を向けた。
 机の下に設けている中学時代の思い出が詰まったスペース。そこに見えた、後輩から送られたバドミントン部の卒業時にもらった色紙を取り出した。色紙の中央には円。中心部に書かれた自分の名前とありがとうございました、の文字。その周りに寄せ書きでいろんなメッセージが載っていた。どれもが、隼人に高校以降もバドミントンを続けてほしいと書いたもの。隼人も当然、そのつもりで高校に進んだのだが、そこにはバドミントン部がなかったので、一から作っている。

(そう。作る気になった。外山とバドミントンして……やっぱり好きだって思った)

 どこか乗り気になれなかった理由が隼人には見えた。
 理想の動きを目指して練習した結果、届かなかった。しかし、それは月島奏という人物が体現していた。自分が届かなかったものを持っている上級生。そして、手に入れられなかった自分の差が激しくあるように思えたのだ。
 どこまでも届かないものを目指そうとする。その資格が自分にあるのかと隼人は思ってしまった。だから、止めるなら今のうちだろうという気持ちが心のどこかにあり、どうしても真比呂の言葉に素直に頷けなかった。
 しかし、純との試合で気づいた。
 勝利に向かって思考し、理想の軌道を描きだす。それがとても楽しかった。今の自分は、自分が目指していた理想ではない。
 それでも、楽しさは変わらない。いや、中学時代よりも明らかに楽しいと隼人は感じた。そこにあったのは純粋にバドミントンを楽しむ気持ちだけ。

(別に誰かに「やめろ」って言われたわけじゃないんだ。俺が、俺自身にブレーキをかけていた。でも、誰に言われたからって止めようもない)
「俺は、バドミントンが好きだ」

 口に出して言うとすっきりした。理想に届かないのなら、また目指せばいい。月島奏が到達できたなら、自分もいつか行けるはずだ。もしかしたら、彼女を目指せばいいのかもしれない。どういう経路にせよ、道はあるということは立証された。あとは、自分が目指そうとするだけ。
 その覚悟が決まった隼人は気が楽になって自然と笑みが浮かんできた。

(これで井波たちにも申し訳なさを感じたりしなくてすむなぁ)

 色紙もしまって、隼人は風呂に入るために階下に向かおうと立ち上がった。そこにメールの着信を告げる音が鳴る。授業中はもちろんマナーモードであり、その後も解除し忘れるなどしていたから着信メロディの設定がめんどくさくなり、今は初期設定の音だ。ベッドの上に放り投げてたそれを拾って見ると、真比呂からのメールだった。しかし、メールアドレスは別のもの。

『おっす。バドミントン部のメーリングリストを作ってみた! 無料なんだよこれ。これで男子部のやつら全員に一回で回せるようになる。便利だから使ってみよう!』

 隼人は笑って一度メールを閉じると、改めて新規メールで真比呂へとメールを送る。

『気、早すぎるだろ』

 それだけ送ってからまたベッドに置いて風呂へと向かった。
 真比呂のはしゃぎようを想像して笑う。新しいことを始めるのは楽しい。隼人も、実現はしなかったが卓球部に入ろうとした時も知らない世界に飛び込むことでワクワクしたものだった。

(さて、明日が楽しみだな)

 一度伸びをしてから階下へ降りるために部屋の扉を開け、後ろ手に閉めた。閉まる直前にブルル、と音が鳴ったように思えた。


 * * * * *


「おっす、中島」

 隼人が目の前に立った時、中島理貴はちょうど席を立とうとしていた。帰りのホームルームが終わり、その後は掃除となるが、どうやらちょうど割り当てられていなかったらしい。そのまま帰宅する直前を見計らって隼人だけがやってきた。真比呂は掃除。純も別のクラスで掃除をしているようだった。

「何か用? えーと、高羽」
「単刀直入にいうけど、バドミントンやってた?」

 隼人は言いたい内容だけ伝える。
 昨日、中島の名前を県内の大会で探せなかったのだから、県外からやってきたはずだ。別に駆け引きなど必要ない。ただ、バドミントン部に入ってくれと頼むだけなのだから。

「やってたけど……あ、もしかして高羽も?」
「ああ。今、男子バドミントン部を作ろうとしてるんだ。それで、中島もやってたかもって聞いたんでスカウトしに来た」

 中島は特に隠すことなく答える。これならば、勧誘も楽かもしれないと隼人は即座に入部してもらうよう言った。しかし、中島の顔は曇り、隼人の顔から視線を逸らした。

(あれ、なんか嫌な感じ)

 スムーズにいくと思っていた勧誘がいきなり暗礁に乗り上げそうな気配を感じ取る隼人。そしてそれは当たってしまった。

「ごめん。俺、高校で部活に入る気……ないんだ。じゃあ」

 中島は一度座って鞄を取ると、それからまた立ち上がって隼人の横を抜けていく。後姿を見送りながら理由を聞こうか迷った隼人だったが、中島の背中がそれを拒否するだろうことは見て取れた。
 中島が去ってからため息一つついて、隼人も自分の掃除へと向かった。中島の顔を思い出してみると、別にバドミントン自体を嫌っているようには思えなかった。あくまで栄水第一の男子バドミントン部には入らないというのが中島の意志だろう。バドミントンのラケットバッグを背負っていたのを純が見たのならば、どこかでラケットを振っているに違いない。

(なら、どこで打ってるのかは興味あるな……)

 隼人は真比呂と純にどう言おうかを考えながら掃除に入った。
 それからは滞りなく進んで、時刻は午後四時になった。隼人は真比呂と純にメーリングリストで教室に来るようにと送ってから自分の席に座ってぼーっとして待つ。
 中島のことをいろいろ想像する。
 バドミントンをしているならば、まずは市民体育館でバドミントンをしている社会人サークルだろう。より自分を高められそうな場所で揉まれたいというのはありそうな話だ。
 あとは一人で黙々と練習しているという場面。なさそうだがありえる。それだと男子バドミントン部に入らないという理由が分からなくなる。他にありえるとすれば、隼人たちが苦手だから入りたくない。

(やっぱり、社会人サークルみたいな場所で練習してる、っていうのが本命かな)

 自分の中で結論を出したところで真比呂と純がやってくる。タイミングを計ったように現れたのは出来過ぎだと隼人は思ったが、その後ろに井上がいることに首をかしげた。

「井上。部活は?」
「あ、先生がね。男子バド部に協力してあげてって。どうせ今は、インターハイに出場する選手がコート占領してるから一年は打てないし」
「……それ、省かれてない? 大丈夫?」
「あ、もちろん私が嫌じゃなかったらって言われてるから。私が好きで高羽君たちについていってるんだよ」

 井上は隼人たちに笑顔で言う。それで隼人は追加で言おうとした言葉を飲み込んだ。井上の練習時間を取っているのではと不安になったのだが、それ自体はあまり気にしなくていいらしい。

(練習不足にならなきゃいいけど……納得済みならそれでいいか)

 自分の中で納得させてから、真比呂と純。そして井上に中島について語った。自分が誘ったこと。バドミントンを否定しなかったこと。そして入部を断られたこと。

「それでさっと諦めた?」
「いや。どうしてかはもう少し探してから聞こうかと」

 そう言って隼人は待っている間に考えながら、携帯を操作した結果を皆に見せた。

「俺らはまだ部活じゃないからな。でも練習は必要だ」

 携帯の画面に映し出されているのは、時間帯とサークル名。見ても意味がいまいち分かっていない井上は隼人へと意味を尋ねる。それに対して、隼人はすらっと答えた。

「中島が社会人のバドミントンサークルに入ってるって仮定して、そういうサークルが入っている時を見計らって見学に行く」
「……それっていくつもあるんじゃないか?」
「確かに。だからもう少しヒントが欲しい。外山が中島がラケットバッグを背負っているのを見たのは何曜日だ?」
「うーん……火曜日かな、確か」
「なら、火曜日に時間を取っているサークルをまず当たろうか」

 隼人は携帯を操作して曜日別に体育館を使用しているサークルを探す。しかし、すぐに携帯を閉じた。

「今日の夜、俺があたりを付けてくるよ。それまでは、俺らは俺らで市民体育館で練習しよう」

 隼人の用意周到さに真比呂と純は「おお」と感嘆の声を上げた。各自にバドミントンラケットを持ってくるように言って、隼人は教室を出ようとする。そこで、井上に向きなおる。

「な、なに?」
「井上はやっぱり女子部の練習に戻れよ。たとえコートをほとんど使えなくても、貴重な練習時間だろ? 先輩のプレイとか見て勉強しなよ」
「そう……だ、ね」

 井上の声に影が宿る。それにいぶかしむ隼人だったが、井上は「じゃあね」と隼人の横をすり抜けて教室から出ていった。足音がなくなった頃に真比呂が背中を小突き、純がため息をついた。

「おいおい……」
「高羽。やったな」
「何がだよ」

 隼人の言葉に二人はなおさらため息をつく。何も分かっていないというようにわざとらしく首を振っていたが、代表して真比呂が口を開いた。

「井上はさぁ。多分隼人のことが好きなんだよ。だから協力したいのさ」
「……そうかぁ?」
「部活を休んでまでついてくるのは相当だと思う」

 純の後押しの言葉に隼人は考えてみる。そういう感情に対して鈍いのは経験が少ないからだとは分かっているが、井上が本当に自分に対して好意を抱いているならもう少しピンときそうなものだと隼人は思った。しかし、いくら考えても思い浮かばない。

「なんか……もう少し違う気がするんだけどな」
「なんだよそれ」
「分からん。それより、さっさといくぞ」

 隼人は話を切り上げて教室を出た。高校生が単独で市民体育館を使っていい時間は限られている。今のところ少ない場所と練習時間を上手く使わなければいけない。無駄な時間を過ごすわけにはいかない。隼人の早足を照れと思ったのか、真比呂がにやけながら後をついていく。純もそれを止めるようなことはせずに更に後ろから追いかける。玄関まで来たところで近くに隣接している体育館の入り口にいる井上を真比呂が見つけた。

「おおーい、井上! がんばれよ〜」

 真比呂の言葉に振り向いた井上は笑って手を振る。自分だけのけ者にした、と冗談で怒ってから体育館に入っていた。その様子を見て、隼人は何かが引っかかる気がしたが、すぐに霧散した。

(なんだろな、一体)

 何度か浮かんでは消える予感。それに対してまだ答えが見つからなかった。
 目の前にあるバドミントンに対しての喜びの方が勝っていたのだ。

「ほら、行こうぜ、井波」
「おう!」

 そして三人は各自の家へと帰っていった。
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